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クール・エール  作者: 砂押 司
第2部 カイラン南北戦争

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42/181

ウォル 後編

ここまでで、2部本編が終了となります。

「サラスナ、凄いねー!!」


「凄かったのは、ソーマ様とアリスさんです」


「「……」」


「「……」」


6日後、『ホワイトクロー』の4人が操る4台の大型馬車がウォルに到着した。

妻であるシズイが手放しの称賛と共に飛びついてきたのをサラスナが赤面しながら受け止めつつ、優等生らしくきっちり謙遜する中。


エレニアたち4人と、サーヴェラたち44人は周囲の光景を。

水の大精霊と、そのパートナーである世界8位の木属性魔導士がその全力を奮った結果、不毛のカイラン大荒野にそこだけ豊かな村がどこかから召喚されてきたような。


文字通り魔法のような光景に、ただただ呆然としていた。


見渡す限り黄色みのかかった乾いた土と、白っぽい小石しか落ちていなかった枯れ果てた大地には小エルベ湖、巨大なネコの足跡のような湖群こぐんと、湖底一面にうっそうとやわらかい水草が茂った四角い湖ができていた。

本家のエルベ湖のように青く澄んだ水はこんこんと湧き続け、一帯に張り巡らされた幅50センチほどの水路を巡った水は、果ては大地を横断して地平の彼方、海までを川となって流れている。

一瞬も途切れることのない静かな水音と、俺とアリスの後ろに控える12名もの上位精霊の姿が、この地が水の大精霊の絶対の加護を受けていることを、明確に知らしめていた。


高くなった太陽をキラキラと反射する小エルベ湖の水面から視線を上げると、アリスの瞳のような深い深い緑色。

1本の植物さえも生えていなかったはずの湖の西側からは、ラルクス周囲の北部森林のような深い森が誕生していた。

数百種類もの植物で構成された俺のパートナー入魂の森林の全容は、もはや俺の【水覚アイズ】をもってしてもカバーしきれない範囲に広がっている。

村の中と同様に無数に引かれた沢から絶えることのない清水の恩恵を得る森林は、もはやこの土地に「不毛な荒野」という言葉が似合わないことを生き生きと表していた。


視線を手前に戻すと、水路の隙間を埋めるようにただひたすらに畑が広がっている。

アリスの【生長グロー】と【腐植ラス】の繰り返しによって、クローバーに似た短草が強制的に輪廻りんねさせられた大地は、あり余る水源と相まってアーネルに負けない肥沃な大地と化していた。

黒くやわらかい土や、あるいはあえて痩せたままの黄色い土で区分けされた無数の農地には、小麦にライ麦、タマネギ、ジャガイモ、ニンジン、キャベツ、トマト、カボチャ、サツマイモ、アスパラ、キュウリ、トウモロコシ……。

四季が存在せず1年を通して温暖なカイランの気候を最大限に利用し、俺が知っている野菜と現世では見たことのない植物があわせて数十種類、まるで鮮やかな抽象画のような色合いでウォルの大地を染め上げていた。


農地のうち、野菜が植えられていない場所はいずれもまとまった牧草地となっている。

数種類の牧草が緑と黄緑色のグラデーションをにじませる光景は、ここに投入される動物の数がかなりの数になるのであろうことを予感させていた。


肝心の住居であるが、これは全て木で造られている。

だが、それもただの木ではない。

その名を、「鉄の木」という。


そもそもこの世界の建築は石が主流だが、それを組み上げる技術も魔法も俺には扱えない。

土属性魔導士であるエレニアたちの合流を待ってもよかったのだが、彼女らの魔力では家1棟を建てるまで数日がかかるため効率が良くなかった。


そこで俺が思いついたのが、鉄の木だ。

これは現世にも存在した樹木の通称名でその名の通り鉄のように硬く、水に沈むほど重い。

組織の密度が高く頑丈で、海中ですら腐らないほどの耐久性を誇る最強最硬の木材の1つだ。

当然ながら通常手段での加工は困難を極めるのだが、【水覚アイズ】と【白響剣ソー】、さらに【青殺与奪ペイルリーパー】を駆使して組み上げられたウォルの建築物は、条件によっては【氷撃砲カノン】にすら耐え得る堅牢さを持つに至っていた。

尚、住居は現世の日本の長家ながやを参考にした構造となっており、16畳ほどのワンルームが横に連なっている状態だ。

ワラを詰めた布団だけが置かれた鉄の木の床が即席感を醸し出しているものの、ここから徐々に家財道具は増やしていきたいと思っている。


尚、村の中には同様に鉄の木で立てられた建造物が、住居以外に4種類ある。


1つめは、巨大な東屋あずまやとしか言えないような、4角4辺と中央の大黒柱、計9本もの柱で支えられた屋根だけの建物だ。

詰めれば数百人が座れるであろうこの建物は、ウォルの中心であり、食事の場や教室、集会所として機能することを期待している。

建築に丸2日を要した、俺の力作でもある。


2つめは、同様に壁しかない謎の建築物だ。

いまだ水を引かれずにクレーターがむき出しとなっている3番湖と4番湖、そのそれぞれの四方を高さ4メートルの壁が覆い隠している。

エレニアたちの初仕事は、あの2つのクレーターの表面を石化してもらうことだが、今日中に終わるかは微妙なラインかもしれない。


3つめは、共同トイレだ。

各住居から下水を引く作業が面倒だったため、男女20名ずつが使用できる巨大なトイレを村の西端、川の近くに建設した。

アーネルで購入した便器40をサラスナと空輸したのも、トイレが完成した今となってはいい思い出だ。


4つめは、牧草地に設置された複数の畜舎だ。

イラに注文した家畜が到着するのは1週間後からなのだが、まぁこれの本格稼働はウォルの人口が200名を超えてからになるだろう。


「……以上がウォルの、お前たちがこれから住む村の、今の全容だ。

とはいえ、まだまだやるべきことは多いな。

楽しいことばかりじゃないし、辛いことも苦しいこともあるかもしれない。

当座の課題としては、これから新たに増える住民を迎えるだけの準備をこの人数だけでこなしていかないといけない、という問題もある」


住民たちに大雑把な説明をした後に、保険をかける意味も込めてそんな言葉をつけ加えておくが、あまり意味はなかったようだ。

住民たちの瞳は歓喜と崇拝、畏怖と希望の光に満たされ、その前に多少の苦労や苦難は霞んでしまっているようだった。


が、それも仕方のないことだろう。

お腹一杯に食べられ、きちんと眠ることができ、誰からも乱暴されない。

俺からすれば当然のことだが、ウォルの住民たちはその当然のことを剥奪されてきた人間ばかりなのだ。


そして、そういう人間を。

俺は……選んで、連れてきた。


だからこそ彼らは、彼女らは。

その当然のことを守り通すために、懸命に働いてくれる。

強く賢く、人間として成長してくれる。


そしてウォルはより堅く、より高く、より長く、より永く。

この大陸に、そびえ立つことだろう。


「……だが、まぁ一緒に頑張っていこう!

とりあえずは、ウォルへようこそ!」


絶えない水の流れの音と共に響く、俺の声と。

その隣に立つ、アリスの優しい笑顔を受けて。


住民は村中に響く高らかな歓声を、爆発させた。





「……なんなのニャ、これは?」


「何って、報酬だ」


「なんでこんなに少ないのニャ?」


「少ないって、お前な……。

大オリハルコン貨だぞ?」


「……ニャ!!!?」


今回の戦争で俺たちがアーネルから最終的に支払われた報奨金は、大金貨換算で21万2千枚、日本円で106億円相当にのぼる。

『ホワイトクロー』の4人に支払う報酬はその2割で大金貨42,400枚、4人で割っても1人5億円以上の報酬が得られる計算になっていた。

正直、釈然としないものはあるものの、そういう契約だったのだから仕方がない。


ただし20万枚以上の大金貨など、現実的に輸送も保管も不可能だ。

そこで俺は報酬のうち21万枚を、全て大オリハルコン貨に両替してもらってきていた。

ちなみに金貨の上がミスリル貨、その上がオリハルコン貨で、金貨100枚でオリハルコン貨1枚。

そして大オリハルコン貨は、オリハルコン貨5枚の価値がある。


桁が大きくなりすぎて混乱しそうになるので結論だけ言うと、大オリハルコン貨1枚で500万円相当だ。

俺がエレニアの足元に置いた木箱には、その大オリハルコン貨が424枚、21億2千万円が詰められていた。

重たいオリハルコンを皮袋に入れるのは不可能なので、わざわざ鉄の木で作った手製の千両箱だ。


「ニャ……ォォォオ!!!?」


人生5回は遊んで暮らせるような大金が詰められた木箱の中身を確認して、エレニアが雄叫びのような悲鳴をあげる。


「……ぅわっ!!!?」


「すごいですぅ!」


「!?」


アネモネ、ブランカ、ネイリングもそれぞれの反応を示し、恐る恐るといった様子で大オリハルコン貨にふれた。

その瞳の焦点が徐々に合わなくなってきているのを見て、俺は冷めた口調で釘をさす。


「渡すものは渡したが、これから半年は手伝ってもらう約束だからな?

忘れるなよ?」


「わかってるニャ……!」


ちなみに、『ホワイトクロー』は村作りの手伝いをすることは約束していたが、半年という具体的な期限は今初めて口にしたはずだ。

この点は、約束などしていない。

俺に元気に敬礼してくれたエレニアは、何をわかっていたのだろうか。

大金を手にした人間特有のニマニマとした笑顔を隠そうと必死のエレニアたちを見ながら、俺は小さく唇をつり上げていた。


尚、残りの大オリハルコン貨は同じく鉄の木の箱に収めて中央湖の底に、残りの大金貨以下の貨幣は俺とアリスの部屋に保管している。

12名の上位精霊が守る水深10メートルの金庫を破るのは、おそらく人間には不可能だろう。


……まぁ、俺とアリスの部屋に無断侵入するよりは、楽に死ねるかもしれないが。





それからは、一気に日々が過ぎていった。


共同浴場にするための3、4番湖の床を【創構グラクト】で1日で石化させろと言われて、エレニアたちが蒼白になったり。

四角湖の周りや、牧草地の周りを柵で囲う作業が続きすぎて、サーヴェラたち全員の柵を作る技術だけが異常に向上したり。

意外と教師の適性があったミレイユが子供たちから「先生」と呼ばれるようになっていて、冒険者組が緊急会議をする羽目になったり。

でも、その先生の指導の甲斐もあってアリスの料理の腕が、少しずつは向上しているようだったり。


輸送されてきた大量のグリッドがうごめく皮袋の中を見てしまったアンゼリカが失神したり。

柵の造りが一部甘かったのか、そのグリッドが四角湖から村中の水路に逃げ出して大騒ぎになったり。

ニワトリの到着を記念してこの世界にはなかった唐揚げを作ってやったら、アリスやエレニアたちを含む住民全員が無言で口を動かし続けていきなり10羽以上を捌く羽目になったり。

子供たちがはしゃぎながら芋掘りをしているのを眺めながら、大人が皆で笑っていたり。


怒涛のように忙しくも、童話のように穏やかな日々は、確実に子供たちの体と心を癒していっていた。

















「見事なものですね……、ソーマ殿」


「だろ?

まぁ、とりあえず昼食にしよう。

報告は、食いながらでもいいだろう?」


1ヶ月後、アーネル王国騎士団第2隊副隊長のモーリスが30名の部下と共にウォルへ訪れた。

白地に青い横線のアーネル軍の交渉旗を確認し、竜となってパトロールをしていたシズイによって誘導されてきたモーリス隊は、激変している周囲の環境に緊張と戸惑いを隠せないでいる。

災厄の権化と目されている俺の領地に踏み入るなど絶対に志願者はいなかったはずだが、クロタンテ攻略で俺と行動を共にしたモーリスに白羽の矢、あるいは貧乏くじが当たってしまった恰好だろう。

とはいえ、アリスともエレニアたちとも面識があり、リーカン滞在中はアンゼリカたちの面倒も見ていたため子供たちの警戒感も薄いモーリスがウォルへの使者として最適なのは、俺も認めるところだった。


「……まぁ、現状はこんなところだな。

町みたいにはいかないが、その辺でキャンプを張るよりはよっぽど快適に逗留できるとは思う。

次からは有料にするが、食事もこれくらいのものは出せるし、トイレも浴場も布団もある。

水も食糧も補給できるしな」


集会所で焼きグリッドとオニオンサラダ、ふかしたジャガイモとコーンスープにカティというメニューを食べながら、俺はモーリスたちにウォルの大雑把な説明をした。

言うまでもなく、ここにモーリスが訪れたのはウォルの現状視察のためだ。

一応はアーネルの国土である以上、報告義務は確かに存在するだろうし、今後行商が怯えないで来てくれる程度の評判は持ち帰ってもらわなければならない。

サーヴェラたちに隊が乗ってきた馬の世話を命じ、モーリスやその部下の緊張が徐々に解けていくのを確認しながら、俺は頭の中で相場や収支を計算していく。


ウォルは充分な水と食料に恵まれ、俺以外にも霊竜と上位精霊という武力で守られた理想郷ではあるが、独力で全てを得られるほどに完全なわけでもない。

感化させやすいことから住民は全員が元奴隷、しかも大半を子供が占めているため、何かを作るというスキルを持つ者はほぼいなかった。

現状のウォルでは、服を作ったりパンを焼くことさえできないのだ。

これは、チョーカの採掘集落からの移植を完了させ人口が300名を超えても、おそらく変わらない事実だろう。

今は戦後報酬から全費用を賄っているが、ウォルの自立を促すならば独立した現金収入も必須だし、いずれは奴隷以外の職人や商人を招く必要も出てくるであろうことを考えると外部、特にアーネルとの交流は避けられない。


1泊3食付き施設利用込み……銀貨2枚 (猫足亭の宿泊代にあわせた)

水や食糧、馬用飼葉の補給……ラルクスの物価と同額 (アーネル国内では、ラルクスの物価は安い方)


昼食終わりに俺がモーリスに伝えた金額は、その表情を見る限りは良心的なもののようだった。

俺も安価だとは思うが、商売とはいえ予行演習のようなものなので、今すぐに無理をして利益をあげていく必要もない。


とはいえ、クロタンテを消滅させた今、アーネル最南の城塞都市リーカンからチョーカ最北の港湾都市ビスタまでは、カイラン大荒野、ウォリア高地、鉱毒で汚染された山中と、ウォル以外でまともに補給できる場所はない。

陸路でアーネルとチョーカ間を移動する場合は必ずウォルを通ることになる以上、ある程度の収入は期待できるだろう。


それに。

安定した収入は、チョーカからも得ることができる。

チョーカはもうすぐ、嫌でもウォルと商取引を始めなければならなくなる、はずだからな。





「これで、最後だな」


「は、そうなるかと思います。

わざわざ全ての集落までご足労くださり、ありがとうございました!」


プロンと同じ採掘集落であるツナの住民総勢22名が、巨大な荷車、竜の姿のシズイとサラスナが抱えるそれに足早に乗り込んでいくのを眺めながら、俺は傍らに立つチョーカ兵の差し出す住民名簿の右下にサインを入れた。


モーリスたちが訪れた次の週から、俺とミレイユ、サーヴェラ、『ホワイトクロー』とシズイ、サラスナによる採掘集落からの住民の引取が始まった。

突如、空から巨大な荷車を抱えた青竜と赤竜が飛来し、そこから黒衣の魔導士と露出過多の女、すっかり血色がよくなった元採掘集落住民のサーヴェラと獣人ビースト4人が降りてくる光景は、何度やっても集落にパニックを巻き起こす。

引取の立会役であるチョーカ兵が逃げようとする住民を制止していなければ、俺たちはいちいち住民の捜索から始めなければならなかっただろう。


事前にウォル、一部では魔王領とか精霊領とか呼ばれているらしいが、その地へ送られることをチョーカ兵から聞かされていた住民たちの表情はこれも毎度のことだが、いずれも諦めきったものになっている。

まぁチョーカの人間からすれば、俺は4万人を超える自国民を1人で殺害した、空前絶後の大量虐殺者だ。

そんな悪魔のような大精霊が治める直轄領に送られると聞いて嬉々とできる人間も、実際そうはいないだろう。

移動に耐えられなさそうな住民の手当だけした後に、採掘集落の間では座敷童ざしきわらし的な存在として認知されていたシズイとサラスナ、元同業者のサーヴェラが説得することでようやく彼らの足が動き出し、実際にウォルに着いた後はしばらく呆然とし、やがて歓喜する。

これもまた、いつもの光景だった。


今日まで2週間、ほぼ毎日のペースでプロン以外の21の集落とウォルを2台の竜車で往復しながらこの作業を繰り返してきたのだが、それもこのツナで終わりである。


尚、俺たちが引き取るまでのチョーカの採掘集落の住民への対応であるが、なんの変更もしなかったようだ。

人数を増やして俺の機嫌をとろうとすることもなく、逆に減らして国民の流出を防ぐこともなく。

同様に傷病者の手当をすることもなく、充分な食事を与えることもなく、身綺麗にさせることもなく。

プロンにいたサーヴェラたちと同じかそれ以上にギリギリでボロボロの状態のまま、彼らは俺たちに引き渡された。


大敗による衝撃から帝政を守ることや、大きく人口が失われた都市機能と治安の維持にチョーカが必死なのはわかる。

が、あまりに住民たちへの対応が雑すぎることに、俺はいっそ清々しいものすら感じていた。


チョーカ帝国帝室に、摂政のワイト、帝国軍のハシラー。

そして、その他の都市の住民たち。

彼ら「チョーカ」にとって採掘集落の住民というのは、本当にそれくらいの価値しかないということなのだろう。

おそらくだが同じ国民、同じ人間だという意識すらないのだ。


持って行くと言うなら、そのまま持って行けばいい。

いても、いなくなっても困らない。


それが、チョーカが集落民に対して下した評価だった。


そして、それは。

俺が「チョーカ」に対して下した評価と、ほぼ同じものでもあった。

















それからしばらくして、チョーカ帝国内では次々に井戸が涸れるという現象が頻発する。


さらにそれから2ヶ月後、3日間に渡る大雨の後に、チョーカ北部の山中一帯で広範に渡って山崩れが発生した。

鉱毒によって草木が枯れた山には土砂を留める力もなく、まるで砂山が崩壊したような大規模な土石流の一部はビスタの都市壁まで達し、チョーカ北部全域は泥の海のような様相を呈することとなった。

同時に、チョーカ北部を中心とする広範囲で地盤沈下が起きた。

チョーカ北部の山中は一帯のミスリル鉱脈ごと完全に崩壊、莫大な量の泥の中に埋没し、その復旧は絶望的なものとなった。


尚、その地にはミスリル採掘の準備を開始していたモーリス率いる100名の部隊が展開していたものの、地盤崩壊が発生する前にウォルへ一時撤退していたため、死者は出ず。

大雨が起きてすぐに竜車で救出に現れた俺が、モーリスを強く説得したための「幸運」だった。


周囲に点在する採掘集落は既に無人となっていたため、この災害でチョーカにも人的被害はなかったとのことだった。

が、この地盤崩壊を機に国内の井戸の枯渇は拡大し、また泥水による水質の汚染も発生。

最終的にチョーカ国内の2割の水源が使用不可能となり、以後チョーカは深刻な水不足に直面することとなった。


「それでは、これで失礼いたします。

ソーマ殿、今回は本当にありがとうございました」


「ああ、災難だったな。

また、いつでも来るといい」


「ありがとうございます。

では、これで……」


数日かけて確認した採掘集落の被災状況をまとめ、リーカンに転移するモーリスたちを見送った俺は中央湖の方へ歩みを進めていた。

頭を下げる住民たちに軽く手を挙げながらすれ違い、かつて性奴であった子供たちが笑いながら走っているのを眺めながら。

俺は、中央湖の澄み切った水の側に佇んでいた。





4/3×3.14×400×400×400÷2


これは半径400メートルの球の体積を求める公式、チョーカ兵3万8千人を飲みこんだ【死波シナミ】で放たれた熱湯の量である。

最後の「÷2」は実際に水を生み出したのが地面より上、つまりは半球状だったために必要になった計算項だ。

左右は16両編成の新幹線の全長とほぼ等しく、上は東京タワーよりも高い、東京ドーム約100杯分の水量。


そして俺は、地下に存在する同じだけの水を。

逆に、消し去ることもできる。


地下水脈を【水覚アイズ】で感知したように、俺の領域は球状に広がっているのだ。

これを最大限に悪用した結果が、チョーカで起きた井戸涸れと、先の大雨による未曾有の地盤崩壊である。

俺が採掘集落の住民をウォルまで運ばせるのではなく、わざわざ現地まで引取に行ったのはこの仕掛けを施すためだ。


とはいえ、やったこととしては極めて単純で、領域内の地中の水。

つまり、汚染された地下水脈や、地表のわずかな部分を除いてその土壌に含まれる水分を、各集落に滞在していた時間を利用して全て消し去っていっただけである。


しかし、これによって大小深浅を問わず地下水脈は巨大な空洞と化し、当然それにつながる井戸は全て枯渇。

さらに、地表から数メートルだけ、文字通り皮1枚を残してスカスカの砂山となったチョーカ北部の山中一帯は、いつ崩壊してもおかしくない状態となっていた。

そこに、あの大雨が降ったのだ。


ただ、3日続くほどの大雨になったのは本当にたまたまだ。

そもそも、俺の能力は「領域内の水を支配する力」であって、「天候を操る力」はない。

カイラン大陸は雨が少ない気候ではあるがそれでも2ヶ月に1回か2回は降るらしく、今回はそれが不幸なことに少し長く続いただけだった。


が、その結果起きたことは不幸で片づけられるレベルではない。

降り注ぐ大粒の雨によって少しずつ累積、浸透した水の総重量は【死波シナミ】のそれをあっさりと凌駕。

角砂糖のようになっていた土壌は徐々に液状化し、やがて泥の大波となって大地を蹂躙した。


大規模な山津波によって地上が凌辱されている間、地下ではさらに深刻な事態が発生していた。

それまで大地を支える一部となっていた地下水が全て消失していたために、大雨で急激に重量が増していく土壌の重量に耐えられず、岩盤が断裂。

連鎖的に起きていた土石流や山崩れによる衝撃や重心の変化もあり、広範囲にわたって地盤が陥没し続け、やがてその崩壊はチョーカ北部山中の全域に波及した。

また、決して大きな原因ではないものの、各地に空けられていたミスリル鉱脈の穴が、その崩壊の一助となってしまったことも否定はできないだろう。


死波シナミ】とは全く逆の作用を持つ魔導でありながら、その影響はさらに広範囲に、そして長期間に及ぶ。

降り注ぐ雨の力を借りて行使される、天変地異たる暴虐の鉄槌。


逆死波サカシナミ】。


それは国家さえも枯らせる、やはり無慈悲な災厄なのだ。





死波シナミ】で既に大ダメージを与えたチョーカに、俺がさらに【逆死波サカシナミ】を仕掛けた理由は3つ。

アーネルに採掘権が渡ったミスリル鉱脈を物理的に封印するためと、チョーカを水不足に追い込むため、そしてカイラン大陸における俺たちウォルの地位をさらに盤石のものとするためだ。


何度も言っているように俺たちの目的は戦争をなくすことであり、戦勝国であるアーネルの国力の増大は望むところではない。

その硬度と軽さから最強の金属であるミスリルは、確実にアーネルの軍備増強につながってしまう。

俺も含め、現世もこの世界も問わず、人間は自分が思うほど完璧な存在ではない。

食べて寝て恋をして、どうしても闘いたくなったら殴り合いかチェスでもすればいいのに、絶対にそれでは収まらない。


ナイフを持てば何かを切りたくなるように、銃を持てばその引き金を引きたくなるように。

「戦闘欲」とでも呼ぶべき第4の本能に振り回される人間は、手に入れたミスリルの装備を必ず使いたくなり、そしてさらにたくさん手に入れたくなるに決まっている。

だが、中毒性のある玩具の支配から逃れられないのなら、最初からそれにふれるべきではない。

そんな玩具があるのなら、人間の手の届かない所に隠してしまうべきだろう。


逆に人間にとって、なくてはならないものもある。

その筆頭が、水だ。


水道をひねれば透明な水が手に入る現代の日本では考えにくいことだが、古今東西で人が争う最大の理由は水である。

石油よりも、天然ガスよりも、鉄鉱石よりも、レアメタルよりも。

どんな資源や、食べ物よりも。

人間が生きる上で最も大切なのは、水を得ることなのだ。


そしてその水を奪われるということは、死刑宣告に等しい。


逆死波サカシナミ】によって、ただでさえ少なかったチョーカの水資源は完全に危険水域に達した。

大敗によってただでさえ不満を膨らませていた帝国民の怒りと絶望は、やがて帝室に向かうはずだ。

多少は血が流れることになるだろうが、痛みがなければ成長できないのもまた人間のさがである。


何より、愚かな国家を育ててしまった責任と罪はその国の国民にある、と俺は思う。

ならばその愚かさに気づきそれを正すのもまた、その国の国民が負うべき義務で、受けるべき罰だろう。


そして、俺は壁の上からそれを眺め、のんびりと待っているだけでいい。

チョーカの人々にとって俺が。

「恐怖の魔王」から「救国の大精霊」に変わる、その瞬間まで。


通常の魔導と【逆死波サカシナミ】が決定的に違うのは、その発動が他者に知覚されないということである。

普通の人間や並の魔導士に、地中の水分量の変化などわかるはずがない。

また、その効果が現れるタイミングは俺にもコントロールできない雨、ただの気象条件である。

結果としてモーリスもチョーカ兵もこの出来事は俺とは無関係な、ただの災害として認識していた。


俺のこの件における立位置は、あくまでも善意の第三者だ。


そして、チョーカ国民が水不足にあえぎ、混乱と失意を極め、帝室の権威が地に堕ちたその瞬間に、俺ははじめて手を差し伸べるつもりだ。

どうしようもない天災のような苦痛、……いや文字通りの天災で疲弊しきった国民の目に、豊かな水と食料を擁するウォルとそれを率いる俺とアリスの姿は、慈しみ深い天からの救いのように映るだろう。

暴動がこじれて内戦が起きるようなら武力介入して鎮圧すればいいし、なんなら帝室を倒す先頭に立って英雄扱いされてもいい。

絶望的な状況で救いの道を示されれば、人間はそれを盲信し、そしてその手を差し伸べた相手に対して驚くほど従順になる。


それこそ、チョーカが捨てて俺が拾った、採掘集落の住民たちのように。


王都での俺の扱いを見てもわかるように、圧倒的な恐怖だけでの支配は決して長続きしない。

味方をしてくれた、助けられた、救われた。

その事実こそが、狂信とでも呼ぶべき絶対的な信頼を生む。

たとえそれが仕組まれたもの、マインドコントロールの結果であったとしても、人間はそれには抗えないのだ。


いずれはウォルに水を買いに来てでも癒さねばならなくなる、その喉の渇きのように。





とりあえず、チョーカには1たるをいくらで売ることにしようか。

中央湖に入れた手で水の状態を確かめながら、俺は唇をつり上げていた。

















「稼がせてもらったニャ!」


「世話になったな、ソーマ、アリス」


「楽しかったですぅ」


「……またね」


「お前たちのおかげで、色々と助かった。

こっちこそ、礼を言う」


「また、いつでも遊びに来てほしい。

……ブランカも」


大雨から2ヶ月後、つまりウォルができてから半年後。

俺とアリスは、サリガシアに帰るエレニア、アネモネ、ブランカ、ネイリングを見送りに、ラルポートに来ていた。

前日の夕方までウォルの住民たちの壮行会を受け、さらにラルポートへ転移した後は、2次会として6人で酒場で朝まで飲んでいたため、全員の目が真っ赤になっている。

まぁ、俺以外の5人の目が赤いのは、壮行会のときからでもあるが。


通常の農作業や水の販売業務を休止して昼から始まった『ホワイトクロー』の壮行会は、その成長を示す意味も込めて全てを子供たちに仕切らせた。

朝、あるいは前日の夜から準備が進められた宴会はなかなかのクオリティで、最後に泣きながらお礼と別れの言葉を言う子供たちに囲まれた4人は涙ぐみながら全員と抱擁を交わしていたし、それを見つめる俺の横でアリスも涙をふいていた。

良くも悪くも明るく前向きな『ホワイトクロー』の面々の存在は、重たい過去を背負う者が多いウォルの空気を随分と鮮やかなものにしてくれている。

俺としても、エレニアたちに素直に感謝の気持ちは抱いていたし、4人に親しみを感じるようになっているのもまた事実だった。


最後にそれぞれと握手を交わし、タラップを渡って大陸間定期船である木造の大型帆船に移った4人が、俺とアリスを笑顔で見下ろす。


「ソーマ、アリス。

2人は、サリガシアに来る予定はあるのかニャー?」


犬っぽい獣人ビーストの船員がタラップを片づける中、エレニアは少し大きくした声で俺に問いかけてきた。


サリガシア大陸。

獣人ビーストの国家が乱立し、エルダロンのフリーダが支配し、地の大精霊ガエンが眠る北の大地。

……いずれは、行かなければならなくなるだろう。


だが、それは今すぐではない。

しばらくはウォルから離れられないし、先に訪れるのはネクタ大陸の方になるだろうからだ。


「そのうちな」


「そうかニャ」


言葉短く返した俺に、エレニアは金色の瞳を細めて同じく短く返した。

そして、静かに笑みを浮かべる。


「じゃあ、待ってるニャ」


カンカン、カンカン、カンカン……


エレニアの返事と同時の出港の合図、2打ずつ3度の半鐘と共に、船はゆっくりと動き出す。

手を振る4人に向けて、俺とアリスも手を振り返した。

やがてエレニアたちの姿が小さくなり、船の影も見えなくなる。


水平線の彼方まで続く、この世界の海。

俺と同格の大精霊が君臨する他の4大陸へと続く、広大な青。





俺がはじめてこの海を渡ることになるのは、それから数ヶ月後のことだった。

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― 新着の感想 ―
>現世では見たことのない植物~ 意味合いは伝わるけど、ちょっと適切ではないかもしれません。やはり現世と言われると幽世、あるいは現実世界がパッと思いついてしまいます。ソーマにとっては大精霊となった時点…
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