ep.169 修業パート④
『……ず、ずびばせんでじだっ!!』
俺にボコボコにされ、たんこぶだらけの顔になった身外身が敗北を認めた。
『わかればよろしい』
まぁ、身体能力だけでAランクというのは脅威であるが、さすがに今更それくらいの敵に負けるほど、柔な鍛え方をしていない。そもそも、最初の山で魔力制御を鍛錬し、視覚に頼らないで周囲を把握する方法を身に着けた結果、視覚分のリソースを別なところに割けるようになった。
それは、自分が想いもよらない結果を生み出した。それが――
『子供と侮ったが、まさか戦闘予測技術が達人の域に達しているとは思わなかったぞ』
――驚異の戦闘予測を可能にしたのだ。身外身が言う通り、敵の一挙手一投足から、次の行動パターン、繰り出してくる攻撃、回避する方向まで、まだぼんやりとではあるがわかるようになったのだ。おかげで、特に苦戦することなく身外身をフルボッコにできたのである。
『いろいろとあったからね』
『であろうな。でなければその歳でその強さは説明がつかん』
とゆうか、もうたんこぶが無くなっている。どんな治癒速度だよ。その早さでたんこぶがなくなっていいのはギャグコメディの世界だけだぞまったく。
『それより、この山に身外身は全部で何体いるか知ってる?』
俺の成長した察知能力をもってしても、この山を把握しきるのは難しい。それほどに魔力が濃く、そして広大なのだ。それに、身外身のその気配の薄さも相まっているせいだろう。
『俺様は二ノ山序列64位「空天」。二ノ山もそうだが、この連峰には全部で400体の身外身がいて、二ノ山以降に100体ずついる計算だな。俺様はこの山で64番目に強いんだぞ』
64番目……どちらかというと下の方だな。底辺ではないが、そこまで強くもない身外身というわけか。まぁ、戦ってみてまだまだ余裕はあると感じたが、二ノ山の1位はどれくらい強いんだろうな。
『名乗るのが遅れたけど俺はアウルだ。その序列順位が変動することはあるのか?』
『いや、俺様達は基本的に身外身同士で戦うことはない。が、10年に一度だけ序列を決める大会を開くのさ。そこで決まるだけだな。俺様に勝ったお前が、俺様よりも下の序列のやつに挑まれることはないから安心するといい』
どうゆう原理なのかは知らないが、これで空天よりも下の序列の身外身に挑まれることはないらしい。情報の共有でもされているのか。そういえば、ひとつだけ気になっていることがある。
『空天みたいな身外身って、この山の外に出ることってできるの?』
『できるぞ』
『えっ、そうなの?』
『できるが、普通はしないな』
『なんで?』
『俺様達身外身は、基本的には不滅だ。どんな大怪我をしてもどんな攻撃を喰らっても死ぬことはない。しかし、それはあくまでこの山に限った話なのだ。この山の魔力が濃いのは知っていると思うが、不滅にはこの濃い魔力が必要不可欠なのだ。あとは、この五苦行山というのも条件だな。一ノ山に身外身がいないのは、単純に魔力が足りないせいで何かあった時に死んでしまうからなんだ』
そういうことだったのか。だから最初の山――つまり、一ノ山に身外身がいなかったのか。じゃあ、あいつは……
『それに、俺様達のこの強さはこの濃い魔力あってのものでもある。魔力の薄い場所では本来の力が出せないのだ』
空天の言葉は驚きだった。大森林フォーサイドも魔力が濃いほうだと思ったが、この山に比べればかなり薄い。一ノ山の足元にも及ばないくらい魔力が薄かった。そんな環境下だというのにあの孫悟空は想像を絶するほど強かった。
あの孫悟空は今思えば身外身だったとわかるが、自らのホームではない土地であれだけの強さを誇っていたあの個体は、この山ならばどれほどの強さだったのか。考えるだけで恐ろしい。
『とても勉強になった。ありがとう空天』
『いいってこと――』ぐうぅぅぅぅ
空天の腹から途轍もないほどでかい腹の音が聞こえた。相当に腹が減っているのか。そういえば俺も腹が減ったな。幸いにも食料は確保してあるし、あとは手頃な肉があれば文句なしなのだが。
『この辺に食べられそうな魔物はいないの?』
『このあたりだと――あぁ、魔豚がおすすめだ』
まとん……マトン? 羊か?
『じゃあ、そのマトンを捕まえてご飯でも作ろうか』
空天に案内されながら急な山道を行くと、少ししたところで空天が立ち止まった。二ノ山にいるマトンは、なんでも目と鼻が利かないせいで聴力が以上発達しており、慎重に近寄らないとすぐに逃げてしまうのだそうだ。
一応索敵範囲には入っているので、この距離なら土属性の攻撃で確保することも出来る。技名を喋ることはそもそもできないので、当たり前だが無詠唱だ。
ピットホール!
かつて隠密熊を捕らえるのに使った技だ。範囲内にマトンは――3匹。これだけいれば今後も困らないだろう。というか、マトンは羊ではなく豚らしい。あぁ、魔豚ということか。なんか足が6本あるし、普通の豚ではないのか。豚足が増えてラッキーだな。
『ほう、アウルは魔法も使えるのか。この魔力濃度で離れた場所に魔法を使うその魔力制御は、人の身とは思えんな。いっそ魔人か龍族と言われた方が納得できそうだ』
『褒めてるんだよね?』
『いたたたた、笑顔でわき腹をつねるな。まったく……』
出会いこそ好戦的であったが、一度上下関係を教え込んでみればとても従順なやつだ。まだまだ序列が上の奴もいるのだろうが、性格はどうなんだろうか。気になるな。
空天の手伝いもあって魔豚はすぐに確保できた。土魔法で机やイス、竈なんかを作って料理を開始する。空天はそのへんから香草を獲ってきてくれるらしい。意外と博識のようだ。山菜と新鮮な豚肉しかないので、持っているパンを使ってなんちゃってサンドイッチを作った。
貰った香草と豚肉で香草焼き、山菜を使ってスープを作った。
『おお……、俺様はこんな食事をとるのは初めてだ。そもそも、俺様は負けたのに食べてもいいのか?』
『ご飯は一人で食べるより、誰かと食べた方が美味しいんだ。それに、俺たちはもう友達だろ?』
『昨日の敵はなんとやら、か。うむ、かたじけない』
俺は確信した。魔豚を狩れるだけ狩っていこうと。今まで食べていたどの肉よりも美味しかった。個人的に好んでいる四ツ目暴れ牛の肉よりも美味かった。なんならダンジョン産の肉よりも段違いに美味かった。ダンジョンで獲れるハイオークの肉も美味しいが、魔豚を食べてしまったらもう戻れなくなってしまうだろう。それほどに旨味が溢れているのだ。
『魔豚は俺様もたまに食べるが、調理して食べるとここまで美味しくなるのだな』
そうか、美味しいのは魔豚だけではないのだ。この山菜から香草まで、全てが桁違いに美味しいのだ。それもこれも濃い魔力がある五苦行山ならではなのだろう。
『空天、俺はここに自らを鍛えるために来たが、そのほかに山菜や香草、他にも食材を集めることをここに決めた。他にも食べられそうな魔物や食材があったら是非教えてくれ!!』
『お、おう……? それは構わないから肩を思い切り揺らすのはやめてくれ。首が取れる』
おっと、興奮のあまりに。
『そういうことだったら私も手伝うわよ!!』
いつの間にか俺の肩に座って俺のサンドイッチを頬張る妖精が一人。言わずもがなルルーチェである。いや、興奮していたからとはいえ気配もなく俺たちに気付かれることなく急に現れたな。まじでどんな実力があればそれができるのか、是非とも教えてほしいところである。
『……凶王 ルルーチェ・アルテ・デルフィニウム様っ!! 二ノ山序列64位空天がご挨拶いたします!!』
『その名前は嫌いなの。私のことはルルーチェと呼びなさい。でないと――消すわよ?』
殺気、という言葉が裸足で逃げ出しそうなほどの圧力。まるでトゥーン海岸で神龍と出会った時のような印象を受けた。この妖精霊のルルーチェって、もしかしなくてもそういう類の可能性があるぞ。
『申し訳ありませんでしたぁ!!』
『わかればいいのよ。それでアウル、あの「くっきぃ」のことだけど!! あれ滅茶苦茶美味しいじゃない!! みんな羨ましがってたわよ!!』
そのみんなが誰かわからないから、余計に怖いよ。怖すぎて聞けないからなおさら怖いんだぞ。
『もう食べたの?』
お腹いっぱいと言っていた気がしたんだけどなぁ。
『あれだけいい匂いをまき散らしていれば、我慢しろと言うほうが酷よ。それに、私だけじゃなくてみんなで食べたから、あっという間になくなっちゃったもの。それで、お礼を言いに来たらまた良い匂いをさせるものをつくってるじゃない? これはもうアウルのお手伝いをして、また何か美味しいものをもらおうって――か、考えてないわよ? 嫌だアウルったら、そんなジト目しないでよ~』
ようはみんなで食べたらすぐ無くなったから催促しに来たってことですよね? 空天のほうを見ると、俺を巻き込まないでくれと言わんばかりに首を振っている。そして、なぜか伝音ではなく、口パクで『どういう関係だ?!』と言っているようだ。いや、それは俺が知りたいから。
『あのクッキーはもうないけど、ジャムを乗せたジャムクッキーならあるよ、いる?』
『ええっ!! いいの? ありがとうアウル! でも、タダで貰っちゃ妖精霊の名が廃るわね。私もこの山で獲れる食材を教えてあげるわ!! でも、それとは別にこれは「くっきぃ」のお礼よ』
ちゅっ、という音が俺の頬から聞こえた。ルルーチェが頬にキスをしてくれたらしい。ちょっと照れるな。
『…………かつて手の一振りで国を滅ぼしたというあの凶王を、普通の女子にさせる……だと? アウル、お前はいったい何者なんだ……?』
ちょっと待て、とても聞いてはいけない言葉が聞こえたぞ。一振りで国って消せるものなのか?
『――よし、ご飯も食べたし食材探しと鍛錬に出発!!』
下手につついては藪蛇になりそうなので、強引に話を逸らした。
『あら、稽古なら私たちがあとでつけてあげるから、まずは食材探しよ!! この山には夜にしか採れない食材もあるんだから、明日の朝まで食材を探すわよ~!!』
食材探しの冒険が始まった。
ん……? 私たち?
細々と更新していきます。
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