29.なんぱおことわり
私と琴美は、十一時から三十分間売り子をする予定なので、それまではフリーだ。あんまり気は進まないけれど、なかなかにしっかり作られた襷をかけないわけにもいかず、二人でお揃いになった。
「ねえいっちゃん、気分上げるために写真とっていいかな」
「うん、いいよ……」
返事をした瞬間、機嫌が悪そうだった琴美の表情がパァっと明るくなり、ポケットから取り出したデジカメをさっさと起動してレンズをこちらに向けている。
「はい、笑って~!」
「え、えへ」
カシャリ。そんな電子音がして、琴美は早速出来を確かめる。
「あはー、いっちゃん表情かたーい! でもそんなところも可愛い~!」
「そ、ソウデスカ」
琴美の機嫌が良いのなら、私にはなんの意見もありません。
「じゃ、早速模擬店まわろっか! いっちゃんは何見たい?」
「う~ん、とりあえず一回りしてみない?」
「おっけー」
外来受付も始まったようで次第に賑わい始めた校舎の中、私たちは多くの模擬店が出ている中庭へと足を向けた。
飲食系や、うちのクラスがやる水ヨーヨーの屋台のようなものは殆ど中庭で活動している。輪投げやお化け屋敷のようなちょっとしたアトラクションは一階の一年生教室に割り振られており、体育館では有志のバンド演奏や漫才などが時間を区切って行われることになっている。午後のトリは、考えたくもないがミスコンだ。
「あー、漫才は十一時からだって。見れないなー」
「残念だねぇ」
途中で配布していたパンフレットを一部もらって、歩きながら確認する。ちょっと気になってたんだけどなあ、漫才。他には何か目星いものはないかな。琴美に手を引いてもらって周囲への注意を怠りながら、確認を続けていた時である。
「ねえねえ、なにその襷」
「あー、入口に貼ってあった写真のコたちじゃん? 実物ちょーかわいーね」
突然目の前に見知らぬ男どもに声をかけられて吃驚する。私服だから外来だ。どうやらコンテストの写真を見てきたらしい。ビクビクしていたら、琴美が私より一歩進んでにっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます。ぜひ投票してくださいね!」
「お、おう」
琴美はそれだけきっぱりと言うと、俺の腕を掴んで踵を返した。
「ああいうのには関わらないのが一番」
ぼそりと私に聞こえる声でそれだけ呟くと、さっきよりも足を速める。ちょっと躓きそうになったとき、なんとあの男どもが回り込んできた。どうやら少し走ったようだ。そんな行動があんまり格好いいとは思えない。
「そんな逃げなくてもいいじゃん」
「投票もしてあげるからさ~、ちょっとお話しよ? あ、アドレス教えてもらってもいい?」
なにガツガツしてんの、こいつら。もーやだ。
ここで私が男だったら、……突き飛ばされて終わりかもしれないけど! 琴美を守る気概くらいみせられただろうに、今は逆に琴美に守られている。私だって琴美を守りたい。でも、女としての対応なんてわからないし、変なことを言って怒らせてしまっても怖い。
「樹、琴美、どうした」
「あっ、喜成!」
ちょうどいいところに現れた! 私は琴美の手を引っ張って、喜成を盾に男どもから距離を取った。
「えー、そんな態度、傷ついちゃうなぁ」
そんなん言われたって、勝手に傷ついてろとしか思えない。付きまとわれて喜ぶか馬鹿。
どうやらそれで喜成は察してくれたらしく、私たちを守るように立ってくれた。なんだかこの背中が頼もしく見える。私が男だったときでも、こんな背中にはなれなかったと思う。
「こいつらにちょっかいかけるの、やめてもらえますか」
体の芯から冷えるような低音。一瞬、それが喜成の口から発されたものだと理解できなかった。
「は? なんなの、お前どっちかの彼氏なわけ?」
「じゃああれだ、彼女じゃない方でいいからさ、紹介してよ~」
馴れ馴れしく近寄ってきた男を、喜成が睨みつける。それに気が逆だったのか、男どもの表情が一気に険悪になった。
「お前、カッコつけてんじゃねえぞ?」
ああん? と睨みつけてきた男どもに、こっちがハラハラする。安易に頼っちゃったけど、喜成に何かあったらどうしよう! 早く誰か、先生、先生呼んでえ!!
そんな時だ。
「あーらら、可愛い可愛い樹を見に来たら」
「うちの大事な妹に、なんか用ですか」
恐怖の大王が降臨した。




