表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クール・エール  作者: 砂押 司
第3部 アリスの家族

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/181

ショート・エール 赤の笑顔

本話は、時系列において『結婚式』の前のお話です。

私とオーリスが出会ったのは、今から3年前のことだ。


当時16歳だった私が生まれ故郷でもあるビスタの目抜き通り、その中程にある『ぎんさかずき』という酒場で給仕として働いていたときに、帝国騎士隊のビスタ隊として赴任してきた彼が先輩の騎士たちと飲みに来たのが始まりだった。

貴族出身者が幅を利かせている騎士隊の中で、帝国の西端、フォーンという小都市の農家の出身である彼はかなり珍しかったらしい。

良くも悪くも目立つ存在だった彼は、でもとても優秀な騎士だった。

去年、19歳という若さで小隊長に抜擢されたのは、その天才的な剣の冴えがあったからこそだ。


『銀の新星』オーリス。

赴任してきたビスタを中心にその名を馳せた彼は、ゲンを担ぐ意味も込めて自分の二つ名と似ているあの酒場によく顔を出していた。


その強さに似合わない優しさ、そして平民階級出身ということで他の騎士にはあまりない気さくさを兼ね備えていた彼に私が恋するまでに、そう短い時間はかからなかった。

幸運なことに彼も私を見初めてくれ、出会って半年後には私たちはお互いの恋人になった。

ベッドの中、彼が照れくさそうに「あの店に頻繁に顔を出してたのはカーラがいたからさ」と笑ってくれたとき、あまりに恥ずかしくて、嬉しくて、思わず引っぱたいてしまったのが、……一番の思い出だ。


そのまま彼と時間を重ねて。

将来を誓い合い。

お互いの両親に挨拶を済ませ。

彼が私の婚約者となり……。


そして、8ヶ月前。

彼は後方支援のためにクロタンテに向かい、そこで戦死した。


たった1人の水属性魔導士が3千人近い部隊ごと不落の要塞を「消滅」させたという知らせは、怒号と慟哭となって帝国中を駆け巡った。

日に日に減っていく傭兵たちにも必死で声をかけながら、騎士隊は緊急の徴兵も行った……らしい。

ひたすらに泣き続けていたその頃の記憶が、私にはほとんどないのだ。


ただ、私を優しく慰め、「仇はとってやる」と抱きしめてくれたお父さんの声だけが、今も耳に残っている。

でも、それから1ヶ月もせずに帝国は4万人もの兵を全て失い、200年続いていた南北戦争はあっけなく終わった。


徴兵に応じたお父さんは、亡骸なきがらさえも帰ってこなかった。





『魔王』ソーマ。


クロタンテで私の夫となるはずだった人を、カイラン大荒野で商店主にすぎなかったお父さんを。

殺した魔導士の、それが名前だった。

















「……このウォルは水の大精霊様の自治領ですので、アーネルの刑法は適用されません。

……それでは皆様、大変お手数をおかけいたしました。

ウォルへ、ようこそ」


少年のようにも見える、茶髪に茶色い瞳の小さな少女。

水を買うための馬車を護衛する冒険者の一員としてウォルを訪れた私に向けて、宿泊の責任者と名乗ったその少女はキビキビと一礼した。

ウルスラ、おそらくは何度もこの地を訪れているはずの薄い紫色の髪の獣人ビースト、このパーティーの責任者の号令で、私を含む5人の任務は一旦終了となる。

本来であればこのまま部屋や浴場で体を休めながら夕食を待ち、明日になればまたウォリア高地を越える馬車に随伴することになるのだろう。

ウォルで出される食事はとにかく美味しいのだと、道中から騒いでいた他の冒険者や商人たちは、宿泊札しゅくはくふだを片手に指定された建物へと足を向ける。


「……あの、すみません」


それに1人従わず、私たちの後に到着したもう1組の商隊の方へ歩き出そうとしていたその少女へと、私は声をかけた。


「ハイ、何か?」


快活な笑みを向ける茶色の瞳に、悟られないように。

私は自分の顔の筋肉を必死で動かし、同じような笑みを捏造する。

さりげなく右手を腰に当て、その指先でベルトの下。

今日まで何百万回も振ってきたミスリルのナイフが納められた、銀色の鞘の位置を確かめた。


「あの……、領主のソーマ様にご挨拶は可能でしょうか?

冒険者の端くれとして、1度だけでいいのでお目にかかりたいんです」


「…………えーっと……」


「お願いします!」


そのまま深く頭を下げると、足先しか映らなくなったその少女が1歩後ずさる。

皮膚1枚を隔てて感じられる全身の熱さが頭と顔に集中する感覚を横目にしながら、私は頭を下げ続けた。


「……少々お待ち下さい」


数秒を置いて、少女の足が私の視界からなくなる。


姿勢を戻して深呼吸をする私の方へ、やがてその少女と長身の女が歩いてきた。


まるで病人のように白い肌と、闇のような色のまっすぐで長い髪。

肩や胸の上までを剥き出しにし、深いスリットまで入った黒いドレスに包まれたその体は細く、同性の私から見ても扇情的で美しく……でも、どこか品がある。

同色のショートブーツに包まれた足や、腰の前で緩く指を絡ませた、指抜きのロンググローブをはめた両腕。

その持ち主の顔は、艶やかな笑みを浮かべていた。


……娼婦、だろうか?


「ふふふ、お待たせいたしましたわー」


血のように赤い瞳が細まり、萎縮する私の前でその娼婦は、でもまるで帝室に上がる貴族のように優雅な礼をする。

美しく、うるわしく、あいらしく、なまめかしく。

様々な、しかしそのどれもが多くの人間に好意を抱かせるであろう印象を映し出すその笑顔は、どこか人間離れしていた。


「わたくし、このウォルの領主代行を務めております、ミレイユと申しますわー。

領主のソーマですが、ただいまはこの地におりません。

2ヶ月から3ヶ月は戻らない予定ですわー」


その瞳と同じ、やはり赤い唇が三日月となる。

でも、そこから流れ出した言葉は、私を落胆させるに十分なものだった。


だけど。


「何かご用件があったのでしたら、わたくしが代わりにお伺いいたしますわー。

よほど大きなことでない限りは旦那様……、失礼いたしました、領主のソーマから裁量を任されておりますので」


……旦那様。


その単語を聞いた瞬間に、私の感情は爆発した。

「ソーマがいない」という砂のような失望から、「ソーマを慕う人間が目の前にいる」というどす黒い歓喜に私の心は満たされる。

この女がどんな人間なのかなど、関係ない。


そうだ、思い知らせてやればいい。

私が大切な人を失った痛みを。


そして。

お前の大切な人を、失う痛みを!





腰を左に捻る。


同時に右手でナイフを鞘から引き抜く。


そのまま上体を伏せる。


左手を右手に添える。


左足を怪訝な顔のミレイユの前に1歩踏み出し。


右足で地面を蹴る。


心臓めがけて突き出すナイフ。


それを先頭に体ごとぶつかる。


重たい。


両手から伝わってくる感覚。

ここから。


少しでも傷を深くしようと、さらに腕に力を入れて刃を刺し込み。

内臓を傷つけるために、刃先が動くようにそのままひねり。

大量の出血を促すべく、ナイフを引き抜く。


魔力に恵まれなかった私にできたのは体を鍛えて、そして何度も練習することだけだった。

何十回、何百回、何千回、何万回……。

半年以上もかけて調べ、考え、鍛え、そして練習してきた動作。


オーリスの仇をとるための。

お父さんの思いを晴らすための。


ソーマを殺すための。

動き。


何百万回も繰り返したそのイメージ通り。


一瞬を置いて。


赤い血が流れ……、……出さない?


「!!!?」


全身に受ける衝撃と共に、私の手からはナイフがこぼれ落ちた。





「……!?」


そのまま地面に叩きつけられ、垂直に傾いた私の視界。

10メートルほど離れたところで私に掌をかざしていたのは、金髪に金色の瞳の少年だった。

その傍らに立つのは、やはり少年のような姿の透明な存在。

……水の、上位精霊。


全身が、痛い。

そして、呼吸が、で、き、ない。


冷たい自分の体と、周囲の地面を濡らす水と氷。

……多分、水属性高位魔導【氷流撃アイストリーム】。

おそらくは成人もしていないあの少年が私にぶつけたのはその数十トンに及ぶ氷水だったのだろうと、私は地面の上で咳込みながら悟った。


「ごふっっ!?」


筋肉が収縮したその私の胸を遠慮なく踏み付ける、小さな影。

顔を上へと向けると、波打った黒い髪と青い瞳の少女が、皮鎧の上に片足を置いたまま私を覗き込んでいた。


「ヤコ?」


「イエスマム、ルーイー!」


さらにその右肩から、ヤコと呼ばれた者が私を同じように覗き込む。

小さく、透明な少女……、いや、水の上位精霊。


「ヤコ、【氷竜尾ステイル】を」


「イエスマム!」


焦りでも動揺でもない、ただ深い怒り。

必要最低限の言葉と表情の変化しか発さないその少女の単語に反応して、背負われるようにその肩にしがみついていた少女が、おそらく肯定であるらしい返答をする。

水属性高位魔導【氷竜尾ステイル】。

その2人と私をとり囲むように出現した、5メートルに達する氷の鞭の片方は、ルーイーと呼ばれた危険な少女の右手の中に。


「動くと危ないですよ?」


「……」


もう片方の先端は、私の右目の3センチ上で白い鎌首をもたげたまま、停止していた。


その反対側、左側の頬に感じる、高熱。


「何なんですか、あなたは!?」


火属性高位魔導【爆剣プロード】を私に突き付けるのは、ミレイユを呼びに行ったあの茶髪の少女だ。


「タニヤ、それ熱い」


「黙ってて、ルーイー!」


徐々に白熱していくその刃を握ったまま、タニヤは唇を噛みしめていた。

その後ろから現れる、赤い瞳。


「タニヤちゃん、わたくしなら大丈夫ですわー。

わたくしが刺されたのはあなたのせいではありませんし、刺されたところでわたくしは……ふふふ、痛みすら感じません。

……それから、こういうときはまずは落ち着いて【花火弾フライアー】で緊急信号を出すのが、火属性魔導士であるあなたの役割ですからね?」


「……はい、……先生」


涙目になっているタニヤの頭を優しく撫でながら、ミレイユは笑顔のまま私を見下ろした。

その言葉通り、私がナイフで刺した胸からは赤い血ではなくて、白い灰のようなものがサラサラとこぼれている。

ミレイユが撃ち上げたのであろう、赤、赤、黄、赤、青、黄の6つの【花火弾フライアー】が空に踊る中。

暗くなっていく私の意識と共に、周囲の喧騒は徐々に遠くなっていった。

















「婚約者とお父様を殺された……復讐、ということですか」


「そうよ。

私だけでやったことでウルスラたちは関係ないから、早く放してあげて」


あの後ミレイユに引きずり起こされた私は、そのまま縛られることもなく客室の1つに放り込まれた。

刺された当人による、刺した本人への尋問に私が答え終わると、分厚い木製の扉がノックされる。

外に立っていたあの金髪の少年、サーヴェラとかいうらしいその子と二言三言の会話を交わした後、テーブルを挟んでミレイユはまた私の正面に腰かけた。


「……そのようですね。

ウルスラさん以下9名の軟禁は解除しましたので、ご心配には及びませんわー」


「そう……、だったらいいわ。

好きなように罰すればいい。

……『魔王領』らしい、やり方でね?」


「……ふふふ」


目の前の女は、魔人ダークスだ。

ろくに魔法が使えない私に、この女は殺せない。

ウルスラたちが無関係なことと、私がソーマに復讐しに来たことだけがきちんと伝われば、……もう、それでいい。


そう覚悟を決めた私に、ミレイユは小さな笑みを向けてきていた。


「旦那様に、あなたから復讐されるいわれはありません」


そして、そう言い放つ。


「……ふざけないで!!」


「ふふふ」


テーブルに両手を叩きつけて立ち上がった私に、しかしミレイユは正体がわからない笑みを向け続けている。

この顔は、何だろうか。


「ソーマなんて、ただの虐殺者じゃない!」


その顔を少しでも歪めてやりたくて、私はただ事実を叫んだ。

クロタンテでオーリスと3千人を、大荒野でお父さんと4万人を殺しておいて、この女は何の正義を語るのか!


「カーラ=サムスさん」


私の激発を受けてもミレイユは表情を崩さない。

でも、そこに宿る感情は少なくとも優しさではないようだった。


「あなたは罪、つまりは自陣片カード赤字レッドとなる罪がどのようなものか、ご存知ですか?」


眼前の魔人ダークスは私のそんな様子に一切反応を示さず、笑顔のまま淡々と言葉を紡ぎ続ける。

それは尋問の最初だけ赤い瞳で一瞥され、興味なさ気にテーブルの上に置かれた黒い金属板。

私の名前が白い文字で刻まれた、オリハルコン。

自陣片カードについての話だった。


「人殺しでしょう?

……ソーマと同じじゃない」


「いいえ」


急激に冷めていく感情の中で、私はそれでも精一杯の悪意を込めて返答した。

が、ミレイユはその全てをさらりと受け流し、何事もなかったかのように笑顔で話し続ける。

それはまるで、母親が聞き分けのない我が子を諭すような口調だった。


「もちろん赤字レッドとなる場合もありますが、全てではありません。

あなたの言うところの復讐や自衛、決闘における死、国家による死刑、為政者の決断に伴う犠牲……。

そして、戦争などはこれには当てはまりません」


その赤い唇から語られ始めたのは、ある意味ではこの世界における常識の話だ。


凶悪犯罪を繰り返せば、赤字レッドに堕ちる。

そうなれば魔物と同じ討伐対象となるし、人間社会の中では暮らせなくなる。

……ただし、その境界がどこなのかは人によって違う。

だから誠実に、善き人として生きられるように努力しなさい。


それこそ両親から口酸っぱく教えられ続けた世界の常識を、でも赤い瞳は部分的に否定する。

そこに映るのは曖昧な善悪論ではなく、ただ自身が知っている事実を確認しているだけの無機質な光だった。


「率で言えば、最も高いのは強姦、強盗、誘拐、そして放火です。

……盗賊が軒並み赤字レッドなのも、頷けるというものですわー」


「……」


立ち上がったまま、私は叫ぶことも喚くことも、どころか声を出す事もできなかった。


「次に高いのが、窃盗、詐欺、誹謗です」


それは。

笑顔のままでありながら、テーブルを挟んで私を見上げているミレイユの瞳に、何か……。

……そう、激しい。

怒りだとか悲しみだとかそういう単純ではない、おびただしい数の激しい感情が折り重なった赤い光が、宿り始めたからだ。


「そしてその次が、殺人、傷害、そして物品を破壊する損壊ですわー。

赤字レッドになる罪というのは、だいたいがこの10のどれかに大別されます。

正確にはあと1つあるのですが……、……まぁ、いずれにせよあなたには関係ありませんわー」


「……!」


そしてそれは、最後の一言と共に急激に霧散した。

真っ赤に燃える炭をじりじりと近づけられているような気分だった私は、肺を満たす冷たい空気と共に、自分がいつの間にか、無意識に息を止めていたことを知る。

氷のように冷たい汗に濡れた体をイスの上に落とすと、自分の五体がまだ無事であることをようやく自覚できた。


……間違いない。

私は今の一瞬、何かとても恐ろしいものに触れかけたのだ。


「あなたもご存じかとは思いますが、自陣片カード白字ホワイト赤字レッドかと、各国で定められた法律は必ずしも合致しません。

まぁ、各国の法律自体にバラつきがありますから、当然と言えば当然なのですが。

したがって、厳密には赤字レッドと犯罪者、正確には法律違反者は一致しません。

法律を犯したけれども白字ホワイト、というのはざらにあるケースですわー」


一方で、そんな私の慄然とした表情を眺めながらもミレイユの講釈は、やはり笑顔のまま続いていた。


「ですが、法律を犯していない赤字レッドというのはまずいませんわー。

それも赤字レッドの場合は、先に挙げたような凶悪犯罪を複数回繰り返している人間がほとんどです。

だからこそ赤字レッドは討伐の対象となり、例外なく即刻死刑に処されるのです」


法と自陣片カードのズレ。

酒場の酔客がたまに議論のネタとしていた条件にも触れ、オリハルコンのそれとは違う種類の黒、その闇色のような長い髪がさらりと揺れる。


「つまり自陣片カード赤字レッドだということは、この世界に害悪だと見做みなされたあかしでもあるのですわー」


話を結び、姿勢を正したミレイユは、笑みの含まれていない赤い瞳を私に向けてきていた。


「それを踏まえて、カーラさん」


「……何よ?」


カラカラになった喉で、私はその視線を受け止める。

だから、何なのか。


「あなたが仇だと憎まれている旦那様、『魔王』のソーマ様ですが……、自陣片カード白字ホワイトです。

あれは戦時中における、正当な戦闘行為の結果でしかないからですわー。

ですから、あなたが旦那様を殺す事に正当性はありません」


「ふざけないで!

4万人も殺しておいて、それが善行だったって言うの?」


死の予感、いや実感に冷え切っていた私の頭は、その一言でまた沸騰した。

噛みつかんばかりにミレイユに吼えると、その赤い唇は小さな溜息をつく。

そして。


「では逆にお聞きしますが、仮に先の戦争でチョーカ帝国側が勝利し、あなたの婚約者とお父様が無事だったとして……。

その2人が戦場で殺したアーネル兵の遺族からの復讐を、あなたは甘んじて受けるのですか?」


「……っ!?」


あっさりと、私の怒りを打ち砕いた。

そんな私の瞳を見て、明らかに赤い瞳の温度が下がる。


「そもそも戦争に正しいも間違っているも、善も悪もありませんわー。

何が正しいかなんて多数決と勝敗だけで決まるのですから、200年前のアーネルとチョーカのどちらが正しかったのかも、今更論ずる意味はありません。

……ですが。

それに参加するということは、それに合意し肯定したのと同じことです。

旦那様を虐殺者として罵ることをあえて止めはしませんが、戦場に立った以上はあなたの婚約者とお父様もその同類でしかありません。

ただ旦那様が強く、あなたの婚約者とお父様が弱かったというだけの話で、何の非もないと思っているのでしたらそれは大きな勘違いですわー」


体をく炎の色から。


「戦場に向かう婚約者とお父様を、あなたは止めましたか?

戦争を推し進めるチョーカの方針に、疑問を感じましたか?

乏しい国力を子供たちの犠牲で乗り切ろうとする国家の現状を、知ろうとなさいましたか?

そして……、それを変えようとなさいましたか?」


冷え切ったむくろから流れる、冷たい血の色に。


「復讐というのは、何の非もない人間を害されたときにしか成立しません。

あなたがやろうとしたことは、ただの逆恨みか八つ当たりです。

旦那様に復讐されるいわれはない、とわたくしが言ったのはそういう意味ですわー」


でも。

そこに宿る感情を、私はやはり理解できなかった。


「あなたが刃を向けるべきは、旦那様にでもわたくしにでもありません。

わたくしの言葉1つで揺らぐような覚悟しか持てなかった、あなた自身の浅はかさです」


ただ、私自身からあらゆる熱が奪われたのだということだけを、ミレイユの笑顔と共に私は理解していた。


「本来であればあなたは斬首に処するべきなのですが、生憎とわたくしも含めて旦那様以外の住民はそれを禁じられております。

ですので、旦那様から領主代行を預かる身として、あなたにはウォルからの速やかな退去と、今後永久の入領禁止を言い渡しますわー。

商隊の派遣元であるビスタと冒険者ギルドにも抗議をいたしますから、どうぞそのおつもりで。

……そうですね。

あなたを連れてきたウルスラさんたちに、あなたの護送をお願いしてきますわー」


立ち上がって扉に向かうミレイユは、おそらく笑顔なのだろう。

でも、あれは笑顔に見えるだけの、別の何かだ。


「ああ、それから付け加えておきますが……。

あなたの自陣片カード赤字レッドにならなかったのは、あなたが正しいからではありません」


「……」


その笑顔が振り返り、さらに歪む。


「刺した相手が、わたくしだったからですわー」


扉を開け、夕日の赤い光の中に消えながら。

赤い瞳は、ふふふ、とわらった。

















「……そうか」


「はい、全てわたくしの一存にて処断いたしましたわー。

ですので、この件でご処罰があれば、全てわたくしが」


俺がカーラ=サムスの件をミレイユから聞いたのは、ネクタからウォルに帰ってすぐ。

花嫁修業のためにカンナルコ家に軟禁されたアリスと別れてから海を渡り、4日後のことだった。


先のカイラン南北戦争における、戦争遺族による襲撃。

直接の被害こそ出なかったからいいものの、アリスとの結婚で若干浮かれていた俺の頭を凍てつかせるには、それは充分な出来事だった。


「……」


カーラ=サムスは、その身分を犯罪奴隷に落とされた後、自殺した。

ウルスラをはじめとする同行した冒険者たちや商人たちも本当に無関係だったし、もちろんビスタとしてもチョーカとしても関知していない。

今後は二度とこういうことが起きないように、派遣する商隊の人選は厳しく行う。

本当に申し訳なかった。


ミレイユの言葉と共に渡され、俺が無言で中身を確認した封書はビスタ町長のナハ、そして帝国摂政のワイトからのものだ。

ほぼ恐慌状態になっている前者、ただただ困惑しきっている後者の黒い文字列を眺めた後、俺は深く溜息をついた。


おそらくだがカーラは自殺ではなく、どこかの段階で殺されたのだろう。

ウォルからの報復を恐れ、かつ帝国民からの反感を封じるために「自殺」としたに違いない。


「いや、お前に領主代行を命じたのは俺だ。

任せた以上は、お前の決断を尊重する。

無論、処罰する理由もない。

……よく、皆を守ってくれた」


「……ありがとうございます」


そして。

おそらくミレイユも、カーラの辿る運命を正確に予想できていたはずだ。

その上で、ミレイユはカーラを送り返したのだろう。


が、俺はそのこと自体を責めるつもりはない。

そもそも俺がその場にいたならば、ビスタへの送還をすることなく俺がカーラの首をはねていたからだ。

公平と遵法。

未遂だろうが、相手が無傷だろうが、……殺人犯に生ぬるい対応をとれば、今後のウォルの信頼に関わる。


……問題があったとすれば。


「すまなかったな、ミレイユ」


封書を傍らに置いた俺は、ミレイユに頭を下げた。


「……は?」


クロタンテで、カイラン大荒野で、俺が4万人もの兵を殲滅したのは事実だ。

その中にカーラの婚約者も父親もいたのだろうし、その2人は確かに俺が殺したのだろう。


だがあの決断が間違っていたとは、俺はいまだに思っていない。

今後、思うこともない。

ミレイユの言う通り、戦場に立った以上は勝者も敗者もその覚悟がなければならないと思っているからだ。


その点でカーラの婚約者や父親と、朱美は違う。

あの村長たちがどれだけのものを失ってきたのかは知らないが、朱美には一切の非がない。

俺がエルベーナでの出来事を後悔していないのも、それが理由だった。


だから、カーラのような人間が今後現れるとしても、俺はその人間を躊躇わずに排除するだろう。

……が。


「その刃は、俺が受けるべきものだった」


同時に、4万人を殺した者としてその憎悪を受け止める覚悟も、俺はできていた。

家族を殺された怒りを、悲しみを、憎しみを、俺はきちんと受け止め、背負うつもりだった。


憎まれ、そしられ、刺されるのは。

それを嘲笑し、論破し、返り討ちにするのは。


その手を、赤い血でけがすのは。


ミレイユでも、ましてやアリスやウォルの住民でもなく。

俺でなければならなかった。


それが強い力を行使した者が抱えるべき、覚悟だろう。


「……いえ」


それをできなかったことに対する俺の謝罪に、ミレイユもまた深く頭を下げる。

顔を上げて苦いものを交換し合った俺とミレイユの、黒と赤の視線が交錯した。





「……それはそうと旦那様、アリスさんとのご結婚、誠におめでとうございます。

ふふふ、港の準備や式の準備、また忙しくなりますわー」


「……ああ」


やや強引な話題の転換ではあるが、ミレイユの笑顔がこの件の終了を暗に告げていた。

ミレイユにも、ミレイユなりの考えと矜持があったのだろう。

その笑顔に感謝しつつ、アリスとの結婚を決意したからこそ、俺はふと気になっていた。


この、謎多き魔人ダークス


ミレイユの夢は、何なのだろうか?

ミレイユにとっての幸せとは、何なのだろうか?


「なぁ……」


そのまま、俺が退室しようとするミレイユの後ろ姿に声をかけようとしたときだった。


「せんせー、ソーマさまとのおはなしながい!」


「きのうのごほんのつづき、はやくよんでー!」


「きょうのおやつ、あのおいもとあみしあのあまいのがいい!」


「せんせー、さっきロザリアおねえちゃんが、さがしてたよ?」


「……ふふふ、それは大変ですわー」


どうやらずっと部屋の外で待っていたらしい、15人以上の子供たちがミレイユを取り囲む。

まだ基礎的な学習も済んでおらず、各班に配属しての本格的な労働にも参加させていない幼い子どもたち。

その子らに口々に話しかけられながら、小さな手で両手やドレスの裾を引っ張られながら、ミレイユは満面の笑みを浮かべていた。


その赤い瞳に宿るのは、慈愛だろうか。

その赤い唇が描くのは、幸福だろうか。


魔人ダークス

この世界の歴史においては、血の色の恐怖にまみれているはずのその「先生」は。

しかし、周りの子供たちと同じように楽しそうに。


そして、幸せそうに笑っていた。


「……失礼いたしました、旦那様、何か?」


その子たちをなだめ、落ち着かせながら、笑顔のミレイユは振り返る。


……まぁ、いいか。

またその内に、ミレイユと話をしよう。


ミレイユの覚悟を。

ミレイユの守りたいものを。

ミレイユの夢を。

ミレイユの幸せを。


少しずつ、教えてもらおう。


「……いや、何でもない、……早く行ってやれ」


「ふふふ、それでは失礼いたしますわー」


小さな家族たちに両手を引っ張られながら、やはり笑顔で去っていくミレイユの後ろ姿に。

俺は、小さな笑みを送った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ