06. 第二王子の戦場 1
前話に引き続き第二王子エンゾ視点。
2章12話『開戦』の中央軍視点になります。
辺境側視点よりは若干、派手な感じ(多分)かと思います。
「ようやくだな」
馬を並べる司令官に話しかけるでもなく、小さく呟いた。
目の前には深く広大な森が広がっている。
御前会議によって南征の総大将の立場を得てから一番に行ったのは、小規模な軍を指揮して盗賊討伐だった。
二百余人ほどの賊たちを拘束し雑兵として軍に組み入れる。とはいえ一般兵と同じようには扱えない。野放しにすれば何をしでかすかわからない上に、脱走するのは必至なのだ。
森の外縁に到着してから半月――
遠征中の仮住まいとは思えない程度には頑強な宿舎がいくつも建った。幸いにも資材となる木は目の前に大量にあった。
全体的に森を削るのではなく道を作るように伐採を進め、最終的には攻城兵器を使う予定だが、それだけでは木材が余るのだ。
何より少しでも移送の距離を減らすために、攻撃に使う分はもっと森を切り開いた先で作る予定だ。
辺境が攻めて来た時のために、森の外縁にも投石機を並べているが。
空を行くワイバーンだったとしても、魔法で飛距離を伸ばした投石は脅威だ。雲より高く飛べるなら話は変わってくるが、せいぜいが城の尖塔と同程度の高さまで。十分に対応できる高度だ。
一見、順調に進んでいる様子だったが……。
「何故、未だ辺境の城塞に到達しない?」
辿り着くどころか、新たに切り開いた先はただ樹々が見えるだけで、城壁は欠片の痕跡すらなかった。
「一体、どうなっているのだ? 盗賊共が手を抜いているのなら、昼だけと言わず夜も働かせろ」
半月しないうちに森を抜けるのが当初の予定だった。今頃は攻城戦が始まる時期の筈だったが……。
「森が広がっているのです。以前、まだ辺境と往来があったときの倍、いえ三倍以上にございます」
「は……? あれからどれほど時間が経ったというのだ。たった二年だぞ!?」
正確には二年を少し超えた期間。木が茂り森になるほどにはあまりの短さだ。
「魔法結晶の一大産地が南の辺境とはいえ、最近は採取量が落ちていただろう?」
自分で言って気付く。
「…………!! 採取量を偽っていたのか!」
「そうだとしか思えません。とはいえ盟約で決められた数以上には献上しておりますから、責められなかったのが歯がゆいところ」
近年は南の辺境自体の採取量が減少し、反比例するかのようにほかの地域では増加していた。
すべてが偽りだったとしたら……?
現在の総量よりもかつての最大量の方が多い。差分を懐に収めていたとすれば、森を急拡大できたのも頷ける話だ。余った魔法結晶を城塞に使用したとしたら、どれほど魔法で強化したとしても攻城兵器が役に立たないかもしれない。
――――――このままでは勝ち目はない……!
攻城戦に持ち込む意味がないなら、せめて守りを削り弱体化させてから再戦した方が可能性はあるか。
逡巡したのは僅かな時間だった。
「最後に雨が降ってから何日経った?」
「……明日で丁度半月ですね」
雨の少ない季節とはいえ、一月近く降らないのはまずない。いつ雨になってもおかしくない頃合いだった。
「未明に火を放つぞ」
当初予定では森の木々を城塞攻略時の目隠しとして利用する筈だった。鬱蒼とした森は上空からの視認性を下げるのだ。
「しかし……」
司令官が躊躇いがちに声を上げた。
森を焼くのは予定にない。
だが城塞攻略が難しいと判った今、違う手を打つ必要がある。
「このままでは城塞攻略に失敗する。だったらせめて我々の行く手を阻み、いたずらに体力を消耗させる森を削る方がマシだ。その後に改めて攻略を行う。なに森のすべてを焼き払うのではなく、行軍に必要な土地だけだ。数の利を生かせる作戦を実行できる程度だがな」
幾筋もの道を作っている。
今のままでは行軍したところで側面から叩かれて終わりだ。横からの攻撃には弱く、分断されて撃破される。
そして前線を線状から面状にするのは、数の利を生かせない。
南の辺境に接している森の半分ほどは焼けるが、戦後の資源確保の最低必要量には問題ないだろう。何だったら手つかずの南と西の辺境付近を開拓してもいい。
「ですが……!」
「隠し持っていた魔法結晶の大半を城塞強化に使っていたとしたら? 残りを森の成長に使ったとしたら。逆かもしれないが、どちらにせよ限界まで強化された城塞に、魔法で強化しただけの攻城兵器が役に立つと思うか?」
「……まさか。いや、あり得るのか」
「できるだけ多くの箇所で一気に火を点けたい。落ち葉を集め着火地点付近にばら撒け。燃えやすいものはなんでも撒け」
火を点ける予定はなかったから油の用意はない。とはいえ晴天が続き良い塩梅に乾燥し、森林火災が拡大しやすい状態が整っていた。
本当なら視認性の悪い深夜に火を放ちたいところだが、魔狼を始めとする凶暴な魔獣の多くが夜行性だ。命令を実行する前に食われるのがオチだろう。何より怯えて使い物にならないか脱走するのは目に見えている。
そして東の稜線が明るくなる頃に事態は動いた。
幾筋もの煙がたなびいたと思った数瞬後に、炎の赤が風に揺られながら広がっていく。
物見の塔と大層な名前はついている櫓の上から火の広がりを確認する。
――まあ悪くない。
まだ火の手が上がったばかりだからどうなるかわからない。成果はこちら側ではなく、辺境側の対応の早さ如何で変わってくる。
自分ができる手は残っておらず後は見守るだけだ。
一刻を過ぎたが、しかし辺境側に動きは見えない。
ようやく城塞からワイバーンが飛び立ったのは二刻に少し足りない頃だった。
魔法で起こした風に煽られた火が広がり、順調に森を焼いている。
――これからが本番だ。煙がどれほど視界を奪うかわからぬが、水の魔法結晶を使えば鎮火は一瞬だろう。
だからこそ一か所ではなく、しかも一度に消火できないほど離れた場所で火を放ったのだ。火矢を打ち掛けるための油を周辺に撒き、一つずつの火勢も簡単に消せない。
「良い感じに森が乾いているな」
「開かれれば兵を出すのも楽になりましょう。反面、我々も空から丸見えになりますが」
「もっともだな」
慢心する気はないが、火の手が上がってから二刻を過ぎても、辺境側はワイバーンを何頭か飛ばすだけで精一杯の様子に笑みが零れる。
だが――
「雨が……」
前線からの報告は異なものだった。
雲一つないというのは語弊があるとはいえ青空が広がり、今日も一日良い天気が約束されたような空模様なのだ。
「雨、いや魔法で水を降らせているのか……?」
意味不明な報告と呼べないような独り言が続いた後、火が揺らいだ。
霧のような靄が火を面紗で覆うように現れたと思った直後から、急激に勢いをなくして消えていく。
一つだけではなくすべての火が。
――一体、何が起きた?
状況的にはまとまった雨が降ったとしか思えない。
だが空にはそれほどの雨を降らせるような雲は一つとしてなかった。
疑問は森に火を放った者たちが帰還して、直接話を聞いても解決しなかった。
空が暗くなることもなく、突然、夕立のような激しい雨が降って火を消したというばかりだ。
「ワイバーンに乗って上空から水を降らせたか」
「そう考えるのが妥当ですが……」
司令官の言いたいことも、前線に居た者たちの言いたいこともわかる。
現場の真上にはワイバーンが見えなかった。
前方の、魔法を行使するには無理のある距離から、こちら側の様子を監視していただけなのだ。




