ep.111 農家としての第一歩
大変お待たせいたしました。ひっそりと第5章始めさせていただきます。
俺が村に帰ってきて、一週間がたった。その間にやったことと言えば、村の周りの柵を補修したり、家の中を綺麗にしたりだ。あとは畑の手伝いやシアと遊んだりなど。言うなれば、まったりとした日々を過ごしている。控えめに言って、天国である。やはりここが俺の桃源郷だったのだ。
だがしかし、真の意味の桃源郷までは程遠い。もっともっと開発して発展させつつ、この村の良さである自然を生かした村づくりが必須だ。……さよなら自重、待っててね俺の桃源郷。
そして今日、帰ってきて一番最初の一大イベントが待ち構えている。今日はミレイちゃんのご両親に、婚約の挨拶をする日なのだ。本当はもっと前に挨拶に行かねばならなかったのだが、いろいろとバタついたせいで報告が遅れてしまった。一応ミレイちゃんから報告はしてあるらしいが、やはり男の口からも言う必要があるだろう。
いつもと違って今日は王都で買ったわりと良さげな服に袖を通し、髪形もパリッと決めた。手土産には金貨を多少用意してある。いわゆる結納金というやつだ。……こんな大事な日だというのに、誰も見送ってくれない。それどころか家にいるのは俺だけだ。なんでも用事があるらしいが、ちょっと悲しい。
「……よし、行くか」
いざ改めて報告となると、今までに感じたことがないような気持になる。簡潔に言うと、ガチガチに緊張してしまった。ルナの時は勢いもあったから緊張することもなかったが、今は違う。
やや重い足取りで自宅を出てミレイちゃん宅へと向かう。今日、俺が挨拶に行くというのは俺の両親もミレイちゃんの家も知っている。今頃は、俺が来るのを待ってくれているだろう。待ち構えられていると思うと、余計に緊張してしまうがここは男の見せ所だ。
しかし、実際にミレイちゃん宅へ訪れたら、それは杞憂に終わった。
意気揚々とミレイちゃん宅に行くと、家の外にはたくさんのイスとテーブルがおかれており、そのテーブルの上には木皿や木製グラスが配置されている。しまいには、バーベキュー用の炭や網、土台がおかれており、今すぐにでもバーベキューが始められそうなセットだ。
あの炭はミレイちゃんにねだられてあげたやつに見える、というか間違いないだろう。
「バーベキュー……だな」
まごうことなくバーベキューだろう。確実にバーベキューだ。
外にあるバーベキューセットが気になるが一旦頭のどこかに置いておこう。意を決して扉をたたき、中へと足を踏み入れる。家の中に入って最初に目に飛び込んできたのは――
『婚約おめでとう!』
――と書かれた横断幕。それはもう堂々たる書きっぷりで、家の一番見やすいところに飾られている。だれが書いたのか分からないが、滅茶苦茶達筆で書かれているのが余計に雰囲気を出している。家に入ったというのに、誰も俺を出迎えてくれない。……あれ、日にち間違えたかな?
家の中を見渡していると、ミレイちゃんのお母さんがせかせかと美味しそうな料理を作っているのが見えた。ミレイちゃん宅にはなぜか我が家の両親もおり、半ばお祭りムードだ。というか、俺の父さんとミレイちゃんのお父様が、酒を片手に楽しそうに談笑しているのだ。よく見ると、ヨミとルナも料理のお手伝いをしている。母はシアを膝で抱っこしながら椅子で休んでいるみたいだ。
……朝からみんなの姿が見えなかったのはそういうことだったのか。
「えっと……こんにちは」
「あら、アウル君!いらっしゃい!待ってたのよ!」
俺を1番に迎えてくれたのは、ミレイちゃんのお母さんである『オリビア』さんだ。俺の母さんとは違った綺麗さがある。胸はやや控えめだが、普通くらいはある。
「今日はご挨拶に来たんですが、これは一体……?」
こんな準備がされているとは聞いていない。もっと言えば、誰一人として、こんな準備をしていると悟らせないほどの徹底ぶりだ。昨日だってルナもヨミも普通だった。普通にシアの面倒を見たり、畑の世話をしてくれていた。
「ふふふ、驚いたでしょう? ミレイがアウル君を驚かせたいって言うもんだから、せっかくならってみんなで盛大に祝うことにしたのよ」
「はい、とても驚きました」
驚きのベクトルは全く別の方向だったが。
「……聞いたわよ、アウル君。あんな別嬪さん2人も婚約者なんだって? あなたも隅におけないわねぇ~!」
ひそひそ声で何を言うかと思ったら……。
娘の婚約者に、他に2人も相手がいると聞いたら普通怒るところなのかもしれないが、この世界では経済力があることを意味する。なので、一概に悪いことということでもない。まぁ、田舎では何人もの奥さんを貰うのは村長さんくらいらしいけどね。
これは以前誰かから聞いた話だが、この世界では女性のほうが比率としては多いそうだ。確かめたわけじゃないらしいが、男性は冒険者になったり兵士になったりして、死ぬ確率が女性よりも高いからだそうだ。そのため、経済力のある男性は女性を複数養うことを悪とはされておらず、咎められることはあまりないらしい。しかし、田舎では経済力もないのに他の女に現を抜かすから、怒られる旦那さんが多いのだという。これはマンネリした生活が嫌になり、スリルや刺激を求めるからだと言われている。らしい。
別に根拠のない話だけど、そういうもんだと言われたら何となく理解できる気もする。
俺からしたら女性も男性も変わらないと思うが、男性のほうが優位に立つことが多いのかな? いずれにせよ、いつの世もどこの世界も浮気は良くない。最後まで面倒見ることが大切だね。
「す、すみません。でも絶対にミレイは幸せにしますので!あ、これは結納金というか、手土産みたいなものです。どうぞお納めください」
「これは……? 金貨じゃない! こんなものもらえないわよ!」
「え、でも」
「そうねぇ……。なら金貨じゃなくて、前みたいにお肉や魚を貰ったほうが嬉しいわ。金貨はいずれ生まれてくる子供にでも取っておいてあげて! ……うふふ、私もいずれおばあちゃんになってしまうのね! 性別は女の子と男の子の二人がいいわね!」
金貨はいらなかったか。まぁ、そう言われる気はうすうすしていた。この村の人たちは気がいい上にみんな優しい。このお金はオリビアさんが言う通り、いずれ生まれるであろう子供のためにとっておこう。……とは言ってもまだまだ先の話だが。
「それは気が早いような……?」
「そんなことないわよ! 女の子だったら私とエムリアで可愛い服を縫ってあげるからね!」
オリビアさんの暴走が始まって困っていると、ちょうどいいタイミングでミレイちゃんが助けに入ってくれた。ミレイちゃんさすがです!
「お母さん! アウルが困っているからやめて! ほら、さっさと準備して、お祝いのパーティするよ!」
「あらあら、わかったわよ。アウル君、続きはまた今度ね~」
あのちょっと強引なところは、親子だな。ミレイちゃんもたまにあんな感じだ。今は美少女だけど、いずれはミレイちゃんもあんな美人になるのだろう。中身も。ちょっと複雑な気がする。確実に尻に敷かれる未来が見える。
……いや、もう敷かれてるな。
そのあと、ミレイちゃんの父である『セオドア』さんにも挨拶と思ったのだが、我が父と既に飲んだくれているせいでまともな話にならなかった。それでも祝ってくれているのか、思いっきりハグして泣いていた。
娘を嫁に出すというのは、感慨深いものがあるのだろう。
自分自身経験はないが、シアが嫁に行くと聞いたら俺は果たして笑っていられるだろうか……。とりあえず、相手の素性はくまなく調べるな。手抜かりなく、1ミクロンの情報も逃さぬように、完璧に調べ上げてみせよう。
「ごめんねアウル、お母さんったら昨日からテンションが高くて……」
ミレイちゃんが恥ずかしそうにモジモジしている。オリビアさんの勢いに負けて気づかなかったが、今日のミレイちゃんの服装はいつもより可愛い。淡いピンクを基調とした、フリフリのレースがついた服装だ。綺麗なブロンドとの相性はばっちりである。
「いや、楽しいから大丈夫。それにしても、今日は一段と可愛いね」
「えへへっ、知ってる!」
はにかむ姿は、いたずらっ子のようでいて、とても女の子らしさを感じさせるような笑顔だ。ミレイちゃんは来年で15歳になるが、この二年間で一気に大人びた。子供っぽさが抜けてきて、大人としての魅力が見え隠れし始めている。非常に魅力的です。はい。
挨拶という挨拶はなかったが、これはこれで田舎らしくて嫌いじゃない。堅っ苦しさがなくて気楽なくらいだ。そもそも、ミレイちゃん家とは仲が良かったし、前々から結婚するという話は出ていたそうだから、いまさらと言えばいまさらなのかもしれない。
「さて準備完了!みんな~、バーベキューはじめるわよ~!」
オリビアさんの一声で外の会場へと移動した。
すでに最初の緊張はなくなり、今はみんなでバーベキューを囲んでいる。せっかくなので収納に入っている色々な肉やら魚を放出した。魚の塩焼きなんて最高だ。脂ののった白身魚はまさに絶品である。途中でその美味さに気づいた酔っ払い二人は、お腹が膨れるまで食べ始め、気づけば合計10匹くらい食べているほどだ。
途中でいい匂いを嗅ぎつけたのか、賑やかな声を聞きつけたのか分からないが、続々と村人たちが集まってきた。村人も手馴れているかのように椅子を持ち寄り、片手には皿とフォークをもっている。最初から食べる気満々なのだ。もちろん祝福してくれているのだろうけど、ついでのように感じるのは間違いじゃないはずだ。
それでも全部の家庭が野菜などを持ち寄り、大々的なバーベキューパーティーへと姿を変えた。野菜ばかりではつまらないので、随時お肉や魚を足しているのだが、村人の食欲は底なしなのかどんどん消化されていく。
昼過ぎに始めたはずのバーベキューはいつしか日が暮れて夜になり、キャンプファイヤーへと姿を変えた。みんな飲めや歌えやの大宴会へと発展し、いつしかキャンプファイヤーの周りで楽器を奏で、踊り始めるものが続出した。
そんな今俺の周りには、ルナ・ヨミ・ミレイちゃんの三人が座っている。
「なんだか一つのイベントみたくなっちゃったね」
「ふふ、アウル様の村の皆様はいい人ばかりですね」
「はい、さすがはご主人様の育った村です」
「村でこういうことはあんまりなかったけど、みんなとっても楽しそう」
この村はとても素敵な村だ。俺はもっともっとこの村をもっと発展させてあげたい。ただ発展するのではなく、理不尽な権力に搾取されないような強い村へとしたいのだ。そのためにも、今できることをどんどんやるしかない。幸いなことに、ミレイちゃんもルナもヨミも相当に強い。自警団の訓練などに入ってもらって、訓練したらもっと練度はあがるだろう。
今となってはルナもヨミもこの村に受け入れられているし、これで心配事はほとんどない。
これで挨拶まわりは完了だ。本当はヨミのご両親がいれば挨拶したいけど、これは触れてはならない暗黙の了解がある。その分、俺はヨミを幸せにしてあげるだけだ
結局、このどんちゃん騒ぎは朝まで続き、起きたのは昼を過ぎたころだった。
◇◇◇
親への挨拶という名のどんちゃん騒ぎから数日がたった。
「さて、自分用の家を置く場所を考えようかな」
ランドルフ辺境伯にはすでに手紙を出しており、その返事が一昨日やっと届いた。内容としてはざっくり言うとこんな感じだ。
『家の裏の林を少し伐り拓いて、自分用の家や畑を作ってもいい?』
『やり過ぎなければ好きにしていい。話は変わるが特製の燻製チーズを売ってくれ。あと、燻製卵も。金は多めに出す。できれば、ワインもつけてくれると大変にうれしい』
うむ、俺のお願いした話よりも燻製チーズと卵にご執心のようだ。確かにレブラント商会でも売りに出しているが、俺が作っていたものより原価を抑えるためにやや味は落ちている。といっても、俺のと比べなければ間違いなく美味しい出来なので、原価を抑えてあそこまでの美味しさを出すレブラント商会の手腕は凄い。
それでも舌が肥えてしまったのか、ランドルフ辺境伯はこうしてたまに直接俺に注文してくる。大量に作る必要もないしいい小遣い稼ぎになるので、自分の分も併せて作るのだ。原価に拘らず最高の食材と最高のスモークチップを使って作る燻製は、レブラント商会では手に入らない特製だ。
ランドルフ辺境伯が特に止めなかったのには明確な理由があると思う。家を建てたり畑を作るということは、俺がオーネン村に定住するということ。これすなわち、いつでも美味しい燻製を食べられるということでもある。
「うん、食い意地ってすごいな」
賄賂の意味を込めて少し多めに送ってあげた。もちろん、ミュール夫人の分のお菓子も併せて送っている。ここで辺境伯のぶんだけ送ると後が怖いからな。
そんなこんなで、林を伐り拓いて土地を開墾する許可は出た。やり過ぎるなと書かれているが、どの程度からがやりすぎなのだろう……。わからん。やり過ぎた際は袖の下でなんとかしよう。いつの世も賄賂の効果は絶大だ。
「畑は最初だし、1ヘクタールくらいでいいかな?」
1ヘクタールというのは、分かりやすく言うと100m×100mくらいの広さだ。最初から広くしすぎても大変だし、最初はこれくらいでいいかもしれない。慣れてからちょっとずつ増やしていけばいいよね。
木をゆっくり伐りながら、整地していく。庭となるところも整備しつつ、どんどん木を伐り倒す。
始めたのは朝だけど、夕方ごろには1ヘクタールの整地が完了した。切り株も綺麗に取り去り、地面もふかふかにしてある。屋敷を設置する場所も確保してあるから、あとは収納から屋敷を取り出して設置すれば完成だ。
というか設置した。……魔法様様だな。重機があったとしてもこのスピード感はあり得ない。
「ただなぁ……。田舎にあるにしては場違いすぎるほどに立派な屋敷だ」
我が家も改築・増築しているとはいえ、比べるべくもない。キッチンに関しては魔道具を使用した最先端だし、家の各所に設置されている家具も最高級品だ。貴族を招こうとしても、最低限の対応をできるくらいには立派だ。
まぁ、貴族を呼ぶことはないんだが。
「いや頑張った自分へのご褒美だな!うん、これで完成だ!」
13歳にして村に自分のための畑と家ができた。まだまだ畑ができただけで何も植えていないが、これから色々なものを植えていく予定だ。余裕ができたらブドウ畑も作って、ワイン作りに手を出そう。
明日からは学院で研究したことの検証もしていかなければ。俺の推測が正しければ、ここの近くに『アレ』があるはずなのだから。
ゆっくりと更新していきます。
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