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ミズハ……もう一人の転生者の想い ~その3~

      ■



 私は抵抗の意思がなくなった男達を見回すと、ゆっくりと構えを解いた。


「ぐ……うぅ……」

「威勢の良かったのは最初だけですか? これでも多少の手加減はしたんですよ?」


 まあ、多少ですけどね。

 体格の良い男に関しては、流石に捕まってしまうと面倒なのであまり手加減してませんでしたけどね。

 迂闊に掴みかかってきたので、両手の小指をへし折りました。続けて鎖骨も折りました。

 腓骨も砕いたので、しばらく立ち上がれないでしょう。

 大男が私を見る目に涙と恐怖が浮かんでますが、そういうところですよ。まったく……舐めてたのはどっちなんでしょうね。


「何震えてるんですか? ここまでされないとでも思っていたのですか? そもそも、貴方達は私を捕まえてどうするつもりだったんですか? 口には出来ない様なことをするつもりだったんでしょう? 私が無抵抗でされるがままだとでも? あなた方みたいな相手に躊躇ったりはしませんよ?」


 私の言葉に一言も返さず、その男はただただ震えているだけでした。

 他の三人ですか?

 既に意識なんて消し飛んでます。

 この程度で済ましてあげた――障害手帳が必要なほど痛めつけてはいません――のですから感謝して欲しいところです。

 単純骨折なら大抵治りますからね。

 喉とか鼻とかも痛打しましたが、一時的に呼吸しづらくなっただけなので問題ないと思います。

 大したことはないと思うのですが、随分怯えられたものです。まあ、こんな人達に幾ら怯えられたとしても、なんの問題もないんですけど。


「鈍ってはいないようですね」


 暗がりから聞き覚えのある声をかけられ、声の方を見ました。

 相変わらず気配のないというか、心臓に悪い人です。


「師匠がけしかけたんですか?」

「良い実戦稽古にはなったでしょう?」

「強さ的には今ひとつどころか今五つくらいですけどね」


 道理で、的確に待ち伏せしていると……まあ、何となく予想はしていましたが……。

 後を付けられた形跡がなかったので、少しばかり不思議に思っていたんですよね。師匠がけしかけたのであれば納得です。


「まあ、街のチンピラ程度であればこんなものでしょう」


 師匠がそのチンピラを睨め付けてそう言いました。


「大体、鈍る要素が何処にあったというのでしょうか?」

「向日島レイジ……」


 少しばかり苛立ちの混じった私の言葉に、師匠は一人の男性の名前を口にしました。

 まさか、先輩の名前を把握しているとは……。

 倉志摩……いえ、鞍馬崎家も結構暇なんでしょうかね?


「あまり深入りしない方が良いと思うわ」

「問題ありません。勘が鈍っていないことは証明できたかと思います」

「そういうことではないのだけど……」

「私の命は本家の物と言うことでしょう。私自身も今の生活が続くとは思っていません」


 自分で言っておいてズキンと心が痛む。

 そう……私は――『今の生活が続くと思っていない』。

 いつか、レイジ先輩とはお別れしないとならない……そういう未来が待っていて、それ以外の未来を掴む事が私には許されていない。

 私は『恋愛したい』という欲望を叶える為に、先輩を利用しているのだ。

 そう思う度、胸がズキズキ痛む。痛む資格すら無いというのに。


「分かっているなら良いわ」


 師匠がそう言ったタイミングで黒塗りのワンボックスカーが四台到着した。

 各車から黒服の男達が次々と下車し、事前に用意された手順の様に私に倒された男達を車に乗せる。

 特に怪我の酷い大男は、一度担架に乗せてから救急車にそうするように手早く運び入れた。

 このまま、鞍馬崎家の息がかかった病院に搬送されるのだろう。

 その後、彼らがどうなるかは知らない。

 監視付きで生きていけるならまだマシな対応かもしれない。

 彼らがこれまで表沙汰になっていない犯罪を幾つも犯していた場合は、一生監獄の中で過ごすことになる可能性すらあり得るのだ。――そして鞍馬崎家ならそれら全てを調べ上げることくらい造作もない。


 かといって同情はしません。するつもりもありません。

 そもそも彼らの内一人は先輩を殴ったんです。許す理由もありません。

 そこまで考えて、私は自分が大概なほど身勝手な理由で怒っていた事に気付く。


「…………バカみたい……」


 私は雲一つない夜空を見あげ、そう呟きました。

 そもそも、己の欲望のために先輩を利用している私に、先輩の為に怒る資格なんかあるはずないじゃないですか。

 何より……私は平気で他人を加害できる人間だ。

 時と場合によっては、人を殺すことだって出来る。そう訓練を受けたから。

 そんな私が誰かを好きになる資格なんて、そもそも無いのだ。

 レイジ先輩に好きになって貰う資格なんて……無いのだ。

 私はレイジ先輩を騙して、利用しているのだから。

 私には到底、普通の女の子になることは不可能なのだ。


「え、あれ?」


 ポロリと涙が零れた。

 何を泣いているのだ、私は?

 私には、そんな資格は……。

 私、私は……。


 私は、本気でレイジ先輩の事が好きなのだ。


 この日から、私は今の立場を捨てたいと考えるようになった。


――あまり深入りしない方が良いと思うわ。


 師匠が言った、その意味を考えることもせずに……。


 そして、その意味を知ったとき、私は深い絶望の淵に落とされることになるなど、この時点で知る由もなかった。



      ■



 私はこの頃、人生で最も浮かれていた。

 比喩でも何でもなく、世界がそれまでと違って見えた。

 先輩に初めて女として抱かれた時は、その甘美な感覚に何処までも溺れてしまいたかった。

 抱かれる度に改めて強く先輩を好きになった。

 何時しか、先輩が卒業すると同時に駆け落ちする計画を立てるようになった。

 なのに。


 付き合い始めて二回目のクリスマスに、知りたくなかった真実を知ってしまった……。

 私と先輩が異母兄妹であることを……。


 師匠は知っていたのだ。

 知っていて、私を放置していた。

 この事実を知った私の本当の母親――鞍馬崎ミチヨは激怒していた。

 当然だ。

 元々、鞍馬崎の一族は先輩を後継者にしようとしていたらしい。

 自らの子孫を鞍馬崎の当主にしたかった鞍馬崎ミチヨはあらゆる手段を使って、先輩を鞍馬崎家から遠ざけようとした。

 そんな折り、前当主が亡くなり、現当主である鞍馬崎カズヤ――というより鞍馬崎ミチヨが実権を握ると、先輩への嫌がらせは益々加速した……らしい。

 らしいというのは、私はこの時までレイジ先輩が鞍馬崎の血筋である事など全く知らなかった。全ては先輩本人と、あとは大分後になって義母である師匠から聞いただけで、実際どうだったかを確認する術がなかった。


 ともかく全てを知った鞍馬崎ミチヨは私を倉志摩家へと無理矢引き戻して監禁した。

 その時に、妊娠しているかどうかも確かめられた。

 幸いと言うか残念なことにと言うか、私は妊娠していなかった。

 妊娠していたら、無理矢理にでも中絶させられただろう。

 鞍馬崎ミチヨはそれ程、向日島家の――先輩の母親の血が鞍馬崎家に入ることを忌避していた。


 監禁を解かれた後、私は元いた家に戻された。勿論、学校も思い出の詰まったあの場所ではなく、嫌な記憶しか無い私学に戻された。

 私は先輩に会うことも、手紙を出すことも、それ他のあらゆる連絡手段を禁じられた。

 ただ、鞍馬崎家のための警護人となることだけを、許された。

 そうすれば、これ以上レイジ先輩達への嫌がらせはしないと言われてしまっては、私はそれに従うしかなかった。

 師匠がレイジ先輩との付き合う際、全てを分かった上で何もしなかったのはこのためだったのかも知れない。

 警護人に恋愛など不要なのだと、私にそう思い込ませる為に……。

 だとしたら、効果的だった。あの日以来、私は誰かを好きになろうとは欠片も思わなかったのだから。


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