エピローグ:グランドフィナーレ
あの痛ましい日、祝宴の日からどれくらい過ぎたか。
王国はロクサーヌを追おうとはしなかった。
というのも、魔物の数が増えてきたことにより国内の緊張かま高まってそれどころではないからだ。
魔王再臨が近いのではという噂も身分の差を越えて蔓延している。
とてもじゃないがロクサーヌの方に人員をまわせない。
そんな王都の様子を見ながら、ロクサーヌは自分に出来ることをずっとやっている。
闇に紛れて人々に猛威を振るう魔物達を退治していた。
ときには王都内外にいるならず者に制裁を加えるなど、影から王国へ貢献していた。
ぶっちゃけた話、王国への貢献というよりも、ひとりの人間への貢献ではあるが。
月日が経つにつれ、次第にロクサーヌの存在は『残忍な復讐者』ではなく、『影の騎士』のような位置付けになっていった。
舞台女優をやっていた頃よりずっとファンが増えた気がする。
――――今宵もまた彼女は時計塔にて王都を見下ろしていた。
「王都内外の治安もよくなったわね。魔物の存在はともかくとして」
サンドウィッチを頬張りながら魔物達の動きを懸念する。
もしも魔王なんて存在が現れたら、自分とベルジュラックだけで対応しきれるかどうか。
どんな相手でも負けない自信がある。
だが王国の皆を自分は守れるか。
兵士や騎士は大勢いるが、今のロクサーヌのように頑丈ではない。
ラウルもまた……。
「まぁたあの男のこと考えてんのか?」
「うわっ! びっくりさせないでよ……」
いつの間にか背後をとったアルマンドに背中をつっつかれて思わず身体を跳ねた。
この王国の酒が気に入ったのか酒瓶片手に酔いどれている。
上機嫌な魔女はロクサーヌの悩みを見抜いて、そのモトとなった存在の名を呟いた。
「ラウルのことが気になるんだろ?」
「べ、別に……」
「隠すな隠すな。恋したみてぇに顔赤らめやがって眩しいんだよ」
「……もう戻れないわ。私は闇夜に蠢く恐ろしい怪物。彼はお日様の下を歩ける真っ当な人間。きっと彼は素敵な人を見つけて幸せになる。その幸せを誰かの欲望で壊されたくない……私がそうされたように」
「だから戦い続ける、と?」
「そうよ」
自らの運命を受け入れる女の強い目には、やはりどこか哀愁が感じられた。
そしてロクサーヌはかつて舞台で演じていた際の台詞を口ずさむ。
「"唯一無二の哲学はなく唯一無二の真理はない。ゆえにお前の憎しみと渇望を癒やす救済は、この世にもあの世にもありはしないのだ"」
「ニヒリズムだねぇ」
「そうよ。復讐は終わってスッキリした。でも過去は戻らない。この力を手に入れたのはラッキーだったけど、……私の望む"救済"ではなかったわ」
そう言ってロクサーヌは拳を握りしめる。
「でも私はこの力で悲劇を食い止めたい。皆が私のような目に遭わずに済むように。……バッドエンドよりハッピーエンドの方が皆好きでしょ?」
「さぁてね。でもよーロクサーヌ。確かに救済はなかったかもしれんが……その中で"出会い"には恵まれたんじゃねぇかな?」
「え?」
アルマンドが下の方を指差す。
高い建物の上に見覚えのある姿があった。
「ラウル? あんな所でなにを……」
「アンタを待ってんじゃねぇの? 高い所をピョンピョン跳んでるの見たから、そこならアンタを見つけらるんじゃないかって」
「……ッ!」
ロクサーヌは思わず息を飲む。
ラウルは高い所で必死に周囲を目で探っていた。
自分を探しているのだろうか。
「行かねぇのか?」
「え、でも……」
「あーもう煮え切らねぇな! 行かないんだったらオレが行ってほっぺにチューした後ベッドに持ち帰っちまうぞ!!」
それを聞いた直後の行動はロクサーヌ自身驚くほどに速かった。
ベルジュラックをマントに憑依させ、鳥のように滑空する。
目指すはラウルのいる建物の上。
アルマンドはやれやれと言いたげに溜め息をもらした後、砂と風をまとってその場から消えた。
もう彼女と会うことはないだろう。
そんな笑みを残して。
建物の屋上。
王都の光も疎らに暗闇が包み込んでいく中、後ろから気配を感じたラウル。
「……君は」
ラウルは向き合う。
そこにはかつての幼馴染の姿があった。
左腕を斬り落とされた痛ましい姿を直視すると胸が張り裂けそうでならない。
だがラウルは自分に会いに来てくれたロクサーヌに感激を覚える。
「会いたかった、ロクサーヌ」
「……」
「君が死んだと聞いたとき、僕の世界に陰鬱な暗闇が立ち込めた。でもその暗闇から……君は僕の目の前に現れた」
「ラウル……」
「復讐は終わったんだろう?」
「えぇ」
しばらくの沈黙の後、ラウルはロクサーヌに歩み寄る。
ロクサーヌは一瞬肩を震わせた。
今の自分を直視されるのはやはり怖い。
必死になって自分を今まで信じてくれたのはいいが、こんな血濡れた女など誰が愛してくれよう。
「……ごめん、助けてあげられなくて」
「え?」
「皆を助ける為に衛兵になった……でも、君を助けることは出来なかった」
そう言ってラウルは目の前のロクサーヌを抱き締める。
涙で顔を濡らし、ひたすらに懺悔を繰り返した。
「……もう、泣き虫な所は変わってないね。ヒーローが泣いちゃダメよ」
そんな彼の背中を優しく撫でる。
出来るなら両腕で抱き締め返したかったが、それはもう叶わない。
だがそれでもいい。
こうして彼ともう一度出会えたのだから。
冷え切った心に暖炉のような暖かさがともってくる。
アルマンドの言う通り、自分は恵まれていたのかもしれない。
だがそんな2人に水をさすように警鐘が城から鳴り響く。
魔物の一群がこの王都に向かっているとのことだ。
「……行かなくちゃ」
「ロクサーヌ、もう良いんだ。君が行く必要はない……」
「いいえ、これは私の選んだ道よ。悪は悪らしく、人の役に立たないと」
ロクサーヌはラウルの腕を離れるやまたあの跳躍移動をしようとする。
ラウルは彼女の持つ強い意志に対して見守ることしか出来なかった。
だが、堪らずこう言い放つ。
それはシャーロックに言われたあの言葉。
「悪を倒すだけがヒーローじゃない」
「え?」
「悪に堕ちるしかなかった人を、地獄から救い、許すこと。これもヒーローの役目なんだ。だから誓う」
ラウルは力強く拳を握った。
「君が悪なら、僕は――"正義"だ! 必ず君を救ってみせる!! 今君がいる地獄から……必ず救い出してみせる! だから……」
そこまで言いかけるとまた涙が溢れ出し言葉に出来なくなった。
彼の言葉を聞いたロクサーヌは……。
「……ありがとう」
「ロクサーヌ……」
「アナタは、皆のヒーローでいて? それが今のアナタの使命。そしたらいつか……いつか」
――――"私のヒーロー"になってね?
彼女は一瞬にしていなくなった。
気付けばロクサーヌは王都を囲む城壁近くまで跳んでいた。
「ロクサーヌ、約束だ! 必ず僕は……君のヒーローになる。君を、暗闇から救ってみせる!」
そう叫んだ後、泣き崩れながら祈るように項垂れる。
「好きなんだ……君が……、君のことが! 絶対に僕は君を見捨てたりはしない……だから……だから!」
王都の外。
暗闇に紛れ、魔物達の断末魔と共にマントを翼のように広げる。
かの憎悪の怪人は戦い続ける。
自分の為に救いの手を差し伸べてくれるラウルの為に。
このヴィヴァーチェ王国に語り継がれる伝説の女。
人は皆彼女のことをこう呼ぶ。
――――『ファントム・オブ・ヴェノム』と。
完結致しました!
魔女シリーズ第三部作目です!
機会あらばまた書かせていただこうかと思います!!
↓↓↓下のリンクは魔女シリーズではありませんが最新作です※魔女シリーズ第一部、第二部も貼っておきます。是非ご覧ください↓↓↓




