05. キエザ辺境伯家と隣の事情
帰宅した私たちを出迎えたのは、深刻そうな顔をしたルイーゼだった。
「実家から、しばらくこちらとの往来を控えると連絡がありました」
溜息をつく兄嫁の顔は暗い。
「アマディ家……いやキエザ辺境伯家で何か問題が起きたのか?」
「いえ辺境伯領は問題がないのですが、隣の領地の代替わりが問題で……」
ルイーゼの話を要約すると、辺境伯家の西南に位置する伯爵家で直系の跡取りが不在になり、王都に居を構えていた遠縁が当主になったらしい。
辺境の環境は時に過酷で、まったくの予備知識なしで治められるものではない。転封して元の領地は王領になる案や、キエザ辺境伯家の一族が引き継ぐなどの案が出たらしいのだが、スタンピード以前から続く名家であり、代々受け継がれた領地だからという理由から、提案をすべて断ったのだとか。
けれど一朝一夕に統治ができる訳もなく、何より中央の流儀を押し通そうとして、家臣たちとの間に軋轢が生まれて混乱し、領地が荒れる結果にも繋がった。
「家臣たちは優秀ですから、いくら駄目領主でも運営くらいやってのけられます。新しい領主も辺境に馴染んでいないだけで、元は優秀らしいですから、行きつくところまで行ってという前に改善すると思いたいのですが……、そうも言ってられないというか、本当に優秀なのか疑いたくなるような話も出てきますので」
ほぅ、と溜息をつく。
「森の手入れだとか、魔獣の数の管理をしていなくて。王都近郊の森は貴族の狩猟で逆に乱獲にならないように気を付けているくらいだから、辺境の森も同じように考えている節が」
「魔獣が森から溢れて被害が出る可能性があると?」
ええ、と首肯する。
「新しい領主の方針が変わらない限り、数年以内に大きな被害が起きるだろうと予想されています。その尻ぬぐいをキエザ辺境伯家に押し付けられそうな気配が濃厚だから心配です」
再びほぅと溜息をついた。
「一応、人目を憚りながら、兄たちがこちらに来ると言ってます。ここ半年ほど、私も里帰りしていませんでしたから、これ以上、詳細はわからないんです」
半年前、少し慌ただしくなるから帰ってくるなとルイーゼに連絡があったのは聞いていた。
もしかしたらこちら同様、独立するかもしれないと、その時に話していたのも。
* * *
ルイーゼのお兄様がフォートレル辺境伯家を訪れたのは、次の日の朝早くだった。往来は控えたいが、事情をまったく説明しないのも不義理なので、という理由だ。
「こんな時間に申し訳ない」
「先触れがあったのでお気になさらず」
セザールがにこやかに返している。
面会にフォートレル辺境伯は不参加だ。次世代同士、思うようにやりなさいということらしい。どうしても困った事態になれば、顔を出すと言われている。
「この時間ということは、夜陰に紛れて?」
「そうです。どこに人の目があるかわからないので」
首肯しながら簡単に状況の説明を始める。
「こちらの辺境伯家よりも、ウチの方が他領との往来が多いので念のために。我が家は辺境伯家の中でも北端に位置しますし、爵位のない平民扱いだから、そこまで気にしなくても大丈夫なのでしょうが」
キエザ辺境伯は伯父にあたり、直系に何かあれば後を継ぐ可能性もある家だけど、身分が貴族でないというだけで周囲の扱いはとても軽くなる。
「隣の領地の後継者が辺境を知らない者だとか?」
セザールの問いに、ディーノさん――ルイーゼの上のお兄様が溜息をつく。
「困ったことに。しかも本人は平民として育っているから、貴族の義務というのが身についていないのも」
「というと……?」
「四代前の当主の孫です。前当主とは再従兄弟の関係で、付き合いもなかったようですね。王都の大手商会で働いていたようです」
随分遡って後継を探したなというのが感想だった。子供が二代に渡って一人っ子というのは考えにくい。前当主の兄弟や、先代当主の兄弟やその子供たちはいなかったのだろうか。
私の頭を擡げた疑問は、こちら側の参加者全員も持ったみたいで、代表してセザールが質問する。
「先代の弟は幼少期に病気で亡くなっています。かつて魔獣の動きが活発になった時期があり、先々代の兄弟はそのときに……」
魔獣討伐は辺境を治める当主一族の仕事だ。戦闘に不向きな者でも、支援など間接的に関わることになる。対人戦闘では後方に下がる私も、森に入れば前衛を務めることは珍しくない。フェリシテだって前衛で闘っている。
お母さまも生前は魔獣討伐などに積極的で、叔母様――叔父様の亡くなった配偶者は戦闘が苦手だったから、後方支援に徹していた。
「今の当主は、商人としては優秀なんでしょうね。商会の支店を任せるという話も出ていたらしいので……」
「でも商人と貴族では考え方が違うから領地経営で壁にぶつかったということかな?」
「損得勘定で終わる話ではないのは、領地経営にかかわる貴族なら当たり前のようにもっている意識なんだが」
アマディ家は貴族扱いされていないけど、本家であるキエザ辺境伯家の一番身近で補佐を任されているから、考え方が貴族そのものだ。
「問題はもう一つあって、その新領主の婚約者が、国王の従妹に当たる。といっても先代国王の異母妹が降嫁した家の娘だから、国王との関係は薄い。されど王家の血筋、わかっていないからと無碍にもできずにいて、こちらも困っている」
実力もないのに権力だけはある、という構図なのか。一番やっかいな状況だ。
「本当だったら森に接している土地をこちらが買い取って管理をする、代わりに魔獣素材や薬草などの森から採取できる素材を安く優先的に売るのが良かったのだが、国王が横槍を入れてきて、そうもいかなくてなあ……」
説明を終えると、特大の溜息をつく。
森と一言で現わしているけど、大昔からある人跡未踏の森は大陸ができた当初からあるといった伝説もあり「原初の森」と呼ばれている。スタンピードによって広がったそこは、管理が大変で危険だけれど、素材採取という意味ではとても旨味のある土地だ。
「何より先代のご当主は辺境寄りの考えをしていてね。中央に対しては少し距離を置かれていた。辺境の利益を取り込みたい国王は、全力で今の当主を囲い込んでるところなんだ」
再び特大の溜息。
厄介ごとが服を着て歩いて来たような事態だ。
「そちらと同じように独立しても構わないのだが、防御面が問題でね」
「城壁がないんでしたっけ?」
「ああ……」
「こちらでもいつかくるだろうスタンピードに備えて、それなりに堅牢な城壁を築いている。だが、隣とは今までずっと良好な関係を築いていたから森の幅もあまりなく、対立した場合は城壁だけでは心もとない。互いにワイバーンを保有していることだしね。独立を宣言したら攻め込んでこられるのはほぼ確実、領民への被害もそれなりに出るから、どうしたものか対応をしあぐねていてなあ。もっとも隣国の辺境伯家と付き合いがあると知れた途端、こちらが大人しくしていても攻め込まれそうだが」
私たちも中央にキエザ辺境伯家との交流を秘密にしていた。国を跨いでの付き合いだから、内緒にしたい気持ちはよくわかる。
「最悪を考えて、城壁を土魔法でより堅牢にして、聖属性の魔法障壁でワイバーン対策するしかない……」
領民の被害を避けたいという気持ちが痛いほどわかる。中央から離反した私たちがいう事ではないけど、上手くやっていけるならそれに越したことはない。
それでも――。
「こちらを」
お兄様が袋を机に置いて差し出した。中身は魔法結晶だ。種類毎に分けてある。
もし戦いに備えるならあるに越したことはない。特に土属性と聖属性は必要だろう。謀らずも昨日確認したばかりだ。手動ではあったけど、効果があるのはわかっている。
「これは――!」
断りの言葉を入れて袋の中を見たディーノさんが絶句している。各種百個ずつ入っているからかなりの量だ。平時なら自分が死ぬまでに使い切れない量になる。
勉強がひと段落し、中央との付き合いが減った今、私は割と時間に余裕があるのだ。中央対策が忙しいとはいえ、私でなければできないことは、あまり多くない。
だから時間と魔力が許す限り、コツコツと魔法結晶を作りためておいた。王都からの使者がきた以降は城塞の結界や植林用の苗木を育てるために湯水の如く使ったけどまだ数に余裕がある。
「そちらでも作れると思うが、事態が急変して色々と物が足りないと思ったので」
「助かる。帰ったら直ぐに辺境伯に渡そう」
ワイバーンが結界を超えられなくなるだけで、防衛戦はかなり有利になる。本当は森を有利な形に整えたいのだろうけど、表立って動けない状況では諦めるしかない。
「マンティアルグ辺境伯家からは塩を預かっている。今日、持ち帰れないなら、森の外れ近くまで陸路で持っていく。今日か明日の夜中にでも城に運び込むと良い」
南と東の辺境もだけど、キエザ辺境伯家に岩塩鉱床がない。マンティアルグ辺境伯家は海水から塩を作っている。スタンピード以前からの産業だ。フォートレル辺境伯領も少しだけ海に面しているから、一応塩を精製しているとはいえ少量であり他領に融通できるほどではない。
そういった状況を踏まえての東からの援助物資だった。




