07. 戦果
「ただいま」
「なんだか盗賊のような雰囲気ね」
お兄様は少し疲れてはいたけど、普段と変わりない様子で帰還した。クロヴィスたちは日の出とともに戻ってきている。
私と同じ銀の髪は夜目にも目立つ、白い肌も。
目元以外は全身黒づくめにした格好は夜陰に紛れるのに適しているけど、明るい場所では怪しさ満点だった。
私はといえば部屋で待つのもまどろっこしくて、竜舎までお兄様を迎えにきたのだ。
「人攫いみたい」
一見して出自が判らないような恰好だからという理由だけど、固くてごわついた素材の服は平民が着るようなものだ。
「人は攫ってないなあ」
「人は……?」
まるでそれ以外はやらかしたみたいな言い方だ。
「ワイバーンの女の子たちは全部もらってきちゃった。だから攫ったというのはあながち間違いじゃない」
「男の子は?」
「一頭を除いて全部、女の子だったよ。卵はわからないけどね」
伸びをしながら、半分もらってきたと続ける。
「お茶を用意させるから、寝る前に話を聞かせてもらっても良い?」
「そう言うと思って、父上やセザールたちも呼んである」
「手際が良いわね」
北の辺境伯領を抜け東に戻ってきた後に、そこまで緊迫するような事態ではないと連絡が入ったから、一旦全員戻ってきている。
城塞の警備は増員されたままだけど、王都を引き払って以来ずっとなので、昨夜だけ少々緊迫したというだけだ。
「新しいワイバーンはどうかしら?」
こちらで引き取る前にマンティアルグ辺境伯家で状態を確認しているけど、念のためオリオール伯爵家の竜舎に受け入れてから再確認している。
「全体的に小柄な個体が多いですね。でもまあ病気とか問題はなさそうです。無茶な交配をした割には、運が良かったというところですね」
竜舎の管理人が嬉しそうに報告してきた。血が濃くなり過ぎたら、子が生まれにくくなったり、虚弱な子が生まれやすくなったりするのは人も獣も一緒だ。
だからさほど厳しくないとはいえ血統を管理して、近親交配にならないように気を付けている。強い個体同士を掛け合わせようとしても、相性が悪いと番にはならないので、竜舎を分けるくらいしかしていないけど。
「雄を引き離して、雌は一か所か二か所で飼うのが良さそうです。環境が変わって少し神経質になっているので……」
雄は二頭しかおらず、マンティアルグ辺境伯家と一頭ずつ分けたらしい。回収した五つの卵も東にあって、孵ったら三頭もらう約束だ。
「ワイバーンが落ち着いてからフォートレルの竜舎に移動した方が良いのか?」
「そうですねえ…食が細いから、その方が良いかもしれませんね。何だったら、しばらくの間、フォートレルからワイバーンを預かって、一緒にしておくのが良いかもしれません。新しい環境に行っても知ってる個体がいる方が心強いでしょうし」
ワイバーンは気性が荒い割に神経質だから気を使ってあげないといけない。
お兄様のワイバーンは私のルナ同様、白に近い体色だから、昨夜の作戦は別の黒っぽいワイバーンに乗っていった。そのまま別の子の臭いをつけたまま竜舎に行くと機嫌を損なう。湯浴みと着替えをしないと会いにいけない。主人を決めていない、共用のワイバーンならこういったことは起きないらしいけど、でもお気に入りの人をみかけると甘えた声を出す。
主人と全然顔を合わせなくなると、怒りっぽくなって手がつけられなくなったり、逆に意気消沈して食が細くなることも。環境が変わって食事を食べないとか、異常行動を取ることもある。賢いからこその手のかかりようなのだ。
* * *
「――結論を言うと、当面の脅威は取り除き終わったよ」
お兄様の言葉にほっとした空気が流れる。
「一つの傭兵団が色気を出して、辺境のワイバーンや資源を奪おうとしていただけだった。ほかの傭兵団は辺境でそこそこ好き勝手に振舞って満足している、要するに我々が王都を引き払ったときと何ら変わっていない」
目の前にはお茶というより軽めの昼食だ。
お兄様だけでなく、私を含めた全員がきちんと寝ていないからあまり食欲がない。
「とはいえ南から素材が入手できない分の穴埋めを西に常駐している傭兵団が賄っているから、随分と幅を利かせるようになったみたいだ」
クロヴィスがジョルジュから聞いた話と同じだ。
昨日、城塞に行く前に会いに行って、王都の状況を聞いたのだ。一か月以上前の情報になるけど、私たちが王都を引き払った数年前よりずっと新しく、最新情報といって差支えない。辺境伯領では官吏のように徴税名目で畑の収穫を奪おうとして、辺境伯の家臣と一発触発の事態に発展したりやらかしが多く、問題視されているのだとか。領地の管理も代行しようと上から目線で提案して、素気無く断られたという話もあったらしい。
辺境伯家は経費削減名目で騎士の数を絞っているけど、決して弱い訳ではないから、増長が過ぎるようなら、何れ叩き潰されるだろうとジョルジュは予想していた。
「南の辺境が一番、素材を多く放出していたのは一昔前の話だというのもあるんだろうね。効果は劣るが西の辺境産の薬草の方が、王都で圧倒的に流通していたし。魔獣素材はこちらの方が多いとはいえ、供給が停止して数年で枯渇するような在庫数じゃない筈だ」
お兄様の言葉を補完するように、お父様が話を続ける。
「逆に言えば、危機感を覚えるほど在庫が減ってからが勝負だということか……」
フォートレルのおじ様の言葉は、結局のところ当初の計画通りに辺境を要塞化すれば良いという結論だった。
話が終わるころ食事も終わり、各自席を立つ。
「フェリシテ、今日はここに泊っていけば?」
まだ陽は中天に昇りきってもいない時間だけど、少し調子が悪そうだ。
「お昼、あまり食べていなかったでしょう、予想以上に疲れたのではなくて? 昨夜は神経を張り詰めていたもの。近くだけどゆっくりした方が良いわ」
辺境の三家は行き来が多いから、屋敷の大きさの割に客間の数が多い。泊りがけになることも珍しくないのだ。
「そこまで調子が悪くはないけど……」
「でも……」
「自宅の方が落ち着くだろうから、一緒に帰るよ」
フェリシテ自身も夫のセザールも消極的だ。
「無理はしないで。気を付けて帰ってね」
強くは引き止めなかった。二人とも昨夜はすごく気を張っていたと思うから、今日はできるだけ身体を休めたいだろうし、勝手がわかるとはいえ、自宅よりは落ち着けないだろうから。
そんな風に思いながら見送っていたら、ふらりとフェリシテの身体が傾いだ。
「フェルッ!!」
抱きとめたセザールがひどく狼狽する。
思った以上に顔色が悪いようだった。
「医者を!」
客間はいつでも泊まれるように支度が終わっている。
「大丈夫! ちょっと足を滑らせただけで」
セザールの慌てように、大袈裟にしないでと言ったフェリシテだったけど、抱きかかえられて寝台に横たえられた。
「今まで病気一つしなかっただろう。昨夜は少し風が強めだったし城壁はかなり冷え込んでいたから、無理をしてはいけない」
ひどく真面目な声で言うから、フェリシテは強気には出られず大人しい。普段の彼女からは想像がつかないけど、二人きりのときは違うのだろう。
そう間を置かずに医者が来て、私たちは部屋を出る。
セザールは心配そうに扉の前でうろうろしていて、まるで熊のようだった。
診察に時間はかからず、医者が出てきたのは思ったより早かった。
「それでフェリシテは!?」
「まずは落ち着きなさい」
ふわりと笑う医者の目は穏やかだった。
「お母さんの身体を冷やさないように」
「――!!」
全速力と言っても良いほど早く寝台に向かったセザールは、フェリシテをぎゅうぎゅうに抱きしめた。
「ちょっ! 苦しそうだから手を放して!!」
慌てて私とクロヴィスが身体を引きはがす。
「嬉しいのはわかりますが、無理をさせないように。ワイバーンに乗るんだったらちゃんと防寒対策をするとか、夜はしっかり寝るとか、とにかく身体を労って、大事にすること」
少なくとも昨夜みたいなことはしてはいけないと、しっかり釘を刺された。
知らなかったとはいえ結婚数年目の夫婦なのだから、妊娠を想定しておくべきだったのかもしれない。
医者はくれぐれも母親に無理をさせるな、これくらいは大丈夫だと思っても、今までと同じ調子ではいけないと念を押してから帰っていった。
「今日は泊っていく? 帰るんだったらマントを用意するけど」
暖かい時期だから、ワイバーンに乗る時も少し厚手の上着を羽織るくらいで、マントはもう使っていない。でも冷やすなと言われたから、暖かい方が良いだろう。
「泊まろう!」
「いや、そこまで大事にしなくても……」
「泊まろうね?」
かなり強めに主張したセザールにフェリシテが言い負かされる。
「まだおじ様もいるから、声をかけてくる」
クロヴィスに目配せすると、向こうも同じことを思っていたらしく、そそくさと二人で部屋を後にした。
食堂に戻ると既に誰も残ってはおらず、居間で寛いでいるのかなと当たりをつけて移動する。
「父上!」
おじ様はお父様と一緒にお茶を飲みながら談笑していた。あまり心配していないのは普段から元気だからだろうか。セザールが騒ぎ過ぎだと思っているのかもしれない。
「二人が呼んでいるから、客間の方に来てもらっても?」
「そうか……」
のんびりとした足取りで席を立った二人と一緒に部屋を出る。
そして……。
「まあこんなことだろうと思ったよ。おめでとう」
三人が口を揃えてフェリシテとセザールを寿いだ。
なぜわかったのだろうと思うのだけど、父親の先輩として感じるものがあったのだろう。
そうこうしている間にお兄様やルイーゼも現れる。
「ルイーゼもできたんだ」
「――!!」
びっくりしすぎて言葉がでなかった。
少ししてようやく「おめでとう」の一言が出てくる。
「もしかして、医者が来るのが早かったのは……」
「ルイーゼのところからだったからね。食欲がなくて怠いというから風邪かもと思って呼んだんだ。そうしたら……」
どうやらフェリシテと同じ症状で診察を受けたらしい。
きっと同じように身体を冷やすなとか、夜は寝るようにとか注意をされたのも一緒だろう。
「料理人に、妊婦さんが食べやすい食事にするよう伝えてくるわ」
「頼む」
声をかけた私に、お兄様は今まで見た中で一番良い笑顔を返してきた。
* * *
自室に戻って窓を開けると、遠くに城壁が見える。その向こうは森で更に向こうは王都だ。
ワイバーンで高く飛べば森の向こう側の端までは見えるけど、王都どころか最初の集落さえも見えないけど。
――お兄様が遠征したのって、私の負担を減らすためよね。
ワイバーンが無ければ接触できず、辺境側から何かする気はない。今の平和は一時的なもので、どれだけ長く続くかわからない。
でもお兄様は少しでもその争いのない時間を長く持たせようと動いてくれたのだ。
中央との接触は、多分戦いと同義。
しかも戦場は森か辺境のどちらか若しくは両方になる。
領民に被害を出したくないのは領主家の一員として当然だけど、それ以上に結界だ防御だと魔法を使い続けるだろう私を、守りたいという気持ちが痛いほど伝わってくる。
もちろん、妻や生まれてくる子供を守りたいという理由も、私を守りたいという気持ちと同じくらいあって、だから無理を押して森を越えたのだ。
いつか、長い時間が経って中央も辺境も生きる人や考え方が変わって、新しく関係を築けるようになってから再び出会うのが、どちらにとっても良い結果になるんじゃないかと思っている。
ただの希望的観測だけど。
少なくとも今のお互いを尊重し合えない関係では、良い関係に戻るのは難しい。
だったら時間を置いて、と思うのだ。
「深刻そうな顔をしてるけど、何かあった?」
「考えていただけ。どうしてこうなってしまったのかなって。昔は仲が良かったのにね」
気遣うクロヴィスに、ただ今の状況に憂えていると返す。
懐古趣味はないけど、でも争うような関係を望んではいないのだ。




