04. 敵襲
言葉と同時に急速上昇する。上を抑えられるのは空戦では不利なのだ。
黒い影はワイバーンに騎乗した人。森を回り込んだ経路は辺境の人間飛行航路ではない。
上昇しきって再確認すると、既にくっきりと形が見えるまで近づいていた。
「マリエは後方に!」
聖女の魔力は辺境になくてはならないもので守られるべき対象なのだ。だから戦闘力があるからと前に出てはいけない。魔獣相手なら防御をしっかりすれば大丈夫だけど、対人戦の場合はどういった作戦を立てているかわからないし厄介なのだ。
でも――。
「まだ海上なら防御結界の応用で墜とせると思う」
「だが敵にマリエの魔力を見せたくない」
エドモンさん――フェリシテの下のお兄様が私を止める。
「全力は出さないわ。そちらの方と力を合わせた形になる。相手のワイバーンに聖属性魔法を高出力で当てるの。今の城壁と同じくらい」
ワイバーンも魔獣だから聖属性魔法は苦手だ。人の手で育っていることと訓練の結果、耐性がついているというだけで。
とはいえ強くした城壁の聖属性結界は辺境のワイバーンでも駄目なほど強力にしてある。少し前までは問題ない程度の強さだったから森との往来は自由だったけど、中央側も使役することを考えての措置だった。
「それくらいなら私でも余裕で出せる程度です」
「だったらそれで任せたぞ、シュリエ!」
随行していた方からもフォローが入る。
フェリシテが名を呼んでくれたから名前がわかった。
「城壁の結界に上乗せする形にしましょう!」
言っている間にも敵は急速に近づいてくる。
「城壁ではなく、沖の結界に上乗せで頼む!」
沖の岩礁にも結界が張ってある。波の満ち引きがあるから石積みの城壁は作れなくても、魔法障壁を作ることで魔獣対策になっているのだ。
「敵は十五……いや二十か!」
エドモンさんの指示とクロヴィスの報告を受けて「余裕です」とシュリエが返した。
「じゃあ私はフォローに回る」
一応、守られている形は取ろうと思う。
クロヴィスとフェリシテ、エドモンさんは「任された」と言って先行する。
三……二……一……。
近づく敵が障壁に接触するのをカウントダウンしていく。
もし沖合にある聖属性の魔法障壁を問題なく通過したなら、城壁の結界に魔力を上乗せして、確実に仕留められるように一番後ろで待機だ。
――バシンッ!
衝撃を受けたように、敵のワイバーンが次々と墜落していく。
実際にはなかった音が聞こえたような気がする。
半分が海に墜落し、残りは失速しながら地上に墜ちていく。
態勢を立て直そうと騎手たちが手綱を引くけど、ワイバーンから落ちないようにするのが手一杯だった。
そこを前衛の三人が魔法の風を当てて、次々と落としていった。それなりに高さはあったけど死ぬほどではない。
「近くの詰め所に連絡を入れましたから、直ぐに応援が駆け付けます」
「北の辺境伯家お抱えの傭兵かしら?」
「だと思いますが、生きているので情報を引き出せるでしょう」
北と西の辺境伯家は領主家族が王都に住んでいる。森の管理や魔獣を狩るのは専ら傭兵の仕事だ。一応、兵力ではないという言い訳に冒険者などと称しているけど、呼び方以外の違いはない。
辺境伯家として常時所有している軍事力は、領主家族や屋敷を守る護衛騎士くらいと、ほかの中央貴族と変わらなかった。
全員、地上に墜ちたけどフラフラになりながらも剣を抜き、果敢にも闘う意志を見せている。でもそんな状況で辺境領主一族に敵うはずもない。
クロヴィスの一閃で剣を持つ腕が飛ばされた。続いてエドモンが別の敵の胴を払う。手際よく次々と戦闘不能にしていくと、あっという間に拘束して武装を解除していった。
フェリシテはといえばその間に海に向かっている。海に墜ちた傭兵たちは泳げなかったらしく気付いたら海に沈んでいた。ワイバーンの方は身体が痺れたように動けないまま波に弄ばれている。
それを次々に浮かせて陸に揚げていく。弱っているけど騎手と違って死んではいないみたいだ。今後は調教し直して辺境のワイバーンとして使っていくのだろう。
完全に制圧が終わったころ応援がやってくる。思ったよりも早い時間だ。
ワイバーンに乗った兵士に遅れて荷馬車が二台。本来の用途は傷ついて保護した野生のワイバーンなど、まだ人に慣れてない魔獣を、飼いならして使役する目的で移送するための檻だ。
「牢とかあるのかしら?」
「一応、いつでも使えるようにしてますよ。百年以上使っていませんが、手入れは行き届いています。南でも同じような状態でしょう」
縁がなかったから知らなかった。ありそうだとは思っていたけど。
手際よく移送される傭兵たちを見送ると、私たちはマンティアルグ辺境伯の領主館に戻ることに。
「いつかこういう事があると思ったけど、まさかこんなに早くなるとは思わなかったわ」
「そうだな、今年の夏を過ぎたらワイバーンでも休みなしに森を渡れなくなるとは思っていたが、甘かったみたいだ」
エドモンさんは自分の見通しの甘さに苦り顔だった。
私も含めて誰もが同じように早くても数年後だろうと思っていた。でも予測できなかったというのは、領主やその一族としては駄目なのだ。領民を危険に曝してはいけないのだから。
* * *
「お兄様がこちらに向かっているみたい。荷物の護送もあるから、晩餐ギリギリの時間になるって」
南と王都を結ぶ街道付近に植える予定だった苗木などの半分以上を、マンティアルグ辺境伯家の近くに植えることになったらしい。
私たちが領主館に到着したころには、お父様とマンティアルグ辺境伯との間で合意ができていた。
今朝、私たちがこちらに来たときはクロヴィスと二人きりだったけど、念のために帰りは護衛付きでという話も出て、結果的に日帰りではなく、明日、お兄様たちと帰ることに。
「よく遊びに来たけど、泊りは初めてかもしれないわ」
「そうだなあ、ワイバーンなら日帰りできる距離だしな」
用意された客室に戻ると着替えが用意されている。
と言ってもフェリシテやその兄たちの服だから、微妙にサイズは合わないけど心遣いが嬉しい。
「どう?」
湯浴みの後、深緑色のドレスを着て見せる。胸当てや裾の刺繍が華やかだ。
「もしかして最近、フェリシテが力を入れているってそれか?」
「そう、刺繍を施した商品を売るだけでなく、既にあるドレスなんかに刺繍を入れたいって。多分これは商品見本も兼ねてると思うわ」
深緑色はフェリシテの赤毛に映える色で、私の銀髪だと地味になる。でも明るく柔らかな色使いの刺繍が華やかさを演出して、とても素敵だった。
買ってねという意味ではなく、華やかな一枚だから貸してくれたのだろうと思う。末っ子でお兄様たちに溺愛されているフェリシテは、昔から私のことを妹のようにかわいがってくれるから。
実はお姉さんぶりたかったのよ、とマンティアルグ夫人に暴露されていたのは随分と昔だ。
寛いでいる間にお兄様が到着し揃って食堂に向かう。
マンティアルグ辺境伯家は全員勢揃いだ。
「そうやって二人並ぶと姉妹みたいだ」
エドモンさんの言葉に、フェリシテは満更でもないみたいに顔を綻ばせる。
私好みの明るい色のドレスに咲く大輪の紅薔薇が艶やかだ。対する私は深緑のドレスに白や薄紅の蔓薔薇。
「お姉さま、姉妹みたいですって!」
「嬉しいわ!」
キャッキャウフフと楽しんでいたら、少しクロヴィスが恨めしそうな顔をする。
「せっかく普段と違うマリエを楽しんでいたのに、フェリシテにとられた……」
とても和やかで、このまま辺境の平和を守れたらと思う、そんなひと時だった。
翌朝、私とクロヴィスはお兄様やエドモンさんと一緒に帰る。フェリシテはルモーリに行くらしい。
「多めに植樹用の苗木を育ててて良かったわね。でも足りるかしら?」
「難しいな。ただ土の魔法結晶を多めに渡してあるし、予定を前倒しして夏前までに森の拡張を終わらせる」
「それじゃあ……」
――少し前に会ったジョルジュはどうするのだろう?
王都に戻るつもりはないと言っていたけど、もう少しゆっくり考えれば良いと回答を保留にしている。後から翻意しても帰れないとしたら……。
「このまま辺境に住むと言っていたぞ」
お兄様が私の心の内を読むように言葉を返す。
「苗木を手配するついでに寄ってきた。今更、王都に帰る気はないと。ただ王太子一行と別れた後のカミラのことは気にしていた。随行員の大半が死んでいるから、酷いことになっていないと良いがと」
「マンティアルグ辺境伯領に居るって言ったの?」
「いや、彼女のことは昨夜知ったから、気に留めておくと返してある」
ジョルジュとカミラは親しい友人ではなかったと思うけど、二人とも結婚して辺境に住む境遇は同じだったから、仲間意識みたいなものがあったのかもしれない。




