騒動の後で
ホテル襲撃の翌日。21世紀であればテロが発生なんてすれば周辺区域は犯人が捕まるまでしばらく封鎖、周囲は厳戒態勢になるはずである。
「テロですってあなた」
「おや、いつも通りだな。護衛のサブスクを利用するか。広告をスキップしてと」
「こういう感じなんだな……」
だが23世紀では日常らしい。まあ暗殺なんて日常茶飯事。一時期は俺も暗殺率300%を超えた時があったくらいだからな。一日3回暗殺者、もう食事と同じで半ばルーチン化。あれを止めてくれたアヤメちゃんには足を向けて寝れねえぜ。
ちなみにそんなアヤメちゃんは現在ダークワカヤマ社に呼び出されて涙目。俺とバカンスする気満々だったらしいのだが、今回の件について話し合いがあるとかでドエムアサルトに引きずられていった。さらについでに言っておくと、ドエムアサルトも無事である。
自分に引っ付いてた菌をペットとして飼うと言って聞かず、しばらく喧嘩していたがあれがどうなったかは俺も知らん。というか菌がペットってどういうことだよ、何で調教成功しているんだよ。まあ知能指数は一緒くらいだろうし、通じるところがあったのかもしれん。デスア〇メとドMで。勝手に争え。
それはさておくとして。俺の予想とは裏腹にダークワカヤマ海岸は平常運転。客はいつも通り海を楽しみ、観覧船とアクアゴリラが海辺を漂う穏やかな光景が広がっている。アヤメちゃんの指示でレターパックが暴れた後片付けをしていたらあっという間に夕方。そんなわけで早速居酒屋『郷』ダークワカヤマ海岸支店の開店である。
とはいっても昨日のような珍客が連続してくるわけもない。そう思っていたのだが。
「昨日の兄ちゃん、こんなところにいたか!」
「お、レターパックに洗脳されてた奴じゃん」
開店してから早速、1人の男が現れたのだ。ガタイがよく、警備服を着ている彼は昨日見た、通路で倒れこんでいた男である。レターパックを引きはがしたあと気を失っていたが、どうやら無事回復したらしい。カウンターの席に座る男にメニュー表を差し出しながら、俺は聞いた。
「他の奴らは?」
「まだ病院だな。人によって回復期間が大きく異なるらしい。あの菌糸にどれだけ深く操られていたかが影響するらしい。幸いにも俺は身体改造率が高かったおかげか、定期的な通院と投薬さえあれば大丈夫、って話だ。おっと兄ちゃん、とりあえず合成酒『アクアゴリラの握りっ屁』一本」
「それはよかった。シゲヒラ議員、注文入ったぞ」
「了解なのじゃ~」
シゲヒラ議員が酒を注ぐ間、彼と話を続ける。
「それはそうと本当に助かった。感謝するぜ」
「いいってことよ。俺にとっては大したことじゃない」
「脳天に貫通弾叩き込まれてたのに……」
「やべっ、あの時いた奴かよ」
俺としては確実に再生して意識も保持できるので全く怖くはないのだが、まあ赤の他人からすれば単なるヤバい生命体にしか見えないよな。単なる一般居酒屋店主なのに。俺がどう回答すべきか言いよどんでいると、警備兵はふっと笑う。
「いいさ、どうせどこかの金持ちの護衛で、特殊な身体改造でもしてるんだろ? 最近の技術じゃ何ができても不思議じゃない」
「分かってくれたようで何よりだ」
「あれ、じゃあなんで居酒屋なんてやってるんだ……?」
「おっとそれは言わないお約束だ。良くある話だろ、金や名誉より大事なものがあるなんて」
「金より大事なものあるか……?」
「23世紀キッズがよ……」
くだらない話をしながら警備兵はぐいと合成酒を呷る。コップを置いた後に警備兵はメニュー表をまじまじと見つめた。変なことでも書いてあっただろうか。産卵ア〇メ苗床化菌ウミガメのスープ準備中、くらいしか特筆すべきところは書いてないんだけれど。
だが彼の目の付け所はそれではなかったらしい。
「マグロマンの竜田揚げはやっぱりないのか?」
「魚なのか人なのか竜なのかはっきりしてくれよ」
というかそれも名産なのかよ。確かマグロマンってチ〇ポ狩りされてる奴だよな。チ〇ポは狩られ体は竜田揚げにされる。これほど可哀そうなことがあるだろうか。まあそれを言うならここ直近で一番可哀そうなのはドエムアサルトに調教された菌糸なんだろうけど。
「……ってやっぱり?」
そのタイミングでふと、警備兵の言葉に引っ掛かりを覚える。何故わざわざこんな聞き方をしたのか。そういえば、確かマグロマンがいないなんて話はあった。でもそれはダークワカヤマ社に努める人間なら周知の事実で、わざわざ聞き返す必要などないのではなかろうか。
そう思って聞き返すと、警備兵は声を潜めて言った。
「……上は何かを隠している。今回のホテル襲撃の件、俺たちは違法薬物を飲まされ襲撃に加担させられたことになった。あの菌糸っぽい何かの件、そして送られてきた小包の件は隠ぺいするように命じられているんだ」
「……どういうことだ?」
それは奇妙な話だった。あのサノア博士が脱走し暴れているのであれば、事実を公表しむしろ被害者アピールをした方が効果的なはずなのだ。更に言えばホテル、という視点で言えば警備兵の語る嘘も、実際に起きた真実も信用を落とすという点では大差が無い。つまり、ダークワカヤマ社にメリットがないのだ。だからもしこの嘘をつく理由があるとすれば。
「つまり隠したいのは、菌糸であるということの方なのか……?」
俺の答えに警備兵は静かに頷いた。
「現時点では一切の確証はない。ただ、俺たちの監視下でマグロマンの死体は上がってきていない。つまり水温の問題やウイルスがどうこうという話ではなく、実験に使われたか、あるいは圧倒的上位の捕食者に海中で食べられた可能性がある。つまり、核を投下される可能性が出てきたんだ」
「おいおい急に話が吹っ飛んだぞ」
「俺やダークワカヤマ海岸に詳しい者は知っているんだ。企業同士の戦争中に、あれと同じ見た目の菌糸が出現したことがあるから」
「……源菌、か」
警備兵がここに来た意味を理解する。単なる感謝の意ではなく。情報収集と、強者に助けを求める為に。彼はリスクを負ってここに話に来ていた。
「ダークワカヤマ海岸にはかつて核が落ちた。それは戦争中だったからではあるが、対象は敵の軍隊とかじゃない。明確な投下対象が存在した。そいつは菌糸を伸ばし、周囲の生命体を取り込み無限に成長し続ける。両軍に対し無差別に破壊を振りまくその生物兵器は不死身に近かった。故に、仕方なく核を使い跡形もなく消し飛ばした」
「……そいつの名は?」
「生物兵器『鉄菌竜樹』。仮にこいつが出現したとなれば、俺らごと核の炎に飲み込まれる危険が出てくる。なあ、兄ちゃんならなんとかできねえか?」
◇◇◇◇
「何とかできねえかと聞かれてもな。俺だけが耐えるなら余裕なんだけど……」
警備兵が帰った後、グラスを片付けながら俺は一人愚痴る。核の投下。急に規模が大きくなってきたが、可能性としては理解できる。何故なら俺相手に核使用は何度も検討されたからだ。生憎全然死なないし引きこもり始めるしで費用対効果の関係や周囲を巻き込む都合上その機会は訪れなかったが。
逆に言えば無差別破壊を振りまく不死身の生物兵器相手であれば、企業は核の使用を躊躇わない。ゴ〇ラやガ〇ラが暴れていると考えれば、放射性物質の除去技術が確立されている23世紀であればその選択肢は妥当とすら言える。
まあ自身の傘下企業や社員が被害にあう可能性があるからその目をつぶすのは当然だし、何なら企業の力を強調できるチャンスとすら言える。というか俺がいることを考えると「『龍ごと殺せてお得!』」なんて言い出しかねないんだよなぁ。
「もっとも『鉄菌竜樹』の詳細な能力にもよるから現段階ではなんとも言えないけどな。不安要素置いていくならせめてもっと情報教えてくれよ……」
さてどうしたものか。そう考えていると暖簾をくぐる二人の男女が現れる。俺はその姿を見てため息を吐いた。
「今日はまともな客ばかりだと思ったのに……」
さっきの客は話こそ不穏ではあったが、それ以外は凄く真っ当であった。急に人妻戦車とか言い出さないし。暗黒街の外はまともで心が落ち着くなぁ、という俺の考えは暗黒街基準に照らしても異常な人物の登場により打ち消される。
そこにいたのは能天気な銀髪の女、レターパック郵送犯のノウミ。そしてもう一人があの二刀流の剣豪であった。老人は静かに俺の前に歩み寄る。
「単刀直入に言う。『龍』よ。ワシと決闘せよ」




