1 プロローグ
「なあ、ユーシン。友喰村って知ってるか?」
昼休み、織田がそんなことを言った。
織田はロン毛だが、顔がシュっとしているからスポーティーな印象がある。
サッカー部で主将とかやっていそう。
だが、俺と同じ帰宅部だった。
「友喰村?」
俺は教室の喧騒に負けない程度の声で興味を示した。
たしか、山向こうにある小さい村がそんな名前だったはず。
織田は声を潜めて、言う。
「これは、キンタマ3つあるダチから聞いた話なんだがな」
「まずそのダチについて詳しく」
「まあ聞け」
左手の中指が伸びてきて、俺の唇を縦に塞いだ。
人差し指にしろよ。
死ねってか?
「名は体を表すってな。その村、ダチ同士で喰い合う奇習があるらしいぜ?」
「いわゆる因習村か」
「それな。面白そうだろ? レポートに書けんじゃね?」
俺と織田は地域文化研究部に所属している。
その実態は帰宅部だ。
高1の頃は優雅な帰宅部ライフを謳歌できていた。
だが、2年に上がって顧問が変わり、転機が訪れた。
活動実態を怪しまれ、廃部の危機に直面しているのだ。
そして、俺たちはやっている感を出すべく、渋々顧問にレポートを提出することにしたのだった。
「奇怪な因習が残る村か。レポートの題材としてはうってつけだな」
「だっろぉ? 辺鄙なとこにある村だがよ、駅からバス1本で行けんだぜ。ユーシン、今度の土曜、行ってみね?」
「おう」
俺は快諾した。
疑いさえ晴れれば、まためでたく帰宅部の活動に邁進できる。
このときは、そんなふうに考えていた。
◇
バスに揺られ、村を目指す。
キラキラした海と白い町並みが見えなくなると、鬱蒼とした木々のトンネルが続くばかりとなった。
緑の怪物に呑まれた気分だ。
二度と生きては戻れない気がして、なんだか高揚感がある。
「こういうの、悪くないな」
俺は揺れる車窓にでこをつけて言った。
別に野球やテニスが嫌いなわけじゃない。
茶道や軽音だってやってみれば楽しいだろう。
でも、なんとなく空虚な感じがする。
白球を追いかけたり、作法を守ったり、そうじゃないだろ?
世の中にはもっと大切なことがあるんじゃないのか?
などと漠然とした不満を感じて、俺は帰宅部になったのだった。
そんな感傷、大人に言わせれば「稚拙」の一言に尽きるだろう。
でも、ヤなんだよな。
既存の枠にハマるのは。
先輩にへこへこしながら球拾いに明け暮れる日々。
それもある種の因習なんじゃないか?
そう思うのだ。
「ユーシンにゃガッコーは狭すぎんだよ。お前、授業中もそうやって窓の外ばっか見てんだろ? 広い世界に飛び出して、いろんなもん見て回んのがお前にゃ向いてんだぜ。たぶんな」
織田のそんな言葉がスッと胸に入ってきた。
そうかもしれないと思った。
そういうところが、また稚拙なんだよな、とも思う。
田んぼに囲まれた未舗装路でバスは停まった。
下車するとき、運転手が何か言いたげな顔で俺を見た。
引き留めようかと宙を泳ぐ手がリアルだ。
因習村に来たって感じ。
織田は迷いのない足取りで村を進んだ。
「まるで、この村の地理に明るいみたいじゃないか」
「実はオレ、因習村の村人でしたってな。ハッハッハ」
「それだと、笑えるな」
俺たちは古びた公民館の前で足を止めた。
芋煮会でもしているのか、巨大な鍋がぐつぐつと湯気を噴き上げている。
「その子にしたのかい?」
地蔵のようにちょこんと座った老婆がそう尋ねた。
「ああ。オレのダチって言えんのはこいつくらいだしな」
織田はそう返す。
そして、――ドン。
俺の腹を手で突いた。
なにするんだよ。
と、俺は抗議の声を上げようとした。
……でも、声が出なかった。
力が抜けて背中から倒れる。
腹に何か刺さっていた。
包丁だった。
「よっ、と!」
織田は俺に馬乗りになった。
その手には別の包丁が握られている。
「オレが因習村の村人ってのはガチだぜ。どうだ? 笑えるかユーシン?」
いや、まったく笑えない。
つか、声出ない。
公民館からジジババが大挙として現れた。
みんな刃物を持っている。
のこぎり、牛刀、ミンチ用のハンマーなどなど。
こわいこわいこわい。
「ユーシンよぉ、同物同治って知ってっか?」
織田が笑った。
知っている。
心臓が悪ければ心臓。
肝臓が悪ければ肝臓を食べよ。
さすれば、いかなる病も治らん。
そういう古代中国の考えだ。
科学的根拠?
そんなもん、あるわけない。
それが因習村ってもんだ。
血が止まらない。
病院に担ぎ込まれたところで、たぶん死ぬ。
レポート書かなくていいな。
そこだけはラッキーかもしれない。
あまり痛みを感じないからだろうか。
俺は意外にも冷静だった。
喉を震わせて声を絞り出す。
「そうか。じゃあ、織田は殺されることはないんだな」
「そうだぜ? なんせオレは殺す側だからな」
「よかった。お前が無事ならそれで……」
「ユーシン……」
織田の顔から笑みが消し飛んだ。
目に涙の玉が浮かぶ。
包丁を取り落として後ずさりし、吐いた。
「お、オレ……。ダチになんてことしちまったんだ……」
そう言って泣く。
馬鹿め。
トラウマ植え付け作戦、大成功だ。
せいぜい泣きながら俺を食うんだな。
そして、腹壊せ。
お前は一生スーパーの精肉コーナーに近寄れない体になれ。
もう一度言う、馬鹿め。
じゃあな。
………………。
…………。
……。
俺は死んだ。
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