第2話『感覚のズレ』
セルムという人間に転生を果たしたらしい僕こと、魔王ダリウス=ノクト。
そんな僕だが、朧げながらセルムとして生きてきた今までの事も思い出せるようになってきていた。
どうやら、人間に転生してからの僕は、ずっと勇者を目指していたらしい。
けれど、大した魔力もなく、そのうえ才能のない無能ということで、散々親や弟に馬鹿にされてきたようだ。
魔王だった前世の記憶を綺麗さっぱり忘れたまま、それでも勇者への憧れだけは残っていたのだろう。
自分なりに、努力はしてきたようだ。
しかし、それでも親や弟は僕のことを認めてくれない。
挙句の果てには「お前は家の恥だから外に出るな。一生家の雑事だけをやっていろ。勇者学園(次代の勇者を育成するための学校)にはルディアンだけが行けばよい」と僕にとっては死刑宣告みたいな事を告げられて。
それに猛反発した僕を、それならルディアンに勝てば学園に通うことを許可しようという事になり、今の僕は弟であるルディアン君と決闘をさせられているようだ。
「そうして今に至る……と。くくく。いやあ、困ったね。これは本当に絶望的状況ってやつじゃないかな?」
目の前にいるルディアン。彼は紛れもなく雑魚だ。
魔王時代の僕から見れば、文字通り吹けば飛ぶような存在。
意識することすらない路傍の石のような存在だろう。
しかし、人間に転生した今の僕はそんな彼よりも弱い。
かつての力は今は欠片もなく、引き継いだのは魂に刻まれた大量の魔術知識と、同じく魂と同化している魔導書の数々くらいのもの。
それらも今の僕では扱えるわけもなく、宝の持ち腐れとなっている。
(いや、魔力自体は失われていないはずだ。魔力とは魂に刻まれるもの。転生しても、それは変わらない)
問題は、器だ。
魔王の魂を、人間の身体に押し込んだからだろう。
前世では当たり前のように扱えていた自分の魔力が、今はまるで手の届かない場所にあるかのように感じられる。
どうやら器が変わったことで、魔力を知覚し、制御する感覚が狂ってしまっているらしい。
これでは前世の頃のような魔術など、放てるわけもない。
絶望的だ。
こんな有り様では、目の前のルディアンにすら敵うわけがない。
絶対に勝てない相手が今、僕の目の前に居る。
その事実に——————僕は人生最大の幸せを感じていた。
「はははははははははははははははははははははははははははっ!! なんてことだよ! まさかこんな形で格上と戦えることになるなんて! 面白い、本当に面白いよっ! 天上の神々もたまには粋な計らいをしてくれるじゃあないか。
なぁルディアン。君もそう思わないかい? アッハハハハハハハッ!!!」
矮小な人間に転生して。
その人間という種族の中でもひときわ劣った存在に転生してしまって。
待遇も良い状態とはいえず、前世の記憶を思い出したかと思えばいきなりこんな困難を押し付けられている。
面白いっ!!
魔王の息子として生まれ、誰も逆らうことがなく、なんの障害もないまま順当にそのまま魔王となっただけの前世よりもよほど面白いじゃあないかっ!
「な、なんだぁ……頭打って気でも狂ったか……」
一歩後ずさるルディアン。
そんな彼を追いかけるように、僕は一歩踏み出す。
「心外だなあ。僕はただ、この状況を楽しんでいるだけだよ。
格上の相手。負ければ死ぬというわけではないけど、僕はこのローデル家の奴隷で一生を終えることになる。
まさに負けられない戦いってやつだ。
そんな展開でさ。燃えないわけがないだろう?」
「……いや、燃えないだろ。むしろ必死に泣き叫ぶところじゃねえか?」
「そうなのかい?」
おかしいな。
過去の勇者達ならこういうとき、「負けられない」とか言って限界を何度も超えてきそうなものだけど……まあいいか。
「まあ、そんなことはどうでもいいじゃないか。
さあ、仕切り直しといこうっ!!」
そう言って僕はルディアンの懐へと踏み込んだ——つもりだった。
だが。
「……馬鹿にしてんのか?」
「ぐへっ!!」
当然、そんなものがルディアンに通じるわけもなく、逆に僕はルディアンのカウンターによる蹴りをくらっていた。
「いきなり訳わかんねえこといいだしたかと思えば、今度はそんなノロノロした動きで……。格下のお前がそんなんで俺に一泡吹かせられるわけないだろうが、間抜け」
「ぐ……ははっ。いやいや、耳が痛いね。返す言葉がないよ」
おかしい。
今の、一瞬で相手の懐に飛び込むつもりだったのに。
前世の感覚では、もう相手の目の前まで詰めているはずだった。
でも実際には、ほんの数歩進んだだけ。
(やれやれ。困ったものだ)
どうやら、僕はこの身体の性能を完全に見誤っているらしい。
これは苦労しそうだ。
「それじゃあ、もう一度っ!!」
今度は意識して、感覚をセルムとしての記憶を頼りに修正しながら動いてみる。
低い姿勢から足を狙うとみせかけ、背後に回って——
そうやってフェイントをかけてうまく戦おうとしたのだが。
「ははははははっ! なんだよセルムゥっ。それでフェイントでもかけてるつもりかぁ? 見え見えなんだよぉっ!!」
「げふっ」
ぐっ……駄目だ。
前世の身体感覚と、今の人間の身体のスペックがあまりにも違いすぎる。
頭で思い描いた動きと、実際に出来る動きの差が大きすぎて、今の僕では思うようにこの身体を扱えない。
結局。
僕の動きはルディアンにすべて先読みされ、一撃を与えることすらできなかった。




