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滔々と降り積もる雪の中、娘が独り、己を祀った社の参道を歩く。白銀の髪に青の曼珠沙華が咲き、裾にいくにつれ蒼味を帯びる着物の上、純白の羽織をなびかせる。六花を象った羽織紐が澄んだ音を立てて揺れた。ふとのぞく銀の帯には、漆黒に一筋の金を刷いた拳銃。ゆるりと道を行きながら、黄金色の瞳が揺れ細められる。
従者の復活を機に、あの日以来初めて訪れたこの場所には、未だに様々な感情が遺されていた。その残滓を、少しずつ拾っていく。拾って僅か手に乗せて、それから静かに心にしまう。足を止め、しばし天を仰いだ。
今もなお、時折、夢に見る。
上空から見晴るかす、あの町の雪景色を。
あの家で2人静かに育んだ、何にも代え難い幸景色を。
この場所で、己の願いを叶えるべく戦った、愛しい人の逝景色を。
夢に見ては、堪らぬ想いに瞳を濡らす。そのたびに、黄金色の炎がそっと心に寄り添って温めてくれる。あの日以来、未だ声は聞けていない。大神として力の使い方を習得していけば、またいつか、聞ける日が来ると信じて、あの六花の氷像に通いながら鍛錬を繰り返す。そう、信じては、いるのだけれど。
途方もない孤独に、時折ひどく苛まれる。
ふと、どこからか声が聞こえた。とても小さな、高めのそれ。まるで、泣き声のような。
気配を探り、踵を返して来た道を戻る。鳥居を潜り、己が祀られている社の境内に足を踏み入れる。声はますます明瞭に聞こえてくる。その方向を追って賽銭箱を越え、本殿の扉を開けた、すぐそこに。
幾重にも布に巻かれ床に寝かされた、人間の赤子がいた。突然現れた存在に驚いたのか、先程までの泣き声は止み、目をまん丸にしてこちらを見つめている。
「この、子は」
振り返って神気を飛ばし、参道を辿りその先の道路を下り、下山したところで諦めた。もうどこにも、人間の姿はない。
「捨てられた、んだね」
しばし見つめて思案したのち、ゆっくりと手を伸ばす。雪深いここには、この時期人間は滅多に訪れない。住職はいることはいるが、雪神を祀っているくせに、残念ながら冬の間に顔を見かけたことはない。よほどのことがない限り、雪解けが始まるまで、この赤子が見つかることはない。
「こんな小さな命を、無駄に散らすのは、惜しいから」
指先を額の手前で止める。ゆっくりと息を吐き、伸ばした手に力を込めた。これが、自然の摂理。「その命魂、この刹梛伎がありがたく、いただきます」
その時。
黄金色の炎が、不意に胸の奥でポン、と燃えた。 美祐月。待て。
声が耳を掠めていく。
「晃琉?」
思わず呟いた、その声が落ちた先。赤子の瞳がきょとんとこちらを見つめる。澄みきったそれに、しばし魅入られた、次の瞬間。
ほわり、と、その顔が笑み崩れた。きゃっきゃと笑い、小さな小さな手を伸ばす。慌てて手を引っ込めながら、彼女は茫然とその姿を見下ろす。
温かな波動が心を満たしてゆく。どうして、と心で問うと、笑うように炎が揺れた。何となく、そっちのほうが、美祐月らしいと思ったんだ。あんた、人助けが好きだろう?
「……そっか」
彼女の頬を、雪の結晶が幾筋も滑っていく。赤子の鼻の上にぽたりと落ちて、あっという間に溶けて消えた。驚いたのか、手がぱたぱたと動く。
布をしっかりと巻き付けて、慣れない手つきで赤子を抱き上げる。泣き出さないのを確認して、時折揺らしあやしながら、彼女は鳥居を出、参道を越え、ゆっくりと人界へと降りていった。
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