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美祐月。
美祐月。
ちゃんと聞け。感じろ。信じろ。
選んだのは俺だ。望んだのは俺だ。
悔やむな。責めるな。
無駄じゃなかった。決して、無駄なんかじゃなかった。
あの奇跡のような数ヶ月を、朔鬼として共に暮らした1年を、その果ての決断を、無駄だなんて言えるものか。
孤独の果てに立ち竦んでいた俺を引き上げてくれた。寂しさを抱き留め、優しく包んでくれた。荒んだ心を解して、誰かを想う心を与えてくれた。あの、冬の日だまりのような柔らかな温もりに抱かれた日々を、どうして悔いる必要がある。
助けない方が良かった。そんなわけがあるか。
助けられて良かった。助けてくれて良かった。
あんな景色はもう二度と見られないと思っていた。あの家で過ごした1年と数ヶ月の幸景色は、紛れもなく、美祐月、あんたがくれたものだ。
逢えて良かった。幸せだった。最期に与えてくれた想いが、本当に、本当に、嬉しかった。
美祐月。俺も同じだ。
たとえ何であっても、何になっても。
あんたの傍を、決して離れない。
誰よりも、何よりも。
魂の一欠片、心の一雫余すことなく。
あんたのことが、愛しくてたまらない。
だから、止まるな。堕ちるな。前を向け。
ちゃんとここで、呼んでいるから。
何を感じても、どんな選択を迫られても。
美祐月。
俺があんたを殺させない。
この魂に賭けて、その心を、想いを、抱きしめて、絶対に守り抜く。
「……みつ、る」
唇が僅かに動き、硬直した身体から力が抜けていく。表情の消えた頬がひくりと動き、瞳から涙が溢れ出す。
「晃琉」
くしゃりと顔を歪めて、彼女は雪原に膝をついた。傍にカラリと拳銃が転がり、当代を捕らえていた氷雪の巨手が風に掠われ消えていく。上体を起こした当代のその傍ら、己の身体を抱きしめて、暗闇から引き戻された彼女は雪に額ずき泣きじゃくる。
見えた。聞こえた。感じた。
確かにこの胸の奥底で、その灯は煌々と輝いていた。嘘なんかじゃ、なかった。
晃琉。
そこにいるとわかるだけで、感じるだけで、想いが溢れて止まらない。
あなたと過ごした1年と数ヶ月。あんなにも穏やかで優しい景色を、私も見たことがない。この身に余るほどの心を、想いを、幸景色を、他でもないあなたが与えてくれた。
助けて良かった。出逢えて良かった。
止めどなく湧き上がるこの想いで、ならば私もこれからずっと、あなたを抱きしめ続けよう。
晃琉。
あなたが愛しくて、たまらない。




