09. 魔獣狩り
秋という季節は獣に脂がのって美味しい。夏毛から冬毛に変わって毛皮の質も上がる。
そんな訳で狩りをしたいとクロヴィスを誘って西の森――南の辺境で一番森が深い場所に来た。いつも連れ立つお兄様やセザールは、極力妻の側を離れたくないということで狩りに参加していなかった。
中央との戦いでは暗殺や誘拐を警戒して後方に待機するけど、魔獣相手に遅れを取る気はない。
「西の森に来るのは久しぶりだわ」
少し前まで手薄な場所を再度洗い出したり、焼かれた森の再生だとかで色々忙しかったけど、ようやく落ち着いてきた。
だから冬の間に出産しそうなルイーゼとフェリシテの祝いの品を手に入れるために、クロヴィスと二人で森に来ているのだ。
「北方ウサギが欲しいんだけど……」
「罠にかかっていると良いな」
元は西部の山岳地帯から北部にかけて生息していたウサギは、夏毛は茶色、冬毛は真っ白に生え変わる。雪の積もる地域に暮らしていた名残だろう。白い毛皮は柔らかく、魔獣の中でも特に人気の逸品だ。
毛皮はその上に赤ん坊を乗せて寝かせると元気に育つという古い言い伝えに則った、出産祝いに贈る定番の品でもある。
だからどうしても二頭は狩りたいと思っている。
贅沢を言うなら、結婚が決まりそうなキエザ辺境伯家にも祝いの品として贈りたいところ。白い毛皮はふかふかで手触りが良く、特に女性人気が高いのだ。何よりこれから寒くなるから重宝されると思う。
昨日のうちに罠を多めにしかけてある。特にウサギが好みそうな場所や通り道を重点的にしかけてはあるけど、確認してみるまで収穫があるかわからない。
ほかに鹿や猪用の罠も仕掛けたから、肉の備蓄も増やせれば嬉しい。最近少し減ってきていたから。
これからの季節、あまり天候は荒れないけど、それでも狩りに出られない日が続いたり、獲物がかからない日が続くこともある。忙しくなって狩りに出られないことも。
――なのに。
「……」
少し、ほんの少しだけ期待していたけど、ウサギに関しては裏切られた。落ち葉を踏みしめ、罠を確認して回る間中、ずっとドキドキしていたのに!
「……一羽だけなんて」
北方ウサギは欲しい数だけ掛かっていなかった。代わりと言ってはなんだけど、鹿三頭と猪二頭と大猟だった。
「無理かもしれないけど、少し奥まで入って探しても良いかな?」
肉はたくさん手に入った。でも白い毛皮が欲しくてクロヴィスに尋ねる。
そして了承を得て足跡を探しながら少しずつ奥の方に入っていく。奥の方は危険だとはいっても、数刻彷徨ったくらいで生きて戻るのが難しいほどの場所ではない。
「ここら辺に巣穴がありそうだな」
痕跡を辿りながら見つけたのは、落ち葉や下草で巧妙に隠している穴だった。出入口が複数あるから、一つの巣穴の前で待っても見つかりはしないけど、いくつか罠を仕掛けておけば捕まりそうだ。
「合計で三羽欲しいから、もう少し探しても良い?」
「良いんじゃないか? 祝い事なんだし――」
巣穴らしき場所から離れ、別の巣穴を探しているときだった。物凄い勢いで跳ねているのを発見した。
「――やった!」
追いかけながら獲物の周囲に聖属性の結界を展開した。前方だけだと急な方向転換に対応できないから全周囲だ。
「――!!」
見えない壁に弾かれて昏倒したウサギを手早く捕まえる。
今日はツイている、そんな風に思った直後、近くで唸り声が聞こえた。
「狼……」
声の方に神経を集中する。
木の向こうから現れたのは思った通りの魔獣だった。十頭くらいのよく見かける規模の群れだ。
ウサギは捕食者から逃げるために全力疾走していたのだろう。
私たちは狼たちの獲物を横取りした不埒者であり、狩りをしていたら向こうから食べられるためにやってきた餌といったところか。
勿論、食べられるどころか狩る側だけど。
「アオメか、面倒だな」
クロヴィスの呟きに気負いは感じられなかった。
深い青の双眸がこちらを見つめる。まるで値踏みをしているかのようだ。
大型で獰猛だから割と面倒臭い。とはいえ二人でも余裕をもって討伐できるけど。
狼たちが警戒するように私たちの周囲を回り込むように歩く。
そのうちの一頭が急に迫ってきたのが合図だった。残りの狼たちも牙を剥いて襲い掛かってくる。
だけど――。
一瞬にして展開した結界は、ワイバーンを落とせるほどだったけど、地形が遮蔽物となって隙を作るだけに留まった。
その隙はクロヴィスには十分すぎるもので、あっという間に全ての狼の頭が落ちた。瞬殺と言っても良いほどの手際だ。
――アオメをあんなに素早く倒せるのすごい。
危ないとは思っていなかったけど、想像以上の動きだった。何より流れるような動きが美しい。
見惚れた直後、森の中で気を抜いたら駄目だと気合を入れなおした。
* * *
「少し、ワイバーンで散歩しないか?」
クロヴィスに誘われて二人で空を楽しんだ。
「森が随分色づいたね」
山裾の辺りの落葉樹が朱や黄に染まっている。
きっと木の下では栗鼠を始めとする動物たちが、落ちた実を頬張りながら越冬のために脂肪を蓄えているに違いない。
そんな風に思いながら森の外縁上空を大きく旋回して海に辿り着いた。
岸壁になっているそこは何もないけど、二人きりになりたいときに来る場所だ。
陽が当たって海面がキラキラと輝いているのを見るのが好きで、何時までも見ていられる。
「少し歩こうか」
「ええ……」
私とクロヴィスが離れると、ワイバーンたちも二頭でじゃれ合い始める。幼体の頃からの友達であり、仲が良いのだ。
「ここに来るのも久しぶりね」
王都から使者が来てからつい最近までずっと忙しかった。
ようやく落ち着いたのは西の森で狩りをしに出掛ける直前だった。
辺境を取り巻く環境は、結果的には変わらなかったけど、変わりそうな事態は何度もあって落ち着かない日々が続いたから、こんなにゆっくりと過ごすのも久しぶりだ。
半刻ほどの間、のんびりと海を見ながら歩いて、なんとなく下りた場所に戻る方向に足を向けた時だった。
「マリエ」
「なに……?」
いきなり名前を呼ばれたから、何だろうと思ってみると――。
クロヴィスの手には一つのペンダントがあった。
「これを……」
透き通った紫色の石――紫水晶だった。
「魔晶石なんだ」
「――!!」
魔石の中でも宝石質のものを特に魔晶石と呼ぶ。魔石は石の種類ではなく、魔力を溜めたり放出できる魔法特性を持つ石の総称だ。大抵は光沢のない黒っぽい石が大半で、次に黒曜石のような光沢があって少し綺麗な石が多い。そして本当にごく稀に紅玉や青玉、翠玉といった宝石も魔力特性をもつものが産出される。
「すごい、滅多にないから手に入れるのは大変だったでしょう?」
「五年かかったかな、ペンダントに出来そうな普通の石でさえ、なかなか採れなかったよ」
誇らしそうに言うけど「採れなかった」って?
「えっと……」
「東に水晶が採れる山があるんだ。暇を見つけてはそこで探した」
私もマンティアルグ辺境伯家の領地にそういう土地があるのは知っている。それなりに大きな水晶が採れることも。
だけどこんなに傷がなくて透明な紫水晶が採れるなんて聞いたことがなかった。
「大変だったというより、こんなに綺麗な水晶ってだけで、見つかったのは奇跡に近い気がするんだけど……」
「かもしれない」
ふわりと笑う。
「だけどどうしても身に着けるものを贈りたかったんだ。マリエにふさわしいものを」
「……………………ありがとう」
すごく嬉しいけど、すごく恥ずかしい。
どうしようもなく照れてしまって、顔をまともに見れなくなって……。どうしたら良いか考えてもわからなくて……。
結局、うつむいてしまった。
既に夫婦なのに、なんでこんなに照れるんだろう。
更新が滞りがちですみません。
ちょっとばかり私用が立て込んでおります。
完結まで半分くらい書きあがっているのですが、時間がとれないため若干更新が遅れ、当初目標の今月完結ではなく、4月10日頃完結予定になりそうです。




