M6-4
青年の様子が何だかおかしい。縁側で段ボール箱を開けながら、彼女はその持ち主をちらりと見やった。一昨日の午後くらいからだろうか。チャイムを鳴らしたのに出なかった。2回鳴らしても出なかったから気になって庭を覗き込んだら、縁側につっ立ったまま思案顔をしていた。声をかけたら酷く驚いたような顔をして、ひょいひょいと手招きされて縁側から部屋に入った。振り返ると彼がじぃっとこちらを見ていて、どうにも居心地が悪かったのを覚えている。それ以来、彼は時折、何か上の空だったり、無言で彼女を見つめていたり。
「どうか、した?」
こう聞いても、
「いや、別に」
これだから、彼女もなかなか問い質せない。今日もずっと滞っていた彼の引っ越し荷物の封開けに取り組みながら、あれこれととりとめもない話に終始している。こっそり首を傾げる彼女の指先が、不意に何か固い物に当たった。引き出してみると、布の間から出てきたのは黒光りするL字型の物体。長い方は中が筒状に空洞になっていて、Lの角に指をかけられそうな突起がある。短い方は握るのにちょうど良く、内角にこれも指をかけられる突起が付いている。一体何に使う物なのか。手の中でもて遊んでいると、それに気づいた青年が目を剥いた。
「ば、それは駄目だ!」
呆気にとられる彼女の手から瞬く間に取り上げ、くるくると回しながら何かを確認する。息を吐いた彼の傍に、おそるおそる近寄ってみた。
「それ、何?」
「拳銃」
「けんじゅう」
「戦う武器だ。凶器にもなる」
「……それ、危ないんじゃ」
「本物は持っていたら警察に捕まる。これは、簡単に言えば偽物だ」
偽物でも、使い方によっては危ないけどな。手の中で回しながらそう語る彼の顔は、少しだけ固い。
「本物は、ここに火薬を込めた弾を入れて、この引き金を引いて撃つんだ。ここから飛び出した弾は光速で相手の身体を貫く。当たり所によっては、死ぬ」
ごくり、と彼女の喉が鳴る。語る内容もさながら、語る彼の顔が、どんどん無表情になっていくのが怖かった。
「でも、これは模造品だ。入れるのは、こういうプラスチック製の丸弾」
かしゃり、と持ち手の下が引き出されると、橙色の軽い丸弾が並んでいた。それを掌で戻し、彼は片手で銃を握る。
「ロックを外して、この胴を引いて装填完了。人差し指をこの引き金にかけて、標準を合わせる」
銃を握る片腕を伸ばし、茶の間の向こう、台所の方へと銃の先端を向ける。手慣れたその様子も、険しいその横顔も、まるで彼自身が凶器になったような鋭さと危うさに満ちていて。
「だめ!」
咄嗟に、その腕にしがみついた。
「あ、ぶな!」
彼の手から落ちた銃が、床板の上に落ちてくるりと回転する。次いで首の後ろを摘ままれて、引き剥がされた彼女の目を、しかめ面の彼が覗き込んできた。
「偽物でも誤発はあり得るし、当たり所が悪けりゃ大怪我だ。2度とするな」
本気の声だった。怯え萎れた彼女が俯いて頷くと、吊られていた首の後ろが解放され、今度は軽く頭に手が乗る。ただ乗っただけで離れていかないその手からは、もう怖さを感じない。見上げると、少しだけ苦い顔をした彼がこちらを見下ろしていた。
「……なんで、そんなに、慣れているの」
「……高校入ってから、こういうのを使ったゲームをしていたんだ。バイトの先輩に誘われて」
特定のフィールドの中で敵味方に分かれて撃ち合い、全滅させたり大将を取ったり、或いは宝を取ったりするゲーム。そういうものをやっていたのだと、彼は言う。
「これはその時、俺が初めて買った相棒だ」
ひょい、と取り上げて再び構えるその姿からは、先程のような危うさを感じない。大人しく見守っていると、パン、と乾いた音の一瞬後、台所の奥に据えられたゴミ箱の蓋が勢いよく開いた。彼女の目が丸くなった。銃口と、遠くのゴミ箱とを見比べる。これは、ひょっとして、すごく上手い、と言えるレベルではないのか。
「す、ごい」
「自分も向こうも動かなけりゃこんなもんだ」
「もう、やらないの」
そのゲームとやらを、見てみたかった。フィールドを駆け相手を倒していく彼の姿が見てみたかった。しかし、当人の顔は重く暗い。
「俺がこいつを持っていたせいで、傷ついたやつがいるんだ。大事な親友だった。多分、もう生きていない。だから、もう、やらない」
それからロックをかけ、立ち上がると大事そうに茶の間の引き出しに閉まった。その背中は彼女がもう何度も見た色に染まっていて、思わず手を伸ばし、腰を浮かせた。
その時。縁側の硝子戸が、バン、と大きな音を立てた。先程まで晴れていた庭先が、猛烈な吹雪に荒れている。もう一度殴られたような音が響き、鍵が壊れて開け放たれた。容赦なく縁側まで押し寄せ茶の間を駆け巡る。庭の中心で、1人の少女がきゃらきゃらと笑っていた。
「ずいぶんと無様な姿ねぇ、第1位! まさか人間にまで堕ちるなんてぇ!」
月白の柔らかく波打つ髪。後継者5位の、北を担う暴れ姫。茶の間で驚愕のまま固まる青年を認め、真っ赤な唇をひと舐めした。
「なぁんて美味しそう! ねぇ! 私にもぉ、味見させてちょうだぁい!」




