12. 開戦
「そちらの様子はどう?」
『相変わらず森を挟んで接触はないよ』
私は出撃すると言っても屋敷待機が基本だ。屋敷から城壁まで数刻ほどで到着できるからというのが理由の一つで、もう一つは警備上の問題。要人を最前線に置く必要がないなら、後方に控えているのが私にとっても周囲にとっても都合が良い。
代わりにクロヴィスが外側の城壁――第二城壁と呼ばれている――に出陣している。
辺境を出ない程度の距離なら、オリオール伯爵家の直系でなくても、通信魔法で言葉の伝達が可能だ。朝夕の短い時間だけど、こうやって二人で話すことができる。
「でも森を削っていたんでしょう?」
少し前に木の伐採を行っていると聞いていた。
「投石器や設置型の弩を作ったって聞いているわ。また火を点けるつもりじゃないかって」
『多分、もっと計画的に大規模な森林火災を起こすのが目的だろう』
「前回のは八つ当たりみたいに、行き当たりばったりだったものね……」
火の魔法結晶を使ったのだろうそれは、大きな火柱を上げたけど燃え広がるよりも早く鎮火された。森を抜けるまでは辺境の騎士たちに囲まれて何もできず、森を出てからだったから、外縁部からほんの少し入った程度の場所しか焼けない。
しかも火に驚いた魔獣たちは森の外に逃げ、使者の一行は大きな被害をもたらす結果に。
今回は兵器を使って火を点けるとしたら、飛距離もあるしもっと大規模な森林火災になりそうだ。
「火を広げやすい環境を作ってから、火災を起こす心算ではないの?」
『そうだろうと見ているよ。でも外縁から少し入ったところしか焼けないように、こちら側も対策しているから予想の範疇内で収まる見込みだ。それなりに大規模火災にはなると思うけど、火を見たからって心配しなくても大丈夫だ』
大丈夫……そんな言葉を聞いても、心配が拭えるなんてことない。前線は何があるのかわからないのだから。全てが予測できるのなら、私が屋敷に残っている必要はない。前線に立てる筈なのだ。
クロヴィスが城壁に向かって既に一か月。
到着したその日に、木を伐採していると聞いた。十日後には兵器がずらりと森に向かって並んでいると。
そして十日前から雨は降っていない。
既に準備は終わってる。
いつ国王軍が森に火を放ってもおかしくないのだ。
* * *
「マリエ様はご心配されているのでは?」
クロヴィスに声をかけてきたのは第二城壁に詰める司令官だ。
本来、見張りの兵しかいない城壁だが、王都を引き払った以降は見張りの数が倍になり、司令官の視察も頻繁になっていた。国王軍が森に到達する少し前から、いつ開戦しても良いように駐留している。
「森林火災は領主でなくても辺境に住んでいたら不安に思うだろう?」
「まあそうですね」
辺境にとって森は、日々の糧を得るモノであり脅威であり、身を守るモノでもあり、常に傍にあるモノなのだ。
存在しない生活は考えらない。
「そろそろ仕掛けてくるかな?」
「多分、今日あたり」
マリエが心配していたように、国王軍は火を放つ心算だろう。
だから雨の少ない季節に進軍した。そして何日も雨の降らない日を待っていたのだ。
無風と言っても良いほど風はないが、この季節の風は中央側から辺境側に吹かないから、むしろ好都合と取るだろう。魔法で風はいくらでも吹かせられる。
城壁の上から森の端が遠くに見えるが、木に隠れて国王軍は見えない。
いつしかけてくるのだろうと思って、そう時間が経っていないころだった。
――風向きが変わった。
そう思った直後だった、火の手が上がったと報告を受けたのは。
散発的に火柱が上がるのは前回と一緒だったが、それ以外はまるで違う。風に煽られた火が広がるのはあっという間で、大規模な森林火災の様相を呈していた。
だが司令官にもクロヴィスにも焦りは欠片も見せなかった。否、二人とも焦ってはいない。
「第一班から第五班、出撃!!」
全ては訓練通りだった。
指令の号令で数頭のワイバーンが城壁から飛び立つと一気に高度を上げる。高高度と呼ばれる、空の色が変わり空気が薄くなる高さで火災現場近くまで向かう。煙に巻かれないように迂回行動を取りながら。
クロヴィスは自分の相棒の横で出撃を待つ。
森を焼くことは想定されていた攻撃で、どう対処するか検討が重ねられ、訓練も続いていた。
だからなのだろうか、初陣だというのに不思議と気負いはなく冷静だった。
「第六班から第十班、出撃!!」
先に出撃した部隊に遅れること半刻、出撃命令が下る。
一陣とは違い低高度飛行だ。地上から視認される高さであるし、攻撃を受ける可能性も少しはある。
――久しぶりだな。
王都の屋敷を引き払った後、森の上空を飛ぶことは何度もあったが、最近はランヴォヴィル侯爵領近くまで飛ぶことは少なくなっていた。
新たに広がった森は、以前からある森と区別はつくが、以前見た時よりも一層深くなり、順調に成長していることを物語っている。
『――目的地到着』
クロヴィスたちが火災現場に近づいたころ、第一隊も予定された場所の上空に到着する。
同時に雨が森に降り出した。
正確には雨のように、魔法で水を降らせている。
「北に三十、東西にもっと散らすように……」
『了解』
水魔法を展開する先陣は高度が高すぎるため、魔法を展開する正確な位置がわかりにくい。第二陣はそのための観測手なのだ。的確に火を捉え鎮火するために、上空に調整の指示を出す。地上からの攻撃がないとは言えない高度だから、前方と下方には防御結界を展開している。
何度か補正をかけた後、火の勢いは急速に収まっていく。
――国王軍は、どうやって雨を降らせているかわからずに対処しあぐねてるんだろうな。
空にはまとまった雨を降らせるような雲はない。
クロヴィスたちの位置からは火を鎮火させるために水魔法を展開できない。いわゆる射程圏外だ。水魔法を使っているのは地上から視認の難しいような高度である上に、体色が白や淡灰色のワイバーンに乗っている。
手の内を明かしてしまえば単純な話だが「わからない」というのは対処し辛い。上空を飛ぶワイバーンの数を少なく誤認させたいという意図もある。
完全に鎮火させるまでに上空に展開していた騎士たちは三度交代し、鎮火後、更にもう一度交代して森を湿らし続けた。クロヴィスたち低空に展開する観測手も、同様に一度交代している。前者の方が後者よりも交代が多いのは、より森の端に近い場所まで飛んでいるからで、往復の移動時間が長いからだ。
翌日以降、毎日のように夜明け前に森を濡らし、火が燃え広がらないどころか着火すら難しいように対策したが、それでも一か月以上粘り、季節外れの嵐に見舞われた後、王都に撤退していった。
* * *
「――国王軍、再び森外縁に展開!」
その一報が入ったのは、前回の戦いから三か月ほど過ぎた頃だった。長引けば春小麦の種蒔きなどに影響が出る時期でもあるから、短期決戦を考えているのだろうと推測される。
先の戦いでは森を全体的に焼きながら縮小させていたが、今回は道を作るように細く森を切り開いていく。
勿論、辺境側は黙って見ていることなどしない。夜、森から兵士が引き上げた後に上空から生肉を投げ獣を誘き寄せるほか、昼間は上空から攻撃を仕掛けた。結果、思うように森に道を作ることは叶わず、国王軍による辺境攻略は遅々として進んでいない。
「上手く撃退できているようで、何かがおかしい……」
状況的に辺境有利とはいえ、無謀ともいえる国王軍のやりようが腑に落ちないのはマリエ一人だけではなく、辺境側の誰もが感じていることだった。
「どこかに、聖属性の結界を張りながら森を抜ける部隊がいたりしないかしら?」
「可能性はあるが、これだけ広いとどこを抜けているか見つけるのは困難だろう……」
イレネーの言葉に、やはりという気持ちが強くなる。
上空から森の中を歩く人物を見つけるのは難しい。低空飛行をすればもしかしたら見つかるかもしれないという程度だ。そして森の長さは百里ではきかない。魔力探知をしようにも、魔力の発生源の多い森では、目視よりマシという程度に難しかった。森の浅い位置――辺境側から入って夕暮れまでに戻ってこられるくらいの範囲は、人が分け入りながら地上を行くが、未だ発見の報はない。
前回の戦いの後、城壁からワイバーンを飛ばすのでは効率が悪いと、かつての外縁、辺境側から十里ほどの場所にいくつかの塔を建てて拠点にしている。
そこからも偵察を出して、ようやく森の中を行く兵士を発見したのは、一報が入ってから十日後だった。
『四の塔付近に敵三百を中心に百ほどの部隊が複数展開――』
通信魔法で次々と入る報告に、城壁の指令室は机に広げられた地図の上に敵を示す駒が乗せられていく。屋敷に待機するマリエも、領主の執務室で同じように父と地図を見ながら状況を確認する。
約十里間隔で建てられた塔が十四ある。四の番号が振られたのはマンティアルグ辺境伯領の東部だった。道を作ろうと森を切り開いていたのはフォートレル辺境伯領の東、そもまま最短距離で辺境に到達した場合は六の塔に到達する場所であり、陽動なのは誰の目からも明らかだった。
『四の塔から撤退、崩壊させます――』
塔は魔獣の体当たりにも耐えられるよう堅牢な作りであり、安全な休息地帯として聖魔法による結界も十分だ。
しかし戦時、敵に奪取されれば辺境側に不利になるため、崩壊用の魔法陣を仕込んである。交戦した際は速やかに撤退し、敵兵もろとも崩壊させる。
――四の塔付近だとエドモンさんが一番近い位置ね。
城壁には辺境伯家の面子が何人も控えていた。
塔には投石用の石が用意している。退避後は上空から投石して、更に被害を拡大させている筈だ。国王軍と同じように地に下りて戦えば、敵の状況をより把握できるけど、味方の被害も増える。
だから上空から安全を優先しているし、殲滅させるよりも消耗させることを優先していた。第二城壁の足元は目隠しになるような高い木々はなく城壁に控えている騎士たちから丸見えだ。一旦、森を抜けた形になる場所から前に進むのは難しい。森の中を大型の兵器を移動させるのは現実的ではなく、歩兵だけで攻城戦をしかけるのは無茶でしかなかった。無論、その場で攻城兵器を作ろうとしても阻止が可能だ。
――無謀だと思うけど、森の幅が以前よりほんの少し広がっただけだと思っているからこそ……かな?
国王軍は塔の奪取に失敗した後、また森の中に消え、再び現れたのは更に六日ほど過ぎた後だった。
『白旗が上がっています――』
元は四の塔があった付近で煙が上がった。偵察に向かったところ、白旗を振る兵士がいたというのだ。
『撤退したいが、糧食やポーションが尽き撤退もできない状況との事』
敵の将兵の言葉をそのまま伝える騎士の言葉は、悲惨の一言でしかない。
大きな怪我を負っている様子はないものの、半月以上も森の中を行動したものだから薄汚れ疲弊しきっている。現地調達しようとしても、まだ木が芽吹くには早く、熊が冬眠中だから多少は安全なものの、夜は狼の遠吠えに怯え熟睡できない。たまにウサギや鹿を狩るものの、全員の腹を満たす程でもなく、食事量を三分の一や4分の一まで減らしながらやりくりしていたのも昨日で全て尽きたのだと伝えてきた。
撤退しようとして方向を見失い、森を彷徨った挙句、再び塔の近くに辿り着いたらしい。
『降伏する、安全の保障と食事を――』
辺境側は捕虜を取る利がない。中央に帰すにしても、一旦、辺境に連れてきてからでは手間がかかり過ぎる。
勝手に攻めてきて、それなりの待遇をしろというのはどうなのか……。
「傷の手当をした後、森を抜けるギリギリの食料を与えて追い返すのは駄目かしら? 城壁の構造だとか森の広さだとか次の戦闘に使えそうな情報を与えたくない」
第二城壁は中央側だけど、高さが木とほぼ同じかやや低いくらいだから、中央側から見て発見し辛い。城壁が二重なのも知られたくなかった。
『森に秘せられたものを見せる必要はありませんよ』
司令官の言葉に、自分は間違ったことを言っていなかったのだと安心する。
正直なところ食料だって渡したくない。自業自得なのにという気持ちが強くて。国王陛下が出兵すると宣言すれば、嫌だと拒否するのが無理なことくらい理解している。でも頭ではわかっていても感情がついてこないのだ。中央人の辺境に対する扱いの酷さも相まって。
『中央の状況を知るためにも、食料を渡して会話をするのも悪くないでしょう』
司令官の言う通り、向こうの情報はまったく入ってこない。逆も然りだけど。
私たちが直接知っているのは王都の屋敷を引き払うまで。ジョルジュ……今はジャックと名を改め、ただの村人として働いている元婚約者と、お兄様の元婚約者カミラからその後の話を聞いたけど、それでさえ既に最新情報ではなくなっている。
少し間を置いて、食料を五日分と最短で森を抜けられるように教えたと連絡がきた。森を抜けるギリギリの量だ。水は魔法でどうにかなるから渡さなかったらしい。
「その食料で命を繋いで、また仕掛けてくる可能性は?」
『なくはないでしょうが、低いでしょう。もう士気がこれ以上ないほど下がっています。もし再び森に入れと言われたら暴動になりますよ、あれは』
そういうことであれば、無駄に人死にを出さないで良かったと思うべきだろう。
上空から監視……とはいえ木に隠れて碌に見えないらしいけど、その限りでは普通に森の外に向かっているらしい。
そして森の外で国王軍内での諍いが発生した。火の手が上がり煙は城壁からも確認できた。
混乱は三日ほど続き、相当数の死傷者を出したようだ。辺境との戦いというには一方的な蹂躙だったけど、それ以上に被害を出したのが自軍内の騒乱の結果というのは皮肉な話だった。
戦闘シーンが超地味です。
遠方から迎撃するような状況なのでこんな感じにしかなりません。
中央側視点だとかなり違ってくるのですが。
中央側視点を入れても良かったのですが、そうすると王太子視点など中央視点で同じシーンを繰り返し書いたり、ネタバレに繋がるため、つまらないまま書き上げました。
中央視点で3~4話くらい書く予定をしていますので、そこでリベンジしてみたいと思います。




