どうやら俺はやっと目的のモノを手に入れる模様
「あ、あなた方は……?」
騎士風の鎧を身につけた男が、俺たちに向かってそう聞いた。
なんと答えたものかな……下手に答えるとまた面倒な事に……。
「このお方は《聖女アルリアード》様に遣わされし天使じゃ。妾は、その従者と憶えておくが良い」
おいっ!
俺に考える時間は無かった……「そんな事は後だ」くらい言っておけば良かった。
一瞬「何言ってんだ!」と声を荒げそうになったが、リーフの「仕方なかろう?」と言いたげな目を見て、取り敢えず黙る事にした。
いや、分かってるよ?
こうやって《聖女アルリアード》の名が強く広まるのが、俺の再転生への一番の近道だってのは…………。
けどなぁ……。
その騎士、嗚咽を漏らしながら、跪いて祈り始めちゃったじゃん?
これだと、《聖女》が信仰心を集めるんじゃなくて、《天使》が信仰心を集めちゃってませんかね?
周囲の反応だって、なんかアレだし。
後ろの魔術師っぽい人も何か呆然として俺を見てるし。
その人にしがみついている人物なんか、涙と鼻水で顔面ドロドロにしながら、俺をみて変な笑いを浮かべてるんですよ? 正直、ドン引きですよ?
ドン引きと言えば、この状況も結構ドン引きなんですけどね。
辺り一帯が惨劇の現場になってるんですけど?
血塗れ、臓物塗れのB級スプラッター映画みたいになってて、吐き気を催す。
人間の時だったら、間違い無く全力リバースしてた。
あ。
ちょっと嫌なこと思い出した。
駅で全力リバースしたヤツ、絶対に許さん。
って、今はそれ何処じゃない。
遺跡に近い所にいる男女が《魔国プレナウス》の《魔軍八将》だろう。
いきなり襲ってくる事はないが、警戒していると言うより、状況把握に努めてる感じがする。
いや、見た目少年にも見える方は、警戒心丸出しの目で俺達を見ているけど、恐れているのとはちょっと違う。それより何処か忌々しく思われてるようだ。
女性……というかSM女王様みたいなお姉ちゃんは、しばし呆けた後、面白いものでも見つけたと言わんばかりの目で、なめ回すように俺を見始めた。
どっちが《人形繰者》で、どっちが《獣魔王権》なのか分かんないけど、《魔軍八将》らしく身に纏う《圧》がそこいらの連中とは段違いなのは確かだ。舐めてかかって良い相手ではないだろう。
確かに、何処かヴィルナガンに通じるものがある。
クーエルなんかとは、明らかに格が違うと感じさせた。
まあ、クーエルも『なんか』で片付けられるような存在じゃないらしいんだが……。
ただ、そんなのを相手にして平然としている俺自身もどうかと思うわ。
生前だったらブルって動けなかっただろうに……。
…………死の恐怖や痛みの恐怖が無いからかなぁ?
「その聖女に遣わされた天使とやらが何しに来た!?」
《魔軍八将》の少年の方がそう叫ぶ。
「《神の肉体》を取り返しに来た。これは俺が創造神オグリオル様より賜ったものだ。返して貰うぞ?」
「巫山戯るなッ! それは俺のものだ! 俺の玩具だッ! 誰にも渡すものかッ!」
「他人のものを盗んでおいて俺のもの扱いとは、盗人猛々しいとはまさにこの事じゃな? 《魔国プレナウス》の《人形繰者》とはチンケなコソ泥だったと方々で吹聴してやろうかの?」
ああ、あっちの少年っぽいのが《人形繰者》なのね。
つうか、リーフさん。全力で煽るの止めて貰って良いですかね?
リーフの言葉が逆鱗に触れたのか、《人形繰者》はプルプルと震えてるんだけど…………怒りで覚醒したりしないよね?
でも……。
「チンケなコソ泥ってのは同意だな」
《人形繰者》がギロっと俺を睨む。
うひぃ! しまった!
ついポロッと声に出してしまった。
物凄い形相で睨まれて、俺は思わず肩を竦める。
これで顔を真っ赤にして冷静さを失うほどに怒ってくれれば、付け入る隙がありそうなものなんだけど、其処までではなさそうなんだよな? ちっとも顔が赤くなってないし。
子供っぽい外見と違って、意外に沈着冷静なのかもしれない。
まあ、こっちの世界じゃ、見た目通りの年齢じゃないのは幾らでもいそうだしなぁ。
「お前ら……必ず殺してやる」
「殺せるものなら、是非そうしてくれ」
《人形繰者》が見た目にそぐわない、ドスの利いた声での殺害宣言に、俺は咄嗟にそう答えた。
答えてから、再度しまったと思う。
いや、死ねないからこそ、思わず口をついて出たんだけど、相手は言葉通りには捉えなかった。明らかに嘗められていると感じたようだ。
「殺す! 必ず殺す! お前らッ! そいつらを殺せ! ひねり潰せ! 肉片すら残すなッ!」
直後、《神の肉体》が身じろぎしたかと思うと、バチィッ! と音を立てて【拘束魔法】を粉砕する。
まさか力業で魔法を打ち破るとは思わなかったが、俺より早くリーフが反応し、握ったままだった《神の肉体》を背負い投げにして地面に叩き付けた。
そのまま倒れ伏した《神の肉体》に向かって、リーフは立て続けに拳を叩き付ける。重機で杭を打ち付けるような轟音と共に、《神の肉体》がどんどん地面に埋まっていく。
って、ちょっとリーフさん? 壊さないでよ?
《人形繰者》が手で合図をすると、その周囲にいたゴーレムと思しき異形が一斉に動き出す。
流石にあの数が一辺に来られるのはマズい。
「「「「「【マナよ、脅威を退ける力となれ】【暴威より守れ、破邪の城壁】」」」」
俺もヤツらが押し寄せてくるのを黙って見るつもりはない。すぐに魔法の構築を開始する。
「「「「「【魔術師ボルドアの障壁】」」」」」
「「なあッ!?」」
五重に張られた薄く光る障壁が、《人形繰者》達を閉じ込める。
今回はヤツらを包み込む様に、遺跡を中心に円筒形に展開する。
ヤツらが公爵達を舐めきって、《神の肉体》と距離を置いていたのが幸いだった。
まあ、上空まで塞ぐような魔法じゃないので、空が飛べる相手には無効なんだけど、範囲が狭い分、かなりの高さがある障壁を作ったので、時間稼ぎにはなる筈だ。
アイアン・ゴーレムが拳を叩き付けるのが、ほぼ透明な【障壁魔法】越しに見える。
巨大な鉄球で建物を壊すような音が、その衝撃の強さを物語っていたが、その拳は五枚同時展開された【障壁魔法】突破するには至らない。
とんでもない力だな。一瞬、破られたかと思ったぞ?
セヴェンテスの最強の技でもっても突破できなかったので、安心しきっていたが、そう余裕は無いかも知れない。パンチ一発でこれとか……。
あの蜂の群れみたいなのは、上空に向かったので、いずれこっちに来るだろう。
まあ、空が飛べるならそうするわな。
ただ【障壁魔法】の最上位に到達するのは暫くかかりそうだ。
なにせ、遺跡周辺に範囲を絞ったせいか、高さがヤバいことになってるのだ。
魔術師っぽいオッサンが口を阿呆みたいに開けて上空を見てることから、またやらかしたのかも知れないが、今回は良しとする。
俺が《神の肉体》を手に入れるまで、またはアリィ達が到着するまでの時間稼ぎが出来る方が重要だった。
「レイジ! 今のうちじゃ! 早うしろ! ブロブ・ゴーレムが来るぞ! 騎士共は下がれッ! 彼奴は何でも溶かして喰うぞ!」
リーフの慌てた声に、俺は《人形繰者》達を見た。
そしてリーフの焦りの理由を知る。
《ブロブ・ゴーレム》と言うのは恐らく、あのスライムみたいなヤツだろう。
スライムより水っぽいそれは、地面に穴を空けて潜り始めていた。
【障壁魔法】ってそんなんで突破出来るの? と思ったが、地上に展開した【障壁魔法】が地下に続いていないことは、魔力の流れを読み取れば、大方理解出来る。
しかもあれば水のような《ブロブ・ゴーレム》だからこそ出来る方法だ。同じ方法を人間にやれと言っても、人が通れるだけの穴を掘るだけでも重労働だ。
だが、ネズミが通る程度の穴でも掘れれば良い《ブロブ・ゴーレム》からしたら、さほど苦では無いことは想像に難くない。
「《獣魔王権》! お前は【障壁】の解呪に専念しろ! 俺は《神の肉体》の操作に専念する!」
「りょーかいしたわぁ」
《人形繰者》の苛つき気味の声に、《獣魔王権》の間延びした声が重なる。
ブロブ・ゴーレムと、あの蜂のヤツはまだ行動を続けているが、アイアン・ゴーレムは一旦動きを止める。
途端に《神の肉体》の脚が電光の如く閃き、リーフを蹴り上げる。
「か、はっ!」
リーフが短く息を吐きながら、空中に投げ出される。
って、マジかよ?
リーフの強さは、今まで何度か見てきたので知っている。
ラグノートとかも、常軌を逸した強さだったが、リーフのそれは、文字通り次元が違った。
そのリーフを蹴り上げるなど……《神の肉体》が凄いのか、《人形繰者》が只者ではないのか。或いはその両方か。
《神の肉体》が弾かれるように立ち上がる。
背筋だけで立ち上がったかの様な不自然な動きに、流石に俺も危機感を募らせた。
これでブロブ・ゴーレムがこっちに来たら、形勢は一気に不利になる。
「お前の相手はこっちだ!」
俺は《神の肉体》へと飛びかかった。
触れようとした瞬間、バチィッと音を立てて弾かれる。
過去にも覚えがある感覚に、俺は成る程と納得する。
対象が異なるとは言え、《人形繰者》がやっていることはヴィルナガンと似ている。
魔力で作った筋肉を、《神の肉体》に這わせるようにかぶせ、その魔力で操っているのだ。
だとしたら、同じ方法で破れるのかな?
俺はもう一度《神の肉体》に掴みかかった。
やはり《神の肉体》を包んでいる魔力と反発するが、俺は構わず、その魔力を掴んだ。
立て続けに感電したかのような音が鳴るが、俺は構わずその《魔力糸》を引っ張った。
《神の肉体》がガクガクと痙攣する。マネキンの様な顔が、かつて映画で観た、悪霊に取り憑かれた人みたいに不気味に震えた。
それはまるで《人形繰者》の魔力に抗っているかのようにも見えた。
しかし、強いな、この魔力は。
確かに《魔軍八将》と言われるだけのことはある。
ヴィルナガンと比べても、そう劣る物じゃ無いだろう。
ただ今回は、対象の大きさが違いすぎる。
以前、リーフの転生前である始まりの竜に絡みついていた《魔力糸》は、それはとんでもない魔力の塊だった。
全長百メートル以上あるリーフの肉体を操作するのだから当然なのだが、今回は対象が《神の肉体》という人間サイズの大きさであるためか、あの時ほどの膨大な魔力を感じない。
いや、もしかしたら、これがヴィルナガンと《人形繰者》の実力差なのかもしれないが……。
俺はより大きな魔力を放出できるよう、身体の大きさを十メートルまで大きくする。
魔力放出は蛇口と同じ。大きな蛇口ほど、大量の魔力を放出できるのは、以前の経験から分かっている。
俺は《神の肉体》に絡みつく《魔力糸》を鷲掴みにすると、膨大な魔力を注ぎ込みながら一気に引っ張る。
筋繊維が断裂するような耳障りな音が続くが、構わず己の魔力で干渉を続けると、音がしなくなった途端に、《神の肉体》の上半身が、ダラリと力なく崩れる。
「なッ! 今、何をしたッ!」
《人形繰者》が何か叫ぶが俺は耳を貸さない。そのまま《神の肉体》の下半身に絡みつく《魔力糸》を引き剥がしにかかる。
上半身の《魔力糸》が消し飛んだ為か、残りの《魔力糸》はさほどの苦労もなく、引き剥がせた。
そのまま俺は、憑依の要領で神の肉体に入り込んだ。
まだ、一部に《魔力糸》が絡みついていたが、俺はそれを内部から魔力を放出し、一気に消し飛ばす。
魔力が風圧となって《神の肉体》から放出されると、当たりの地面がひび割れ、土塊が風に舞う。
《魔力糸》による影響が感じられなくなった俺は、魔力の放出を抑え、今度は《神の肉体》の隅々に、俺の魔力を行き渡らせた。
しばし《神の肉体》はガクガクと震えたが、やがてその動きも収まった。
俺は自分の手を扱うように、《神の肉体》の手を少し持ち上げ、目の前で、その指をワキワキと動かした。
俺は、やっと《神の肉体》を手に入れたのだ。




