O4-4
「っぅ、お」
大男の身体が大きく左右に振られる。勢いでその手から離れた子猫の身体が、しかしどこに叩きつけられることもなく、こちらはゆるりと巻いた雪風に抱かれた。風はいよいよ激しさを増し、吹雪となって男を襲う。
「な、んだ、んだよ、ごれぇぇぇ!」
腕で顔を庇いながら、先ほどまでの標的を必死になって探す。そして、白く覆われる視界の片隅にようやく見つけたその餌は。
「……は、ぁ?」
その容姿を変えていた。
雪風に煽られ舞う漆黒の髪が、雪を吸い込み光を放ち、毛先から色を変えていく。さらさらと音を立てながら駆け上り、頭上に到達した瞬間弾ける。絹のように流れ顔周りを縁取るその色は、白銀。先ほどまで見開かれていた薄茶色の双眸は今は伏せられ、いつの間にかその腕には黒の塊が抱かれていた。指先が愛おしげにその耳を、額を撫でる。そうして両腕にそれを抱いたまま、彼女は一歩、また一歩と男へと近づいていく。興奮に火照り汗だくだったはずの身体が、強ばっていく。足を後ろに引いた理由が、男にはわからない。
「な、なんだ、おい、なんだぁぁあ!」
叫ぶ口に、薄ら開ける目に、耳に、雪が入り込み暴れる。晒された肌という肌に刺さり張り付き、体温を奪う。服という服の隙間に入り込み、水分を片端から凍らせる。なおも近づいてくる彼女にもう一歩足を引こうとして、突っ張って止まる。雪で固められた膝下は、彼ほどの力をもってしてもピクリとも動かすことができなかった。もう、逃げられない。
「んんんんんんんんん!!」
縫い合わされたように開かない口の奥で、絶叫が弾けた。振り回そうとした腕が動かない。冷たさと寒さが突き刺さり、痛くてたまらない。叫びが喉を枯らす。僅かに開いた目が拘束する吹雪の向こう、彼女をとらえる。輝く白銀、その双眸がゆっくりと男に向けられる。現れた瞳を目にした瞬間、男はようやく悟った。
あれは、人ではない。
あんな濁りのない白藍の瞳を持つものが、人であるはずがない。
あれは、化け物だ。雪を操る、化け物だ。




