第6話『空腹』
煉獄での過酷な日々。
そんな日々から抜け出してようやく現実へと帰ってこれた僕だが、あまりの疲労にどうやら眠ってしまっていたらしい。
「それでリディム。僕はこれからどうしたらいい?」
休眠状態から脱した僕はさっそくリディムに問う。
「以前にも言いました通り、冒険者となるべきかと。そのためにまずクロダーサという町へ行くことをお勧めします」
「クロダーサ?」
「はい。この森を出て東に3キロほどの場所に位置する町です」
「へぇ。それで? 僕はそこに行ってどうすればいいのかな? 滅ぼせばいいの?」
「………………え? あの……もちろん滅ぼしていただいても問題ありませんが、それをしてしまうとマスターの望みである勇者になるという目的はかなり遠くなってしまいますよ?」
「ん? ……あぁ、そうか。ごめんごめん」
そうだった。
僕の当面の目的は憧れの勇者という存在になること。
だというのに、人間の町を滅ぼしたりなんかしたらダメだよね。
まだまだ魔王としての感覚が抜けないなあ。
気を付けないと。
「そのクロダーサだっけ? その町に行けば僕も冒険者になれるのかな?」
「その通りですマスター。クロダーサには冒険者たちへ仕事を斡旋する冒険者ギルドなる組織が存在するのです。
そこでは新規冒険者の登録や、各所から寄せられる依頼の受け付けと仲介が行われており、報酬の分配や任務の管理も担っています」
「なるほどね。じゃあ僕はその冒険者ギルドに行って、新規冒険者登録をすればいいって訳だ」
「その通りです、マスター。そうして依頼をこなし、金銭を得て当面の生活費にするのがよろしいかと」
「金銭? 生活費?」
一体なんの話だろう?
そんなものがこの僕に必要なのだろうか?
そう疑問に思ったその時だった。
ぐぅぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅ。
そんな音がその場に響く。
発生源はどこか……探そうとしたら、不意に僕の体から力が抜けた。
「くっ……これは一体……まさか、人間たちによる攻撃か?」
たまらずその場に片膝をついて座り込む僕。
周囲を見渡すが……敵影はなし。気配も感じない。
なら、遠距離からの呪いか? あるいは魔の者にのみ効く聖なる祝福などか?
カウンター術式を編もうにも、術者の位置も現在自分にかけられている術式も分からないではどうしようもない。
そんなことを延々と考えていると、リディムがなんだか困り顔で告げてきた。
「失礼ながらマスター……それは第三者による攻撃などではありません。通常の人間が感じる空腹というものです」
「へ? 空腹?」
「はい」
「いや……何を言っているんだいリディム? この僕が空腹になっただけでこんな無様をさらすわけがないだろう? そもそも、空腹になっただけでこれほどのダメージを受けるわけが──」
「恐れながらマスター。人間というのは、飲み食いを絶てば一週間ともたず命を落とす生き物なのです。
これは勇者という超越者であっても同じです」
「そうなのかい?」
「はい」
なんてことだ。
まさか僕のあこがれた勇者でさえも、そんな弱い面を持っていたなんて。
あれだけ奇跡を起こすすばらしい存在なんだから、飲み食いしなくても問題ないようなきがするんだけど……そういう問題ではないらしい。
「そうか……なら、この僕の苦しみをどうにかするには……」
「まずは飲食をなさってください。あぁ、そこらのものを適当に口にしてはなりませんよ? 人間は毒性のあるものを食べるだけで、簡単に命を落としてしまいますから。まして今のマスターのように弱っている状態ではなおさらです」
「……ほんとうに難儀だね、人間というのは。よく今も滅びず生き残れているものだ」
「ゴキブリみたく、数だけは多いですからね」
数だけ多い。
確かにそれは事実だ。
けれど、ただそれだけで生き残れるほど、世界は甘くない。
人間は多くの不自由を抱えた生き物で、脆弱な存在。
けれど、そんな限られた生に縛られるからこそ、人間はどの種族よりも懸命に生きられるんじゃないかと、僕は思う。
(そう思うけど……まぁ今は言わないでおこうかな)
ちらりとリディムを見る。
人間をゴキブリみたくと評した彼女はどこか軽蔑したような目で虚空を見ていた。
薄々察してはいたが、彼女は僕と違い人間のことがあまり好きではないらしい。
だからこそ、僕は苦笑するだけで何も言わなかった。
そうして僕たちはリディムの案内の下、冒険者ギルドとやらがあるというクロダーサへと向かった。




