どうやら俺は己自身と己の過去に向き合う必要がある模様 ~その7~
「当時、私には周囲の人達が眩しかったです。人生を私よりずっと楽しんでた同級生達が羨ましかった……。誰かを好きになるという感覚を全く知らない私には、恋に一喜一憂する彼女らは輝いて見えて……比べて私は酷く自分が惨めに思えました。だから私は自由を欲しました。せめて高校に通う三年間……その間だけは私の自由にさせて欲しいと倉志摩の家に申し出たんです」
ミズハの思いにはミズハしか感じ得ない苦しみがあるだろう。それ故に言葉に詰まった。
それでも一つだけ、俺にも分かることがある。
ミズハはただ、普通を望んだのだ。
自分だけが世界から異なる扱いを受けるような、あの感覚がついて回るのは楽なことじゃない。
勿論、普通の人々だって今の人生に納得していない人なんか、幾らでもいるだろう。
他人が羨ましくなるなんて、普通にあるだろう。
こんな思い、誰でも感じるものだと言うヤツもいるだろう。
それでも、あからさまに他人と違っているという疎外感は、共感も理解も得られないが故に誰にも話せず心の重荷になるのだ。
そして、もう一つ。
ミズハが語ろうとする内容が……ミズハが見せる哀しみの理由が俺には分かってしまった。
「倉志摩の家もあまりにも私に一般常識がないことを懸念したんでしょうね。高校に通う三年間……その間だけの自由を許されたんです。だから、高校生活のうちに出来ることをなるべくやろうって……恋もしようって決意したんです」
「やっぱりそうだったのか……」
「すみません……私は最初から別れる前提で……先輩に近付いたん……で……す……」
最後は涙声になっていた。
遂に堪えきれなかったのかボロボロと大粒の涙を零し、何度もしゃくり上げた。
「分かってる。俺はお前を責めたりしないから……それに、そんなに苦しむってことは、もうそんな気持ちじゃないんだろ?」
「うん……最初はちょっと好きになれそうって……それだけでした。でも……数日後にはどんどん好きになってた。自分でも止められなくて……。そして次第に思うようになったんです。どうして高校卒業と同時に別れなきゃいけないんだろうって……」
「だから駆け落ち……か……」
俺はもう一度ミズハをこっちに向かせると、そのまま抱きしめた。
腕の中で嗚咽を漏らすミズハを暫く抱きしめた。
「好き……好き……大好きです。もう倉志摩も本家も弟も関係ない。先輩さえ……レイジさえいてくれればそれで……良いんです。こんなに」
「俺もミズハが好きだ。離したくない。だから、ちゃんと考えよう」
「え?」
「ミズハが高校を卒業するまでまだ一年ちょっとある。それまでに今後どうするか、二人で話し合って決めよう。二人だけで決められないなら、回りにも相談しよう……って、相談出来る相手なんてウチの母さんくらいしかいないんだけど……」
「い……良いんですか?」
「良いもなにも、俺がそうしたい……」
俺の腕の中でミズハが小刻みに震える。
俺よりずっと強いと思っていた女の子が、思っていたよりずっと小さいことを改めて思い知る。
「う、嬉しい……嬉しいよう……うわぁぁぁぁぁぁぁん」
嗚咽では抑えきれず、遂には大声で泣き出したミズハを、俺は宥めるようにその頭を何度も撫でた。
仕来りとかいまだに風習として残ってるんだな……。
そんなものに縛られた生活がどれ程苦痛なのか、俺には理解出来ない。
理解出来ない俺に出来ることは……。
「一緒にいよう。きっと俺達が一緒にいられる場所がある。それを探そう」
「た……いへん……かもしれませんよ?」
「覚悟はしてるさ……」
そう言って俺はミズハの額にキスをした。
ミズハが顔を上げ、どちらからともなく顔を寄せると、二人の距離が零になった。
――俺がミズハを護ろう……。
この時、俺はそう心の中で決心した。
■
「うわ……緊張しますねぇ」
「もう何度目だよ、それ」
翌朝の二十五日。俺とミズハはホテルで朝食を取りながら、そんな会話を繰り返していた。
今日はこれから俺の家に向かい、ミズハを母に会わせるというクエストが待っている。その高難易度クエストを前にして、ミズハは朝からずっと緊張し続けていた。
「約束は昼過ぎなんだから、今からそんなに緊張してたらへばるぞ?」
「いや、もうかなりへばってます。真面目な話、イッパイイッパイですよ。今日からお世話になりますって言わなきゃいけないんですよ? 緊張するなって方が無理です」
「待て、おかしい。今日はまだそこまでの話はしない」
俺は真顔になってミズハの暴走を制する。
いや、そら今後について相談するとは言いましたけどね?
なんでもう入籍まで済ませた感じになってんですか?
ところが少しばかり慌てる俺を見て、ミズハはニマ~~と笑った。
「『今日はまだ』なんですね?」
「いや、まあ……………………そうだな。『今日はまだ』だ」
俺の言葉にミズハは少しだけ身体を寄せる。
お互いの手の甲が触れると、どちらからともなく指を絡ませた。
ミズハが空いた手を俺の腕に添えると、そのまま頭をコテンと倒し預けてくる。
「その日が来るのを楽しみにしてますね?」
「……その日が来るよう、力を尽くすよ」
「……うん」
「でも、まず今日は未来の家族への挨拶をしないとな」
「うっ……」
ミズハの身体が強ばったのがあからさまに分かる。
少し緊張を解さないと駄目だな。
「最近美味しいイタリアンの店を見つけたんだけど?」
「ご馳走して頂けるんですか!?」
「……え、ああ……うん」
いきなり調子上げて来たよ?
だが、そんな調子の良さに笑みが零れた。
この幸せを続ける為には、きっと沢山の努力が必要になると思う。
それでもその努力をする意味があると、この時の俺はそう思っていた。
■
「まあまあまあ、良く来てくれたわね!」
母が物凄く嬉しそうにミズハを出迎えた。
こんなに嬉しそうな母を今まで見たことがない。
そして……。
「貴女がレイジの彼女なのね? お名前は?」
「あ、あのッ! は、初めましてッ! く、くく、倉志摩ミズハと申しますッ! 先輩……レイジさんにはお世話になっておりますッ!」
「え……………………く、くらしま……鞍馬崎の分家の?」
「え? どうしてそれを……一般には知られていないのに……?」
母の言葉をミズハが肯定すると、それまでの笑顔が嘘だったかのように母の表情が絶望一色で染まる。
俺はこれまで、こんなに絶望した母を今まで見たことがなく、言葉を失った。
「分家? ……鞍馬崎の……? 母さん、一体何を……?」
何が起きたのか。母が何を言ったのか理解が追いつかない。
目の前で起きている出来事に、現実感を感じられない。
脳内を「どうして?」という疑問だけが駆け巡った。
俺はもう一度改めて母の顔を見た。
母の顔は、まるで死人の様に血の気が引いていた。
直後に、母は胸を押さえ崩れ落ちるように倒れた。




