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クール・エール  作者: 砂押 司
第3部 アリスの家族

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グロー・アップ 前編

「つまり要約すると、冒険者になるのを認めてもらえなかったから家出した、と?」


「……そう」


「別に、家庭が崩壊していたり虐待されていたわけでは、ない?」


「そんなことはない。

お父さんのこともお母さんのこともお姉ちゃんのことも大好きだし、尊敬している。

3人も、私のことは大切にしてくれていた。

……最後は大喧嘩になったけど」


黄色い大地を2頭の馬の蹄が踏みしめるカポカポという音と小エルベ川のせせらぎをBGMに、俺は小さく溜息をついていた。

所々口ごもりながらだったアリスからの話を総合すると、つまりはそういうことになる。

その言葉に嘘がなさそうなことに安堵しつつも、ミドリに揺られてウォルに戻る俺は無表情のままだった。


家出をしてきた。


アリスと出会ってからかれこれ8ヶ月以上たっているが、そんな話は初めて聞かされたはずだ。

……まぁ、俺も召喚されたことを話していないのだからこの点はどっこいどっこいだし、別に俺がそれを責める筋合いはないのだが。

第一、家庭から逃げるための家出でなかったのならばそれは家族の問題の範疇、一方的に俺が口を挟む場面ではないだろう。


「……わかった、それならいい」


「……うん」


そう感情を整理し、無言で前を向いている俺の横顔をうかがいつつカシロの背でうなだれていた家出娘に言葉を返すと、アリスはほっとしたような表情になった。

ただ、それはこの件に関してアリスの行動を肯定するものでは、決してない。

むしろ俺としてはアリスの家族が……、自身の娘、あるいは妹が冒険者になることに反対したのも、当然のことだと思っていた。


そもそもこの世界における冒険者という職業に対するイメージは「ハイリスク、ハイリターン」という言葉に集約される。

騎士隊が厳しくも安定した会社員だとしたら、冒険者は己の才覚だけを頼りにして一獲千金を狙う個人事業主だろうか。

冒険者のアウトローな側面も考えれば、あるいはギャンブラーと言い換えてもいい。

いずれにせよ魔力の資質と才能があれば、なるほどこの世界で自由気ままに生きていくのは決して難しくはないだろう。


組織に属さず、誰からも命令されず、欲望のままに自分の腕前だけで生きる。

高級な装備に身を包み、高位魔導を使いこなし、魔物や盗賊を相手に命のやり取りをする。

市民からの尊敬と憧れを集め、贅沢な食事と酒、そして色に溺れる。

多少は運も絡んでくるが、一般市民には手が出せないような高価な品物も、それこそ奴隷でさえも簡単に買えるようになるはずだ。


高い魔力に恵まれ、縁あって上位精霊と契約できればそれこそ王族並みの暮らしをすることも夢ではない。

都市や軍と渡り合える決戦級ともなれば国賓級の待遇で迎えられるし、ほとんどのわがままを通すことができる。

……まぁ、さすがに決戦級は例外としても、Bクラス以上なら充分に成功者と呼ばれる生活ができるだろう。

子供たちが、若者が憧れる冒険者とはそういう存在だ。


が、リターンにはリスクがつきものだ。

そのいい例が、俺がラルクスで出会った冒険者たちだろう。

かたやガブラに腕を食いちぎられ、かたや30人を超える盗賊に輪姦された後、殺されそうになっていた。

俺がクロタンテや大荒野で虐殺したチョーカ兵以外の傭兵にも、同じことが言える。


要するに、失敗すれば終わりなのだ。

そしてその終わりとは、文字通り物理的な「人生の終わり」である。


また、冒険者の行動は全てが自己責任である以上、もし死んでしまっても何の補償もされない。

魔物や盗賊に殺されたとしても、ギルドは一定期間を待って任務失敗として処理するだけだ。

安否確認どころか死体を捜しに来ることすら、この世界ではやってもらえない。

ラルクスで助けた女冒険者にしても、アリスが見捨てていれば殺されていただろう。


だからこそ、冒険者ギルドは魔力と実力に応じて厳正なクラス分けを行う。

そして、オーバースペックな任務は絶対に受けさせない。

ギルドで設定されているガブラやロッキーのようなCクラス以下の魔物を倒した報酬が金貨1枚、1万円程度しかないのもこのためだ。

つまりは、素人や低級の冒険者が一獲千金を狙おうとする意思を少しでも抑えるための予防措置として、あえて低く設定されているのである。


このことからもわかる通り、冒険者は「無事でいられないこともある」のが前提の職業なのだ。

特にアリスのように美しい女性ともなれば、場合によっては死ぬ以上に悲惨な結末すらあり得る。


そんな職業に娘が就きたいと言えば、普通の親ならそれを止めるだろう。


それは、俺でも同じだ。

仮に朱美が生きていて、この世界で冒険者になりたい、と言ったら俺はどんな手段を使ってでもそれを止める。


逆に考えれば、アリスが家出をするに至ったのは、その両親と姉がきちんと娘、そして妹を愛していたから、とも言えた。


……だから。


「手紙とかで連絡は?」


「……してない」


「……1回も?」


「……1回も」


「2年間?」


「……2年間」


「……お前なあ!」


「!!」


この点には、本気で怒ってしまった。

思わず声を荒らげてしまった俺に、アリスは馬上で首をすくめる。

その緑色の瞳には怒鳴られた驚きと怯え、そして一方的な怒りに対する不満が浮かんでいるが、これについては俺も譲れない。


「……戻ったらすぐに手紙を書いて、ギルドから送れ」


「でも、高……」


「高いとか安いとか、どうせ着くのが遅いとかそういう問題じゃない!」


「……」


確かに、この世界の紙は高い。

海を跨ぐ貿易と変わらない手段の、この世界の郵便料金も高い。

しかも、着くのは遅い。

はっきり言って、手で持っていくのと変わらない。


が、これはそういう問題ではない。

自陣片カードがある以上、アリスが生存していることは家族も知っているはずだが、それも関係ない。


愛する人が行方不明になったときにどれほどその家族が心配するかは、誰より、俺自身がよく知っている。


「……ちゃんと自分の言葉で、元気なことを伝えてやれ。

それから来月か再来月には、ネクタに行くことも。

1人で会いづらいなら、俺も一緒に謝ってやる。

せっかくの機会なんだし、……家族なんだろ?

いつまでも、そんなままにしておくな」


「……う、うん」


「絶対だからな?」


「わかった……」


いつまでも、そんなままにしておくな。

もしも、そのまま会えなくなったら。

それは生きるのをやめたくなるほど、悲しいんだから。


そんな言葉を飲み込んで、俺は口を閉じた。

いつぞや以来の俺の真剣な叱責に、アリスは隣で落ち込んでしまっている。


村に着いて俺にカシロを預け、俺たちの部屋に帰っていく間もアリスは肩を落としたままだった。


……でも、アリス。


自分を愛してくれる家族が生きている、というのはそれだけで。

本当に、幸せなことなんだからな?

















「ようこそ、ウォルへお越しくださいました。

皆様ご宿泊ということでよろしいでしょうか?

……ありがとうございます。

では、こちらに代表者様のサインをお願いいたします。

料金は3食付きでお1人様銀貨2枚、11名様で銀貨22枚となりますので……はい、確かに22枚いただきました。

それでは、これからこちらにご宿泊いただくにあたってのご説明をさせていただきます。

まずはお泊まりいただくお部屋ですが、こちらの看板、村内そんない地図ちずをご覧ください。

皆様のお部屋はこちら、15号室から20号室の6室となります。

タオルや寝間着、お水に歯磨き用のマイツ草、お布団と毛布などは既にご用意しておりますが、何か足りないものがございましたらお近くの係員、私と同じこの青色の腕章を付けた人間にお問い合わせください。

ただ、お食事以外の食べ物については基本的に有料となりますので、予めご承知をお願いいたします。

トイレはこの位置で、浴場はこの位置……あの湯気の立っている建物です。

浴場はいつでも、何度でもご利用いただけますので、ご自由にどうぞ。

それから、中に上位精霊様がいらっしゃることがありますが、驚かないでくださいね。

……いえ、本当にいらっしゃいますので。

あとお食事ですが、昼食はもうすぐです。

こちらの宿泊札しゅくはくふだを集会所、あちらの大きな屋根のところにいる係員にお見せください。

お食事はそのままあちらで食べていただいても、お部屋で食べていただいても構いませんが、食器はまた集会所の係員までお返しください。

夕食は、夕方に半鐘が3回鳴りましたら集会所までお越しください。

明日の朝の朝食も同様です。

この際も宿泊札が必要ですので、お忘れにならないでくださいね。

また、延泊される場合は朝食後すぐに係員までご連絡ください。

それから、皆様の馬車はこちら、馬はこちらでお預かりしております。

お水はこちらで準備しておきますが、出発に際して他に必要な物資がございましたら、本日の夕食までに係員までお知らせ願います。

ご購入されることの多いものにつきましては、こちらに料金一覧がございますのでご参照ください。

そちらのお支払いは、お水の分も合わせてご出発のときにお願いたします。

最後に禁止事項ですが、村の中は自由に歩いていただいて構いませんが、皆様のお部屋と集会所、トイレと浴場以外の建物へはお入りにならないでください。

また、住民と他のお客様への攻撃行動、その他アーネル国内法で禁止されている行為につきましても、同じく村内では禁止しております。

こちらに違反した場合、内容によっては即刻斬首刑となりますのでくれぐれもご注意ください。

……いえ、これも本当です。

このウォルは水の大精霊様の自治領ですので、アーネルの刑法は適用されませんから。

……よろしいでしょうか?

それでは皆様、大変お手数をおかけいたしました。

ウォルへ、ようこそ」


「ああ、ゆっくりしていってくれ」


「「……は、はいっ」」


俺がミドリとカシロを畜舎に返して戻ってくると、ちょうど宿泊班班長のタニヤの説明、流れるようなそれと腰から曲げる美しい一礼が終わったところだった。

ショートカットの茶髪に茶色の瞳を持つボーイッシュな12歳の少女の口上は、ほぼ毎日繰り返されていることから既に名人芸の域に達しつつある。

たまたま通りがかった俺も挨拶をするとその宿泊客、6名の商人と5名の護衛の冒険者からなる商隊も、慌てて頭を下げてきた。


……護衛は人間の男が2名と女が1名、獣人ビーストの女が2名、か。

珍しい組み合わせだな。





逆死波サカシナミ】によるチョーカ北部の壊滅から、およそ2ヶ月。


ウォルに水を買いに来るチョーカからの商隊の来訪は、もはや村の日常風景と化していた。

明日になればウォリア高地、かつては要塞クロタンテがあったその国境を越えて、馬車1台あたり水だけで20樽、土属性魔導【減重ディライ】で軽減されるとはいえ5トン以上の質量を積んで山を越えるため、それらの馬車は非常に堅牢な造りだ。

鉄の木ほどではないにしろ頑強な木材で仕立てられた車体の補強にはミスリルが使用され、その車輪にもこの超金属は使われていた。


視線を先へずらせば、それを引くための巨大な馬が計28頭、今は来客用の放牧場でガツガツと牧草を貪っている。

チョーカ帝国南部の土地ならいざ知らず、北部はいまだ泥の海だ。

何度もビスタとウォルを往復させられているこの馬たちも心得たもので、食い溜めと言わんばかりに萌黄色の大地に口を付けていた。

1年を通して温暖なカイラン大陸で飼葉を用意する必要はあまりないはずなのだが、これなら正式な商品の候補として検討してもいいかもしれないな。


が、今の本命は水だ。


専用樽……金貨3枚、これ以外の容器での販売はしない

水1樽……銀貨2枚、専用樽のメンテナンス及び積み込み作業付き


これがサーヴェラの提案を受け、俺が決裁したウォルの水の販売価格だ。

水の値段が1樽あたり銀貨2枚、1トンあたり約8千円というのは、現世の水道代から考えればはっきり言って法外なのだが、現世の感覚などこの場合は邪魔なだけである。

そもそも水に困らない「満たされし国」であるアーネルでは、水を売買するという発想自体がなかった。

一方で、暴騰し続けているチョーカ国内の水の相場は異常値すぎて何の参考にもならない。

それに今後のチョーカに対する戦略も考えれば、ここで暴利をしかけて帝国民の恨みを買うようなことになっても困る。


そこで、樽の清掃とメンテナンス、そして重労働である積み込み作業を新しく創設した販水はんすい班が請け負う費用として、銀貨2枚を要求することにした。

つまりは、最初に専用樽を買えば以後は水の交換代だけがかかる、持ち込みのウォーターサーバー方式による販売である。


ほぼ毎日のように100~200樽が回転していることを考えれば、これはかなり安定した収入源となっていた。

水代だけで、月平均で銀貨4500枚、金貨換算で450枚。

これは、Cクラスの魔物であるガブラを150頭討伐して得られる報酬と素材の売却益に等しい。

宿泊代金や他の物資の販売益も考えれば、充分な利益が出ていると言えるだろう。


ちなみに専用樽の代金は、イラ商会を通して購入した金額そのままだ。

表面に「ウォル」の文字と「手に花を持った少女型の水の上位精霊」の意匠が刻印された専用樽には、帝国民向けのウォルの広告の意味合いも含ませている。

商隊の人間の話を聞くと、汚染されていないウォルの水はビスタに持ち込んだ瞬間に売り切れる人気商品で、当然この樽の刻印が目印になっているらしい。

先代の大精霊であるアイザンの姿をイメージしたこのデザインは、元々高いセリアースたち上位精霊の忠誠心をさらに押し上げる役目も担っていた。


防犯面についても、問題はない。

偽造された専用樽や村の外にある水源から勝手に水を汲んでいるのを発見した場合には実行犯を即刻斬首する、とチョーカ側に通知してあるからだ。

タニヤが言った通りウォルは俺の自治領なので、この法は脅しでも冗談でもなく正式に設定されたものである。

実際に執行したとしても、何の国際問題にもならない。

……まぁ、霊竜の監視をかいくぐって『魔王』の領地から盗みを試みる馬鹿は、さすがにいないだろうとも思っているが。


ただ、水の販売が順調なことと、チョーカからの商隊以外の通常の宿泊客も増えたことで、そろそろウォルの人員能力は限界に達しようともしていた。

宿泊客への応対や水の販売作業の他にも、食事の用意やその材料である野菜と家畜の世話。

アンゼリカやサーヴェラたちは充分よくやってくれているが、住民の大半が魔法を使えない子供である以上その作業能力は決して高くはない。

さらに。


「じゃあ、確かにお渡ししましたので」


「……ああ」


その商隊の護衛隊長である、ウルスラという女魔導士。

スミレ色の髪から白い毛に覆われたイヌ耳を垂らした獣人ビーストから渡された手紙を読んで、俺は小さくため息をついていた。

時候の挨拶やウォルとその長である俺を持ち上げるしつこいまでの美辞麗句の数々で始まっているそれは、チョーカ帝国港湾都市ビスタの町長であるナハから俺宛への非公式な親書だ。


その最後から3行目にはようやく本題が、早急にウォルの東岸に港を建設することを検討してほしい旨が記載されていた。


書くときに手が震えたのか、前半は滑らかだった文字がその部分だけ大きく揺れている。

とりあえず、明日の商隊の出発までに返事を書く旨をウルスラに伝え、俺はその場を後にした。


港の建設。

すなわち、船による水の大量輸送の要望。


……まぁ、当然のものだろう。

ウォリア高地さえ越えれば帝国内の各都市への【時空間転移テレポート】は可能とはいえ、やはり今の運搬方法は効率が悪すぎる。

土砂災害から最も近いゆえにその影響も大きく、かつチョーカ北部で最も人口の多い都市。

さらに、領土の東岸に面し貿易拠点となる港を既に持っているビスタの町長なら、当然その発想に行き着くはずだ。


それに俺にとっても、港を造ること自体はそれほど難しいことではない。

造成だけなら数日で終わる作業だし、臨時の建物や設備を用意するとしても2週間あればお釣りがくるだろう。


ただ、だからといってすぐに造るわけにもいかない。

ウォルから河口までは10キロ以上離れており、先を見据えるならある程度の人数を常駐させておく必要がある。

が、その余力が今のウォルにはない。

仮に当面は無人港にするとしても、おそらく水の販売数量が現状の3倍になった時点でウォル本体の運営に支障が出るだろう。

また、帝室への不満を高めるためにもチョーカの水不足はもう少し続いてもらわなければならない、という戦略上の理由もある。





奴隷の購入による住民の増員。

それに伴う班組織の改良と、班長の権限の増強。

土属性魔導が使える魔導士の募集や、各種職人の誘致。

ネクタとの交易をにらんだ港の整備。

チョーカ帝国への応対と、工作。


いずれにせよウォルも俺たちも、そろそろ次の段階に進むべき……だな。

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