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クール・エール  作者: 砂押 司
第2部 カイラン南北戦争

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ショート・エール ミーティング 前編

「じゃあ、始めようか」


俺、アリス、ミレイユ、シズイ、セリアース、エレニア。

大精霊、森人エルフ魔人ダークス、水竜、上位精霊、獣人ビースト

様々な種族と経歴の計6名が集まったウォルの集会所の中で、俺はテーブルに着いた全員の顔を見渡した。

逆死波サカシナミ】によってチョーカ北部が壊滅してから2週間後、この定例会も、もう4回目を数える形になる。


チョーカからの採掘集落民の引取が完了して、ウォルの人口は316名に達していた。

当然ながら以前までのようになんでもかんでも俺たちだけでやるわけにはいかず、村は完全な班当番制に分かれて運営されている。

村での生活も4ヶ月を超える初期入植者であるクロタンテ・プロン組の人間が各班長となりつつ、ウォルは概ね順調に成長を続けていた。

この定例会は2週間に1度、昼食が終わった後に中心メンバーが集まって今後の方針やイベント、商人ギルドに発注する品物などを決定する場である。


とはいえ、大精霊が直轄し世界3位の魔導士と魔人ダークスが常駐、霊竜と上位精霊が守護に当たる村で大きな問題など起こりようはずもない。

会議とは言いつつもどこかのんびりと、和やかな雰囲気の中で話し合いはスタートした。


「じゃあ、まずは俺からだな。

モーリスからの話でもあった通り、チョーカ北部は泥の海になっている。

俺もサラスナと見てきたが、実際その通りだった。

ビスタから出てきた調査隊の騎士にも話を聞いたが、井戸水の汚染や枯渇はかなり深刻なレベルになっているらしい」


アーネル王国騎士団第2隊副隊長のモーリスはウォルとの連絡役兼チョーカのミスリル採掘先遣隊隊長として、今やウォルとリーカンの往復しかしていないような状態だ。

近いうちに正式にリーカン隊へ異動することになりそうです、と本人も言っていた。

そのモーリスだがは土砂災害の調査を終えて、今は隊ごとリーカンに戻っている。

ひょっとしたら王都に呼び出されて、今回の災害の調査報告をあげているかもしれない。


「チョーカから水を買いに来る人間、あるいは商隊がそろそろ来るかも知れないが、その話はアンゼリカとサーヴェラが来てからにしよう。

次、アリスからで」


生活班班長のアンゼリカと畜産班班長のサーヴェラは、それぞれの班で今日の作業の指示を出してからこちらに合流する予定だ。

この話は2人にも聞かせる必要があるので、俺は早々に自分の話を切り上げた。





「農業班としての報告をする。

各野菜の作付け、生育状況、収穫高、品質などで特に大きな問題はなし。

ただ、2回前の定例会でソーマから提案された、香辛料の原料となるサリガシア産植物の生産については失敗した。

班員全員で色々試してみたけど、やはり気候が合わないと思われる。

申し訳ない」


「まぁ、だったらこれまで通り香辛料で買うしかないな。

やらせといてなんだが駄目で元々の部分はあったんだし、気にするな」


農業班及び森林班統括のアリスは、淡々と報告した後に軽く頭を下げた。

が、これは別にアリスに非があることではないので、俺からもフォローしておく。


「雪国の植物がこんなあったかい所で育つわけがないニャ。

むしろ育てられたら、サリガシアの農家が大打撃ニャー」


「それができるかも含めて、試してもらったんだけどな……」


「……ニャ!!!?」


食費の節約のため、買うと高い香辛料の他、ネクタ産の果物についてもアリスたちには生産を試してもらったのだが、いずれも1ヶ月もたずに苗は枯れてしまっていた。

まぁ、アーネルができていないのだから気候が同じウォルでもできないのは道理なのだが……。

少量なら【生長グロー】で無理矢理育てる手もあるのだが、あくまでも住民が自給できる品目を増やすことが目的だったので、この計画はいったん凍結するしかなさそうだ。


ちなみに、サリガシアに経済的ダメージを与える手段の1つとして大量生産できるか確認しておきたかったのは、本当のことである。

目を見開いて硬直しているサリガシア出身者を無視して、アリスの報告は続く。


「あと、森林班からまたウサギが増えすぎているとの報告があがっている。

とりあえず調査をしたいので、近いうちに臨時作業の設定をお願いしたい。

あまりに酷いようなら、多少間引く必要がある」


基本的には各班だけでこなしている日々の作業ではあるが、大規模なものをやる場合にその班を崩して住民のほぼ全員を投入するのが「臨時作業」である。

東京ドーム20個以上の面積に広がっているカイラン大陸南部の森林は、今やアリスでも把握しきれないノウサギの巣窟と化していた。

勝手に増えてくれるタンパク源として期待していたのだが、どうやらその繁殖力をナメすぎていたようだ。

柵で囲んだ畑には手を出さないものの、ノウサギたちは森林で自生してくれるはずのハーブや薬草を軒並み食い尽くしてくれていた。


「……明後日だな。

各班長に伝えて調整させろ。

それから調査じゃなくて、もう捕殺でいい。

そのまま次の日も臨時作業に充てて、全部干し肉にしちまおう」


「わかった」


眉をしかめた俺の言葉にアリスが頷いて着席し、次はミレイユが立ち上がった。





「まず教材関連ですが、劣化の激しい石板が増えてきましたので交換をお願いしますわー」


「数はどれくらいニャ?」


「82です」


「この後、4人で取りかかるニャ」


「助かりますわー」


教師として子供たち、というかほぼ全住民への授業を行っているミレイユからの注文は、非常に多い。

料理にしてもそうなのだが意外と凝り性らしく、結構細かい物や高い消耗品を平然と要求してくる。

授業で使用しているノート代わりの石板、エレニアたちが【創構グラクト】で土から作り出したそれも、既に相当枚数に達していたはずだ。

まぁ資金については潤沢にあるし、子供たちにある程度までの教養を身につけさせることは必要なので構わないのだが……。


「それから旦那様、珠算盤しゅざんばん吊皿天秤つりざらてんびんを購入していただきたいのですが」


珠算盤とはこの世界の計算器のようなもので、円形のソロバンだ。

放射状に珠がついていて、基本的な計算から各通貨への両替変換もできる商人の必需品である。

当然ながら、俺は使い方がわからない。

吊皿天秤はそのまま、2枚の金属の皿とおもりがセットになったもので、小型のものは薬屋で、大型のものは肉屋でよく見かける。

ちなみに、どちらも買うには大金貨が必要な代物だ。


「いくつだ?」


「とりあえず30ずつですわー。

算術の基礎はもう充分ですので、そろそろ実践的な部分に移ろうかと思います。

あとはまた、新しい本を10冊ほどお願いしますわー」


ちなみに、大金貨1枚で約5万円。

紙が高価なこの世界では本も最低で金貨1枚、約1万円からが値段の相場だ。

とりあえずで概算500万円に匹敵しそうな買い物をしてもいいのか普通なら迷うところなのだが、中央湖にはいまだ80億円分以上の大オリハルコン貨が眠っている。

決済する俺も、相当に金銭感覚は麻痺してきていた。


「食糧の方は?」


「今朝、ロザリアちゃんに氷室ひむろを見てきてもらいましたが、特に問題はありませんわー。

ただ、干し肉を作るときに塩や砂糖、お酒を大量に使うことになると思いますので、そちらの補充はお願いします」


「そうだな、わかった」


この世界には電気がないため、当然冷蔵庫もない。

よって食糧は常に常温保管されるわけだが、カイラン大陸は温暖な気候なので、傷みやすい肉や魚の保管や輸送の際には水属性初級霊術である【冷却クーラ】が使われていた。

が、それが面倒なため、俺はウォルのはずれの地下に巨大な氷室を建設している。

エレニアたちが【創構グラクト】で開けた巨大な穴の中に数メートルの厚さの氷を敷いて完成させた氷室には、全住民の1ヶ月分をまかなえるほどの大量の食糧が保管されていた。


住民たちを連れてくるにあたって「飢えさせない」ことを約束している以上、食事面に関しては俺も妥協するつもりはない。

多彩な野菜と新鮮な家畜の肉、さらには香辛料をはじめとする調味料も遠慮なく使うウォルの食事は住民たちに非常に好評で、外から来る騎士隊や商隊の緊張を解く部分でも絶大な効果を発揮していた。

その食事班班長を務めているのが、クロタンテでアンゼリカと共に保護したロザリアだ。

わずか12歳でアリスの調理技術をあっさりと凌駕したその少女がこの場にいないのは、約400名分の昼食の片付けのためと、次なる夕食の仕込みが既に始まっているからである。


ちなみに、食事班統括であるミレイユとは現在、豆や麦から味噌の製造を試みている最中だ。

初回は完全に腐敗させてしまい食事班数名が食中毒でダウンするという悲劇も生みだしてしまったが、安定して大量生産できる目途がつけばウォルの特産品として売り出してもいいと俺は思っている。

何より、あの味がどうしても食べたくなっていた。





ミレイユが笑顔で着席したのを確認してから、俺は視線をテーブルに突っ伏している水竜に向けた。


「シズイ、起きろ」


「……すぅ……すぅ……、……いだっ!!!!」


手加減した撃った【氷弾バレット】がつむじに命中し、涙目のシズイが顔を起こす。

昼食後なので気持ちはわかるが、自分の番くらいは起きていてほしい。


「……」


「……!」


「……」


「ほ、報告します!」


何も言わなかった俺の瞳に苛立ちが混じったのを見て、シズイが慌てて直立する。

とはいえ、この後に続く言葉は定例会に交代で出席している夫のサラスナと同じ、決まりきったものだった。


「警戒班、特に報告することはありません!」


「……ご苦労」


「以上ですっ!」


緊張した面持ちで着席したシズイを見つつ、表情のないセリアース以外の顔には苦笑いが浮かぶ。

1ヶ月半前にあの女盗賊団を潰して以来、商隊の襲撃は起きていない。

それから2週間で、アーネル国内の盗賊団7つを俺が全滅させたからだ。

現地での事情聴取の結果からも大陸北部の主立った盗賊団はそれで全てだったらしく、既に騎士団とギルドへの報告も済ませていた。


そもそもあの襲撃は本当に想定外で、あれ以外でウォルに不審な武装勢力が近付いたことはない。

「言うことを聞かないと魔王領に連れていくよ」がアーネル国内の母親たちの決まり文句として定着してしまった今、おそらく近い将来でもまずないだろう。

サラスナとシズイが1日に1度行う上空からのパトロールも、緊迫感は全くない。

同じ一言しか報告することのないシズイがこの席で眠気を覚えるのも、仕方がないことかもしれなかった。





「我ら兄弟姉妹からご報告することも、特にございません。

中央湖の底の6水源からの各湧水量と水質、小エルベ湖全体の流量、各水路の流順についても問題なく機能しております。

浴場についても、特にご相談やご要望などは伺っておりません」


席から立った後、俺に向かって床で跪礼きれい姿勢をとり直したセリアース、駐ウォル上位精霊筆頭からの報告もいつもの通りだ。

ウォルにつながっているカイラン大荒野の地下水脈の状態が変わっていないのは、サラスナやシズイと共に定期的に大荒野全体の地下を調査している俺も確認していることだった。

アリスの【生長グロー】によって増え続けている森のことも考えれば、ウォル領内の土地の保水力も上がっていることだろう。

日々拡大していく森林と農地、無数の水路は、領内の荒野と分類される土地の面積をどんどんと小さくしていっていた。


浴場となっている3番湖と4番湖も、特に大きな問題は起きていない。

強いて言えば、上位精霊が当番制で水温調整をしていること自体が問題……だろうか。

モーリスたちや何度かウォルを訪れている行商人たちは随分慣れたようだが、初めて宿泊した人間は入浴の際に高確率で悲鳴を上げる。

一応浴場の入り口に貼ってある注意事項一覧の中に「上位精霊がいても驚かないでください」と書いてはいるのだが、あまりきちんと読まれていないらしかった。


「冒険者たちはどうだ?」


「そちらも特に変わったことは……。

契約を打診された者も、おりません」


「そうか」


また、ウォルを中継してアーネルからチョーカへ渡る冒険者の数も徐々に増えていた。

これは終戦に伴い前線から任地へ戻った大量の騎士と、チョーカからアーネルに寝返った冒険者たちによって、アーネル国内の魔物が急激にその数を減らしているためだ。

ドーダルやガブラ、ロッキーなど、防具素材や薬の原料として需要のあった魔物は乱獲といってもいいペースで狩られており、それらの素材の相場は暴落の兆しを見せ始めていると、商人ギルドのイラも焦りを見せていた。

俺が300名以上の盗賊を討伐したことが公表されたことも相まって赤字レッドの討伐任務はおろか都市間の護衛任務さえまともに受けられなくなった冒険者たちは、仕事を求めてチョーカに流れ出している。


水不足にあえぐ、チョーカに。


行きの際にウォルで金を落とした冒険者たちは、ただでさえ危険水域に達したチョーカの水不足をゆっくりと加速させてくれるはずだ。

そうなれば、チョーカはもうウォルに頼らざるを得ない。

アーネルやネクタから水を買うことは、距離的にも労力的にも費用的にもあり得ないからだ。


ウォルの水が飛ぶように売れる日も近い。

イラを通して発注した、アーネル中の樽職人が製造に当たっている「ウォル」の刻印を入れた専用樽の保管場所も、そろそろ建設しておくべきかもしれないな。





「ウチらからも特にないニャ。

約束通りあと1ヶ月半は4人ともいさせてもらうから、仕事があるならそれまでに言うニャ」


「……お前、……太ったか?」


「ニャ!?」


「ふふふ、4キロ……といったところですか?」


「唐突かつ正確に指摘しないでほしいニャアァァァ……!」


エレニアの言った通り浴場の床や大規模な土木工事が終わり、水甕みずがめや食器、石板などの品物も充実してきた今、『ホワイトクロー』の4人に頼む仕事はほとんどなくなっている。

魔力の限界まで仕事をさせていた頃には食事とのバランスが取れていたようだが、最近は栄養過多の状態らしい。

エレニアのアゴやお腹まわりを見て何気なく言ってしまったが、悲しい事実だったようだ。

さらに追い打ちをかけたミレイユの一言は数字というものの無感情な残酷さを、身じろぎ、という形でアリスにも伝える。


ただしアリス、お前の場合は足りていないから大丈夫だ。

……どこ、とは言わないが。


「ウォルにいる間にやるべきことが見つかって、よかったじゃないか」


「ふふふ、……ふくっ!」


「お前らは『デリカシー』っていう言葉を知らないのかニャ!?

そういうところまで似ていなくていいのニャ!」


唇をつり上げた俺と、普通に吹き出したミレイユを見て、エレニアが涙目で叫ぶ。


「旦那様と似ていると言っていただけるのでしたら、わたくしは光栄ですわー」


「気のせいだ」


「……いーや、よく似てるニャ」


本当に嬉しそうな顔をしたミレイユと、本当に嫌そうな顔をした俺の顔を見て、今度はエレニアの金色の瞳が細められた。


「簡単に人を殺すところとか、性格が悪すぎるところとか、ネチっこくエロいところとか、全部そっくりニャ!」


「ふふふ、否定はしませんわー」


「……おい?」


ミレイユ、認めるな。

そしてバカネコ、それは褒めていないよな?

一般的に全部、人間としてアウトなラインだよな?


だいたい、最後のはなんだ?


「……」


……アリス、なんで今、俺から視線を逸らした?


否定せずに喜んでいるミレイユを視界に入れないようにし、俺は上を向いて小さく息を吐く。

ポカンとしているシズイの視線もそうだが、無表情のセリアースの存在が何気につらい。


「エレニア……。

聞いても不愉快になるだけだし、生きていく上ではまったく必要のない話をしてもいいか?」


「そんな話なら、する必要はないと思うニャ……」


一拍置いて語りだした俺の声は、静謐な夜の湖を思わせるものだった。

怯んだエレニアの太陽のような金色の瞳を見つめ、俺は穏やかに微笑む。


人豚刑じんとんけいっていう処刑法の話なんだが」


「いや、絶対しなくていいニャ!?」


「痩せられるぞ?」


「絶対嘘ニャ!」


「本当だ。

具体的には手足4本と眼球2個の分、体重が減る」


「失うものが多すぎるニャ!?」


「でも、得られるものだってあるはずだ」


「例えば!?」


「苦痛と絶望」


「いらんニャーーーー!!!!」


「ふくっ!……けほっ、くっっっ……、ぶっ!!」


「……2人とも、いい加減にして」


「なんでウチまで怒られたのニャ!?」


「悪かった、アリス」


「ソーマが謝るべきは、アリスにじゃないニャーーーー!!」


このくだりで呼吸困難になって震えるほど笑うことができるミレイユと似ているなど、絶対に俺は認めたくない。

呆れつつもどこか笑みを含んだ表情のアリスの視線が、笑いをかみ殺す俺の横顔に突き刺さっていた。





「楽しそうですね、ソーマ様」


「エレニアねーちゃん、結構遠くまで声聞こえてたよ?」


それぞれの班から戻ってきたアンゼリカとサーヴェラが集会所に顔を出したのは、エレニアが力なく崩れ落ちたのと同時だった。

生活班班長のアンゼリカと、畜産班班長のサーヴェラ。

クロタンテ・プロン組の中でもそれぞれの代表とも言える存在の2人は、子供らしい笑顔と共に自分たちの席に着く。

ミレイユが紙に走り書きしていたこれまでの議事録を渡すと、顔を寄せ合って素早く目を通し出した。


元性奴と、元採掘集落民。

約半年前は文字を読むどころか市民ですらなかった2人が、多少砕いてあるとはいえそれなりの長さの事務書類を読み上げられるようになっていることに、アリスやミレイユは目を細めている。


15歳になったアンゼリカには、食事班、清掃班、宿泊班を統括する生活班の班長を任せている。

作業内容上、体力の劣る女性や子供、老人が多く所属している生活班を、アンゼリカは俺の期待以上の手腕でコントロールしてくれていた。

つやを取り戻した金髪を後頭部でゆるくゆわえ紫色の瞳に光をたたえて村中を走り回っている彼女は、宿泊客からもウォルの看板娘として認知されている。

性奴及び殺人未遂犯という環境から解放され、ウォルの恵みでその心身を癒されたアンゼリカは、ウォルの全女性住民たちのまとめ役としても村を支える存在となっていた。


一方のサーヴェラは、グリッド、ニワトリ、ヤギ、フラクといった家畜の世話をする各飼育班を統括している畜産班の班長だ。

ガリガリだった体にはしなやかな筋肉がつき、短く切った金髪の下の表情は11歳の少年らしい自然な笑顔を見せることが多くなっている。

とはいえ、かつて俺からシズイとサラスナを守ろうとしたそのリーダーシップは健在で、アンゼリカと共にウォルの全住民から厚い信頼を寄せられていた。


「まずは、それぞれから報告があれば聞こうか?」


議事録から目を上げミレイユに2、3の確認をしたのを見届けてから、俺は2人に発言を促す。


尚、俺が各班の班長に2人のような子供ばかりを配置しているのは、決して採掘集落から引っ張ってきた他の大人たちや老人たちが無能なための代替措置というわけではない。

むしろ彼らが、俺の育成方針の意図を理解した上でサーヴェラやアンゼリカを支えてくれている、というのが事実だろう。

俺たちの絶対的な守護に加えて他の大人たちの気配りもあり、ウォルの子供たちは確かな成長を続けている。


2人の少したどたどしくも、それでも要点だけはきっちりと押さえた報告を聞きながら、俺たちは自信に満ちたアンゼリカとサーヴェラの顔を見つめていた。





「じゃあ、俺から」


生活班でも畜産班でも大きなトラブルが起きていないことを確認した後、俺は冒頭の水の販売の件に話を戻した。


「最初にも言ったが、この前の土砂崩れの影響で、チョーカ国内では早くも水の値段が上がりだしている。

そう遠くないうちに、チョーカから水を買うための大規模な商隊が来るようになるだろう。

アンゼリカ、宿の調整は任せる。

足りないなら新しく建てるから、班長のタニヤと相談して、常に10部屋は空いているように計算してくれ。

アーネルからの商隊やモーリスたちの来訪が同時になるかもしれないことを忘れるなよ?」


「わかりました、ソーマ様。

でも、宿用の部屋は足りていますので当面は問題ないと思います。

それより替えの布団や毛布、寝間着、あとは食器の予備の方が必要だと思いますけど……」


アンゼリカが立て板に水を流すように指摘すべき点を挙げたことに、俺は心の中で拍手を送る。

このあたりの部分については、もう俺が細かい指示を出す必要はないのかもしれない。


「そうだな、後で必要数を出してくれ。

食器はロザリアとミレイユとも相談して、ロザリアの方から報告させろ」


「わかりました。

じゃあ、後でお願いしますね、先生?」


「わかりましたわー」


アンゼリカに向けて笑いかけたミレイユは、俺の方を見て意味ありげに赤い瞳を細める。

合格ですね、とその唇が小さく動いていた。


「それからサーヴェラ。

チョーカに売る水の値段だが、採掘集落全員の意見を聞いてお前が決めろ。

別に高くても安くてもいいが、赤字にならないようにしろよ?」


「……オレが決めるの、にーちゃん!?」


続いて俺が言った言葉に、サーヴェラは目を見開いて反応した。

金色の瞳には、驚愕と動揺がはりついている。

隣ではアリスの静かな視線が、サーヴェラに向けられていた。


「そう言った。

チョーカの人間に売る水の価値を決めていいのはお前らだけだと、俺は思う。

夕食が終わったら、俺とアリスの部屋に来い。

村の収支や樽の仕入原価、チョーカ国内での水の相場状況も説明してやる。

その上で、皆の意見をまとめてお前が決めるんだ」


「……おう」


「率いることと、決めることの重みも知っておけ。

お前が決めた結果で喜ぶ人間も泣く人間も出るだろうが、それを背負うのが『覚悟』だ」


「……わかった」


その表情には、11歳とは思えないほど真剣な色が宿り始めていた。

これから数日サーヴェラは壮絶に悩むことになるだろうが、そのフォローはこの流れを説明しておいたアリスに任せている。

ヒントを与えすぎないように、とは言っているので、まぁ大丈夫だろう。

ほぼないとは思っているが、採掘集落民たちが私怨に駆られて暴走しないようにする、お目付役の意味合いも含んでいる。


まとめ役の2人には、今回のように大きな決断を任せることも多くなっていた。

子供相手に厳しすぎると思わなくもないのだが、俺とアリスにしても17歳なのだから大差はない。

彼らを子供扱いばかりする気はなかったし、これが生きていくための力を身につけるために必要なことだということは、本人たちも充分に理解できていた。

それに、……経験値として学ぶことができるなら多少は失敗してもいいとも、俺は思っている。


「以上だ、解散」


深く跪礼して湖に戻るセリアースと、飛び出していくシズイ。

アネモネたち3人を呼びに行ったエレニア。

そのまま何事か相談し始めたアンゼリカと、ミレイユ。

難しい顔をしたままのサーヴェラと、どのタイミングでそのサーヴェラに声をかけようか考え出したアリス。


森林を抜け、湖の上を通った風が集会所の中をやわらかく抜けていく。

座ったまま上を向いて首をクキクキと鳴らした俺は、そのまま目を閉じてゆっくりと息を吐いた。





……そろそろ、次に進んでもいいかもしれないな。

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