14.ふともものみりょくってなんですか
日曜日の朝、幼馴染が襲来した。
■ ■ ■
「コトちゃん、遠峯さん、お待たせー」
ショッピングモール一階、大時計前。
俺と琴美の前に、貝塚さんが駆け寄ってきた。一緒に買い物しようと、琴美が誘ってくれたのである。
「全然待ってないよー。走らなくても良かったのにー」
「ううん、ごめんねえ。電車逃しちゃって……。あ、遠峯さん今日は化粧してるー」
「ぎゃー! 見ないでー!」
そうなのである。
今朝早くに琴美が我が家に襲来したかと思えば、琴美はメイク道具を片手に不敵に笑いやがったのだ。
そして完成されたのが現在の顔。厚くは無いけど、マスカラで目が当社比1.5倍。睫毛が重い……。
「えー、なんで? かわいいよ?」
にこにこと言われるととっても居たたまれないのは、何故だろう。
「ほらー、えっこも可愛いって! 普段からビューラーくらい使いなよー」
「ふっ、お世辞はそこまでだ! お願いやめて!」
羞恥心で死ねるパート2!
ビューラーってあれでしょ? あの睫毛挟んでくるんってするやつ。
瞼挟んで痛かったよ……。
「しょうがないなー。じゃあとりあえず服屋から回る?」
「おっけー」
うっうっ、朝からHP削れ過ぎだよ……。
一同が向かったのは、カジュアルな服が揃えてあるお店。マネキンが着てる服が、悉くスカートでちょっと場違いな感じが否めない。
「スカート欲しいんだよねー」
服を物色しながら言う琴美に、貝塚さんは肯きながら隣の棚を物色している。
「私、いっそワンピース買おうかなー。上下で悩むの面倒」
「わかるー」
わかんなーい。
「デニムにTシャツで良くない? ねえ良くない?」
そう言う俺の今日の服装は、デニムにグレーのパーカーです。男の時から着てるパーカーだから、ちょっと大きく感じる。そしたら、琴美がこっちを見て、すごく怖い笑みを浮かべてきた。怖い!
「……えっこ~、いっちゃんの服選ぶの手伝ってー」
「まかせとけい!」
「ええ!?」
「いっちゃんにスカート穿かせたーい」
「遠峯さん、私服でスカート穿かないの?」
「穿かない! 穿きません! 頼むからスカートはやめて!」
「えー、今だけだよ? 短いの穿けるの」
「あ、じゃあショートパンツは?」
「太股出るのは、ちょっと……」
「どんどん見せて行こうぜ!」
貝塚さんのサムズアップが、とても安心できない。
「だ、だって、二人みたいに細ければ良いかも知れないけど、私太いし……」
変化した自分の体の中で、一番衝撃を受けた部位だけに、できれば隠す方向で行きたいのだ。
「遠峯さん、あのね、あなた言うほど太くないよ? ごく普通。」
「そうだよー。それにこれはムチムチしてた方が可愛いし。」
「それに、胸もあるでしょ? 私どこもかしこも肉付き悪いんだもん。着る服選ぶっつーの」
「逆に隠す方が目立つ場合もあるしねー」
「ということで」
「「試着しようか」」
「……は、はい」
ぐっと押しつけられたショートパンツ。
それを手に、俺は試着室へと押し込められた。
結構強引だったけど、二人とも俺を気遣ってくれているのはわかった。楽しい休日を俺のせいで空気悪くもしたくはないし、ここは度胸だ。俺は深呼吸をして、デニムのファスナーに手を掛けた。
「いっちゃーん、サイズどう?」
「うん、大丈夫ー」
「遠峯さん、カーテン開けて良い?」
「う、うん……」
返事をしたらすぐに開いたカーテンに、ビクッとしてしまった。絶対手を掛けていたに違いない。
「おー、良いじゃーん」
「魅惑の太股ね」
二人に笑顔で感想を言われ、しどろもどろになってしまう。
鏡を見た時に、自分でも思ったのだ。
考えていたよりも良いな、と。
「これは買いでしょ」
「どーする? カラータイツ合わせて、Tシャツも買えば今日のスニーカーにも合うんじゃない?」
「そうしよう。」
「え? え?」
「いっちゃんそこで待ってて! すぐにTシャツ持ってくるから!」
「ええ!?」
ショップを出る前の私。
緩めのパーカー、デニム、スニーカー。
ショップを出た時の私。
レイヤーしたTシャツ、ショートパンツ、譲らなかった黒タイツ、スニーカー。
「あー、良い買い物したわー」
「オレンジのタイツも可愛かったのにー」
ほくほく顔の貝塚さんと、未だに不満顔の琴美。二人の手には、それぞれ可愛らしい服の詰まった、ショップのバッグが提げられている。ちなみに同じものを私も持っているが、中身は先程まで着ていたパーカーとデニムなので、若干二人よりも嵩張っている。
「無理だよ、初心者にあれは。すごい度胸試しだよ。」
あのオレンジは目に鮮やか過ぎた。
「まあ、これから暑くなるし、タイツは今度で良いんじゃない? ねえねえ、次はあそこ見たーい!」
「私も見たーい! メモ欲しいんだよね」
やっと難が去ったかと思えば、次はファンシーな雑貨屋に行くようだ。元気ね、君たち。ここ出たら、お茶しようって言おう。
「か、か、かわいい……」
私は雑貨屋で、衝撃的な出会いを果たしました。
何、この猫! 何、このフォルム! 何、この可愛らしい顔! 何、このぐてっとした感じ!
「いっちゃん、何見てんの? ……ああ、ごろねこかあ。いっちゃん、猫好きだよねえ」
「ごろねこ!?」
「うん。あ、知らなかった? 『ごろ寝シリーズ』の猫キャラだよー。他に、ほら。犬とペンギンとカエルがいるんだよ」
そう言って琴美が示したのは、所狭しと陳列してある、同じごろ寝体勢の犬、ペンギン、カエルのぬいぐるみたち。キーホルダーもある!
「うはあ、かーわーいーいー! これ買う!」
ふわっふわだよ~。このキーホルダー、学校の鞄に付けよう。そうしよう。
「良いな~。私もけろたん買おっかなー。おそろー」
「いえーい、おそろー」
「……見つけたと思ったら、あなたたちなに楽しそうなことやってるのさ?」
呆れた顔の貝塚さんに声を掛けられて、ああしまった見られていたと我に帰り、一気に顔が熱くなった。
「あの、すいません。あまりの可愛さにちょっと我を忘れてしまったんです。許して下さい。」
「えっ、急に謝られても。良いじゃないそれくらい。みんな普通にやってるよ。」
「あはは、いっちゃん真っ赤ー」
人目もはばからずー! 失態だ!
■ ■ ■
「遠峯さんて、ちょっと近寄りがたいイメージあったけど、結構面白い人なのね」
フードコートでジュースを飲みながら、貝塚さんがしみじみと言う。
うあー、ごめんなさいー! 色々失敗やらかすんですー! 笑って見逃してもらえるなら嬉しいですー!
「いっちゃんはちょっと人見知りっぽいところがあるからねえ。あんまり自分から友達つくったりしないよねー」
「え、何? 私の解析? やだー、当たってる……。」
特に高校からは、女子の輪に入れるか不安で、琴美に頼りっきりだったしなあ。
「そうなんだ。ねえねえ、遠峯さん。樹ちゃんって呼んで良い? 私の事は恵美子かえっこって呼んでよ。」
「ええー、良いの? 私のことはもちろん、好きに呼んで!」
「ありがと。」
にっこり笑う貝塚さん、…否、恵美子さんは、何と言うか頼もしいお姉さんに見えました。
ひょっとして、女子の友達ゲットじゃね!?




