ショート・エール 嵐の影 後編
ウォルでの滞在を終えた私たち4人は2週間の船旅を終えて、ようやく揺れない地面を踏みしめていた。
サリガシア3王都の1つ、ヴァルニラ。
3王家の中でもネイ家が治める、サリガシア大陸の最も南西に位置する港湾都市。
カイラン大陸からは、北から順にアーネル王国のラルポートとアーネルポート、チョーカ帝国のビスタ、帝都カカといった港湾都市と。
そしてネクタ大陸の北の港から帰ってくる貿易船が入港してくる、サリガシアの西の玄関口。
その景色は土属性の精霊としか契約できない獣人が作った町ということで、地面の石畳はもちろん、建物の全てが【創構】によって築かれている。
元となった黒っぽい大陸の土のせいで、その全ては炭のような黒一色の石造りであり、ある意味では非常に威圧感のある風景と言えるだろう。
さらにこれが他の2王都のように大陸の北部にある町になると、この黒い景色に1年の半分以上はしんしんと降っている雪の白が混ざる。
カイラン大陸の各都市やウォルの鮮やかな暖かさとは違う、家々の煙突から細く立ち昇る灰色の煙がモノトーンの中に消えていくどこか寂しいサリガシアの光景が、しかし私は好きだった。
土台から床まで分厚く黒い石で築かれ、雪の圧力に潰されないように分厚く黒い石の壁で仕切り、雪が積もらないように分厚く黒い石の鋭角の屋根を設けた、頑強で重厚な家。
雪の冷たさが伝わらないように床の上に毛皮を敷き詰め、常にその中で赤く燃える火を家族で囲み、その火で体を温めるために香辛料で強く味付けした肉を焼き、むせてしまうほど度数の強い氷火酒でそれを流し込む。
そうやって豪雪の中でも豪快に、寒いからこそ明るく笑うのが、獣人の生活であり、誇りだ。
『爪』『牙』『毒』の3王を戴きながら私たちは、もちろんこのアネモネ=デー=シックスも、ずっとそうやって生きてきた。
……5年前、あの『声姫』がサリガシアを服従させるまでは。
「おう、元気そうで何よりだ、4人とも」
「ただいま戻りましたニャ、オーランド支部長」
冒険者ギルド、ヴァルニラ支部。
その支部長『金色』のオーランドはしわくちゃで赤い顔を、さらにしわくちゃにして私たち4人を笑顔で迎え入れてくれた。
オーランド=モン=ルキルザー。
獣人の中でも誉の高いモン家の長老の一人で、コトロード支部長の『黒』のケイナス、ベストラ支部長の『赤土』のキリと共にサリガシアの全冒険者を束ねる好々爺だ。
「支部長もお元気そうで」
「お久しぶりですぅ」
「……」
エレニアに続いて私とブランカ、ネイリングも一礼する。
「報告はこっちで聞こうかい」
そう言って歩き出した支部長の顔がずっと赤いのは、昼間から酒に酔っているわけではなくてモン家出身者の特徴だ。
70歳を超えてなお一切の乱れのない姿勢で身軽に歩く、そんな決戦級魔導士の先導で通された奥の応接室には……、既に背筋を伸ばして座っている同僚がいた。
「遅かったでありますね、そちらは」
「お前たちの次の船だったんだ、仕方ないだろう」
ノエミア=イゴン=ヨンク。
きっちりと束ねた茶色い髪と鋭く大きな黄色い瞳の同僚は、イスから直角に立ち上がりながらそう言った。
オーランドが向かいのイスに座り、エレニア、私、ブランカ、ネイリングの順に着席したのを見てから、また直角に腰を下ろす。
口調だけではないこの気真面目なところが共通するためか、私の数少ない友人でもあるそのノエミアは、しかし呆れたように口を曲げた。
「にしても、全員が吐くまで飲みますか?
エレニアとブランカは仕方ないにしても、あなたとネイリングにはもう少し節度を持ってほしかったであります」
「見てたのかニャ!?」
「それが、自分の任務でありましたから」
金色の瞳を丸くして驚くエレニアに、ノエミアは当然といった様子で冷たく返す。
「気付きませんでしたぁ、不覚ですぅ」
「……ソーマはともかく、アリスもつよかった」
「4人がかりで朝まで絡んでもソーマが酒に酔わないということがわかったんだから、……完全に無意味なことでもなかったさ」
「ハッ、お前さんたち4人がかりで無理だったんなら、多分無理だろうなあ」
ブランカとネイリングの述懐を受けて私が総括し、オーランドが笑った。
ノエミアが言っているのは今から2週間前に船で出発する前、ラルポートでソーマとアリスと一緒に夜通し朝まで飲んだ二次会のことだ。
私たちは2人を潰すつもりで飲んだのだが、結果はこちらの全員がダウンさせられる羽目になった。
限界を超えてソーマに甘えだしたアリスは見られたのだが、そのソーマはある程度まで顔が赤くなるとすぐにシラフに戻って、あの性格の悪い笑い方をする。
あの男のことだから何かをやっていたのだとは思うが、とりあえず酒で自失することがないとわかっただけでも、2回も嘔吐した甲斐があったというものだ。
「吐くと言えばネイリング、もう出してくれてもいいニャ」
「ああ、そう言えばそうだったな。
その桶の中に出してくれて構わんぞ。
水と布はそれを使え」
「……しつれいする」
あまり愉快ではないキーワードで思い出したエレニアの言葉で、オーランドが指差した素焼の桶の前に移動したネイリングは、上を向いてその小さな口を開けた。
そのまま顎の関節を外しながら口を開き続け、食道の拡張と共に首から胸までが急激に太くなる。
自分の右腕を肘くらいまで口に突っこんだネイリングが涙目になりながらゆっくりと引きだしたのは、2重にした皮の袋、ソーマから支払われた424枚の大オリハルコン貨だ。
【減重】で可能な限り軽くしていたその袋は桶の中に入れられ、顎を戻したネイリングの口元をブランカが用意されていた清潔な布で拭っていた。
平たく言わなくてもこれは密輸なのだが、私たちにも言い分はある。
というのも、サリガシア大陸では人間以外の種族が出入国する際に、所持している現金の一律2割を税金として納めなければならなくなっているからだ。
引きこもりの森人とほぼ絶滅した魔人がサリガシアに入ることはまずないので、実質は獣人だけを狙い撃ちするための政策である。
同様に飲食店や商取引の際にも、人間以外の他種族には税が課せられていた。
もちろん、このふざけた税体系はエルダロン皇国、いや、あの忌々しい『声姫』の命令で、5年前から始まったものだ。
この法に従えば金貨4万枚以上を納めなければならない計算なのだが、渋い顔をしていた私たちにこの方法で持ち込むことを、ネイリング自身が提案してきた。
少しでも重さと負担を減らすために4人がかりで土属性中位魔導【減重】を重ね掛けする工程を経て、船がヴァルニラ港に着く直前にネイリングが袋ごと飲み込んだのだ。
そのまま入国時のボディーチェックもすり抜け、カモフラージュで持っていた金貨や銀貨の2割分だけを納めて、ここまで歩いてきた。
尚、言うまでもなくこれは身体的にも危険な行為だ。
それでもネイリングは、やる、と言い張った。
ソーマが稼いで、約束通り私たちに支払ってくれたこの大金を、エルダロンに黙って渡す理由はない。
無口なネイリングなりの、意地だろう。
「よくやってくれたニャ、ネイリング」
「よく頑張ったな」
「大丈夫ですかぁ?」
「……だいじょうぶ」
そして、私たちもその思いは同じだった。
「じゃあ、単刀直入に聞こうか。
獣人が総力でぶつかって、ソーマを支配下におけるかね?」
「無理ニャ」
「自分も同じ意見であります、戦支長」
「即答かい……」
ネイリングが落ち着くのを待ってから、真剣な表情になったオーランドは私たちを見回した。
が、エレニアとノエミアがノータイムで発した言葉に、しわくちゃの苦笑いを浮かべる。
同時に、私たちの関係は「ギルドの支部長と冒険者」ではなく「戦支長と戦支」に戻っていた。
いや、正確には「戦支長と戦支」であることを、隠さなくなったのだ。
そう、私たち『ホワイトクロー』という冒険者パーティーが、王都の青猫亭でソーマとアリスに出会ったのは、偶然ではない。
より正確に言えば、ソーマとアリスに出会うことが、私たちの任務だった。
『大獣』。
5年前の「服従の日」の後に結成された、獣人だけの組織。
それまで衝突を繰り返していた3王家をはじめとする各種族がそのわだかまりを忘れ、一丸となって作り上げた戦闘集団。
『声姫』フリーダの抹殺とエルダロン皇国の滅亡、そしてサリガシアの再独立を目指すレジスタンス。
明文化された組織ではないが故に自陣片にも名前の出ない、曖昧な獣。
私たち4人は『ホワイトクロー』という冒険者チームであると同時に、この大獣の戦支でもある。
ノエミアたちも、クロタンテで死亡したチェインたちも。
いまだチョーカ帝国内に潜伏しているウルスラたちも、アーネル王国内に潜伏しているイングラムたちも。
そして、目の前で苦笑しているオーランドにしてもその一員だ。
ソーマという『声姫』級の化け物が、ラルクスに現れた。
今から8ヶ月前、冒険者ギルド支部長という立場だったオーランド、思考と参謀を司る九番の戦支長からその一報が伝えられたとき、私たち『大獣』全員の心には火山が噴火するような歓喜が沸き上がっていた。
何をしてでもその男を私たちの味方につけて、『声姫』に対抗する切り札になってもらわなければならない。
あの圧倒的な力を誇るフリーダに対抗できる存在を確保すべく、すぐに彼に接触する戦支が選抜された。
それが、私たち『ホワイトクロー』だ。
工作と潜入を司る一番から、エレニアと私。
盗聴と籠絡を司る四番から、ブランカ。
暗殺と隠蔽を司る六番から、ネイリング。
いずれもその実力と、そして若い年頃の女ということで選ばれたメンバーだった。
またこの作戦にあたっては、私たちエレニア分隊の他にさらに4つの分隊が編成された。
狙撃と監視を司る十番の戦支を中心に組まれた、遠距離からの監視を担当するノエミア分隊。
そして三番や十二番など近接戦に優れた戦支で固められ、ソーマの戦闘能力を測る予定だったチェイン分隊とウルスラ分隊。
私たちと同じく一番を中心に組まれた、バックアップ担当のイングラム分隊。
それぞれ冒険者に偽装してバラバラに出発した5隊20名の獣人は、カイラン大陸の各地に散らばり、それぞれの任務通りに行動を始めた。
私たちエレニア分隊とノエミア分隊、イングラム分隊の12名に関しては、それぞれ別便でヴァルニラからラルポートへ移動。
ラルポートからラルクスに転移した後合流し、すぐにソーマの捜索を開始した。
そして、その日の昼頃に、森の中でグレートラビィの大群を虐殺する2人を発見したのだ。
ソーマが『スリーピングフォレスト』というパーティーを結成しており、その片割が決戦級の森人の女だというのは冒険者ギルドで調べた時点でわかっていたものの、あの高位魔導の乱発とその後の2人の……。
あの仲睦まじい様子は、しかし、その日の内の接触を私たちに躊躇わせるには、充分なものだった。
結局その場は退散してラルクスに戻り、以後数日は常に2人を尾行しながら監視と盗聴を継続。
同時に冒険者ギルドや2人が定宿としていた猫足亭、周囲の飲食店や商店を中心にした聞き込みで2人の正確な関係性や生活パターン、目的を洗い出す作業に集中しながら、タイミングを見計らっていた。
もちろん、アリスの存在から森人の関与も疑い始めてはいたが、……サリガシアとネクタの関係は既に悪いため、今更それを考慮する意味はない。
とにかくはソーマとの接触、そして2人との人間関係の構築を目指すべく、私たちは2人を追って王都アーネルに転移した。
その後は、青猫亭での出会い、雨の中での共闘、雇用契約の締結と、比較的順調に進んでいたと言っていいと思う。
ウォルでの半年の生活も終え、私たちはソーマという男をある程度は理解できるようになっていた。
「とりあえずは、ソーマを金や権力で動かすのは絶対に無理ニャ。
その気になればいくらでも稼げるし、アーネルとチョーカの2国も脅威だと思ってないニャ」
「アーネルの王城の上に、平然と氷塊を浮かべるような男でありますからね……。
自分たちもあれを見たときには、唖然とするしかなかったであります」
「無茶苦茶な奴だな……」
分隊長だったエレニアとノエミアの報告に、オーランドは薄く笑っていた。
アリスから情報を引っ張り出していた間に王都であったことは、私たちもノエミアから聞いていたので知っている。
私にとってはアリスの話もトラウマになりそうだったが、ソーマの行動はそれ以上に常軌を逸していた。
王権がどういうものか正確に理解した上での、冷静な思考の結果であることが、その恐ろしさに拍車をかけている。
「それから、女の子で釣るのも無理だと思いますぅ。
別に獣人が嫌いなわけじゃないみたいですけど、ソーマさんはアリスのことしか見ていないみたいなのでぇ。
何回かモーションも掛けてみたんですけど、一切相手にしてもらえませんでしたぁ。
多分、ソーマさんの記憶にも残れてないですぅ。
……結構、本気で凹みますぅ」
「貞操観念が……かなり固いということか?」
「その辺りのことは、なんとも言えませんが……。
ただ、アリスに手を出したら、……私たちでも殺されると思います」
誰もいない森の中だったとはいえ、真昼間の屋外であんなことをできるソーマの貞操観念については、私は知らない。
が、彼がアリスを心から大切に想っていることはわかる。
彼の優先順位1位はアリスで、その行動を止められるのもアリスだけだ。
2人の間に何があったのかは正確にはわからないが、もう他の女が入り込める余地はないだろう。
「出遅れたか……」
「個人的にも、残念ですぅ」
オーランドの苦いつぶやきに、本当に残念そうにブランカが応じた。
「武力面は、……聞く必要もないか。
チェインたちには、悪いことをしたなあ……」
「……あんな遠距離から、砦を吹き飛ばせるとは……思っていませんでしたので。
私たちも捜索に加わりましたが、チェイン、イリーナ、スライ、ナツ、……全員の死亡を確認しました。
立場上、遺体を回収できなかったことは……無念です」
ノエミア分隊とイングラム分隊によって、ソーマがクロタンテを攻めるという情報はチェイン分隊とウルスラ分隊に伝えられていた。
そこでソーマの力を測るべく、チェイン分隊は傭兵としてクロタンテで待機していたのだが……。
結果は、無残なものだった。
悔やむオーランドに返す形で絞り出すように報告した私の言葉を受けて、部屋の全員が目を伏せる。
『声姫』と同列の存在に戦いを挑む以上、チェイン分隊とウルスラ分隊の戦支たちは死ぬこともその任務の1つだった。
が、それでも無駄に命を散らせてしまったことに変わりはない。
チョーカの山中で奇襲をかける予定だったウルスラ分隊を、ビスタでの待機に切り替えることは間に合ったが、なんの救いにもなっていなかった。
一切の躊躇なくクロタンテを吹き飛ばし、そのことに微塵も悔いを抱かないソーマに対して、前向きではない感情が湧いたのも事実だ。
だが、それが逆恨み以外の何物でもないことくらい、ここにいる全員が理解できている。
責められるべきはソーマではなく、彼の力を読み誤った私たち全員だ。
だからこそ、今は前だけを向いて進むしかない。
チェインたちの死に少しでも意味を持たせるために、8ヶ月近い時間の中で得られたソーマの情報から、彼の戦闘能力を正確に割り出していく。
「王都でのミレイユとの戦闘、クロタンテ攻城戦での様子、大荒野で放ったあの虐殺魔導から総合して……。
おそらくソーマの能力は、『球上に広がる半径400メートル内の空間の水を自由に操ることができる』というものだと思われるであります。
その範囲内において自身で水を作り出すこともできますし、氷から熱湯まで変化させることも、消し去ることも可能。
完全な推測になりますが、チョーカ帝国北部で発生した山崩れもソーマの能力によるものだと思われます。
また、この400メートルという距離が本当に上限なのかどうかも、わからないであります」
監視役としてソーマの放つ魔導のほぼ全てを見ていたノエミアが、そうソーマの力を総括した。
『水の大精霊』『氷』『魔王』『黒衣の虐殺者』。
数々の呼び名が決してオーバーなものではないのだと実感させる、桁違いの能力だ。
能力の及ぶ範囲においては『声姫』の足元にも及ばないのが残念だが、単純な破壊力だけなら完全に上回っているだろう。
「ソーマを魔導士として考えることが、そもそも間違っています。
人間の形をした災害か、巨大な水の塊と考えるべきでしょう。
文字通り『水の大精霊』でもある彼は上位精霊を使役し、その行動自体が世界のルールとも言えます。
彼と戦うということは、世界中の水を敵に回すことと同義です」
ウォルでの生活風景を通して見られたものも含めて、私は付け足した。
セリアースたちやシズイの態度を見る限り、これは決して過言ではない。
おそらく、先に口を開いたノエミアも同じ気分だろう。
自分が口に出している言葉があまりに非現実的すぎて、まるで子供じみた嘘のように聞こえた。
「ニャ、仮に力ずくでソーマを押さえつけようとするとして……。
ヴァルニラみたいな海際の町は、数分で落とされるニャ。
ましてやアイツは雪も操れる以上、国土の7割が雪に覆われているサリガシアに踏み込まれた段階で、獣人という種族の滅亡が決まったようなものニャー」
「近接戦闘に持ち込むしかないと思いますけど、勝てる気が全然しないですぅ」
「どくさつも、むり。
せいれいなら、しなない」
「……」
エレニア、ブランカ、ネイリング。
それぞれから真面目に出されたなげやりな結論を受けて、『大獣』が九番の戦支長であるオーランドは、天井を見上げて小さく息を吐いた。
「いずれにせよソーマ、一緒に行動している水の上位精霊とシズイとサラスナ、アリスとミレイユとも敵対することになれば、数日でサリガシアは滅ぼされるニャ。
そして、そんな存在を支配下に置くのは、『大獣』全員どころか獣人全員の力をもってしても不可能ニャー」
しばらくして顔を前に戻したオーランドに、しかしエレニアは笑いかけた。
「でも、多分そんなことにはならないニャ」
言葉を切って腕を組んだエレニア、いや工作と潜入を司る『大獣』の一番を束ねるエレニア戦支長の瞳には、普段のおちゃらけたイメージとはかけ離れた、冷たい金色の光が灯っている。
炯々(けいけい)と輝く、残酷な喜びの感情。
『爪』のエル家の流れを組むその肉食獣の表情に、隠しきれない嗜虐の笑みが浮かんでいた。
「ミレイユを召喚したのが風竜ハイアだと教えてやれば……。
ソーマは、フリーダと戦うことになるニャ」
その言葉を聞いた全員にも、エレニアと同じ獣の表情が浮かぶ。
フリーダの軽挙と、ソーマもまた召喚された存在である可能性。
ノエミアが見ていた雨の日の王都の光景と、過去にサリガシアで発見された異世界人たちとの類似点。
炎のようなミレイユの怒りと、凍てついたソーマの激情。
おそらくは私たちだけが把握しているであろうその事実は、曖昧な獣たちの中にどす黒い歓喜を沸き起こさせるに充分なものだった。
「『魔王』と『声姫』、どっちが勝つのかニャー?」
全員が剣呑な笑みを浮かべる中で。
エレニアは肉食獣の、弱った獲物を食い殺そうとするその表情で静かに微笑んだ。




