05. 二度目の南征
前半、王太子視点
後半、第二王子視点になります
本日の御前会議の議題は三件。
最初に議論されたのは、北東地方で複数の領地に跨って跋扈する盗賊団の討伐について。誰を団長にしても敵対派閥が難癖をつけてくる。
かといって誰からも反対の出ない人事――王族か近しい者を出せば、今度はほかの地方が「自分たちが蔑ろにされている」と言い出しかねない。
面倒ではあるが、適当に声の大きかった者の血筋から人を出させて、失敗することを何度か繰り返すと、それ以上何か言ってくることはない。経験上知っているから大した問題にはならなかった。
二件目の議題もつつがなく終わり、三件目。
辺境の再編成についてだ。
――今のところは上手く行ってるな……。
西と北の辺境伯家は調査と対応が終わっている。
結果としてバルト辺境伯家は領地を元の三分の一まで減らし、降爵されて子爵家になった。スタンピード以前の領地より更に小さく、当時よりも爵位を一つ下げたのだった。
西の辺境と違ってまったく管理できてない領地は治安が悪く、掃きだめのような状況だっただけでない。偶然にもワイバーンを手にした傭兵団が、国から離反した東と南の辺境伯家を襲撃していたのを知らなかったのが一番の原因だ。
国の預かり知らぬところで、平民が勝手をするのは許されない。
本当であれば褫爵したいところだったが、苛烈な処罰は反感を招くため手加減したのだ。
――北は旨味のない土地だが、利のある土地ばかり手中に収めてしまっては、弟たちからの反発がくる。
そして東と南の森に隣接する領主たち……。
今まで森の管理を放棄していたが、これからはそうもいかない。
西と北の辺境伯領同様、スタンピード以降に減った貴族家の領地を合わせて、領地を再編した。同時に陞爵したが、利益を享受するだけで義務を果たしていなかった。隣の辺境伯家に任せきりで。
委任相手がいなくなったから自ら義務を果たせと言えばできないと返ってきた。だから領地の辺境側の半分以上を取り上げた。その土地の西半分、肥沃な南の森の中でも特に実りの多い土地は、隣接する王領と合わせてミラボー公爵領地となっている。
残りの半分は十分に実り豊かであるとはいえ、南の印象からすると比較的おいしくない土地だ。エンゾに任せても良いと思う程度に。
「西は何も問題はない。むしろ状況を鑑みて採取量を増やすことを確約されています。北は無法地帯と化していたため、現在立て直しの最中です。東と南は手つかずですが、元々整備されていた土地ですから、村人を入植させ指導者を就ければどうとでもなるでしょう」
既に南の一部は再編済だとは言わずに、正常に治められていない事だけを口にした。辺境の離反と再編成は国の再編へと続くだろう。その礎を私が作っている。
隣から苛立った気配を感じた。足場作りのために王都で動いていたエンゾは、自分の見える範囲でしか物事を考えていなかったのだろう。私の事を陰で都落ちした敗残者と言っていたらしいが、実際は外堀を埋めていただけだったのだから。
確かに私は失敗し離反を招いたが、尻ぬぐいは自分で行った。既に失態以上の成果を出している。
「東か南を第二王子に任せたいと考えております。未だ中央の手が入っていないとはいえ、元は管理が行き届いた森です。少し手をかけてやるだけで、入植も採取もできるでしょう。そうやって兵站を確保した上で、改めて反逆者の討伐ができればと考えております」
南も名を出しているが、ランヴォヴィル伯爵から取り上げた土地の西側半分は、隣接する王領と合わせて既にミラボー公爵が治め、順調に領地経営している。
東半分は西側よりも魔獣が少なくより安全だが収益は少ない。
とはいえ北と比べれば十分な収益が見込める分、悪い土地ではない。
「確かに向こうは領地から出ずに戦える分、有利ですな。籠城というには些か広すぎる土地でもある。対してこちらは補給線が長すぎる。兵の補充もできるでしょう」
「指揮の失敗を自分以外の要因の所為にされるのは如何なものかと思いますよ、兄上」
「準備が万端ではなかったのも、私の失敗の原因ではあるかと思っているが?」
エンゾの言葉は、またかといった雰囲気をもたらす。私に対する反感を隠そうともしないのは、今に始まったことではない。時として反骨精神が良い結果をもたらすと大目に見られているが、母の実家の力によって許されている面も大いにある。
ただ今回の場合は軍事が絡んでいるからという理由もあるだろう。軍はエンゾの得意分野だ。
スタンピードとそれに伴う森の広がりによって大陸が分断され、ほかの国がどうなっているか不明とはいえ、盗賊団による被害や貴族間の騒動など、武力に頼る余地は多く、王太子である自分以上に活躍しているのは事実である。腹芸が下手で謀略を張り巡らせられないから、剣に活路を見出したとも言えるが。
「たかが辺境三家に対して、何を恐れているというのです?」
「私はそれほど軍事に明るくないからね。それにしっかりと準備をすることで味方の損耗を減らせるのだから、慎重を期しても良いと思っているよ」
「弱腰にも程がありますよ」
「第二王子にとっては楽な相手のようだね」
穏やかに言い返してやれば、思った通り煽り返してきた。
「適任者が現れましたね。ここは任せてもよろしいでしょうか」
「エンゾ殿下でしたら辺境の無礼者共を一掃するのも容易でしょうな!」
私に賛同したのは中立派の貴族だ。知略の王太子、武芸の第二王子という形で我々を認める穏健派でもあるが、やや第二王子に傾いている。実のところ私の隠れた支援者なのだが。今日のようにエンゾを持ち上げて動かすときに重宝している。
「王太子殿下は北の辺境地を立て直すのに取り組まれておりますし、弟殿下に武勲を譲られては?」
こちらも第二王子寄りの中立派貴族の言葉だ。先の発言者と同じく私の配下である。
北の辺境は森から最も遠いだけでなく、スタンピード以降も大型魔獣がおらず小型の魔獣も少ない。回復薬を始めとする魔法薬の原料もあまり魔力の含有量が多くない、採取だけの面だけで見ればまったく旨味のない土地だ。
南と東の辺境は王都から見て位置的に正反対というだけでなく、滋味豊な土地で非常に有用であるという意味でも真逆だった。
だから一見すると地味で大きな成果を出せない土地の開発は王太子が、中央の手は付いていないが大きな成果が期待できる魅力的な土地を、第二王子が担当すれば良いと言っているように聞こえる。
「それは良いですな。荒事を御する手腕は素晴らしいものがございます」
「ではエンゾ殿下が出征されるということでよろしいでしょうか」
流れを決定付けたのは第二王子派の末端でもより中立に近い立場の貴族たちだった。力強く国を引っ張っていける存在に心惹かれつつあるように見せかけている者と、本心から弟王子の頭上に王冠を載せたいと思っている者である。
「確かにエンゾ殿下であれば、辺境の慮外者を蹴散らすことなど造作もないでしょうな」
自分が戴く王子を褒められて悪い気がしない。派閥の幹部が同意したことによって、望む結果が得られたのは僥倖だった。満足のいく結果を出したところで会議が終わる。
生半な戦力でどうにかなるものではない。今までの成功体験がどれだけ足を引っ張ってくれるか楽しみだ。
口元が綻びないように気を引き締めたまま、会議の場を後にした。
* * *
「まったく重大なことを、この叔父に相談なく決めるとは」
エンゾ殿下の尻ぬぐいをするのは大変だと、ほかの者が言えば確実に不敬罪に問われるのに、この男だけが特別に許されるのは血の繋がった叔父――母である第二妃の実の弟であり、自分の後ろ盾として生まれたときから侍っていたからだ。
早々に会議の場を後にしたのも、絶対に何か言われるだろうことを予測して面倒くさく思ったからだが、あっけなく捕まってしまった。面倒臭すぎて舌打ちをしたいところだが我慢する。付き合うしかないだろう。
「叔父上、俺ももう二十歳を超えた大人なのだ。いつまでも大人の顔色を窺わなくては行動できない子供ではない」
「しかしですな。南はブノワ殿下が大敗した地です。万が一を考えると手を出されない方が良かったと思いますな」
「弱腰だな。だから未だ王太子の座を奪えないと心得よ」
兄であるブノワが第一王妃の実家から頑強に守られて、不慮の事故で身罷られることも、不治の病を得て早逝することもなかったのと同様。第二王子である自分も目の前のバルニエ侯爵の庇護の下で成人まで生きられた。
しかし弟である自分が玉座に就くには兄が死ななくてはいけない。大過なく過ごすだけでは駄目なのだ。
ブノワは大敗という失態を犯したが、未だ王太子の座に揺るぎはない。自分が兄の王太子として上げた成果を越えなければいけないのだろう。
だからこその南征である。
「殿下、成果を上げたいのであれば、廃れた街道沿いに縄張りを広げる馬賊討伐で十分ではないか。先月だけでも非道の限りを尽くした盗賊団を壊滅させているのですぞ」
連中は村を三つ焼き食料や金品を略奪するだけでなく、人身売買に手を出していた。
「連中が攫った民の売り先は北の辺境、ブノワ殿下の支配下の土地だ。彼の地の立て直しが奴隷によるものだと知らしめるだけで、勝手に自滅してくれるではないか」
スタンピード以前も以後も奴隷は禁止されている。物のように人を売り買いするような非人道的な行いは許されないのだ。被害を強調し、売られた村人の末路を情に訴えながら糾弾すれば、非難の目が集中するのは間違いなかった。
兄がいかに綺麗ごとを並べ立てたところで、その偉業が家畜同然の扱いを受けた奴隷によるものだと知られた時点で、評価が真逆のものになる。
だがそれだけでは足りない。
兄が王として不十分ではないとして、では自分は……?
己が成果がなければ、彼我の差は埋まらない。
五歳の年の差はそのまま公務に携わる年月の差である。五年分の評価を逆転させるには、ブノワの成果を台無しにするだけでなく、弟である自分が実績を上回らなければならない。
それが目の前の男にはわかっていなかった。
「叔父上、俺には俺の考えがある。幼子のようにすべてをお膳立てされる必要はない」
「儂の半分も生きてないヒヨッコが言うようになったな」
歳の差は永遠に埋まらない。
目の前の男は自分が死ぬまで俺を操り続けると言っている。
「バルニエ侯爵、これからも王子の叔父という立場を大切にされたいなら、分を弁えよ」
思った以上に冷ややかな声が出た。
ひゅっと息を呑む音が聞こえた直後、忌々しそうに睨みつけられたが、俺の前を下がる挨拶だけで、それ以上の発言はなかった。
最近は外戚として傲慢な振る舞いが目立ち、俺の評価まで下げている。一度、ガツンと言わねばと思っていたところだ。それが今だっただけのことだった。




