どうやら俺は今後の振る舞いを再度考える模様
雷鳴と閃光が雨霰と降り注ぐ。
その様子を、小休止中の俺たちは少し離れた丘から見下ろした。
噂に聞く《カタトゥンボの落雷》をリアルで見るとこんな感じなのだろうか。
ただ、通常の落雷と違うのは、上空には雲一つ出ていないと言うことだ。
落雷を発生させているのは、空中に幾つも出現した魔法円。つまりは魔力によって生み出された雷だ。
あの豪雨の様な落雷の下に向おうってんだから、こっちの世界の人間は侮れない。
俺に生身の肉体があったら、全力で御免被りたい所だ。
まあ、今戦場で戦っている連中ほど、無謀なヤツらもいないだろうけど。
なにせ、長槍を避雷針代わりに地面に突き立てているのだ。
長槍の長さは五メートル以上、中には十メートル近いのではないかと疑う程の長さの槍もあるが、それでも、あんな方法で雷を避けようとするとは正気とは思えない。
まあ、普通に進軍するより、幾分マシと思っての行動だろう。
実際、長槍を地面に突き立てた直後、手にした槍に落雷を受けて倒れる兵士が見えるし。
「これから向かう先には間違い無く、雷角獣セヴェンテスがいるでしょう。かの霊獣相手に無傷で済む筈もありませんが、皆さん、覚悟は宜しいですか?」
「ま、【雷耐性上昇魔法】も使ったし、なんとかなるやろ」
「それに、あの戦いを止めないとなりませんし」
アリィが確認すると、レリオが軽口を叩き、ラグノートが決意を固めて覚悟を口にする。
他の者達も、覚悟は既に決まったとばかりに、一様にアリィを見た。
「「「まあ、強いとは言え、見える限り相手は一体だ。何とかなるんじゃないかな?」」」
「なんじゃレイジ、其方、震えておるのか?」
視覚を望遠モードにして戦場を伺う俺の言葉に、リーフがからかうような口調でそう言った。
他の者も、何か珍しいものでも見るかのように、俺に視線を移した。
「「「「いや、震えてはいないけど? そもそも、震えるような身体でもないし」」」」
「ですが、声が震えているように聞こえますが?」
スフィアスも心配した様に俺の顔をのぞき込む。
いや、本当に震えてないって。
ただ……。
「レイジ? 何か器用な事をしていませんか?」
「「「「「うん、ちょっとここ数日考えてた事があったんだけど、試してみたら結構上手く行ったみたい」」」」」
アリィの言葉に他の者も俺がやっていることに気付き、そして目を剥いて、もう一度俺を見た。
「なんじゃ? 其方、まさか複数同時に発声しておるのか!?」
「「「「「うん。ほら、俺って実際に口を使って喋ってるんじゃないからさ。もしかしたら、複数の発声を同時に出来るんじゃないかと思って」」」」」
「き、器用なヤツじゃな?」
「「「「「今のところ、五つ同時が限界かな? それ以上だと、ちゃんと発言できなくなる」」」」」
まあ、肉体あると出来ないだろうけどね。
こっちは霊体なので、どうとでも出来るとは思ったんだけど、意外にも、さほどの苦労無く出来てしまったな……。
「ですが、何故今そんなことを?」
「「「「「今後、自分の能力を十全に扱うための練習……かな?」」」」」
ミディの疑問も尤もと言えた。
これから戦闘している只中に向かおうと言うのに、何をしているのかと思うかもしれない。
ただ、ここ数日の経験から、色々やっておくに越したことはないと思っていた。
「巫山戯られているように感じるので、今は普通に喋ってもらって良いですか?」
「ですよねー」
これから死地に向かおうと言うのに、これは些か不謹慎だったかもしれない。
「でも、私達の緊張をほぐそうとしたんですよね? お気遣いには感謝しますね」
「え? ああ、うん」
俺はアリィの言葉に、内心を隠したまま頷く。
いや、そんな事は考えてませんでした。
まあ、今は弁明してもややこしくなるだけなので、そのまま話の流れに乗っておく。
複数同時発声がちゃんと出来るようになっても、俺がその先に描いた効果が得られるとは限らないしね。
もう少し練習してから、ちゃんと説明しよう。
「因みに、セヴェンテス以外の霊獣についてはどうするんだ?」
俺は、これ以上詮索されるのを避けるように、話題を変える。
「レイジの目には他の霊獣が見えますか?」
俺はアリィに促されるように、再度戦場を見る。
正面にいるのは、間違い無く雷角獣セヴェンテスだろう。
そして右奥の戦場にいるのは、多分、煌牙狼ファオリアだろうか。
しかし、アレは途轍もなく速いな。
真正面にいたら、あっさり見失いそうだ。
でも……。
「読心猿モードレットの姿が見えないな? あと、森の左側に近付いてる一団が見えるけど、あれは何だ?」
「別働隊か何かでしょうか?」
「そうかも知れないけど、装備らしい物が見えないんだよな?」
その一団は、ほぼ全員がローブを被っている。ただ、手にした武器が見当たらない。
人数は十数人。それが森の左側から近付こうとしているんだけど……何か違和感があるんだよな?
「魔術師の一団か何かでしょうか?」
「騎士や戦士の護衛も無しに、魔術師だけで戦場をうろつくものなのかな?」
この世界の戦闘について、まだ俺の理解が及んでいない所が多いのもある。
だが、魔法をある程度使ってみて感じたのは、魔術師にとって、やはり接近戦は鬼門だということだ。
魔力構築と魔法円の作成、そして呪文の詠唱を同時に行う魔法の行使には、結構な集中力が必要となる。
魔法の詠唱にはある種のリズムが重要であり、集中を削ぐ要因は極力排除したい。まして詠唱中の接近戦は極力避けたい、と言うのが一般的な魔術師の共通認識だ。
接近戦を避けるためには、戦士による護衛は不可欠と思えるのに、あの一団には戦士の装備を纏った者が見当たらないのだ。
余談だが、この『一般的な魔術師の共通認識』に俺は当てはまらない。
接近戦を挑まれても、その全てを透過し一切の効果がないのだから、当然と言える。
この国に入ってから経験した数度の戦闘でも、オークに目の前で暴れられながら、【深き眠り】の魔法を使ったりして、皆に『ずるい』と文句を言われたのだ。
接触距離でしか効果を発揮しない【深き眠り】を、戦闘中に使えるのは非常識だと、アリィにも散々な言われようだった。
「その一団は真っ直ぐ森に向かっていますか?」
「ああ、何の躊躇もなしに向かっている。ローブを着ているだけで魔術師ではないのかな?」
アリィの質問に、俺は頭に疑問を浮かべながらも、そう答えた。
いや、待てよ?
「もしかしたら、あれが《魔国プレナウス》の連中なんじゃないか?」
「え!? いや、充分あり得ますね。そもそもその危険を知ってここに来たのですし」
予想でしかない俺の言葉を聞き、アリィはその可能性を否定できず憂慮する。
「では急いだ方がよさそうですね」
「ええ、すぐに出発しましょう」
スフィアスに促され、アリィは馬に跨がる。
俺やリーフ、モモもラグノートが準備した馬車に乗り込んだ。
「場合に寄っては俺が先行しようか?」
「必要になったらお願いします」
アリィはそう言うと馬を走らせた。
まあ、あまり俺ばかり出張るのも、どうかとは思うけどね。
■
「ところで、レイジ。其方は今回、どうするつもりじゃ?」
「どうする、とは?」
「天使として振る舞うかと言うことじゃ」
馬車の中で、リーフは俺にそんな事を聞いてきた。
それはきっと、今後どうするかという話でもあると思った。
「出来れば天使扱いは避けたいんだけどな?」
「まあ、其方にとっては面倒事ではあろうがの? だが、其方の転生の目的、そして《聖女》アルリアードからしたら、どうかの?」
「え? それってどういう……」
俺はリーフの言葉の真意が分からず、そう聞き返す。
リーフは小さな溜息を吐くと、俺を見て真面目に答えた。
「其方は転生をしたいのじゃろう?」
「ああ」
その目的は、当然、変わっていない。
それこそが俺の最終目的になる。
最近、この世界を幽霊のまま堪能しつつあるけど……。
「その為には、アルリアード……アリィが《聖女》としての《格》を上げる必要がある。それは知っておるな?」
「もちろん」
《聖女》が《神の奇跡》を使うためには、より信仰心を上げ、聖女としての高みに登る必要がある。それこそ、生涯をかけて。
「実はな、《聖女》は他者の信仰心を自身の信仰心とすることが出来るのじゃ」
「うん? すまん。言っていることがイマイチ分からん」
「つまり、《聖女》が示した《神への信仰心》を見た者は、《聖女》を通してより強く神を信仰するのじゃ。そうして《聖女》を崇める者が増えれば増える程、また《聖女》の信仰心も高みに登るのじゃ」
なるほど。《聖女》を偶像崇拝することで、聖女自身の《格》を上げるのか。
で、それが俺の《天使》とどう関係するんだ?
「まだ分からんか?」
「こう言うの疎いから、一から説明して欲しい」
何せ信仰心の低い日本人ですから。
海外の人みたいに、食事の度に神に祈りを捧げたりしないので……。
「其方は《聖女に遣わされた天使》であることは分かるな?」
「うん」
「つまり、其方が天使として振るまい、そして聖女を立てることで……」
「あ、そうか! 結果、聖女への信仰心が集まることになるのか」
「そうじゃ。そうすれば其方の転生も早まろう?」
確かにリーフの言うとおりだ。
その方が、俺の転生が早くなるのも、理解出来る。
けど……下手に注目されると、後でボロが出そうなんだよな?
「それに、既に其方はレーゼンバウムで天使として行動したではないか?」
「あ、あれはそうしないとアリィが反逆罪で捕らえられると思って……」
あの時、アリィは《俺と言う怪しい幽霊を連れた聖女》と認識されていたため、妙な疑いをかけられていた。
幸いと言うか、有耶無耶のうちに俺が天使認定されたため、その疑いは回避できた。
逆に、そのせいで俺は謁見の間でも《アリィに遣わされた天使》として振る舞う必要がでてしまった。あの場で俺が天使であることを否定したら、アリィは今度こそ反逆者の烙印を押されただろう。
「それは今後も同じじゃぞ? 天使が姿を見せなくなれば、アリィは《天使に見捨てられた》と世間に揶揄されよう?」
「む……」
「勿論、常に振る舞えとは言わん。ただ、今後、そう振る舞う必要がでてくるであろうし、その際には中途半端な態度は取れん……そう認識しておれば良い」
俺はリーフの助言に頭を悩ませた。
確かにリーフの言葉も尤もだ。
適度に《天使》が姿を見せた方が、アリィに信仰心は集まり易くなる。
ただ、これまでの俺の行動は、意図せずやり過ぎている感がある。
あくまで俺は《聖女に遣わされた天使》であって、聖女より目立っては意味が無い。
そこは気をつけないと、後々大変な事にはなりそうだ。
「そうだな。取り敢えずその事は常に忘れないようにするよ」
「うむ。今はそれで良い」
気は進まないが、今後は天使としての行動を考慮しないとならない。
特にこの先の戦場では、兵士と霊獣の間に立って戦闘を止める必要がある。その時は天使であることを前面に出さないと、止めるのは困難であると、予想が出来る。
となると、次はもうちょっと天使っぽい姿の方が良いのだろうか?
だが、俺は後になって、もっと《一般的な天使》のイメージを細かく聞いておくべきだったと、後悔することになるのだが、この時は気付いていなかった。




