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とらいあんぐる おあ へきさごん  作者: 高槻
にぎにぎしい あき
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番外・その時の喜成

29話~30話の喜成視点。

 高校初の文化祭は、晴天の中始まった。


 中学との差は、演目の自由度が高いことと模擬店があることだろうか。「稼ぐ」ということを学ぶ、と言えば聞こえがいいのかもしれない。

 俺のクラスはかき氷を売ることに決まっていた。俺が模擬店で販売するのは午後一時から三十分間。樹たちの店番は十一時だと聞いていたから、模擬店の設営が終わってすぐ向かえば、一緒に回れるかもしれない。

 しかし、模擬店が立ち並ぶ中庭に樹の姿はない。話を聞けば、樹と琴美だけでなく、女子は設営をしないということだった。確かにどこのクラスも主に男が頑張っている。

 去年までは、樹も男だということで力仕事に駆り出されていて、けれど運搬するものが重すぎて途方に暮れる……ということが多々あった。俺はそれをハラハラしながら眺め、手が空き次第すぐに手伝っていた。

 そうか、今年は樹が女だから。

 そういう細かい所でも、樹の女の部分を実感してしまう。

 なんというか……、樹が女ということは実物を見ればすぐわかることなのだが、こういう話は外堀を埋められているような気分になるというか。

 妙な気分になりつつ、二人は荷物を置くために校内にいるだろうと予想をつけて、まだ秋と呼ぶには日差しの強い中庭から涼やかな屋内に入る。

 教室棟に向かうと、見慣れた二つの背中が見えた。樹と琴美だ。なんだか大仰な(たすき)をかけているなと思いながら声をかけようとしたとき、二人がただ立っているだけではなく、何やら外部の人間、それも男に絡まれているらしいことに気づいた。


「樹、琴美、どうした」

「あっ、喜成!」


 近寄って声をかければ、樹はあからさまに、助かったという表情をこちらに向ける。


「えー、そんな態度、傷ついちゃうなぁ」


 やっぱりナンパか。理解して二人を背中に、庇うようにして立つ。


「こいつらにちょっかいかけるの、やめてもらえますか」

「は? なんなの、お前どっちかの彼氏なわけ?」

「じゃああれだ、彼女じゃない方でいいからさ、紹介してよ~」


 馴れ馴れしく近寄ってきて不愉快だ。樹はもちろんのこと、琴美もこんな人間に近づけるわけにはいかない。意思表示として睨んだら、向こうも不機嫌になった。


「お前、カッコつけてんじゃねえぞ?」


 別にかっこつけてなんかいませんけど。

 そう言おうとしたときだ。


「あーらら、可愛い可愛い樹を見に来たら」

「うちの大事な妹に、なんか用ですか」


 悪鬼の形相の、(たける)先輩と正悟(しょうご)先輩が現れた。

 この形相は主に樹関連でよく見るのだが、どうやら先輩たちは樹のいないところでこうなるらしく、樹は見慣れていないのか背中でシャツが握られた。

 ……その仕草すらときめいてしまう。


「もう一度聞いてあげるけど、うちの可愛い可愛い可愛い妹に、なにか?」

「えっと、その……」


 先輩たちの気迫と、二人に寄ってきた女子の大群の視線にナンパ男も気圧されたのか、じり、と少し後退した。

 終いには顔を合わせるとそそくさとその場から逃げ去ってしまった。


「笹木、奴らが学校から出るまで見張ってろ」

「りょうかーい」


 笹木先輩まで現れて、自体は一気に収束した。やっぱり、この人たちに叶う日は来そうにない。


「樹ー、無事か?」

「正悟先輩、ありがとうございます。琴美と喜成にも助けてもらったから、私は全然大丈夫―――」

「はあああ、樹が無事で良かったああ! ごめんなあ、もっと早くに来てればぐほッ!!」


 樹の言葉の途中で、健先輩が樹に抱きつく。同時に、樹の右ストレートが健先輩の腹に見事に決まり、先輩は無残にも崩れ落ちる結果となった。

 しかし、振り返った樹は、何事もなかったかのごとく爽やかで。


「二人ともありがとう~! ごめんね、私も一人で対処できるようになるね! 今度は琴美を守るからね!」


 安心するほどの通常運転だった。


「いいのいいの! ああいうのは慣れてるし、いっちゃんを守れるならなんだってしちゃうよ!」

「結局、助けたのは先輩たちだしな」


 俺も、もっと一人で立ち回れるようにならないといけない。

 今まで以上に周りの目を集める二人を見て、改めて感じたことだった。




 結局その後、俺たちは五人で校内を回ることになった。

 先輩たちは屋台にいるとファンの人だかりで商売にならないからと追い出されたそうだ。宣伝を言付かったようで、背中には広告の紙がテープで貼られていた。こんな人気者でも、クラスメイトは気が置けない間柄らしい。

 樹が持っていたパンフレットを、みんなで覗き込む。


「ゲーム面白そうじゃん」


 正悟先輩の一声で、俺たちは教室棟で唯一一般来校者に公開されている一階に行くことになった。


「ゲームってどんなものあるんですかね」

「あー、去年はペットボトルのボーリングとかあったな」

「手作り感あふれるしょっぱい出来なのよ」

「へえ~、今年はどんなのだろね!」


 先輩に去年の文化祭のことなどを聞きながら歩いていくと、一番端の教室の前に小国先輩が見えた。


「あ、小国先輩」

「いっ、樹ちゃん!?」


 どうやら先輩は受付らしく、あと二人の生徒と教室前に出してある椅子に座っていた。目の前の机の上には「入場料百円」とおどろおどろしい赤い文字で書いてあり、締め切ってある教室の戸を見ると「お化け屋敷」と見るも素晴らしい達筆で書かれていた。


「ひぃっ」


 微かに悲鳴が聞こえた気がして振り向くと、そこには琴美に縋り付いている樹がいた。俺に縋り付かないのは、頼りないからだろうか……。


「おー、海斗のクラスはお化け屋敷だったっけ」

「連日かなり熱心に準備をしていたな」

「おう、春からみんなで構想を練ってた力作だ」


 興味津々な先輩二人と腕を組んで胸を張る小国先輩のやりとりの影で、教室の中から絹を裂くような悲鳴が聞こえてくる。面白そうで、俺も興味が出てきた。


「あ、あの、樹ちゃん。良かったら俺とお化け屋敷に―――」

「なんだってぇ!? 海斗入場料いらないって? 太っ腹だなあ!」

「よし、俺と正悟と海斗の三人で行こう」

「えっ、ちょっ、待っ、」


 明らかに小国先輩はそんなことを言っていなかったが、二人は、小国先輩の腕を引っ張って真っ暗なお化け屋敷の中へと消えていった。


「どうしよう、兄ちゃんたち待つ?」

「うーん、私ちょっと先輩がバンドするっていうから、女バスのみんなでそれ見に行くんだ。よしくんと二人でお化け屋敷に入っちゃいなよ」

「えっ」


 突然の琴美の提案にぎょっとする。

 樹が怖いもの嫌いなのはよく知っているのに、しかも琴美は一緒にいられないのにお化け屋敷を勧めるなんて、どうしたのだろうか。その疑問は、樹に何か耳打ちしていた琴美の口が、俺の耳に近づいたことでわかった。


「いっちゃんには言い含めたから、折角の二人きりのチャンス、存分に生かしなさいよ」

「は?」

「さっき助けてもらったお礼! こんな手助け、もう無いと思いなさいよ!」

「お、おう……」


 一瞬頭が真っ白になった。

 俺のこの感情を隠しきれているとは思っていなかったが、琴美に理解されているとは思わなかった。ましてや協力―――今だけのようだが―――してくれるなんて。

 けれど、呆けた頭はすぐに喜びに染まってしまう。


「じゃあよしくん、今日だけだからね!」


 手を振って体育館へと走って行ってしまった琴美を呆然と見送っていたら、ワイシャツを引っ張られた。目を向けると樹がこちらを見て首を傾げている。


「ねえ、喜成入る?」

「ん? あ、ああ。でも樹、嫌だろ?」


 言い含めた、と言われても、樹が嫌がることはしたくない。そう思って確認をとったが、樹は少し怯えた顔ながらも否定してみせた。


「本物のお化けが出るわけじゃないし、大丈夫。あ、でも力いっぱい腕握っちゃったらごめん」

「えっ、別に良いけど……」


 そんなの俺にとっては嬉しいだけだ、という言葉は飲み込んだ。

 幸せでどうにかなりそうな頭は行動を鈍らせて、入場料は俺が出す前に樹が出してしまった。こういうところで格好がつかないのだから情けない。

  受付の先輩に、にこやかに送り出されお化け屋敷に入ると、すぐに入口の引き戸が閉じられる。暗幕が一面に引かれているものの、懐中電灯が置いてあったり、なにかしら光源があったりして、歩けないほどの暗さではない。

 少し離れたところで悲鳴が上がった。


「ひぃ、こわい!」


 悲鳴に驚いた樹が、ぎゅっと俺の腕にしがみついてきた。俺の腕を抱きしめるようにするものだから、樹の熱と胸のふくらみが、薄い夏の制服越しにあからさまに伝わってくる。恐怖で固まる樹とは別に、俺も固まってしまう。


「……樹、あんまりしがみつかれると、その……」

「ごめん、痛くても我慢して!」

「いや……痛くはないんだけど……」


 恐怖のために必死な樹の様子に少し冷静になるものの、やっぱりしがみつかれた部分に意識が集中してしまう。


「うひゃあっ!」


 いろんな意味で恐る恐る歩いていたら、突然樹が悲鳴をあげた。視界の端で揺れたものがあって、触ってみるとこんにゃくだった。樹の顔面に直撃したらしい。


「樹、大丈夫、こんにゃくだよ」

「うう……」


 一つ目の角を曲がると、そこは少し空間ができていて、小型テレビが鎮座していた。その画面には真っ赤な砂嵐が流れていたかと思うと、突然髪の長い女が映り、呪いの言葉を吐きかける。


『死ねぇ……死ねぇ……』

「ヒィッ!」


 腕に絡まる樹の力が強まる。二の腕に樹の荒い息が当たる。


「うあ……こわいよぅ」

「樹、落ち着け、大丈夫だから」


 涙声が可愛くて可哀想で、思わず樹の頭を撫でていた。息が落ち着いたのを見計らってまた足を進める。

 しかし、なぜかすぐにその足は止まることとなった。

 怪訝に思って振り返ると、なぜか樹は声を上げられない様子で涙をぼろぼろ流していて吃驚する。


「!? どうした樹、もう少しで終わるから……」

「……ぁ、……ッ、あ、し……」

「あし?」


 足がどうかしたかと見下ろすと、そこには暗闇でもわかるほど白く塗られた手が、ぬっと暗幕から伸びて樹の足を掴んでいた。

 その太さは、明らかに男の腕だ。


「……おい。いい加減に離せよ」


 男の手が樹に触れていると思ったら、樹にしがみつかれているおかげで天国みたいな脳内が、一気に冷えた。怒りのまま声を発せばすぐにその手は離れたが、先輩とは言え誰かわかったら報復にいきたいくらいだ。


「た、たすかったぁ……」

「悪い、すぐ気づかなくて」

「ぜ、全然! と、とにかくもう早く出よう……?」


 がちがちに怯えた樹を見ると、やっぱり入らなかったほうが良かったかと申し訳ない気持ちになる。

 しかし、琴美がなんと言ったかは知らないが、こんなに苦手なのに俺と一緒に入ることを選んでくれた気持ちに嬉しくもなって、少し自分が嫌になった。

 その後も細々(こまごま)と仕掛けがあって、その度に樹はビビり、外に出た時には泣きじゃくっていた。


「ふっ、うう、こわ、こあかったぁ」

「よしよし、ほらもう外だから、大丈夫だよ」

「ううぅ……」


 外に出たというのに、樹はまだ俺にしがみついている。頭を撫でたらもっと撫でろとでも言うように頭を寄せてきて、幸せすぎて夢じゃないかと思った程だ。

 しかし、夢とは一気に覚めるものである。


「おいこら喜成」

「なに樹にべったりくっついてるんだ……?」


 地を這うような低い声で、健先輩と正悟先輩が俺に詰め寄る。


「いやー、これは不可抗力で……」


 俺、午後まで命あるかな、と割と本気で思ったとき、樹が勢いよく俺から離れた。

 なぜかその顔は赤い。人前だったから恥ずかしかったのだろうか。


「ご、ごめん喜成!」

「い、いや、俺は迷惑じゃないから」

「当たり前だろう、もし樹を迷惑だなんて思ってみろ」

「俺たちで潰しに行くからね」


 その考えは同意できる。


「全く、琴美もいるからと思って油断した」

「受付が二人で入っていったって言うから、こっちは気がきじゃなかったっつの」

「なんで?」


 過保護な先輩たちのもっともな台詞に心の中で頷いていたら、本当に不思議そうに樹が首を傾げるものだから、渋い顔になってしまった。


 俺はやっぱり、異性として見られてないんだな……。


喜成ルート確定

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