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ゆきけしき  作者: 燈真
Memory5 共涙―フタリボッチ―
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Memory5 共涙―フタリボッチ―

 本殿、大広間。瓶覗から濃藍まで、冬色を抱く従者たちを従え、5柱の姫が月白、白菫、白花、藍白、そして白銀の頭を垂れるその正面。真白の衣を翻し、白藤よりもなお白紫を抱く雪の大神・当代刹梛伎せつなぎがゆるりと腰を下ろす。

「皆、此度の試練授与、ご苦労であった。特に南方の者たちは他の神々との調整も難しかったろう。良く務めた」

「は!」

 より低く頭を下げたのは、白銀ー彗姫のすぐ隣にいる姫。藍白の髪を肩の上で切り揃え、袖のない衣を身にまとう。浅葱の瞳は一重で鋭く、雪の肌は他のどの姫より引き締まっている。温暖に関わる神々が中心となる南方を担う彼女は、継承権2位でありながら、実質後継を噂される姫神である。

「北、東、西も存分に力を発揮した。日ノ本の雪を担う我ら雪神の矜恃、しかと示せたであろう」

「はい」

「おそれながら当代?」

 柔らかな声が場を揺らす。白菫の髪を両耳脇から編み込み後ろで結った姫が、ことり、と首を傾げていた。

「申せ」

「中央は、結局どのように?」

 一番端に息を潜めるように座していた当事者は、途端身を固くした。

「我と彗姫がつつがなく行った」

 対する当代の返事は素っ気ない。そうでございましたの、とおっとりと呟いたその姫は、ちらり、と列の隅に目をやり、頬に手を当てて微笑んだ。

「当代直々に手助けをなされるとは。流石、次代刹梛伎には期待が高まりますわ」

 背後で笑い声がさざめき、彼女は一層縮こまる。寝込んで数日、今朝ようやく普通に起きて動けるようになったのだ。青年の元に行かなければと慌てて支度をしたのに、皆が招集されているから、と従者に連れてこられた結果がこれである。もう帰りたい。帰って青年に会いに行きたい。

「ねぇ母様ぁ?」

 対の端に座する姫が、柔らかく波打つ月白の髪先を細い指に巻き付けながら、薄紅の小さな唇を尖らせた。

「今回私たち、とぉっても頑張ったのよ? 順番は変わらないの? 少なくとも、私はもう少ぉぉし、上でも良いと思うんだけどなぁ」

 頬に鋭い視線が突き刺さるのを感じて、固く目を閉じた。私だって、と心の内だけで小さく呟いた。私だって、代われたらどんなに良いか。好き好んでこんな針の筵に座っているわけではないのに。

「変更は、ない」

 しかし当代はきっぱり切り捨てた。

「それぞれが異なる地域、異なる事情、異なる状況下で務めておる。一概に成果だけで変えられるものではなかろう」

「でもぉ母様? 雪神は、実力主義なのでしょう?」

 なおも食い下がるその声音には明らかに自分への非難が込められている。それなのに。

「そうじゃ。したがって、継承権の順に変更はない。そこにおる彗姫が、我が後継」

 広間内の全ての視線が彼女の背中に、腕に、頬に、頭に突き刺さる。疑念、不信、嫌悪、拒絶、非難。何一つ反駁できずにひたすら俯く彼女の両拳が、着物の裾に深い皺を刻んだ。もう消えてしまいたい。他の姫の後ろにずらりと並ぶ従者たちのその端、後ろで静かに控える唯一の自分の従者へ、恨みがましい気持ちが膨れあがっていく。来たくないことが、他の姫たちに会いたくないことがわかっているのだから、仮病でも何でも尤もらしい言い訳を考えて休ませてくれれば良かったのだ。彼だって、こんな情けない自分の姿など、見たくはないだろうに。

 当代が閉会を告げ、それぞれが立ち上がり始めても、彼女はまだその場から動けないままだった。賑やかに話しながら大広間を出て行く者たちの中には、わざわざ従者に二言三言声をかけ肩を叩いていく者もいて、背中でそれを聞きながら唇を噛む。ふと目の前に影が差したと思うと、視界にするり、と白い手が入ってきた。ぎょっとする間もなく、両の手を握られる。

「着物。皺、取れなくなるわ」

 そよ風のような声音が耳に触れる。目を上げると、両耳の下で結ばれた白花の髪がまず目に入った。ついで卯花色の静かな瞳と視線がかち合う。解かれるように両手を掬い上げられて、もう一度ゆっくりと膝の上に置かれた。柔らかな手が静かに離れていく。

「……あの、」

「貴女は、争いに向いてない」

 詰るでもなく、突き放すでもなく、笑い飛ばすでもなく、至極真面目な顔で、その姫はただ述べる。

「でも、本当の意味で貴女を守れる者はいない。降りられないなら、覚悟を。覚悟がないなら、意思を。意思がないなら……当代は、選択を誤った愚神とされるわ。貴女も、貴女こそ、無事では済まない」

「……そんな、こと」

「他の3名は必死だけれど、私は継承権には興味ない。当代が定めたことを信じ、次代に従う。だから貴女には、次代に選ばれた意味を、もう少し真剣に受け止めてもらいたいの。当代が矢面に立ってくれている、今のうちに」

 訥々と語るその声には、切実さすら滲んでいた。あぁ、と心の内で嘆息する。どうして彼女が次代ではないのだろう。彼女にならば、例え粉雪よりも小さな力でも、精一杯仕えようと思うのに。

「あなたが」

 視界がぼやけて揺れた。

「私は、あなたになりたい」

 その姫は目を閉じて、小さく息を吐いた。

「……残念だけれど。諦めなさい」

 衣擦れの音がする。立ち上がったのが気配でわかった。何人かと話しながら去って行く。やがてその声も消えた頃、ふと後ろの空気が動いた。畳を踏む音がして、隣で止まる。膝をつく気配がする。ゆっくりと、背中に大きな手が当てられた。冷たいそれに、優しく背中をさすられる。耐えられなかった。

 しんと冷えた大広間の片隅で、啜り泣きが空気を小さく震わせた。

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