アナザー・エール 守りたかったもの 後編
本話をもって、2部は終了となります。
翌朝起きると、ニーナがいなかった。
水でもくみにいったのかとベッドから起き上がった私は、すぐに隠し戸の前、立体陣形晶のもとへと向かう。
これから自分がしようとしていることの意味と、そして重みを再度考え……。
私は、戸を開けた。
しかし、その中には紫の結晶はなく。
昨日にはなかった、ニーナからの手紙が入っていた。
『愛するバランへ
あなたに何も言わずにこうしてしまうことを、どうか許して下さい。
水の大精霊様へは、やっぱり私が身を捧げます。
あなたが、私とクロッカスを守ろうとしてくれたように。
私が守りたいものは、あなたとクロッカスです。
その魔法は、あなた自身とクロッカスを救うために使ってください。
あなたと一緒に生きられて。
クロッカスを産むことができて、私は幸せでした。
そんな村のために。
そんなあなたとクロッカスのために。
この身を捧げられるなら、私に悔いはありません。
……でも、お願い。
クロッカスには、未来を見せてあげてください。
バリオスが、お義父様が、私が身を捧げたことが無意味だとは思わないけれど。
でもクロッカスには、こんな思いはさせたくないの。
だからお願い、バラン。
クロッカスを守ってあげて。
最後にあなたと言葉を交わせなかったのが残念ですが、でも私はあなたと結婚したことを後悔はしていません。
……本当よ?
ありがとう、バラン。
私は、幸せだったわ!
愛を込めて、ニーナ』
家を飛び出し、必死で櫓を漕いだ私が、エルベ湖の中央で無人の舟とその中に置かれていた2つの立体陣形晶を見つけたのは。
その日の正午のことだった。
10日が空けてすぐに、私はヨランダという19歳の娘と再婚した。
村人の中には隠れて白い目を向ける者もいたようだが、私は一切気にしなかった。
クロッカスには母親が必要であり。
何よりクロッカスを守るためには、新しいモルシュ家の人間が必要だったからだ。
ヨランダには申し訳なかったが、私にとって大切なのはクロッカスであり。
クロッカスを守るためにその身を捧げた、ニーナの願いだった。
ヨランダは良き妻、賢き母であろうと努力してくれ、ニーナの顔を覚えていないクロッカスは実母と慕ってすくすくと育っていった。
ニーナを失った悲しみを必死で隠しながら、私も良き夫、強き父であろうと努め、またエルベーナの長、モルシュ家の当主でもあり続けた。
ニーナの願いを叶え、そしてその愛に報いるために、私はエルベーナを良い村にするべく仕事に打ち込んだ。
一方で、2年たっても3年たっても私とヨランダとの間に子供ができることはなかった。
おそらくは、私の体に問題があったのだろう。
ラルクスや王都、果てはサリガシアやネクタで作られた高価な薬を試してみたり、高位の魔導士に頼んで回復霊術を使ってもらったりもしたが、その全てが無駄に終わった。
成長するクロッカスを嬉しく思う反面、私の心には焦りだけが積み重なっていった。
そのまま年月だけが過ぎ、クロッカスが10歳を迎え。
次の生贄を捧げる日が、また近付いていた。
ヨランダが姿を消したのは、その日が20日後まで迫った日の朝だ。
ただ一言「ごめんなさい」とだけ書かれた書置きをテーブルの上に残し、彼女は村から逃げ出してしまった。
おそらくは、村から出るように勧告をはじめていた旅人の誰かと一緒に、他の町へ行ってしまったのだろう。
母を失ったクロッカスはショックを受け、話を聞いた村人たちは激怒していたが、しかし私には彼女を責めることができなかった。
ヨランダのこれまでの10年間を想い、私は溜息をつく。
急に15歳も上の男のもとに嫁がされ、自分が産んだわけではない娘の母親にさせられ。
不甲斐ない私を妻として必死に支え続け。
そしてやがては、生贄にされるという恐怖に耐える。
何より、私の心の大部分を占めているのはクロッカスのことであり。
今は亡き、ニーナのことだったのもまた事実だ。
それに気付かないように、考えないようにしてくれていたヨランダを。
妻として、クロッカスの母として。
私は感謝はしても、愛せてはいなかった。
そんな私がヨランダにできることは謝罪だけであり、彼女のこれからの幸を祈ることだけだ。
泣いて落ち込むクロッカスの背を撫でながら、私は自分が犯した罪の重さを。
そして、これから犯す罪の重さを。
ただ、噛みしめていた。
「これよりモルシュに伝わる秘術を用いて、召喚の儀を執り行う。
これから呼び出す者は、モルシュ家の人間である。
そして、大精霊様への供物としてその身を捧げる彼の者の思いは、全てこのバラン=モルシュ=エルベーナが負うものである」
生贄を捧げる当日、桟橋の近くの納屋に集められた10人の男たちに、私は精一杯の威厳を込めて声を投げかけた。
魔法には詳しくない者ばかりを選んだため、これから私がすることを理解できる者はいない。
生贄として呼んだ者を、モルシュ家の人間として扱うこと。
その人間が抱く全ての感情を、村長の私が受け止めること。
その点を強調しながら、私は男たちを見回した。
剣や鋤を持たされた10人の視線には戸惑いがあるが、私に意見したり反抗の言葉を述べる者はいない。
モルシュ家の人間が、私と10歳のクロッカスしかいない。
この方法をとらなければ生贄の儀が途絶えてしまうことを、全員がわかっているからだ。
そして、もう1つ。
私がまた妻をとると言いだすことが、怖かったからだろう。
自分の娘が、姉妹が、親族が、あるいは母や妻が。
大切な家族が村のために捧げられるということが、私の言葉次第では自分の身にもあり得るかもしれないという恐怖を。
何より、これまでその務めを負ってきたモルシュ家の業の深さを目の前にして、私のしようとしていることに反対できる者など、いるはずもなかった。
そう、この苦悩は私だけが背負うべきものだ。
私の罪で、この村を。
そしてニーナが守ったクロッカスを、守ることができるのならば。
魔力を注ぎ込まれた立体陣形晶は砕け、そこから光があふれだす。
室内いっぱいに広がった黒い魔方陣は、まるで牢獄の壁にかかる冷たい鎖のようだった。
「……」
「……」
「「……」」
光が収まった後に現れたのは座り込んだ姿勢の、……幼い少女だ。
黒い髪に黒い瞳。
ポカンと私を見上げてくる表情は、クロッカスよりもはるかに年下だろう。
鮮やかな黄色の帽子、精密な花の模様が描かれたドレスのような服、革と金属で作られた巨大な赤い背嚢……。
「……だれ?」
戸惑いに満ちた可憐な声を聞いて、私は自分が犯した罪の重さで嘔吐しそうになっていた。
凍りついたように動かない10人の男たちの中心で、少女はクルクルともの珍しそうに納屋の中を見回している。
鞘から抜かれたままの剣を見ても、その表情は変わらない。
自分の置かれた状況がわかっていないことに、さらなる罪悪感が重なる。
だが、もう全てが遅い。
私は全身全霊の気力を振り絞って、心を凍てつかせる。
私は悪だ。
私は外道だ。
守りたい者のためなら、私は何だってやる。
「おじさん、あたし帰りたい……」
「縄を打て」
「「……」」
泣きそうになりはじめた少女の声を無視して、私は男たちに命じた。
全員が、少女を無表情で眺める私を、信じられないものを見る目つきで見つめてくるが。
「この少女が……贄だ。
早く、縄を打て」
私の声を聞き、瞳を見た瞬間に、その体を動かし始めた。
「え……!?え!?やだ!やめて!!やめてよ!いやっっっっ!!いやだ!たすけて!!たすけて!いたい!!いや……、いやーーーー!!やだよ!やめて!!やめてよ!いや!!いや!……たすけて!!おかあさん!おにいちゃん!!たすけて!!!」
当然のごとく泣きわめきだした少女を、男たちが憑かれたように床に押さえつけ、縄で縛る。
罪の意識をかき回す声で叫び続ける少女を黙らせようと、轡を噛ませようとした1人の指に。
少女が噛みついた。
「痛ぇっ!……くそぉっっ!!」
それが、きっかけだった。
泣き叫び続ける少女を黙らせようと、1人が少女を殴る。
異常な状況の中、何かが伝染するように男たちは、目の前の罪の形を否定するように少女を叩き伏せていた。
「……馬鹿者、やめよ!!!!」
突然はじまった暴力を数秒思考が停止した後に慌ててやめさせたが、少女の顔は真っ赤にはれあがり口からは血をこぼしている。
「……おにい……ちゃん、……たすけて……」
その言葉を最後に、少女は動かなくなった。
「お前たちに、……罪はない。
全ての罪は、私が負う……。
今日のことは、他の者には決して口外するな。
そしてもう、……忘れろ」
少女を湖に沈めた後、血のついた儀式装束のままで私は納屋に戻った。
虚脱状態で呆然としたままの全員にそう言い聞かせ、家に帰す。
悪い夢であってほしいと思う心をねじ伏せ、私はこれで良かったのだと無理矢理に思い直した。
そうだ、これは現実だ。
私の、罪だ。
石の床を汚す赤黒い小さなしみが、その通りだと叫んでいるようだった。
その日、クロッカスを寝かしつけた後。
私は、血が落ちるまで儀式装束を洗い続けていた。
さらに、月日は流れた。
あれから村に災いが降りかかるようなこともなく、平穏に、静かに日々は過ぎて行った。
クロッカスは元気に育ち、16歳になったその日に許婚に定めていたピーターと結婚した。
少し気が弱い部分はあったものの、ピーターもかつてのニーナと同じように。
モルシュ家の人間として覚悟をし、クロッカスと生きる決意をしてくれたことが、私は嬉しかった。
2人の式は決して派手なものではなかったが、村中の人間から祝福を受けたとても美しい式だった。
笑顔のクロッカスと照れるピーターの姿を、ニーナにも見せてやりたかった。
私自身は、もう50歳になっていた。
父と同じように体力が落ちだし病がちとは言わないまでも、体調を崩すことが多くなってはいたが……。
やはり父と同じように、私はエルベーナを治め続けていた。
しかし、不可解なこともあった
私の自陣片だ。
直接あの少女を殺めたのは私ではないにしろ、赤字になってしまうことを覚悟していたのだが、結局そうなることはなかった。
あの4人は自陣片を持っていないのでわからないが、いずれにせよ誰も斬首されずに済んだことは僥倖だったと言えるだろう。
6年前のことを、私は必要なことだったのだと割り切っていた。
クロッカスと、ニーナとの約束と、村人たち。
バリオスと、父と、先祖の覚悟。
それを守るためならば、私は何度でも同じことをするだろう。
クロッカスとピーターと、3人で食卓を囲みながら。
私は、夫と笑い合うクロッカスの表情を、瞳を細めて眺めていた。
そして、さらに4年がたった。
納屋の中には私を含む15人の男が集まっていた。
体力の衰えが激しくなった私では舟を漕ぐこともままならなくなっており、数の少ない儀式装束は漕ぎ手たちに渡してある。
次の生贄には、やはり私がなるべきだろう。
この罪深い魔法を使った後の私の最後の仕事は、10年後まで必ず生きることだ。
20歳になったクロッカスとピーターには、エダとの食糧の取引を命じて村から出してある。
あの2人は、まだ若い。
身勝手な願いではあるが、このような思いとは無縁にモルシュを継いでほしかった。
ニーナからの、願いのためにも。
砕け散った立体陣形晶から爆発する光と納屋の中に広がる黒い魔方陣の中、現れたのは10代後半とおぼしき青年だった。
黒い髪に黒い瞳。
どこかでバランスを崩したのか、床に叩きつけれれる形で召喚された彼の口から、短く息が吐き出される。
また暴れ出されるとまずい。
黒く硬い生地で作られた奇妙な服を着た青年は、打ちすえられた後にすぐに取り押さえられ、縄を打たれた。
そのまま床に押さえつけられた彼が抵抗するのをやめてから、私は重々しく口を開く。
「……許してほしい」
何事かを叫び、また床に押さえつけられた青年は、しかしまた暴れることをやめられるくらいには冷静だった。
前回の少女のときとは、違う。
「すまない、許してほしい」
私はこの青年には、きちんと理由を説明することにした。
決して納得はしてもらえずとも、私の罪と覚悟を知ってほしかった。
この青年には、私を恨み、呪う権利がある。
そして、呪うのは。
私だけにしてほしかった。
「座らせよ。
……魔導や霊術を使おうとすれば、その時点で殺す」
警告のために、貴重な陣形布を使って発動させた【火刃】を見た青年の目が丸くなる。
その瞳に諦めの色が浮かんだのを見て、私は手を戻した。
「お客人よ、ここは水の大精霊様のおわすエルベ湖の門である村、エルベーナ。
私は村の長を務める、バラン=モルシュ=エルベーナである。
お客人をこのような状況においていること、まずはエルベーナを代表してお詫びする。
しかしながら縄を解くことはできぬし、客人殿の言を聴くつもりもない。
先程ご覧になられたように、私はある程度の霊術を修めている。
また、周りの皆の中にも腕に覚えがある者は多い。
……暴れられたり詠唱の素振りを認めれば、躊躇いなく殺す」
青年の黒い瞳には、何の感情も浮かんでいない。
しかし。
「さて、お客人にはこれからエルベ湖におわす水の大精霊様にその身を捧げていただく」
「はあ!?」
さすがにこの言葉には、激しく反応した。
暴れようとした青年を反射的に蹴った農夫を手で制し、青年をまた座らせる。
その痛みにむせる黒い瞳が、私の顔だけを見るように。
「これまでの10年間のエルベ湖のお恵みへの感謝と、これから先10年間のお恵みへのお祈りとして、エルベーナが興ってより350年、大精霊様には10年に1度、贄をお捧げしている。
これより客人殿を舟で湖の中心にお連れし、大精霊様の糧となっていただく。
もちろん、これら一切の事情が客人殿には何の関わりもないことであることは重々承知している。
……どうか、お許しいただきたい」
私は、深く頭を下げた。
許されるはずがない。
そんなことは、わかっている。
だが私が守りたいもののためには、こうするしかなかった。
呆然としていた青年は担ぎ出されて舟を見た瞬間に、また暴れ出す。
叩き伏せて気を失った青年の黒い髪が、10年前の少女のそれと重なった。
だが、これでクロッカスを守ることができる。
ニーナの願いを、これまで生贄となってきた者たちの誇りを守ることができる。
「許せ」
目を覚まし、また打ちすえられた青年が、湖の底にゆっくりと沈んでいくのを見つめながら。
私は、自分の罪を認める言葉を投げかけていた。
だが、私はわかっていなかった。
自分が犯した罪の重さと。
罪を犯せば、必ず罰されるのだということを。
連れてくるものがもし命ある者なら、それがどういう意味なのかも、よく考えろ。
誰かを守るということは、他の誰かを守らないということと、同じことだ。
14歳のあの日、女魔導士から立体陣形晶と共に渡された言葉の意味を。
次の日の夜、私は理解することになった。
「10年前の生贄な、……俺の妹だ」
家の扉を吹き飛ばし、氷の塊を私の腹部に撃ち込み、縄を打たれて床に転がされた私を見下ろしながら、その青年は静かに私に告げた。
なぜ、ここにいる?
大精霊様は?
全身に浴びているその血はなんだ?
今の魔導はどうした?
苦痛と共に数々の疑問が浮かんだ私は、しかしその言葉を聞いて凍りついた。
「朱美っていう名前だった。
6歳で、ポテトフライが好きでピーマンが嫌いだった。
将来の夢はお花屋さんかアイドルで、くり下がりの引き算がわかってなかった。
アパートなのにイヌが飼いたいって言って、母さんに叱られて泣いてたこともあった」
無表情で淡々と語る彼の髪は黒く、瞳も黒い。
10年前に殺めた少女と同じ色の瞳には、凍てついたような闇だけがあった。
「もうすぐ遠足で、シカを見に行くのを楽しみにしていた。
300円分のお菓子の組み合わせを、必死で考えていた。
卵焼きは自分で作るって言って、砂糖を入れすぎてフライパンを焦げ付かせたこともあった。
生意気だったし喧嘩もしたけど、かわいい妹だった」
視線は私に向いていながらも、私のことを見ているわけではない。
髪の先から落ちる血の雫が口に入ることも構わず、彼は言葉を続けた。
「母さんのことも俺のことも大好きだったし……。
母さんと俺も、朱美のことが大好きだった。
本当に、大切な家族だった。
……お前らがこの世界にさらって、殺して、湖に放りこんだのは、……俺の妹だ!!!!」
無表情のまま、青年は叫んだ。
顔にもべったりとついていた血が、涙と共にゆっくりと流れる。
氷のような黒い瞳の中からは、赤く染まった涙がポタポタと床に落ち続けていた。
「それとな……」
そのまま、青年の口角が上がる。
血の涙を流しながら、唇のつり上がった表情で彼は嗤った。
倒れていた私の胸倉を掴んで引き起こし、まっすぐに私の瞳を見る。
その底に浮かぶ感情が何なのか、私にはわからなかった。
「大精霊からの伝言だ。
生贄……、別にいらなかったらしいぞ?」
「!!!?」
「アイザンっていう名前の、子供だったけどな。
少なくとも70年前からは、いらなかったんだとよ……」
息ができない。
人外の表情で青年が告げた言葉を、信じられなかった。
「ああ、それからアイザンも死んだから。
力は、……俺にくれたよ」
「!?」
だが、彼は嘘をついてはいない。
証拠とばかりに全身を水で包み血や涙を洗い流した彼は、また無表情に戻って立ち上がった。
ならば、この青年は?
10年前に殺めてしまった、その妹は?
ニーナは?
父は?
バリオスは?
先祖は?
モルシュ家の人間が背負ってきた業と、苦悩と、覚悟は?
弟の、あの気高い微笑みは?
父の、我が子を湖に沈めた苦しみは?
ニーナの、願いは?
あの少女の死は?
この青年の怒りは?
私が犯した罪は?
「全部、無意味だな」
扉に向かう青年から、背中越しにそう吐き捨てられた。
そのまま振り返った青年は、淡々と言葉を続ける。
「意味なんて、なかったんだよ。
お前が今まで捧げてきた生贄にも。
10年前に朱美がこの世界で死んだことも。
それが原因で母さんが自殺したことも。
俺が今この場所にいることも」
小さく溜息をついて、彼はこぼす。
「……アイザンが死んだこともな」
大精霊様のために続けてきたこの罪のために、大精霊様が死んだ。
そしてそのことにも、これまでの生贄となったニーナやバリオスにも。
自分の妹の死にも。
自分自身の今にも意味がないと言い放った、彼の瞳は。
黒く、闇のように冷たい光を宿していた。
全てを否定され、無価値だと断じられた私は、ただ呆然とするしかない。
「だから、これから俺がやることにも意味なんてない。
その辺の木や魔物でも試せることを、お前ら全員で試すだけだ。
やってもやらなくてもいい、……いや、やらない方がいいくらいに。
……無意味なことだ」
ふれるだけで凍えてしまうような冷たい空気が、青年からは流れ出していた。
その瞳から一切の光が消えたことに気がついて、私は声を出そうとする。
村の代表として、その蛮行を止められる言葉を必死で探したが、喉と舌が動かない。
どれだけ探しても、見つからなかった。
罪を犯せば罰せられる。
ならば、罪も犯さずに罰せられた者には。
それに報いる、権利がある。
無意味な罪を重ねてきた私に、私たちに。
彼から赦しを得られる言葉など紡げるはずもない。
「村人全員、俺の生贄になってもらうから。
……じゃあ、また後でな」
彼が外に出て数分後、外からは凄まじい悲鳴があがりだしていた。
「誰かを守るということは。
……他の誰かを守らないということと、同じことよ」
徐々に激しくなり、そして少しずつ減っていく村人たちの悲鳴の中で。
女魔導士の言葉を思い出しながら、私はただ祈ることしかできなかった。
だが、祈るべき大精霊様を死なせてしまったのは、他ならない私の罪だ。
この祈りさえも、もう無意味なのかもしれない。
それでも、私は祈り続けた。
この罪は、私が背負うべきものだ。
だからどうか。
クロッカスだけは、助かってほしいと。
私は、祈り続けていた。




