06. 北の傭兵団
フェリシテが実家から婚家であるフォートレル辺境伯家に戻ってきたのは、ディーノさんと入れ違いの午後だった。
「隣国も大変そうね」
隣の領や王家との確執は、どこの国でも変わらないと、眉を顰める。
「預かっていた塩を渡しておいた。まだ兵糧攻めみたいな真似はされていないから、念のためといったところだが」
「中央とやっていくのも、独立してキエザ辺境伯家と手を組むのも、どちらにしても問題が山積みね」
溜息をつきつつの言葉は、辺境の誰もが思っていること。
「それで傭兵の方は?」
「情報は全部引き出せたみたいよ。私はワイバーンを引き取ってきただけ」
鹵獲したワイバーンの半数を手にしてちょっと嬉しそうだ。懐いてはいないけど、反抗的というほどでもないから扱いが楽らしい。
南に来たワイバーンの中、更に半数はオリオール伯爵家の竜舎にもらい受けると話がついていた。血が濃くならないように、辺境内で交配を進めているけど、それでも限界はある。だから新しい子が来るのは大歓迎だ。全員が暗めの灰色の体色でよく似てる。慣れるまで間違わないか不安だ。
「何故、昼間だったの?」
襲撃するなら夜間が普通だろうと思う。
わざわざ昼間に来るなんて目立って仕方がない。
「傭兵団が辺境側の情報を持っていなかったからだったわ。割と中央と辺境って距離を置いているでしょう? だから中央から来た人間は目立つというか、行商人が来る程度だし、傭兵が偵察に来る余地がなかったの」
北のバルト辺境伯家が傭兵団を雇う前は、マンティアルグ辺境伯家が一部、魔獣討伐の委託を受けていた。でも私とジョルジュの婚約がなくなった件で辺境と中央の溝が大きくなり、南と歩調を合わせていた東も、北の辺境伯家から手を引いている。
西の辺境伯家は以前から傭兵団に森の管理を委託していて、東との縁が切れた北は西と足並みを揃えたらしい。
「そんな訳で、襲撃するにも何処を狙えばいいかわからないから、昼のうちに地形などを観察することにしたって訳。海からだったら裏をかいて、兵士が出てくる前に逃げられると思っていたみたいね」
失敗したけどとは言わなかったけど、浅知恵だったと思っているような言い方だ。
「ワイバーンは一組の番を卵ごと捕獲したみたいよ。一か月ほどで幼体を引き離して産卵を繰り返させたらしいわ。数が足りないから親子とか兄妹での交配もしたみたいよ。二年で三十頭まで増やしたみたいだから、かなり無茶なことをしたと思う」
――ということは繁殖用には向かないのかな?
身体が丈夫であれば、使役には使えると思うけど、様子見をした方が良いかもしれない。
「今回、二十頭鹵獲したってことは残り十頭よね? でも捕獲と繁殖の知識があるなら、また増やせるってことよね」
「西が雇ってる傭兵団はワイバーンがいると言っていたか?」
私とお兄様が立て続けに尋ねる。セザールやクロヴィスもきっと、知りたいことだらけだろう。
今のところ一番の脅威はワイバーンで、次がそれに代わる魔獣や兵器だ。
緩衝地帯としての森は広く馬では移動できない。野営をすればたどり着ける距離とはいえ夜行性の魔獣に襲われて全滅するのがオチだ。夜の森は昼の森の比ではないほど危険だった。
だけど地上の障害物とは無関係に移動でき、尚且つ速いワイバーンがいるとまるきり状況が変わる。
「今のところほかの傭兵団にワイバーンはいないみたい。野生を捕獲といっても、翼を傷めた親を偶然みつけられたからってだけで、元気なワイバーンを捕まえるのはまだ無理みたいね」
「生息地はそれなりに森の奥だから、簡単にはいかないか……」
考え込んだのは一瞬だった。机の上に目線を落としたと思ったら直ぐに顔を上げる。
「今のうちにワイバーンを奪取しよう」
「こちらから打って出るってこと?」
お兄様の言葉に耳を疑う。こちらから手を出したら、戦争まで一直線になってしまう。
「国と遣り合う訳じゃない。相手は傭兵団だけだ。貴族はいないんだろう?」
「ええ、平民だけみたいね。貴族の次男以下やそういった親を持つ団員もいないって」
「なら問題ない」
温厚なお兄様にしてはとても好戦的な言葉だ。
「中央貴族は平民なんかに関与しない。特に傭兵は森の管理に欠かせない反面、武力でモノ言う厄介な連中だ。一つや二つの団を潰したところで、どうなるってものでもないよ」
「そうだね、ほかに被害を出さなければという但し書きが付くけど。農民や畑に被害を出すのは避けないとね」
「既に拠点の場所も把握済みよ。十年前まで北の森の管理を受けていたから地図もあるの」
セザールとフェリシテも同意して、あっという間に攻めることに。不安は残るけどやると決まったのなら全力で応援するしかない。
「今回は俺とエドモンで行こう。一応、次期当主は防衛側で」
いつの間にかお父様と叔父様が呼ばれ、フォートレル辺境伯家とマンティアルグ辺境伯家との通信も繋がっている。
お兄様の言葉通り、攻撃側はお兄様とエドモンさんが隊を率いることに。セザールとフェリシテはフォートレル南側の外側の城壁に、クロヴィスとルイーゼは東の森の内側の城壁にて防衛を担当、お父様は東側の外の城壁に向かう。東はマンティアルグ辺境が内側の城壁、辺境伯家の親戚が外側の城壁の防衛、フェリシテの上のお兄様が海側の防衛を担当になった。手の足りない場所は家臣団が対応することで、ぐるりと辺境を囲むように守備を固める。
私と叔父様は通信手扱い、二人とも魔力が豊富で、王都と辺境の間で通信魔法を展開できる。そのため私はオリオール伯爵家に、叔父様はマンティアルグ辺境伯家にて待機なのだ。お兄様が出撃するのも、当主ではないからというだけでなく、叔父様と同じくらい魔力が豊富だからにほかならない。
「お兄様、ご武運を……」
ぎゅっと抱き着いて別れを惜しむ。
中央と別の道を行くと決めた何年も前から戦いに備えてはいるけど、いざとなると戸惑いが勝る。
「大丈夫、いくら彼等が戦い慣れているとはいっても、つい最近、台頭してきたような連中だ。負けはしないよ」
優しい手つきで頭を撫でられた。
「じゃあ行ってくる」
軽く手を振ってワイバーンに乗り込む姿は、普段の、ちょっとマンティアルグ辺境伯家まで荷物を届けるなんてときと同じ、軽い雰囲気だった。
お兄様とエドモンさんは城塞付近で休息を取り、夜明けの数刻前に飛び立つ。そして空が白み始める直前に傭兵団の上空にワイバーンを展開して敵を叩いて退却、海上で夜明けを眺める予定で動くらしい。
お兄様に遅れること一刻、防衛担当のセザールたちも次々に屋敷を後にする。
私は見送る事しかできなくて辛いけど、通信手を務められるのが、私、お兄様、叔父様の三人しかいないから、外に出るよりは屋敷の中にいて連絡の中継をする方が役に立つ。
「マリエちゃん……」
通信用の魔法陣前から離れない私に、いつの間にか来ていた従妹が声をかける。
四人いる兄たちは皆、城壁に向かい、父親はマンティアルグ辺境伯家だ。エーヴはまだ十二歳で、兄たちについていけないからお留守番だ。誰もいない屋敷に一人は寂しいからと、今日だけはオリオール伯爵家にお泊りだ。客室を用意したけど、部屋にいるのは心細いのだろう。
「大丈夫よ、お兄様たちはみんな無事に帰ってきて、明日、一緒に朝ご飯を食べられると思うわ」
長椅子に移動すると、ちょこんと横に座る。肩を抱くと、ぎゅっと抱き着き返してきた。
「残されるのは辛いね……」
「うん……」
二百年前のスタンピードが最後だとは誰も思っていない。当然、私自身も。だから聖女の血を失ってはいけないと理解している。
私は辺境に必要なのだと。
とはいえ残されるのは辛い。
――駄目ね。何もしていないと暗くなっていけないわ。
気持ちを切り替えるように、両手で頬を叩いて気合を入れる。
――私にできることをしよう。
まずは帳簿の確認と、まだ記載していない項目の記入を。終われば武器の手入れに手をつけよう。
でも最初はエーヴの気を紛れされるのが最優先だ。幼いのに弁えてじっと耐えるのは辛いだろうから。
暫くして眠りに落ちたエーヴを長椅子に寝かしてしばらくした後、お兄様から連絡が入った。
「――これから行ってくる。連絡はコトが全部終わって海上に出るまでできない」
「わかったわ、気を付けて。防衛側は見張りを除いて仮眠中よ。特に変わったところはないみたいよ。安心して行ってきて」
「うん、じゃあ行ってくる」
普段通りの口調だった。
家族を戦場に送るのは、きっと慣れないと思う。これから何度も同じように見送る日が来ても。
でもそのたびに「行ってらっしゃい」と言うのだろう……。




