ショート・エール ミーティング 後編
「それでは、始めますか」
アーネル王国、王都アーネルに君臨する王城、水天宮。
水天石、その青みがかった白い石だけで作られた円卓の間で、月に1度の三剣会議は始まった。
アーネル王を支える3本の剣、すなわち政務官、騎士団、近衛隊の主立った代表者が集まり、国内外のあらゆる事案について話し合うアーネルで最も重要な会議。
当然ながら国王陛下のご裁可をいただく必要はあるものの、実質ここでアーネルの全てを決めると言っても過言ではない、誇り高い青の円卓。
私の席から見て左から法理、財務、農業、商業、魔法の5人の大臣。
続けて王国騎士団ランドルフ団長と、第1隊隊長でもあるナンキ将軍。
近衛隊のトーガ隊長と、宮廷魔導士であるマモー女史。
そして私、政務大臣にして宰相を預かるユーチカ=クスナス=ガーサリーの10人。
しかし、この場に座る国家の頂点と言ってもいい、その全員が憂鬱な顔をしていた。
この三剣会議の座長として努めて明るい声を出した私にしろ、それは同じことかもしれない。
現在、この満たされし国では色々なことが起こりすぎていた。
氏名 ソーマ (家名なし)
種族 人間
性別 男
年齢 17歳
魔力 5,208,600
契約 水
所属 -
備考 -
このあり得ない自陣片の内容とその持ち主に関する情報が水天宮にもたらされたのは、今から半年ほど前の夜のことだ。
騎士団ラルクス隊のダウンゼン隊長と冒険者ギルドラルクス支部のエバ支部長が真っ青になって駆けこんできたという知らせを受けて、私は叩き起こされることになった。
「魔力520万、『創世の大賢者』『浄火』『声姫』、そういった存在と並ぶようなでたらめな魔力を誇る魔導士が突然現れ、今はラルクスでエバ支部長の養女と食事をしている」
要約すればそういう内容の報告に円卓の間に集められた全員が状況を理解できず、呆けた表情を晒すことしかできなかった。
我々が最初に疑ったのは自陣片の不備と、王城に駆け込んできた2人が何らかの理由で幻覚を見せられている可能性だ。
木属性魔導や法で禁止している薬物の中には、そういった作用を持つものもある。
が、翌朝までを費やして両方の調査を行った結果、自陣片の不具合でも2人の失態でもないことが確認された。
つまりこのソーマという謎の超高位魔導士は実在し、現在ラルクスに滞在していることが現実の出来事だと証明されたのだ。
次に我々は、ソーマの身元特定を開始した。
家名がなく本人も記憶喪失を訴えているということだったが、少なくとも後者については演技の可能性もある。
アーネル国内の人間でなかった場合、南北戦争が大詰めであるチョーカや、じっと沈黙し続けているエルダロンあたりから派遣された超決戦級の工作員という可能性が考えられた。
他にもいくつかの可能性はあったものの、いずれにせよ最悪の場合に備えて行動するのが国家の危機管理というものだ。
城内を文官が走り回っている一方で、前線に出ていなかった騎士団第3隊と第5隊には進軍命令が下され、合わせて1万人の騎士がラルクスから南に数キロメートル離れた地点に移動を開始していた。
その最悪のケースを考えれば、これは亡国の機かもしれないのだ。
何かが起こったとしても、ラルクスの中だけで犠牲は封じ込めなければならない。
たった1人の男が存在するという事実だけで、この円卓の間をはじめとするアーネルの関係各所は大混乱に陥っていた。
ソーマが発見からわずか4日後の段階で、森人のアリス=カンナルコとパーティー結成の申請を出してきたことは、さらにその混乱に拍車をかけた。
完全にノーマークだった、ネクタ大陸陣営の関与を疑う必要が出てきたからだ。
各港町での交易を除けば他の大陸と一切関わりを持とうとしないネクタの動向は、5年前に突如サリガシアに侵攻し、その後は絶対不侵を宣言しているエルダロン以上に謎である。
何の根拠もない、本当に無駄な類推を重ねることくらいしかこの円卓ではできなかったが、ソーマがどこかの陣営の工作員である疑いはさらに強めざるを得なくなっていた。
しかし、仮にそうだったとしても安直に攻撃をしかけるわけにもいかない。
せめて居場所だけは把握しなければとラルクスの各門に商隊を偽装した騎士を配置し、2人が出歩くときには「影踏み」を装う形で尾行させるのが精一杯だった。
氷を自在に操り、BクラスやCクラスの魔物をおそらくは一撃で倒し、30人近い盗賊団を壊滅させられる。
ソーマの戦力についてこの段階で我々が把握できている事実は、その程度でしかなかったからだ。
大騒ぎの円卓で青い顔をしていたマモー女史と珍しく静かだったレブリミですら、その気になれば個人でこの王都を落とすことができる。
が、ソーマの魔力はその18倍近い。
それこそもう、参考とできる比較対象が歴史に残る『浄火』のそれくらいしかなかったが、その場合はもはやアーネル1国だけで対応できる問題ではないということになる。
この男の行動次第では、亡国どころかカイラン大陸自体が滅ぶ可能性すらあった。
ソーマとは何者なのか?
そのパートナーである、アリス=カンナルコとは何者なのか?
2人の目的は何なのか?
この事実を他国にもすぐに公表し、急ぎチョーカとは停戦すべきなのか?
この円卓では不眠不休で、……今となってはひたすらに不毛な議論が交わされ続けていた。
はっきりと認め、そして恥じよう。
ソーマに対する対応を、我々は誤った。
このユーチカをはじめとする円卓の全員が、1400年以上を数えるアーネル王国の歴史に、おそらくは最大の汚点として残るであろう大失政をした。
我々は、この男の危険性やいまだ不明の背後関係には一切目をつぶってでも、建国以来最上の賓客として、エルベ湖を共に守る友として、この水天宮へ1秒でも早く招き入れるべきだった。
ソーマが決戦級の魔導士どころか、水の大精霊本人であるという信じ難い報告を聞いて。
またこの男が非常に冷徹で、独特の価値観に基づいて行動しているようだという報告も聞いて。
何より、あまりに異様な陛下への謁見の態度を見て。
私はそれを確信していた。
そして、それは事実だった。
それからもたらされた南北戦争の報告は、いずれも背筋が凍るものだった。
アーネルが200年かかって落とせなかったクロタンテを、たった1人で消滅させる。
行方不明になっていた水竜と、なぜか火竜まで手懐けてくる。
3万8千人の兵を、たった1つの魔導で虐殺する。
ただ、そのぞっとするような報告を受ける中で、円卓に座る全員の胸中には恐怖とはまた別の感情も湧いていた。
すなわち、それほどの存在を陣営に組み入れられなかった後悔と。
それ以上に、安易に敵対しなくてよかったという……安堵の思いが。
本人の捕縛も当然として、常に共に行動しているアリス=カンナルコに接触する作戦を実行に移さなかったのも僥倖だった。
魔力の上昇具合から2人が男女関係にあることはほぼ間違いがなかったため、実は一部の強硬派からは誘拐を含む彼女への様々なアプローチ案が挙がっていた。
ただし、仲間意識が強く排他的な森人に国家として手を出したことが露見すれば、過去のサリガシアのようにネクタから経済制裁を加えられる可能性が高い。
嗜好品は別にしても一部の薬や霊墨の原料、そして紙の供給を頼らざるを得ないネクタ大陸の反応を恐れて政務組の判断で却下したのだが、……今となって思えばそれも的外れだったかもしれない。
もし実行すれば森人との衝突を待つまでもなく、ソーマによってアーネルは滅ぼされていただろうからだ。
最近では、王都やラルクスで2人で堂々と仲睦まじく行動しているらしいが……。
仮にアリス=カンナルコ1人だったとしても、もはや我々からできることは何もない。
アーネルにとって彼女は、もはやソーマに次ぐ要注意人物だ。
いや、ソーマの行動指針に影響を与えられる存在であることを考えれば、ある意味で本人以上に危険と言ってもいい。
アリス=カンナルコのせいで、女性を利用してソーマを籠絡することができなくなったのも痛かった。
武力でも権力でも財力でも縛れない男をコントロールする、唯一の方法も使えなくなってしまったのだ。
それに、この方法はアーネルにもメリットがあった。
どれだけ魔力の低い一般市民でさえもソーマと一夜を共にさせれば、あの莫大な魔力を注がれてすぐに魔導士になれる。
短期間で、決戦級魔導士を何人も得る。
ソーマと上手く付き合えていれば、そんなことすら可能だったかもしれないことを考えると、本当に惜しいことをしてしまった。
そして、依然としてソーマの目的がよくわからないのも、この円卓の空気を重苦しいものにしている理由だ。
チョーカ兵4万人を平然と虐殺した彼ではあるが、終戦交渉での言葉を聞く限りではチョーカ帝国を滅ぼすつもりはないらしい。
モーリス副隊長から報告があがっているチョーカ北部の土砂災害についても、今のところ関与を示す証拠もない。
水や食料の援助をする準備を進めているらしいのだが、我々としてはとりあえず静観するしかなかった。
一方でアーネルに対しては、何か無理難題を突き付けてくるのだろうと思っていたのだが、特にそれもなかった。
戦後はずっと自治領の開発に傾注しており、商人ギルドのイラの話では商取引にも適正な代価を支払っているらしいし、国内の盗賊団を壊滅させたりと冒険者としての仕事も一応継続するつもりのようだ。
市井では魔王領という悪名で呼ばれているウォルであるが、モーリス副隊長の報告を聞く限りでは非常に豊かな村で住民たちも生き生きと暮らしているという。
奴隷を集めて何を始めるつもりか戦々恐々としていた我々の予想は、ことごとく外れていくことになった。
ソーマは、何がしたいのか?
アーネルのことを、どうするつもりなのか?
そして我々は、どういう姿勢でソーマに臨めばいいのか?
私を含む円卓に座る面々は正直、途方に暮れていた。
ただ、1つだけはっきりしていることがある。
今、ソーマと敵対する選択肢だけはあり得ないということだ。
まず、アーネルが単独でソーマと戦うのは論外である。
先の南北戦争で一切被害を受けなかった王国騎士団の全員を投入しても、我々は彼1人に勝てない。
アリス=カンナルコと水竜、火竜がいることを考えれば、1週間ともたずにアーネル王国は滅亡するだろう。
かといって、世界を巻き込めばいいというものでもない。
例えばソーマがウォルで暴虐の限りを尽くしてくれていたり、あるいはアーネルかチョーカに公然と敵対してくれれば、かつての『浄火』のように世界が一丸となって対応することはできるかもしれない。
が、その場合に主戦場となり、そして矢面に立つことになるのはこのアーネル王国である。
ろくな兵力の残っていないであろうチョーカは戦力として頼りにならないし、『声姫』が率いるエルダロンとサリガシアの意向は全く読めない。
アーネルが『魔王』と激突している間に、『声姫』がアーネルの背後を獲りに来る、ということも充分にあり得るのだ。
残ったネクタにしても、ソーマが直接ネクタ大陸に侵攻でもしない限りは不干渉を貫くか、アリス=カンナルコ次第ではソーマ側に付く可能性すらあるだろう。
つまるところ、アーネル王国は静かにしていることしかできないのである。
それも、本当に静かに。
「あれれー、始めないんですかーー?」
「ぅわっっっっ!!!?
レブリミ、静かにしていてくださいぃ……!」
マモー=リーラルドが座るイスの後ろから顔を出したのは、彼女の契約する水の上位精霊であるレブリミだ。
背もたれ越しにたしなめるマモー女史を無視して、彼は上位精霊にしては豊かなその表情をクルクルと変えながら、無言の全員をニヤニヤと見回した。
自身の右に座っていたトーガ隊長から8人を経過し、最後に私と視線が合う。
水でできたレブリミの体表に映った私の顔は、もはや私の素の表情としてはりついてしまった柔和な笑顔だった。
その笑顔を崩さないように心中で盛大に舌打ちをしてから、私は顔を前に向ける。
力というものは、大別すれば3つしかない。
武力と、財力と、権力だ。
知力や胆力といった個人の技能に関するものを全て武力に含めていること以外は、それぞれの意味を説明する必要はないだろう。
ソーマが『魔王』として恐れられているのは、1人で国家を叩き潰せるその武力による部分がもちろん大きい。
が、アーネルにとって最も厄介なのは、彼が水の大精霊として保有するその権力である。
レブリミ以外との上位精霊と言葉を交わす機会も多い我々は知っているが、各精霊にとって大精霊は絶対的な君主であり、親のような存在でもある。
一方で彼らが人間と付き合うのは暇潰しのようなもので、たとえ契約者であってもせいぜい同居人くらいの認識しかない。
大精霊が一言命じれば、全ての精霊は今までの契約をあっさりと反故にして、人間の敵に回る。
事実、過去に『浄火』が侵攻を開始した際には、全世界で火属性魔法が使用不可能になったという記録も残っていた。
幸いなことにソーマはそこまでのことをする気はないようだが、豊富な水資源と水属性魔導士の存在によって成り立っているアーネル王国にとってそれは何の慰めにもならない。
「満たされし国」は、裏を返せば水への依存度が高いという証明でもある。
現に、『魔王の恋人』アリス=カンナルコにその順位を奪われ世界4位に転落したマモー女史にしても、ソーマの前では魔導を使えないただの人間に過ぎなくなる。
今は笑っているレブリミに至っては、本質的には彼の従者だ。
問題なのは、レブリミが見聞きした全ての情報は、ソーマに漏れる可能性があるということだ。
彼がこの少年を呼びつけるか次に王城に来たときにでも命じれば、アーネル王国の意思の中枢たる円卓の言葉は、全て彼の知るところになる。
『魔王』への不満と不実……安易にこぼして伝わりでもすれば、水の大精霊への不敬ととられかねない。
かといって、仮に今この場でレブリミに退室を求めても、それは不信の表れと解釈されるだろう。
ウォルにいることが公然の秘密となっている、あの魔人の処遇。
先の大雨で泥の底に沈んだ、チョーカ北部のミスリル鉱脈の将来性。
騎士や冒険者への報酬の支払いで、徐々に逼迫しだした財政。
その騎士や冒険者たちによる魔物の乱獲で起こりはじめた、各商品相場の乱高下。
『魔王』の圧倒的な魔導を間近で見せつけられて、自信と士気を失いつつある騎士団。
各依頼の急減から、どんどん国外に流出している冒険者。
こういった諸問題 (全てがソーマの行動に起因する出来事なのだが、魔人の件以外は直接の責任があるとも言いにくい)への対応策を「ソーマに漏れてもいいレベル」に収めて、我々はこれから話し合わなければならない。
それがどれだけ難しく、そして無意味なことかがわかっているから、この円卓に座るレブリミ以外の全員の顔が憂鬱なのだ。
古今東西、成長を極めた生き物が死ぬのは世界の理だ。
そして、それは国家であっても同じことである。
杯に水を注ぎ続ければいつかは満たされ、そして溢れてしまうように。
この国が、緩やかに死に向かっているような。
そして、それをじっと見つめていることしかできないような。
そんな冷やりとした錯覚を、私は感じていた。
「それでは、……始めますか」
満たされし国、『水の都』アーネル王国の。
誇り高き、三剣会議を……。
リクエストをいただきました「アーネル首脳部の苦悩」がテーマです。
「本編1部を裏から眺めるとこうなっていた」という形にもなるようにしてみました。




