第3話『追放』
その後も。
「これならっ」
「おらよっ!」
「ごふっ……。なら……これでっ!!」
「おせえよバーカ」
「ぐっ……。まだ……だぁっ!!」
「ハハハハハッ! えらく必死じゃねえかセルムゥゥゥ。ま、全部無駄なんだけどなぁっ!!」
「ごぶぅっ!!」
何度挑んでも僕は返り討ちにされて。
もう腰の鞘に剣をしまい、使おうとすらしないルディアンにも僕は傷一つつけることができず、視界も霞むくらいボコボコにされていた。
「ハハッ」
「ククク」
僕をなぶって楽しんでいるルディアンと、それを見て笑う父親。
悔しい……これが悔しさというやつなのか。
目の前にどうやっても適わない敵がいる。
頑張っても頑張っても歯が立たなくて、それどころか笑いながら馬鹿にされる。
技術は持っている。戦い方も知っている。
でも、それを実行するための身体能力が圧倒的に足りない。
この人間の身体では、前世で当たり前にできていたことが何一つできない。
気分が落ち込む。
自分が情けない。惨めだと感じてしまう。
すべてを諦めて、投げ出したい。
降参して、頭を下げてもう痛い思いをしないで済むようにしたい。
(弱者というものは、皆このような無力感を味わってきたのか?)
弱いから何も思い通りにならなくて、弱いからこうして痛い目を見る。
そんな弱者側の目線に初めて立って。
僕は。
「……な……」
「あん? なんだって? ようやく降参する気になったか?」
僕の胸元を掴んで、間近で睨みつけてくるルディアン。
そんな彼の視線を受けながら——僕は歓喜の声を上げた。
「……勇者って……やっぱり凄いなぁっ!!!」
「なっ……ぎゃぁぁぁっ!!」
僕の胸元を掴むルディアンの腕に思いきり噛みつく。
彼は慌てて僕を払いのけようとするけど、絶対に離さない!!
「てめ……こんのぉっ! 離しやがれクズがぁっ!!」
「うぅぅぅぅぅぅっ!! うぅっ!!!」
何度も何度も殴られる。
けれど、僕は離さない。
絶対に、絶対にあきらめない。
傍から見たら僕の有様は惨め以外のなにものでもないだろう。
でも、これでいい。
ボロボロになっても、どれだけ弱弱しくても。
最後まで立ち上がり、立ち向かう。
そんな姿に僕は憧れたんだから。
だから。
「うぅぅぅぅぅぅっ!!!」
「いっでぇぇぇぇっ!!! こんのヤロォがぁぁぁっ!!!」
怒りに満ちた目で僕を見るルディアン。
そんなルディアンを僕は負けじと睨み返す。
「うっ………………」
どうしてかわからないけど、僕を殴る手を止めるルディアン。
なんだかよくわからないが、チャンスだ。
僕はそのまま拳を握りしめ、彼の顔面に一撃を喰らわせようと拳を振り上げ。
「──────ゲイル・スラスト」
そのとき、突如突風が吹く。
突風は僕のみを対象とし、僕は抵抗することもできず壁に叩きつけられた。
「がっ!?」
ああ、痛い。
ああ、苦しい。
「でも……」
それでも、立ち上がる。
それこそが僕の憧れた存在だから。
そのまま、僕は自分を攻撃してきた相手を見る
「………………これはどういうつもりですか? 父上」
勝負に横やりを入れた無粋な男。
一応はこの僕の父親である男、ハドリアン・ド・ローデルを睨みつけながら、僕は問いを投げる。
「ふん、知れたこと。見るに堪えんからだ。貴族たる者がなんだ? その野犬のような戦い方は。おぞましさすら感じるわ」
「それは………………貴族のあるべき振る舞いとか。戦いの美学とかいうやつですか?」
自身の記憶を探ると、ハドリアンは幾度もそんなことを言っていた。
ハドリアンは重々しく頷き。
「そうだ。貴族たるもの、戦いは優雅なものであるべきだ。だというのに……セルムよ。今の戦い方はなんだ? 何度も何度も倒されているのにしつこく立ち上がりおって……。見苦しいにも程があるわ」
「見苦しい?」
「ああ。すでに勝敗など分かりきっているのだ。貴様もローデル家の末席に位置するものならば、貴族らしく潔く負けを認めろ」
それが当然であるかのように言い放つハドリアン。
貴族としてのふるまいを忘れるなと。
上に立つものとしてあるべき絶対的存在感を保持し、優雅にふるまえと。
それができないならばせめて潔く負けを認めることで優雅さだけは維持しろと。
つまりはそういう事をこの男は言いたいらしい。
なればこそ、僕の返答は決まっていた。
「いやだね」
「……なに?」
「父上。僕は目が覚めたんだよ。貴族としての矜持? プライド? 潔さ?
ハッキリ言わせてもらうけどさ。バッカじゃないの?」
「な……んだとぉっ!!」
顔を真っ赤にしておこるハドリアンだが、僕に今の発言を撤回するつもりはない。
僕が魔王だったころに、僕に挑んできた者たち。
彼らは誰一人として、潔くなかった。
泥臭く戦って、戦って、戦い続けて。
どれだけ惨めな姿になっても最後まであきらめないで戦って。
そうして遂に、決して届かないはずの僕の命にまで手をかけたんだ。
もちろん、僕の命を取れず、なにも為しえないまま沈んだ者たちの方が圧倒的に多い。
だけど、僕は彼らの行いが無駄だったとは思わない。
最後の最後まで。食らいついてでも勝とうとする意志。貪欲に勝利を求めるあの姿勢。
あの輝きが、あの美しさが、無駄なものだっただなんて僕に思えるわけがない。
だからこそ、ハドリアンのくだらない矜持とやらを僕は否定する。
「………………出ていけ」
「ん?」
「出ていけと言ったのだ!! 貴様は我がローデル家にふさわしくなさすぎる!! ゆえに今後、ローデルの家名を名乗ることすら許さぬ!!」
「なんと」
これは驚いた。
今のは絶縁宣言というやつなのだろうけど、そんなつまらないことで親子の関係を断ってしまうなんて。
人間の間では親子の関係って、もっと大切なものだと思っていたのだけど……時代の移り変わりとかで価値観が変わってしまったのだろうか?
セルム君の記憶をいくらか漁っても、家族との楽しい思い出の一つすらないし。
まあ、いいか。
「そうかい。それで? 僕は着の身着のままここを立ち去ればいいのかな?」
「ああ、そうだ! すぐに出ていけ!!」
「はいはい」
本当は人間達が大切にしたがる家族の関係とか、そういうのも今世では体験したかったのだけど……こういわれては仕方ない。
そもそも、こんな状態から良好な関係を築けるとは思えないし。
そうして僕は、二人の憎悪にまみれた視線を背中にローデル家を立ち去ったのだった。




