偽りの絵
王国の端にあるとある港街。
天候で海が少し荒れており外に出ている者はいない。
そんな中ゼーマンはロクサーヌによって街の広場にて乱暴に投げ倒される。
「ぐわッ! ……かはッ、ひ、ひどいじゃないか……どうしてこんなことするんだ? おかしいじゃないか」
雨に濡れながら恐怖でふらつきながらも体勢ををなおそうとするも何度も転び、挙句の果てにロクサーヌに対して正気を問うような発言をする。
「どうしてカルラータを殺したんだ!? 彼女は素晴らしい女性だったのに!! 君は頭がおかしいよ。人をあんな風に殺すだなんてどうかしてる……わけがわからないよッ!!」
ロクサーヌは改めて心底呆れかえる。
憎まれ口を叩くだろうとは思っていたがこれは全く別次元の発言だ。
彼は本当に自分は愛する人を失った被害者だと思っている。
かつで自分がロクサーヌに対し行ったあの所業をすっかり忘れてしまっているかのように。
「そうねぇ。アナタはカルラータにお熱だものね? 金持ちの振りしたあの女についていって……ついでに身体まで抱かせてもらって、ね?」
「ど、どうしてそれを?」
「大方私を悪く言って、その気になったアナタが私の大事な左腕を斧で斬り落としたんだろうけど……私はアナタを許さない。ずっと信じてた。アナタがあの女に寝取られたときも。必ずアナタは戻ってくるだろうって……またいつもみたいな関係に戻れるだろうって。――――だのにッ!!」
ロクサーヌが地面を力強く踏んづけるとクレーターに近いひび割れが起こる。
思わず飛びのいて、すっかりと怯えてしまったゼーマン。
彼の中に渦巻くのは死の恐怖。
「……アナタはあの日、こんな大雨の夜……カルラータと一緒に私を殺しに来た」
「ま、待て……その為の復讐だっていうのか?」
「そうよ」
「……バカげてる」
「は?」
「バカげてるよこんなこと。間違ってる。……やり返しなんて良くないよ。悪いことだ!」
急にこちらに説教を垂れ始めるゼーマンに、流石のロクサーヌも唖然とした。
このときばかりはロクサーヌは彼と出会ったときのことを後悔する。
――――なんでこんな男を、自分は好きになってしまったのか。
「カルラータがやれって言ったんだ! 君が魔女だっていうから……」
「疑いもせず信じたの?」
「うッ……で、でも……疑われる君だって悪いじゃないか?」
「……は?」
「ボクは悪くない! ボクはカルラータのことが好きで……彼女の言われた通りにやっただけだ!! ボクは悪くない! ……だから、見逃してくれ。命だけは助けてくれよ。ボクは偉大な画家にならなきゃいけないんだ!! こんな所で死ぬなんて嫌だ!!」
「私のことはどうとも思わなかったの……? あのときの私へのプロポーズは嘘だったのね?」
「あ、いや……その……。は、は、話をすり替えないでくれ!! そうやって自分が有利に話を進められるようにワザと誘導してるんだろ? なんて汚い女なんだ君は!! やり方が汚いよ!」
ザワザワとロクサーヌの中で憤怒が旋風を巻き起こす。
ゼーマンは自己弁護に必死になりすぎて支離滅裂なことばかり。
こんな人間のクズに自分は左腕と役者としての人生を潰されたのかと思うと、怒りが収まらない。
「もういいわ。アナタの戯言を聞いてたらこっちまで頭の中が腐ってしまいそう」
ようやく出番かとヌラリと現れたベルジュラック。
ロクサーヌの怒りを代弁するかのように蛇のような鋭い唸り声を上げる。
「ベルジュラック。――――殴れ」
次の瞬間、ゼーマンは凄まじい力とスピードにより広場から家々を貫通しながら途中にあった木箱に激突する。
「うぐぉおあッ!?」
生まれつき身体が頑丈な為奇跡的に生きていたゼーマン。
だがその身体は本当の意味で使い物にならない。
腕も足も滅茶苦茶に折れて、這いずることすらままならなくなっている。
内臓のほとんどがイカれて呼吸も苦しい、おびただしく血も出てきていた。
「な、なんで……どうしてボクが……がふッ」
ガタガタと震えながらなんとかして立とうとするも無駄。
ベルジュラックとロクサーヌが足並みをそろえてこちらに近づいてくる。
「ひぃい……ひぃいッ!!」
芋虫のように這おうとするが折れた骨や傷付いた内蔵からくる激痛がそれを許さない。
近づいたロクサーヌは無様に這いつくばるゼーマンの右手の甲をヒール部分で踏みにじる。
「うぎゃあああッ!! や、やめて、くれぇ! 画家の手を……」
「もう画家じゃないでしょ薄汚い夢いつまでも見ないで」
ベルジュラックが拳を振り上げゼーマンの背骨を強烈な力で打ちのめす。
この世のものとは思えないほどの痛みが背骨に走り、荒れる天候に紛れて絶叫を上げた。
「あ……ぁぁ……ま、待って……くれ。 ボクは、無実……だ」
「ホントうるさいわね。そんなに絵が好きなら……文字通り絵にしてあげるわ」
彼女の雰囲気が突如として変化する。
隣のベルジュラックの細い体躯が急に筋肉質になり、怪物というよりも戦士としての面影を見せた。
筋骨隆々のベルジュラックは拳を握り、ロクサーヌは呼吸を整えながら片足を上げる。
「ひ、……ま、待て。まってく」
「絵を描いてあげる、絵の具はアナタよ」
身体を持ち上げられ宙に放られる、そして。
―――――ズガガガガガガガッ!!
ベルジュラックの拳、ロクサーヌの連続蹴りによる猛烈なラッシュが満身創痍のゼーマンに突き刺さっていく。
2人の攻撃能力は人間の威力など軽々と超えている。
それほどの力が何千発もの攻撃となって人間の身体にぶつかっていくのだ。
「あが、がああああっ!! ぐぁあああああああああッ!!!?」
殴られるたびに後方へと肉片や血が後ろにある家の壁へと飛び散っていく。
「オラァッ!!」
自分の身体が原形なくなっていく中、最期の一発を見舞われる。
そして出来上がったのが血と臓物で描かれた炎の絵。
家の持ち主には申し訳ないが、この巨大なアートに満足したロクサーヌはフンッと鼻で笑ってやった。
画家になりたかった男が最期に自分自身が絵になるとは、まさにどこかの戯曲かなにかでありそうだ。
その際ジャンルはどうなるのだろうか。
喜劇か、それとも悲劇か。
「……どっちでもいいわね。さよならかつての思い出のヒト。最高の絵が出来上がったわよ? でも……夜が明ける頃には雨と潮風で消えちゃうかも」
我ながら上手く出来た絵を惜しみながらもロクサーヌは港街を立ち去った。
復讐は、終わった。
黒魔術師もカルラータもゼーマンも。
かつて自分の全てを破壊したように。
自分もまた彼奴等の全てを破壊してやった。
「ウフフフ、ハハハ。アハハハハハハハハッ!!」
雨風と荒波の音が彼女の高笑いを空の向こう側へと流していく。
この雨と共に自らの過去が浄化されていくのを感じた。
……気持ちがいい。
晴れて自由の身となった。
忌まわしい過去は、この大雨と荒波と共に消えていくだろう。
「さぁ帰りましょう。王都へ」




