ep.170 各々の修業
『さて、二ノ山で集められそうな食材や素材はこんなところね!! これだけあれば当分はもつでしょ?』
ルルーチェが指差した方向にはうず高く積まれた食材や素材たち。一見粗雑に置かれているようでとても繊細に積まれているのがわかる。いったいどこからこれだけの食材素材を集めてきたのだ。いや、俺ももちろん手伝ったのだが、俺が何か一つ採取するころにルルーチェは少なくとも10個は採取していた。
見たことのないものが多すぎて、どういうものなのかも気になるところだが、それは追々聞けばいいだろう。じゃないと全部を聞くだけでかなり時間が過ぎてしまいそうだからな。
『ありがたく貰うけど、さすがに何かお礼をしないとな』
あらかたの物はオーネン村の家に置いてきてしまったが、全く何も無いわけでもない。何かないかと考えた結果、悩んでも仕方ないので出せるものを全部少しずつ出すことにした。下手に小出しにするよりも、ルルーチェの好みを知るためにもこの方法がベストだろう。
いざ出し始めて分かったが、置いてきたと思っても意外と収納には色々入っていた。俺の忘れていたものも普通にあったせいで、出来立ての肉串やナスのから揚げ、麦粥など普通の料理に始まり、デザートはもちろんワインもあった。
我ながら収納の中が煩雑になりすぎて整理が出来ていない。一時期まではこまめに整理していたのだが、いつしか忙しさと面倒くささに負けて入れっぱなしになってしまっていたようだ。これを教訓に今度からはちゃんと管理しないとな。まぁ、今回に限ってはそのズボラさに感謝だが。
『わぁ~!! 見たことない食べ物がいっぱいね!? 人の世はいつからこんなに美味しそうなものを作るようになったのよ!! こんなことなら人の国は滅ぼさないほうがよかったかな?』
あぁ、さっき空天が言っていたことって本当だったのか。そんなサラッと言われたらついつい話題に触れそうになっちゃうからやめてほしい。
『気に入ったものがあったら持って行ってもらって構わないよ』
料理をたらふく出しておいて今更だが、ちょっとした満漢全席くらいの量がある。これだけ量と種類があれば気に入るものの一つくらいあるだろう。だが、こんなに料理をだして匂いが広がっているのに、空天以外の身外身が襲ってくることは無い。
それもこれもルルーチェの存在に気付いているからだろうか。
『うーん、これだけあると迷っちゃうわね……』
俺としては全部持って行ってもらってもいいんだが。そのへんは控えめなのか、何個かに絞ろうとしているらしい。あんなに食材や素材を貰ったんだし、ここは男気の見せ所だ。
『一度出したのを仕舞うのもあれだし、全部ルルーチェにあげるよ。贈り物もたくさんもらったしね』
『ええ!? いいの!? ありがとうアウル!! こんなに貰ったら私が貰い過ぎだから、そうね……。アウルにはこれもあげる! とっても珍しいものだから、大切にしてね?』
渡されたのは不思議な模様の球体。ちょうど手に収まるくらいのサイズで、重さは結構ある。初めて見るものだが、これは一体なんだろう?
『ありがとう。で、これはなんなの?』
『ふふふ、それは世にも珍しい魔獣の卵よ。昔、ちょっとした伝手で手に入れたんだけど、私には必要のないものだったからね。仕舞っておいたってわけ。それは珍しすぎて人の世にはなかなか過ぎたものだからね。ありがたく貰ってあげたのよ』
……分かってしまった。その昔滅んだという国から奪ってきたものなのだろうということが。ちょっとした伝手、と言ったがルルーチェにとって人の国を滅ぼすのはちょっとしたことなのだ。え、もはや邪神とかルルーチェが倒せばよくない?
だって強すぎるじゃんこの子。まぁ、それはそれとして。貰えるものはありがたく貰うのが俺のモットーだ。
『これはどうやったら孵るの?』
『その卵はね、飼い主の魔力で育つと言われているの。たらふく魔力を与えた分だけ強く、そして珍しい魔獣が生まれるのよ』
それは面白い。魔力を糧にっていう点では霊樹と似ている。霊樹のようにいろいろな人から魔力をもらうこともできるのかな?
『あ、今自分以外からも魔力を貰おうかなとか思ったでしょ。でもそれは絶対にダメ。そんなことをすれば醜悪で邪悪なモノが生まれてしまうから。絶対に一人で孵すこと。それが条件。それで、その卵が飼い主を主人として認めたときにはじめて孵るわ。せいぜい頑張りなさい。あっ、生まれたらちゃんと私に見せに来ること!』
『了解したよ。ひとまず頑張ってみるさ』
思いがけずいいものが手に入ってしまった。俺にはすでにクインという大切な相棒がいるが、今となっては霊樹を守る霊獣となっている。霊獣の性質上、あまり霊樹から離れることができないということが分かっている。短時間であればいいのだが、長時間ダンジョンに潜るということが出来なくなっている。
これにはクインも残念がっていたが、その分村にいるときは存分に甘えるように言ってあるので問題はない。ノラさんだけはその理から外れているのか、好き勝手に動いている。
霊獣のなかでも格というか役割が違うのかもしれない。確かに、クインは霊樹と相性のいい魔物だからな。それに引き換えノラさんはあくまで不死者。霊樹とはややかけ離れていると言ってもいい。
その中間にいるのが王角ことヴィオレだ。ヴィオレは相性も悪くないしある程度の遠出も出来る。守りの要的な扱いになっているそうだ。クインは親衛隊、ノラさんは遊撃や攻撃を担当する、と。なるほど、とてもよく考えられている。
まぁ、そんなこんなでいつも連れて歩ける従魔というのがいなかったのである意味ではちょうどいい。もしかしたらクインがヤキモチを妬くかもしれないが、そこはお姉さんをしてもらおう。
『ふふ、アウルがどんな子を孵すのか今から楽しみよ。さて、これでひとまず貸し借りは無しだけど……せっかくできた縁だし、アウルに貸しのひとつでも作っとこうかしらね?』
国を手の一振りで滅ぼすような相手に作られる借りなど、心の底から御免被りたいところだが、とてもじゃないが断れるような空気じゃない。ここはいっそのこと諦めてどでかい借りを作るとしよう。
と、流されるがままにルルーチェに連れられてきたのは二ノ山の6合目くらいにある、少しひらけた場所だ。こんなところが普通に山にあるとは思えないのだが……。それに、この山はダンジョンと同じような性質を持っているのか、樹を切ってもすぐに元通りになろうとする。さすがにダンジョンと同じ速さとは言わないが、それでも俺のグロウアップよりも明らかに速い成長を見せる。
それもこれもこの濃い魔力によるものなのだろうが、そんな山にこのような広い平地があるのは
違和感しか覚えないぞ。
平地の奥には山に馴染むようなログハウスが――いや、前言撤回。馴染み切れないほど大きいログハウスがあった。いや、いくらなんでも大きすぎだろう。空間把握で把握した感じだと、東京ドームくらい大きいログハウスだ。
『ついたわよ。ここが私や私の友達が別荘にしている場所よ』
『別荘』
『ふふふ、ちょっと小さすぎたかしら?』
ルルーチェは自分の今のサイズ感を一度知った方がいいと思うんだが。
『あれ、そういえば空天は?』
『あぁ、あの子なら先にある場所に行くように伝えてあるわ。あの子はアウルに懐いているようだったし、せっかくだから一緒に鍛えてあげようと思ってね。ただ、今のままだと弱すぎるから先に行かせておいたの。さ、私の友達がみんな待ってるから早く行くわよ?』
『お、おっす』
いや、うすうす気づいてはいたんだ。だが、気付かないようにしていた。でももう無理らしい。俺を鍛錬してくれるのはルルーチェだけではなく、この山に住む「人外強者」の先生方なんですね……。
ルルーチェに案内されたログハウスの中には、いろいろな種族が楽しそうにソファーに座ってお茶を飲みながら談笑していた。
『みんな~、あのくっきぃをくれた男の子を連れてきたわよ~!』
『あらあらあら!! ルルーチェが言っていたよりも可愛い子じゃない!』
と、とても妖艶な女性――背中側から悪魔みたいな尻尾と羽が生えている――が俺を見る。
『ふむ、あれはあれでいいものであった。だが、もっと酒に合うつまみがほしいのぅ。というか酒は無いのか?』
と、筋骨隆々でどこかドワーフに似ている男性が酒をあおる真似をしている。ドワーフよりも大柄で力強そうだ。
『む、お前と会うのは二回目だな?』
見た目はとても渋い感じの男性――だが、この圧力というか不思議な感覚には覚えがある。この人は間違いなく人間じゃない。この感覚は――はトゥーン海岸で出会ったあの神龍のヒュドラに間違いない。
『そっ、その節はいろいろとご迷惑をおかけしまして……』
『この姿の私を看破するか。少しは成長しているようだが……あの時の言葉に嘘はないな?』
『て、天地神明に誓って!!』
『フハハハハ、ならばよい』
先ほどから冷や汗が止まらない。なんでこんなところに神様の一柱がいるんだよ。……もしかして、ここにいるのってそういうとんでもない人たちの集まりじゃないだろうな?
『あら、アウルと面識があったの? だったら早く言ってよね!』
ルルーチェがヒュドラ――神龍様に向かってとてもフランクに話しかけている。これはどう捉えればいいのだろう。神龍が気安い感じなのか、それともルルーチェも格の高い存在なのか。……はたまたどちらもなのか。
この場には他にもいろいろな人がいる。身の丈以上に大きい大剣を持っている巨人、腕が9本ある男性、下半身が馬のような人、全部で12人もいる。ルルーチェが言うには、もっと知り合いはいるらしいが今日たまたまいたのはこの人たちらしい。ここにいる人たちと比べればグラさんやノラさんでさえも子ども扱いされるのだろうな。
『えっと、自分はどうすればいいでしょうか……?』
自然と言葉遣いが丁寧なものになるのは仕方ないと思うんだ。俺よりも圧倒的に格も実力も上なのだから。
『アウル、腹が減ってはなんとやらよ!! ひとまずご飯を食べましょう!!』
ということで、ルルーチェに渡したご飯をみんなで食べる運びとなった。だが、さすがに料理が足りなくなりそうなので、台所を借りて追加でご飯を作ることにした。あぁ、言わなずもがな、ワインは男性陣がかっさらっていった。逆に甘い系のものは女性陣がいつのまにか独占していた。
おつまみになりそうなものはたくさんあったので、俺が作るべきなのはメイン料理系かな。あとはスープと追加のつまみ、スイーツだろう。……これは時間かかりそうだ。だが、鍛錬してもらえなくても、この人たちとの知己が得られるだけでも儲けもんである。こういうチャンスというのは掴もうと思ってもなかなか与えられないものだ。苦労は買ってでもした方がいいというし、心を無にして頑張る所存である。
そこから俺は手元にある食材と知識で料理を作りまくった。台所にある食材はいくらでも使っていいとのことなので食材置き場を見たのだが、ここで俺は絶句した。食材が置かれている部屋は当たり前のように時間が止まっていたのだ。初めは入った瞬間に微妙な違和感を覚えただけだったのだが、食材を見てその違和感が確信に変わった。肉や野菜などの食材が最高の状態で保存されていたのだ、確信に変わるのは仕方のないことである。
そっと見たことのないような食材は収納空間に……ちょっとくらい、と思ったのだがそっと戻しておいた。神相手にこんなせせこましいことはしたら死ぬかもしれないよな。黙って使いたい食材を籠に詰めて台所へと戻った。
料理に没頭すること5時間。自分にでき得る限りの料理とつまみ、デザートをこしらえた。作っては収納に仕舞っていったので、散らかっていたりはしない。
『ルルーチェ、これだけ作れば足りるかな?』
そうして俺は料理を全て取り出す。
『あら、頑張ったわねぇ。これだけ頑張ったんだもの、あの人たちもきっと快く手伝ってくれるわよ』
『手伝う、とは?』
『すぐわかるわよ』
料理が集まっていた人たちのところに運ばれてからというもの、ずっと宴会が続いている。飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。……俺ははじっこでちびちび果実ジュースを飲んでいるがな。
ひとしきり騒ぎ終えたのは5時間近くが経過した頃だった。神は泥酔などしないようで、いくら飲もうが気持ちが良くなる程度らしい。ハメを外すようなことはなかったのは俺にとっては幸いだな。神の御遊びでも、俺にとっては命がけになるかもしれないし。
『さて、供物もたっぷりともらったことだ。ここはひとつ、本気で鍛えてやろう』
『そうねぇ。私も少し頑張っちゃおうかしら? この子の婚約者は私寄りの恩恵を持っているようだし、少しサービスしちゃうんだから』
『ふむ、そんなことを言えばもう一人の婚約者は俺の管轄だな。本当の雷というやつを伝授してやろう』
『ええええ、みんな本気ね? アウルは私が見つけてきたんだから! 私が大師匠よ!』
『いやいや、そうしたら私は残りの婚約者の子を鍛えてあげようかな? 水属性は私も得意だし』
んんん? 俺だけ……じゃない? 気のせいだろうか。俺の婚約者の話をしていないか? 口を挟みたいが、今更俺なんかが喋る雰囲気ではない。ここは諦めて流れに身を任せるしかない。もはや全てを受け止める姿勢です。はい。
『まぁ、俺が一番強く鍛えあげることが出来るだろうな』
『あらあらら? 冗談はその顔だけにしてほしいわね?』
『おいおいおい、鍛錬は俺の管轄だぞ? 俺が一番に決まってるだろうが』
『ちょ、ちょっと待ってよ! 私はアウルを鍛えたくて――』
『『『『そいつはルルーチェに任せる。人間の範疇を半ば超えてるやつを鍛えるのはつまらない』』』』
ここで、ずっと黙っていた神龍様が口を開いた。
『誰が一番上手に育てたか競ったら面白そうだな』
しんと静まり返った後、邪悪という言葉が思い浮かぶほど口角の上がった笑顔を全員が浮かべていた。あ、これとっても嫌な予感がします。
『鍛錬場所は任せるが、やみくもに人の世の者たちの時間を奪うのは禁則事項に触れるため、一日を一年に引き伸ばした空間で行うこと。よいな?』
『『『『『『おう!』』』』』』
先ほどまでいた人外の皆様がシュッと消えた。これは、どうしようかな?
『安心なさい、みんなも馬鹿じゃないわ。アウルの婚約者たちにも悪いようにはしないはずよ。あ、なんで婚約者のこと知ってるのって顔してるわね? みんな人の子こととか頭の中を覗くのが得意なのよ。悪気はないから許してあげてね。でも、あんなその年で3人も婚約者がいるなんてなかなか隅に置けないわね。でも英雄色を好むとも言うし、そんなものなのかもね』
『えっと、俺はどうすれば……?』
『さっき聞いた通りよ。本当はみんなでアウルを鍛えるつもりだったんだけど、予想以上にアウルの実力があったから、みんなで鍛えたら凄いことになりすぎると思ったんでしょうね。その分をアウルの仲間に分配して均衡を保とうってわけ。でも安心して、私がちゃんと強くしてあげるから。もちろん、アウルの婚約者よりもね。というか、負けるようなことは許さないわよ?』
覇気……、殺気か? これは死ぬ気で頑張らねば。
SIDE:ヨミ&ルナ&ミレイ(ルナ視点)
私たちがナンバーズ迷宮を攻略してそれなりの日数が経過していた。今いる階層は99階。すでに最高到達階層は越しており、現在は99階のボス部屋に到達したところだ。この目の前の荘厳な扉を開ければボスがいるはずなのだ。
ここに至るまでにいろいろなことがあったが、総括すると私たちの実力は大きく上昇した。怪我をしたり命を落としかけることもあったが、なんとかここまでこれた。アルフレッド様が言うように、私たちは今までご主人様の魔道具に頼りきりだったのが身に染みた。
「ここのボスを倒せば100階ね」
キリっとした表情のヨミが言う。メイド服は着ておらず、この迷宮で手に入れた防具や武器を装備している。こう言ってはなんだが、ご主人様の作る魔道具やいつも使っている装備の方が優れている。もちろん、全てが全てとは言わないがそれでも個人に対して作られている装備に勝るものなど早々あるものではない。それでもこれらを売りに出せばそれなりの豪邸が建つだろう。
「ブルーもかなり強くなったし、私も強くなったよ」
今まで少し実力が心許なかったミレイはもういない。甘えを完全に捨て去っており、アルフレッド様の薫陶も受けて、まるで別人のように実力がついている。それでもヨミもミレイもその美貌に陰りなどない。むしろどんどん磨かれているくらいだろう。
かくいう私も雷魔法をかなり練習しており、ノラさんから教えてもらった技もそれなりに扱えるようになってきた。今ならご主人様相手でも少しは良い闘いが出来るのではないかと思っている。
「では、開けます」
代表して私が扉を開けると、そこには――
『待っていたぞ、アウルの婚約者たちよ』
『あらあら、良い顔つき。そそるわねぇ』
『ほう、雷魔法の神髄を少しは心得ているではないか。鍛えがいがあるな』
明らかに人ならざる存在が私たちのことを待っているようだった。どうも、ご主人様の知り合いのようだけど……。ご主人様、あなた様はいったいどこまで上り詰めれば満足するのでしょうか。
私たちの人生において、また一つの分水嶺となる瞬間だった。




