02. 西と北の辺境伯
王太子視点です
西に向かう街道は、南に向かう街道よりも遥かに整備されていた。
頻繁に利用されているから、通行料が手に入り整備する価値があるというだけでなく、領主が使うからというのが大きいのかもしれない。
南の街道は中央人が年に数度使えば良い方で、下手をすれば何年も馬車一台通りもしないから、整備する価値がなかったのだ。
オラール辺境伯家の馬車は悪路の長距離移動にも対応できる頑丈さと、板発条を使った乗り心地の良いものだった。装飾は少な目だが、王家の馬車と遜色ない良いものだ。替え馬を使いながら移動すること四日で辺境伯領に辿り着く。
あと数刻もすれば領地の屋敷に到着するだろう、というところで事件は起きた。隊列が停まり、何やら前方で揉めている。
暫くして強引に馬車の扉が開かれた。
「何者だ」
静かにオラールが誰何する。
「通行料の徴収だ。我々はご領主様から仕事を委託されている」
「もし金貨が無いっていうんだったら、この馬車を徴収してもいいんだぜ、お貴族さまよぉ」
ニヤニヤと下卑た笑みを見せながら余裕を見せているが、誰を相手にしているか理解しても態度を変えられずにいられるのか見物だ。
阿呆な連中だ。誰に向かって言っているか、全く理解できていない。
「仕事を委託されているなら、書状を持っている筈だ。見せてみろ」
オラールは貴族らしい尊大さを崩していないのに、それでも傭兵たちは気付かない。これだとばかりに委任状を見せるが、貴族であれば一目で偽物だとわかるお粗末なものだった。
「これは……きっちり支払わないとな」
そう言うと開いた扉から馬車の外に一歩出て――軽く手を挙げた。
この場にいないことになっている私は、辺境伯に全てを任せるだけだ。傭兵たちがあっけなく制圧されるのを、ただ眺める。捕虜としての価値もなく、情報なら一人か二人生かせておけば十分な、取るに足らない存在。抵抗する者は切り伏せられていく。
静かになるころ、周囲に血の臭いが満ちていた。
死体の始末を騎士たちに任せて先を進み、辺境伯家の屋敷に入ったのは夕方、陽が落ちる寸前だった。
遅めの到着になったが、だからといって翌日からの予定が変わることはなかった。
効率を重視するオラールは無駄を嫌う。日の出とともに起床するという、軍隊なら当たり前とはいえ貴族らしさの欠片もない時間からの活動開始だった。
目の前で血飛沫が散った。
辺境の騎士が傭兵を斬って捨てたのだ。
領主の目が届きにくいのを良いことに、好きにしていた連中がやり過ぎた結果、一線を超えた者たちが一斉に粛清されたのだ。
昨夜の、辺境伯の書状を偽装して、当の辺境伯に金銭を要求した阿呆共ほどの愚か者はいないとはいえ、目の上の瘤がいないとばかりに羽目を外した傭兵団は多いらしい。
「何か申し開きはあるか」
オラールの声は静かで普段の御前会議の席と変わらないが、役者が違うのか目の前の連中は腰が引けていた。
「あんまりじゃないですか! いきなり処分だなんて乱暴過ぎる!!」
「今までの俺たちの貢献をなかったことにするのはあんまりだ!」
少しの間の後に、口々に不満を登らせた。今も「横暴だ」とか「育ちの悪さを目の敵に」など筋違いの言葉を吐き続けている。
「私は森での収穫を糧にすることは許可したが、領民に無体を働く許可を与えた覚えはない。いつ村娘を手籠めにして良いと言った? 殴って強奪して良いと言った?」
「我々よりも『黄昏の旅団』の方が!」
抗議の声に耳を貸さないなら、自分たち以上に悪行を重ねている傭兵団を生贄にしたいのだろう、口々に同業者の名前が上がる。
――昨夜、聞いた名前ばかりだな。
晩餐の後、今回の辺境行で粛清する傭兵団の説明がオラールからあった。
辺境伯領で活動する傭兵団は大小合わせて三十。薬草採取から始まり、魔獣素材の回収、魔法結晶の捜索など難度や安全性など幅広い。
村や町での共同生活を送れなかったような溢者であり、粗忽なところがあるのは仕方がないところだ。年ごろの女に声をかけたところで、彼等の普通の言葉は、村人、特に若い娘が恐怖を感じるのは普通なことだ。
しかし無理矢理根城に連れ込んで酌婦の真似事をさせたり、コトに及ぶのは明らかにやり過ぎである。
「お前たちより性質が悪い者たちは既に処分済みだ」
オラールの言葉に、息を呑む声が聞こえた。直後に抗議の声が命乞いに変わる。
――自分たちだけが処分されると思ったのが浅はかなのだ。
正確には同時進行で処分中だが、そこまで教えてやる必要はない。消すと決めた傭兵団は、中にはただの料理人や雑用もいるのだろうが、連帯責任で殲滅される。何らかの理由で団を離れている者に、敢えて追っ手を放つような真似はしない程度の扱いだった。
野太い悲鳴がいくつも上がったが、辺境伯家の騎士たちは躊躇なく切り捨てていく。適当な場所に埋めるのは昨夜と変わらなかった。血肉の臭いで獣が寄ってくるのを避けるためであり、間違っても弔う目的ではない。
――程々という言葉を知っていれば、このような末路を辿ることはなかったろうに。
目の前の愚か者たちを見る目が厳しくなっても仕方ないだろう。分を弁えないような者にかける慈悲は必要ない。
今日一日で、西の辺境を活動拠点としている傭兵団のおよそ半数が消滅。
だが特に困る事態にはならない。辺境伯家として直接、森での採取を行うからだ。
「辺境に留まるのは騎士たちが嫌がるのではないか?」
「それなりには。しかし武人として成長すると知れば、大きな反対などにはなりませんよ」
表情を変えず淡々と話すオラールは、既に目の前の出来事から次を見ていた。否、次のその先を見据えているような気がした。
――傭兵の活動する場が領地南部だけとはいえ、一日で十を超える傭兵団を潰すとはな。
翌日からは王都から呼び寄せた薬師を作業場所に案内するとともに、ポーションの作成量などを決定し、稼働を確認してから王都に戻る予定をしていた。
効率重視の西の辺境伯らしい日程で精力的に動いていった。
* * *
「お前は一体、何をどう管理していたのだ」
北の辺境伯であるバルトを前に出た言葉が、険を含んでいたとしても仕方がないかもしれない。
オラール家と同じ王都に拠点を置く辺境伯であるが、こちらは自領には片手で数えられるほどしか行ったことがなく、まるきりの放任主義だ。否、西とは違ってまったく管理されていない北の辺境伯地。素材収集の目標値さえ果たしていればそれ以外を目こぼしするやり方で、北を無法地帯とした領主は、責任能力以前に何が問題なのか理解さえしていなかった。
「しかし……辺境地に住みたいと思うような平民もおらず、何より問題は起きておりません故」
「問題しかない!」
敢えて声を荒げ、わざとらしく大きく息を吐いて一拍おく。
「治安の維持は国の安寧に重要だとは思わないとは。なにより自分の領地が荒れるに任せるような無能に、分不相応な代物だと何故気付かない」
バルトがビクリと肩を震わせた。
無能、分不相応という言葉に、ようやく自分が何を言われているか理解したのだろう。
「小さな綻びがやがて大きな穴になる。辺境の地の諍いが巡り巡って王都を巻き込む大きな騒乱にならないと、何故言い切れるのだ?」
「可能性があるというだけで、断罪は如何なものかと――!」
迫り出した腹を揺らしながら、自分が何を言われるか先回りして抗議する。領主としては無能だが保身には長けているらしい。
「領地の運営がまるで出来ていないのは可能性ではなく純然たる事実だろう? 陞爵したにも関わらず何代にも渡ってまともに治められないのを指す言葉は「無能」以外に知らないのだが。教えてくれ、こういう状況を何と呼べば良いのか」
指摘されて顔色を無くす。愚か者としか言いようがなかった。
「もしかして王権を弱体化させる心算だったか。だとすれば無能どころか有能だな」
反逆罪であるが、と付け足してやれば、ガタガタと震えだした。
「陛下からの沙汰を待つがいい」
自分の頭には既に北の辺境をこれからどうしていくのが一番効率が良いのかに、思考が取って代っていた。会談の始めより一回り小さくなったように見える目の前の男には、一欠けらの興味も失せていた。
――せめて傭兵団が手に入れていたというワイバーンがあればな。
入手し繁殖にまで成功していたという亜龍さえあれば、忌々しい東や南を隔てる広大な森を移動できただろう。少なくとも矢の届かない高度からの攻撃を防ぐ手段にはなっていた筈だ。
そのことを考えただけでバルトの無能をもっと早くにどうにかしておけば良かったと思うと腹立たしくて仕方がなかった。




