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クール・エール  作者: 砂押 司
第2部 カイラン南北戦争

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ショート・エール にーちゃん

外はまだ薄暗かったけど、オレはもう起きることにした。


朝から晩まで土を掘る生活に慣れていたオレの体には、今の生活は楽すぎるらしい。

別に昨日も早く寝たわけじゃないけど、体に疲れは残っていなかった。

隣で寝ているホズミじーちゃんを起こさないように静かに布団から出て、部屋の入り口の近く、水がめの所へ歩いていく。

ジョッキで水をすくおうとして、でもすぐに、それを我慢しようとして。


……もうそんなことをする必要はないんだと、オレは思い直した。

普通に曲がるようになったオレの両手の指がちょうど回りきるくらいのジョッキに、なみなみと水を注ぎ、ゆっくりと飲み干す。


……もう1杯、飲もう。


「どのくらいまでなら水を飲まなくても、自分が動き続けられるか」

「どのくらいまで悪くなった水なら、飲んでも大丈夫か」


採掘集落に送られた人間が最初に覚えるのは、この2つだ。


1ヶ月に1回、兵隊が偉そうに持ってくる水は、あいつらが鉱石を持って帰った後で、集落の皆の体格に合わせてきっちり分配する。

オレは子供だから量は少なかったけど文句を言うことなんてなかったし、他にもそんな奴はいない。

水の量を間違って誰かが死ねば、その分集落全体の鉱石の採れ高に響くからだ。

食べる物は多少適当でも死なないけど、水を飲まなければ2日もたずに動けなくなる。


だから多少汚れようが悪くなろうが、オレたちは1ヶ月分の水をきっちり分けて、少しずつ飲む。

だけど悪くなりすぎた水を無理して飲むと、腹を壊してどんどん出ていってしまうので、逆効果だ。

そういうときはできるだけ動かないようにして、兵隊か雨が来るのをひたすら待ち続けるしかない。

水で何かものを洗うなんて集落でしたことはなかったし、雨が降ったときはある限りの器を外に出して水をためて、そのときだけは体を洗った。


一番欲しいものは何か?

そう聞かれたら、皆間違いなく「水」と答えたと思う。


2杯目の水をジョッキの半分くらいまで飲んで、まだまだきれいな残りの水を外に「捨てる」ついでに手を洗う、その冷たさが。


今オレ、サーヴェラのいる場所が、その水の支配者たる大精霊のソーマにーちゃんと。

そして、オレたちを助けると約束してくれたアリスねーちゃんが作った、その村なんだということが。


夢じゃなくて現実なんだと、オレに教えてくれていた。





水がもったいない!


オレがウォルを見たときに思ったのは、その一言だった。

3週間前にはじめてこの村を見たとき、超貴重品だった水がそこら中に流れていることにオレも皆も仰天した。

にーちゃんの説明だと、大きい中央湖から湧きだす水は、1から4番の湖と四角湖を通って、川になって海まで流れているらしい。

そのうち中央湖の水だけが飲み水用だと言われて、もう1度皆で仰天した。

村中のあっちこっちに引かれた水路にも水が流れているけど、正直オレからすればその水でも普通に飲めるレベルだ。


でも、にーちゃんにそう言うと、すごく嫌そうな顔をされた。


中央湖……飲み水用

1番湖……洗い物、洗濯用

2番湖……予備

3番湖……浴場(男用)

4番湖……浴場(女用)

四角湖……グリッドの養殖用


よくわからないんだけど、にーちゃんからすれば「飲む水」と「洗う水」は別のものらしい。

とにかく中央湖以外の水、ましてや水路の水なんか絶対に飲むな、とオレたちは約束させられた。

これだけ水があるんだし、にーちゃんの言うことなんだから皆も守ってはいたけど。

でも皿を洗った後の水を平気で捨てられるようになることでさえ、慣れるまで1週間くらいはかかっていたと思う。





オレが薄暗い中、水路をいくつか飛び越えながら向かっているのはその3番湖、つまり浴場だ。

木でできた高い壁で囲まれた3番湖と4番湖からは、常に白い湯気が上がっていた。

これも木でできた戸を横に引いて入ると、オレたちが寝ている部屋の4、5倍くらいの部屋があって、そこには棚がズラーっと並んでいて、その奥にまた浴場に続く戸がある。

ここで服を脱いで、浴場に入る。


それがルールなんだけど、オレからすれば服も体も一緒に洗えばいいじゃないかと思う。

そうにーちゃんに言うと、やっぱりすごく嫌そうな顔をされたけど。

そもそもお湯に布をつけるな、と言われたんだけど正直……意味がわからない。

でも浴場、お風呂に入る気持ちよさは、すぐにオレでもわかるくらいだった。


寝る前には必ず入れ、とも言われているけど、別に自由時間に入りたいなら好きなだけ入ってもいい、とも言われている。

体をきれいにしておくことは、病気を予防することや健康を保つ上でも大事なことらしい。

ホズミじーちゃんもよく朝ご飯の前に入りに来ているし、オレもそれに付き合うことが多い。


白くて厚い生地の服もパンツも脱いだオレは、それを棚に投げ込んだ。

その隣には、真っ黒な服が同じように投げ込まれている。

……この村で、黒い服を着ている男の人は1人しかいない。


「おはよう、にーちゃん!」


「おう」


タオルを掴んで浴場に続く戸を開けると、湯気の中にはその服と同じ黒い髪のにーちゃんがいた。


この浴場は1番湖や2番湖と同じ形の湖らしいけど、エレニアねーちゃんたちの魔法で地面は土じゃなくてザラザラした石になっている。

床にはいくつか溝が掘られていて、あふれたお湯はそこから外の水路に流れ出していた。

積まれている木桶でお湯をすくって軽く体を流した後、にーちゃんがいる所までお湯の中を進んでいく。

お湯は、あったかい。


「おはよー……、サーヴェラ……」


「おはよう、エルカ!」


そのお湯を沸かしているのは水面から顔を出した、気弱そうな、オレと同じくらい年の透明な子供。

エルカたち、にーちゃんが連れてきた上位精霊だ。


上位精霊と契約できれば、帝国騎士隊の隊長クラスになれる。

帝都に住んで、一生困らない暮らしができる。

集落にくる兵隊がたまにそんな話をしていたときがあるけど、隣でお湯につかっているにーちゃんはその上位精霊を12人も従えていて、当番制で風呂焚きまでさせていた。

魔法を使えないオレでも、これがどれだけあり得ないことかはわかる。


「とーだい様、お湯加減はいかがですか……?」


「ん、いいんじゃないか?

……どうだ、サーヴェラ?」


「うん、気持ちいいよ」


「よかったです……」


だけどそれは当然のこと、むしろ誇らしいことみたいで、エルカやセリアースたち上位精霊は、浴場でにーちゃんと話すことをいつも楽しみにしているらしい。


「……なんだ?」


「別に、なんでもない」


こうして見ている分には普通の人間なのに、にーちゃんは本当に水の大精霊なんだ。


オレたちがあんなに恐がってたチョーカ兵を、一瞬で何万人も殺せるくらい。

1人で、湖を作ってしまうくらい。

オレたちの怪我を、全部治してしまえるくらい。

竜や上位精霊に命令ができるくらい。


そんなにも強い存在が自分の隣にいて、話ができることに、オレはよくわからない感動みたいなものが湧きあがってくるのを感じる。


お湯の中で手足を伸ばしながら、屋根のない天井を見上げると。

空は、かなり明るくなってきていた。





カーン、カーン、カーン……。


朝食の時間になったことを村中に知らせる、集会所に下げられた半鐘の音を、オレとにーちゃんは歩きながら聞いていた。

部屋から出てくる皆に、ミレイユ先生とねーちゃん、当番だったアンゼリカとロザリアがそれぞれ食事を渡していく。

今日のメニューは、ニワトリの産みたての卵をたっぷり入れた麦粥だ。

にーちゃんが座って、ねーちゃんと先生がその両隣に座ってから、皆で食べ始めた。


「お前たちがここで暮らす限り、渇かず、飢えず、凍えないことを約束する。

だから裏切らず、怠けず、そして強くなることを約束しろ」


ウォルに来てはじめての食事のときに、にーちゃんはそう言った。

その言葉通りに、先生とねーちゃんが中心になって皆で当番制で作る食事は、あり得ないくらいに旨いし、量も多い。

村に来て最初の何日かは、水の飲みすぎと食べすぎで腹を壊している奴が何人もいたくらいだ。


山盛りになっている野菜の塩漬けもかじりながら、卵粥をおかわりして腹がいっぱいになる直前まで食べる。

水も、飲みたいだけ飲む。

この段階で、プロンで食べていた1日分か、へたをすれば2日分の食事より量が多い。


この後、午前中は先生から勉強を教えてもらう。

文字の読み方と書き方。

数字の使い方と、計算の仕方。

7属性の精霊と、魔法について。

世界の地理と歴史。


怠けずに、強くなれ。

にーちゃんの言葉は簡潔だけど、絶対だ。


だからオレたち子供は全員、それに大人もほとんど全員が先生の授業を受けている。

先生の話はわかりやすいし、面白いし、何より皆も一生懸命だから、勉強はすごい濃さで進んでいく。

先週には、ゆっくりなら文章を読める奴も出てきたくらいだ。


その先生の話を聞けば聞くほど、どれだけにーちゃんがすごいかわかる。

というか、ねーちゃんも先生もエレニアねーちゃんたちも。

サラスナもシズイも、セリアースやエルカたちも充分にすごい。


その全員を合わせたよりも強くて偉いにーちゃんが、すごすぎるんだ。


勉強の後はお昼ごはんと休憩を挟んで、その後はそれぞれの当番の仕事だ。

畑の水やりや、野菜の収穫。

グリッドやニワトリの世話。


採掘に比べたら、「休憩」といってもいいような仕事だ。

仕事が終わったら、食事当番以外は夕食まで自由時間だ。

浴場でのんびりしたり、時間が早ければ昼寝をしたり、森の方まで探検に行ってみたり。

にーちゃんたちの仕事を見に行くのも、面白い。


にーちゃんの仕事は、誰も手伝わない。

というか、手伝えない。


普通のノコギリの刃がボロボロになるような硬くて太い木を、にーちゃんは白い剣で。

オレたちをプロンから連れ出すときに、森ごと何十人もの兵隊を一振りで斬り捨てたあのうるさい剣でスパスパ斬ってしまう。

斬り出した壁みたいな木材には白い槍みたいなやつ、ドリルっていうらしいけど、で組立用の溝を掘って余った部分を切り落としていく。

下書きもなしで適当にやっている風にしか見えないんだけど、どうやってかにーちゃんにはそれでわかるらしい。


実際、氷で浮かせてどんどん組み上げられていく壁や柱、屋根がうまくはまらなかったことは1度もない。

その間にーちゃんはポケットに手を突っ込んで、それをずっと見ているだけだ。

そんな風にしてにーちゃんは、1日中家を作り続けている。


木が足りなくなったら、ねーちゃんが来る。

地面に残ったままの岩みたいな切り株は、ねーちゃんが魔法を使えば一瞬で土に還って、地面に残るのはちょっとした跡だけだ。

その後またねーちゃんが魔法を使えば、一瞬でまた木が生える。

それは野菜も一緒で、ねーちゃんは1人で畑も森も作れてしまう。


だけど、ねーちゃんからは普通の野菜の育て方も教えられていた。

どんな土がいいのか、水はどれくらいやればいいのか、どんな病気にかかるのか、どのくらいで収穫できるのか。

何度か使った畑は休ませないといけないことや、ニワトリのフンから肥料を作ることも教えてもらっている。

魔法でできるからといって、本来のやり方を軽んじてはいけない、らしい。


そんなに詳しいねーちゃんなのに、どうしてかその野菜の料理の仕方だけは聞いても答えてくれない。

そのまま塩で、って言われるか、困ったような顔で目をそらされるかのどっちかだ。

まー、先生に聞けば教えてくれるし、運が良ければその日の夕食で作ってもらえるから別にいいんだけど。


エレニアねーちゃんたちは、魔法が使えなくなるまで皿や水がめ、壺なんかを作り続けていた。

でも、にーちゃんやねーちゃんに比べると魔力がそんなにないらしく、だいたい午前中で皆へばっている。

ねーちゃんの魔力はエレニアねーちゃんのだいたい6倍くらいで、にーちゃんは100倍以上、そもそも比べるのが間違ってるニャ!らしい。

エレニアねーちゃんたちは弱いの?と聞いたら、涙目でそう叫ばれた。


でも、自由時間にエレニアねーちゃんたちと遊ぶのは楽しい。

体力だけならあの2人には負けないニャ!の言葉通り、おとなしそうなネイリングねーちゃんもあれでめちゃくちゃはやい。

4人とサラスナとシズイと一緒に連日遊んでいたら、オレたち子供は皆少しだけ足が速くなっていた。


そのサラスナとシズイは、竜だった。

最初に見たときはびっくりしたけど……、でもすぐに慣れた。

プロンにいたときからもなんとなく人間じゃないのはわかってたし、それに……あいつらは友達だ。


だいたい、戦場でにーちゃんが使ったあのとんでもない魔法に比べたら、インパクトが薄い。

森を作るねーちゃんにしろ、血を吸う先生にしろ、風呂焚きをしている上位精霊にしろ、竜だった友達にしろ、最高クラスの冒険者のエレニアねーちゃんたちにしろ。

あの、世界を滅ぼせそうな光景を見た後なら、あっさり受け入れられる。


オレたちは今、そういう人たちと一緒に暮らしていた。

















「来週から、他の採掘集落の住民の引取も始めようと思う。

お前たちのおかげで、それができるくらいまでウォルは育った。

これからは徐々に、お前たちにも教える側に回っていってもらうことになるからな」


ウォルを見に来たモーリス隊長たちが帰ってから、3日後の夜。

晩ごはんの前に、にーちゃんはそう言った。

ただ、……皆あんまり集中できていない。

外で先生が火加減を見ている、アレの香りのせいで。


「……そういうわけで、このメンバーだけでの食事も、あと何回もない。

お前たちが来てくれてちょうど1ヶ月でもあるし、タイミング良くアレも到着したわけだ。

今日は、少し派手にやろうと思う。

……じゃあ、食おう!」


にーちゃんも皆のその様子はわかっていたらしくて、途中で苦笑いして話を終わらせた。

にーちゃんのかけ声と同時に子供は皆立ち上がって、自分の皿を持って先生の所に駆け寄る。

はしゃぐオレたちの後ろでは大人たちもエレニアねーちゃんたちもソワソワしているし、後ろの集会所の中ではにーちゃんとねーちゃんが、ホズミじーちゃんたちとお酒を飲みだしていた。

オレたちの目の前では、ヤギの丸焼きの表面で脂がビシビシ音を立てている。


行商隊が持ってきた服や布、ブーツ、酢にお酒、香辛料や果物、干し肉に霊墨イリス、紙にペンとインク、本。

それと一緒に持ってきた20頭のヤギのうち、一番太っていた雌のヤギを、にーちゃんは躊躇せずに殺してすぐに捌きにかかった。

血抜きをした後に皮を剥いで、切れ目を入れた腹から内臓を破かないように、丁寧に取り出していく。

氷で作ったナイフ1本でヤギを肉に変えていく作業は、異常なまでに手際が良かった。


にーちゃんいわく、哺乳類ならだいたい体の構造は同じだからな、ということらしい。

この世界にきたときに色々あったんだよ、と無表情で言ってたから、冒険者として修業するときに身につけた技術なんだろう。

にーちゃんはこの日、ヤギの処理にかかりっきりになっていた。


内臓のうち肝臓はずっと水で血抜きされていて、先生が野菜と一緒に甘辛く炒めていた。

集会所の中でそれを食べているにーちゃんたちの表情からすると、あれもかなり旨いらしい。

他にも腸をきれいに洗って、香辛料を混ぜたウサギの挽肉をそのなかに詰めていぶした後、茹でた料理もある。

ねーちゃんが無言で食べ続けているところを見ると、あれもカラアゲ並みにめちゃくちゃ旨いみたいだ。


でも、今は目の前の丸焼きだ。

内臓の代わりに香りの強い野菜をギュウギュウになるまで詰め込んで砂糖と塩、香辛料を表面に刷り込まれたヤギ肉は、そのまま鉄の棒で串刺しにされて地面と平行に固定されている。

そのままにーちゃんが素手でさわってじっくり熱を入れられたヤギは、先生がバトンタッチして表面だけをこんがり焼いていた。


「ふふふ、この肉を壊しすぎない絶妙な火の通し方……。

さすがは、旦那様ですわー」


ウットリしている先生が切り分けてくれた、両手に乗りきらないくらいの肉の塊が乗った皿を持って、集会所の中、空いていたねーちゃんの正面の席に座る。

かぶりついた肉は表面がカリカリで、かんだ瞬間に崩れるくらい中はトロトロだ。

野菜の香りと甘みが乗り移ったような脂の味は、生きててよかった!と思えるくらいに旨かった。

「レバニラ炒め」は食べた瞬間に力が湧いてくる味だったし、ねーちゃんが皿に入れてくれた「ソーセージ」はパキッと噛んだ瞬間に口の中で汁が爆発する。

間違いなく、今まで生きてきて食ったものの中で、一番旨い。


オレは食った。

冷たくてきれいな水も飲みながら、ひたすら食った。

皆も、腹がいっぱいになるまでひたすら食っていた。





好きなだけ、腹がいっぱいになるまで……。





「どうしたの、サーヴェラ……?」


ねーちゃんがそう聞いてきたとき、オレは肉をかみながら。

……泣いていた。


「サーヴェラ?」


「……」


心配そうなねーちゃんの緑色の瞳の横で、にーちゃんの静かな黒い瞳もオレに向けられている。


「うっ、ん……、なんが、しあわぜだけど……。

おんなじくらい……、くやじくて……」


オレは今、幸せだった。


こんなに旨いものを腹いっぱい食べて、好きなだけ水が飲める日がくるなんて、もう願うこともやめていた。

どうしようもないと諦めて、昨日まで一緒に働いていた奴が死んだとしても、何も思わないようにしていた。

むしろ、死んだ奴の分、少しだけでも水がもらえると喜んでさえいた。


そうするしかないと、思ってた。


でも、にーちゃんとねーちゃんはそれを一瞬で変えてしまった。

オレたちが諦めきっていた毎日は、にーちゃんからすれば1日で変えられるくらいのものだった。

こんなに旨いものを食べさせてくれるのも、捨てるくらいの水を作り出すのも、にーちゃんからすれば、そんなにたいしたことじゃないんだ。


そんな、にーちゃんの強さが、羨ましかった。

そして、それ以上に。


そんなことしか思えない、弱い自分が情けなかった。


「「……」」


「ごべん……」


にーちゃんとねーちゃんには、なんとなく伝わったんだと思う。

歯を食いしばって下を向いたオレに、にーちゃんの静かな声が降ってきた。


「甘いな、サーヴェラ?」


にーちゃんの声は、オレに呆れるものでも苛立つものでも、オレを慰めるものでも憐れむものでもなかった。


「この世界にはな、もっと他にも美味しいものがあるんだ。

同じようにもっと楽しいことも、もっと気持ちいいことも、もっと幸せなことだってあるんだぞ?」


ただ淡々と、オレに事実を伝える声だった。


「でもな……、それと同じくらい、もっと苦しいことだってある。

もっと痛いことも、もっと辛いことも、もっと不幸なこともな。

お前たちが置かれていた状況はかなり悪い方だったと思うが、でも最悪じゃない。

とりあえず今、生きてるんだからな。

……もっと残酷で理不尽なことも、この世界ではあり得るんだ」


オレが知らない、世界の話を。


「だから強くなれ、サーヴェラ。

手に入れたいものを手に入れて、守りたいものを守れるように。

倒したいものを倒して、救いたいものを救えるように」


どうして、強くならないといけないのかを。


「世界は、変えられる。

強さと、それを使う覚悟があればな」


オレでも、何かを変えられるんだと。


……強くなりたい。

オレは、本気でそう思った。


口の中に残っていた肉をかむと。

やっぱり、旨かった。


「うん、わかっだ……!」


肉を飲み込んで、にーちゃんの目を見たオレの顔はそこそこひどかったらしい。


「ふいて」


ねーちゃんが、ハンカチを渡してくれる。


「とりあえず、食え。

まずは、体をでかくするところからだ」


小さく笑ったにーちゃんは、オレのジョッキに水と氷を注ぎ足してくれた。

















強さと、覚悟。

オレがその意味を知って、それを手に入れるのは。





もう少し、先の話だ。

サーヴェラ君のお話でした。

修羅場をくぐっている分、意外と大人な考えの持ち主ではありますが、圧倒的な力を持つ「保護者」の登場で、少し子供っぽい部分が戻ってきていますね。

村でのカリキュラムは人数が増えるごとに改良されていきますが、クロタンテ・プロン組はその中心的な役割を果たしていくことになります。

また、ソーマがとんでもない事を言っていますが、エルベーナでの復讐の具体的な内容を作者がアップしようとしない理由を、ここから推し量ってください。

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