01. 王太子の策
遅くなりましたが、リクエストのあった王都側の話になります。
3章スタートは、王太子が辺境から逃げ帰った後の話になります。
2章で辺境が独自路線を歩んでいる間の、中央側ストーリーです。
前半は王太子視点、後半は西の辺境伯視点になります。
「叔父上が羨ましい」
「また、ですか……」
ミラボー公爵を前に、王太子が少し困ったような顔を作ると、自分より身分の高い甥に同じような顔を返す。
羨ましいという言葉には、兄である国王との仲が良好だということ、息子二人の仲が良好だということの二つの意味を持つ。公爵家の息子二人は母を同じくするが、国王と公爵は異母兄弟の関係だ。王太子と第二王子も同じ異母兄弟。
だが前者の関係は良好で、後者の関係は最悪だった。後継者争いがいつ殺し合いに発展してもおかしくないほどに。
親世代の仲が良いのは、偏に王弟が目をキラキラさせながら「兄上すごい!」を連発したのに他ならない。隙あらば異母兄を蹴落とそうとする第二王子とは真逆だ。物心ついてからずっと、会話というのは嫌味の応酬でしかない。
王太子が国王に与えられた政務を成功させる度に「教え導いてくださる方が多いのは素晴らしいことですね、人材に恵まれていてうらやましい」と称えるが、意味は「世話してくれる親戚がいて、コネを使いまくれば上手く行って当然だ、自分の実力だと勘違いするなよ?」である。
当然だが言われっぱなしにはしない。
第二王子の得意分野の政務を任せてはどうかと国王に具申しながら、官吏の中に敵対派閥の者を潜り込ませたり、微妙な匙加減で失敗するように根回しをする。
その上で「成功できると思っていたのですが、見込み違いでした。導いてくれる教師がいなければ、第二王子はやり遂げられないようです。この前……」という感じで父である国王に報告。
そして次に用意する政務は、書類に署名すれば良いだけというまでお膳立てしてやって、王太子主導の成功体験を与える、要はトドメを刺すのだ。
勿論、他意のない兄への称賛を装った嫌味は、元の意味の何倍にも捻子くれた解釈をした上で国王陛下に報告するのも忘れない。
似たようなことは成人前、まだ幼いと言ってよいほど昔から数えきれないほど繰り返され――当時は政務ではなく勉強だったが、お陰で優秀な王太子とそれなりでしかない癖に、思い上がり甚だしい第二王子という評価が王城内で定着している。
王太子も第二王子もそれなりに優秀でそれなりに邪悪だが、より邪悪な王太子の方に軍配が上がったのだ。
「叔父上たちのように仲良くしたいと思ってきましたが、限界を感じています。完全に私の実力不足ですね……」
寂しそうに微笑みつつ、目の前の茶を口をつけた。
「兄としての資質を問うのと同時に、弟としての資質も問われているのです。残念ながら第二王子殿下にその資質がなかったのでしょう」
どこまでも分を弁えた叔父が、自分と同じ境遇の第二王子を断じた。
――辺境では失敗したからな、ここら辺で挽回しておかないと……。
王太子は次の一手を既に考えている。異母弟を陥れるだけでは、国王から認められない。今までの実績があっても、失敗が続けば地位が危ないのは理解している。第二王子だけでなく同母弟である第三王子も控えているのだ。
第三王子は王太子である自分を陥れてまで玉座を手に入れようとは思っていないようだが、自分より出来が悪いと判断すれば、遠慮なく地位を奪おうとする貪欲さを持ち合わせている。良き弟を演じているから、周囲の誰もが気付いていないが。「兄上すごい」などと事あるごとに言ってくるが、しかし些細な失態でも容赦なく指摘した挙句、どうしてそんな失敗をするのかと、無邪気な様子で執拗に論う。
西の方がキナ臭い、という情報が入ったのは春から夏に移り変わる頃――。
北の方でも傭兵が好き勝手しているという情報が入っており、一度締めなければなるまいと考えていた。
特に西のオラール辺境伯家はスタンピード以前から西部に領地を持つ伯爵家だったというだけの、国境の守りや森から人を守るといったこととは無縁だった家門であるから、頭ごなしに何とかしろとは言いにくい。
スタンピードによってオラール伯爵よりも西側の領地が森に沈み、同時に少なくない貴族も命を落とした結果、一族不在となった領地を幾つか合わせて西の辺境伯としただけの家だ。
陞爵してやると言って領地と爵位を与えても、辺境統治の能力がなければ困るだろうと、騎士団で活躍していた者を何人か付けた。
だが時代が下るとともに辺境は野蛮だと見下され始め、貧乏籤を引かされたような結果になってしまった。元は文官くらいしか輩出したことのないオラール辺境伯家は、領主一族が王都に住みつつ領地を管理するようになるのは当然の成り行きである。
領主と領地の間に距離ができて目が届きにくくなっているが、それでも歴代当主は優秀で上手く領地経営をこなしていたから咎められることはなかった。
――使えるな。
そう呟くと、ニヤリと唇の端を持ち上げた。
* * *
「領地の方はどうだ?」
ムスリとした表情を崩すこともなく、西の辺境と呼ばれるオラール辺境伯家の当主が報告を要求する。不機嫌という訳ではなく、普段から不必要に笑わないというだけだ。
「芳しくはありません。傭兵たちが幅を利かせすぎです。最近ではみかじめ料を店主に要求して苦情が上がっております。それと人手不足に付け込んで徴税の代行をという提案を」
領地に人が少ないのは事実だ。
しかし執政に関する人手不足の半分くらいは、傭兵たちの脅しによるものだった。
南と東の辺境が独立を目論見、往来できなくなった途端、連中が増長し始めたのだ。今では領地を我が物顔で闊歩している。
「そろそろ締め時か……」
辺境に配属すると都落ちと感じるのか、それとも出世から外れて左遷されたと思うのか、途端にやる気をなくす者が多い。だから能力は低くとも喜んで辺境伯領に住む傭兵を使っていたが、最近は目に余ることが多すぎる。
「別に我が家の騎士が弱い訳ではないのだがな……」
居を王都に構えているとはいえ、私自身は年に何度も領地に出向いている。次期領主の長男や補佐を務める次男も。移動の中には人里から離れた土地もあるし、野営をすることもあるから、それなりの数の護衛も一緒だ。山賊に襲われた経験だって数えきれない。むしろ貴族は金を持っていると積極的に狙ってくる。
だから弱い筈がないのだ。
問題は人数の差だけ。領地は広く複数の傭兵の集団が活動している。人員数は我が家の騎士たちの数倍にもなる。
とはいえまとめて相手をするのではなく、各個撃破すれば良いだけだった。
「家令は何か言っていたか? 下からの苦情は?」
「少し前までは村の女たちが卑猥な言葉を投げかけられるだけだったのが、最近では根城に連れ込まれそうなのでなんとかしてほしいと、いくつかの村から陳情が届いております」
慮外者共が……。
見せしめに行動が目に余る者から切り捨てるか、それとも全ての傭兵を領から放逐するか。ただ放り出すだけでは近隣の領地に被害が出る。まとめて縛り首にして、穴を騎士団から派遣した者たちで魔獣討伐をすることも考えねば。
「とりあえずは冬小麦の収穫前に傭兵をどうするか考えねばな……。領地に使いを出す前に決める」
一礼して執務室から出るのを見送った。
数日後、オラール辺境伯家のタウンハウスには王太子の姿があった。
「最近、随分と領地の方が賑やからしいじゃないか」
王族らしい長々とした時候の挨拶や社交辞令の後に切り出された用件は、まさに現在西の辺境が抱えている問題だった。知っているなら隠し立てする意味はない。王太子の性格上、詳細を知って口にしたのは目に見えている。
「便利だから使っていましたが、少々目に余るようになったので、処分しようとしているところです」
「その計画に、私も協力したいと思っていてね」
そういってふわりと微笑む。といっても優しさの欠片もないものだったが。
「と、おっしゃいますと? 当家だけで片付く問題に、殿下が手を出すような理由は何でございましょう?」
「私が、というよりも王家の問題だ。辺境三家の離反を招いたからね。置かれた状況に不満が溜まっているのも事実だ。ここで辺境を蔑ろにしていないと知らしめる重要性があると思わないか」
オラール家と北のバルト家は、昔から東や南と一線を画していた。
だから民草に至るまで王家への求心力の低下は見られないが……。
「他意はない。そちらのというよりも、辺境全体を見据えた話だ。薬草の安定供給は国にとって重要だろう。近年はそちらのものが市場の大部分を占めている。だが抜けた穴を考えれば不足が懸念される。だから王家主導で辺境開発を進めようと思ってね。まずは辺境を上手く統治できているオラール家で勉強しよう、という訳だ。半年以内に全ての地方に王家が介入する予定だ」
「成程、特に東と南は辺境伯家が手入れしておりましたから今は手つかず。とはいえ瑕疵のない領地に手を出すのも難しいという訳ですな」
王太子の言葉の裏には、辺境伯不在の南と東だけではなく、西と北も問題があれば手を付けるし、何なら問題がなくても手を出すという事だ。
「そういうことだ。もっとも彼の地は有効活用する前に、不届き者たちをどうにかするのが先になるだろうけどね」
不用意に南に手を出して、面子が潰れたのは記憶に新しい。従弟であり公爵家の令息と辺境伯家の令嬢が死亡したのも、痛い失態である。王太子の輝かしい経歴に深く傷をつけた。
――どうあっても許す気はないようだ。当然と言えば当然の結果だろうが。
自分をコケにした相手を放置するほど寛容な方ではない。
しかし安易に乗るには問題がある。
全てを食らい己の血肉にしようとしている貪欲な王子に、領地や利権を差し出す訳にはいかない。
「殿下のご提案に従うのは吝かではありませんが、自領内で事を収められなかったと誹りを受けるのは本意ではありませんな。特に手間ではあっても、難しい問題ではないのに無能だと吹聴する真似は、少々どころでなく障りがございますれば」
「そうはならないようにこちらで手配する。どちらかといえば私が辺境伯家の手腕を教わるために同行するという形になろう」
ふわりと他意のなさそうな笑みを浮かべるが、信じられるほど自分はお人好しではない。考えなしでも……。




