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クール・エール  作者: 砂押 司
第2部 カイラン南北戦争

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35/179

「答えろ、お前はなんだ?

何を見て、どこから来た?」


ミレイユを雨の王都に放った魔法。


この世界に存在しないはずの、召喚魔法。

妹の朱美を生贄とし、俺の運命を狂わせた魔法。


それを使ったのは、誰だ?

その魔法を教えたのは、誰だ?


誰のための、なんのための、魔法だったんだ?


「……」


「……」


爆発のような自身の激怒を、一瞬でそれ以上の俺の憤怒に塗り替えられたミレイユの、赤い瞳。

そこには、俺の血の味を語っていたときのような妖艶さも無邪気さもない。

少しばかりの驚愕もすぐに消え、後に残ったのは深い知性の色と。

その底で、熾火おきびのように燃え続ける執念。


一方で、激情から完全に制御が崩れ自身が凍りつきだしているにもかかわらず、その瞳を見つめ続ける俺の視線。

俺を中心に世界が白く凍っていくのが見えるが、それがどうした?

俺の瞳に何が浮かんでいるのか、視界の端では『ホワイトクロー』の4人が後ずさりを始めたのが見える。

そして、その中心で俺を観察しているミレイユの瞳にすら、うっすらと迷いの色が生じるのが見て取れた。


それは無知から来る、困惑の迷いではない。

先ほどまでの俺と同じ、利を測る天秤をにらんでいる迷いだ。


こいつは、何かを知っている。

ミレイユ、お前は……。





「ソーマ、落ち着いて」






声が聞こえた。

全身を包む、何か温かい感覚。

正面から抱きつかれ、誰かの腕が背中にまわされたことに気づいて視線を落とすと、びっしりと氷が張った青いマントが目に飛び込んできた。


こちらを向いた、冷たさを耐えるアリスの瞳。

それでも揺るがない、深い深い森の奥の、大樹の葉の色。


「落ち着いて」


まわされたアリスの腕が、一気に体温を失っていく。

違う、俺が奪い取っているのだ。

アリスの無表情が、その痛みに少しだけ歪む。


「落ち着いて」


「……ああ」


周囲の氷が一気に砕け、白かった世界に色が戻る。


「……」


「……大丈夫だ」


半ば呆然としながらも、俺はアリスの頭を右手でポフっと押さえる。

……冷たい。

俺の目を見て小さく頷いたアリスが、俺のせいで冷たくなった体をゆっくり離すのを、俺は黙って見送っていた。


「……何か、心当たりがあるのですか?」


「……まぁな。

俺も……、その魔法を探してるんだ」


少しだけ固さをもったミレイユの声に、俺は意識を引き戻される。

急激に気温が高くなったように感じられるが、それは俺の氷が消えたことで周囲の空気が元の温度に戻っているだけにすぎない。

激情に任せて、理性を失ってしまったこと。

それによってアリスを傷つけてしまったことに、俺は脳が沸騰するような自己嫌悪を覚える。


くそ……、失態だ。

謎の召喚魔法。

急に目の前に手がかりが現れたことで、完全にキレてしまった。

心当たりがある、で済ませられるわけがない。

自失するほどの反応を見せておいて、今更その情報源に興味がないふりなどできるわけがない。


ただ一方で、それはミレイユも同じことだった。

俺の視線に本人も気づいたようで慌てて表情を直したが、お互いになかったことにはできない。

はっきりとわかった。

こいつも、俺と同じだ。


嘘はついていないが、本当のことを言っているわけではない。


その変態性やストーカー気質、妖艶さで隠しきっていたが、ミレイユは無目的な吸血痴女ではない。

緻密な計算と冷徹な判断ができる、本人の言葉を信じれば100年以上、俺の6倍近くを生きた高位魔導士なのだ。

ミレイユは、俺が思っている以上に危険で、おそらく強い。


が、それはミレイユが俺に抱いた感情でもあるらしい。

同じキーワードをきっかけに仮面が外れてしまったことで、ミレイユの瞳には先ほどまでなかった色も混じりだしていた。

それは、打算以外での興味。

同族感、あるいは親しみ、と言い換えてもいい。


そしておそらく、俺も同じことを感じてしまっていた。


俺は、一瞬だけ視線をアリスに移す。

震えてしまわないように、体に力を入れて立っている俺のパートナーは、その視線をミレイユにだけ注いでいた。


後で謝って、……礼を言わなきゃな。


自分の冷え切った体にあたたかい血と電気信号が通う、そんな錯覚を覚える。

逆に冷却されていく頭。

妥協点と勝算を見いだせたことにより、自然と上がる唇。

アリスと一緒なら、俺は大丈夫だ。


再びミレイユに戻した俺の瞳は、もういつも通りに戻っていたと思う。


「……ふふふ、奇遇ですわー。

わたくしも、同じなのですわー」


「なんのためだ?」


「先ほども言った通りですわー。

その魔法の使い手を……」


「殺すため、ですわー」

「殺すため、だな?」


前半部分がシンクロする、俺とミレイユの発した言葉。

艶然と微笑む炎の瞳に、冷やかに微笑む俺の黒い瞳がぶつかる。


「奇遇だな、俺も同じだよ。

まぁ、俺の目的はその魔法を禁じることだけどな?」


「禁じる……ですか?」


またも表情が崩れ、意外そうに瞳を丸くしたミレイユに俺はさらに言葉を続ける。


「ああ、『どんな手段を使っても』な?」


「……ふふふ、それは『面白そう』ですわー」


「奇遇だろ?」


「奇遇ですわー」


唇をつり上げる俺と、三日月に歪めるミレイユ。


おそらく、それはこの世界にとって。

最も残酷な会話がなされた瞬間だった。





「行動を共にするに際して、確認が1つと条件が3つある」


アリスに火属性低位霊術【暖気布モヒート】、続けて【治癒リカバー】を使いながら、俺はミレイユにそう投げかける。

魔方陣の準備を手伝おうとするアリスを手で制し、俺1人だけでいつも以上に丁寧に描いたそれぞれの魔法陣に魔力を流し込んだ。


ミレイユは手元に置いておく方がいい。

結局、俺はそう判断した。

敵に回したりフリーダの下に付かれでもしたら非常に面倒になるという、デメリットを打ち消す意味合いが大きいが、その分戦力としても評価はできるだろう。

死なない、という意味では死地に送り込んでも心配がいらないし……。

万が一死ぬなら、それはそれでもいい。

情で縛る線も思ったよりは何とかなりそうだし、召喚魔法の使い手をおびき寄せる餌にもなるだろう。


尚、誤解のないように言っておくが、俺はミレイユに性的な意味での興味はない。

そもそも生き物としての規格が違いすぎて、感覚としてはシムカのような精霊を相手にしている感じだ。


……それから、これはあまり自分では言いたくないが。

俺とミレイユは、その内面がかなり似ている……ように思う。

同族嫌悪、というやつだろうか。

磁石の同じ極が絶対にくっつかないのと同じ、根源的なおぞましさのようなものを感じる。

……まぁ、2度もペースを乱された相手なのだから、俺にとっては相性が悪い相手なのだろう。


「お聞きしますわー」


おそらく、ミレイユも同じようなことを考えているはずだ。

当面の目的は俺の魔力を得ることと、とりあえずの敵対を避ける、というところだろうか?

現段階での魔力だけなら、ミレイユから発せられているそれはアリスよりも低い。

少なくとも今、俺とミレイユが全力で戦えば俺は死なないが、ミレイユは逃げ切れなければ死ぬ可能性があるだろう。

だからこそ、俺たちはミレイユに戦闘を挑んだのだ。


条件は五分以上、と見ていい。


「ちょ、ちょっとソーマ!?

そいつはアーネルで6人も殺してるニャ!?」


仲間にする前提で話を進め出した俺に、我に返ったエレニアが口をはさんでくる。

その程度のことで、横から口をはさむのはやめてほしい。

だいたい、今更何を言っているのだろうか、こいつは?


「それを言い出すなら、俺はクロタンテで3千人殺してるんだが?

それから、後ろのチョーカ兵のことも気にしてやれよ」


正確に言えば、エルベーナ、盗賊、クロタンテの生存者も合わせて、さらに200人近くを殺しているが。

自分でも意外なほど、別に何も思わない。


「それは戦争ニャ!」


「だから、どうした?

だいたい、大半はミレイユに応戦した騎士と冒険者だろ。

言いたかないが、自業自得だ」


「ですわー」


「……」


俺の反論に絶句したエレニアに視線をやって、俺は短く息を吐く。

エレニアの懸念は、理解できないわけではない。

ミレイユが自陣片カード登録をすれば、赤字レッドの可能性がある。

できるかどうかは別として、討伐対象にすらなる赤字レッドと行動を共にするのは、冒険者にとっては不名誉なことだろう。


とはいえ、それとは別の理由から、俺は最初からミレイユに自陣片カード登録自体をさせるつもりがなかった。

対フリーダの切り札候補として、ミレイユの存在は秘匿しておくべきだからだ。


そして、この魔人ダークス赤字レッドかどうかを、俺があまり気にしていないのもまた事実ではある。

そもそも、俺はこの自陣片カード赤字レッド判定システムを信用していない。

それこそ3千人以上を殺している俺自身、いまだに白字ホワイトだからだ。

この自陣片カードという魔法にも、何か欠陥、もしくは意図がある。

時の大精霊を捕まえたら、ゆっくり聞いてみたいものだ。


「ミレイユを仲間にしたことで何かあったときは、俺が責任を持つ。

お前たちに迷惑をかけるつもりはない」


エレニアたちには悪いが、この場での俺の優先度はアリス、ミレイユ、その他、の順だ。

そして、責任は責任者たる俺がとるべきなので、この言葉も真実のつもりではある。


だが、死者数など気にしていたら、俺とアリスの目的は達成できない。

この大戦での最終的な死者数だけでも、軽く数万人に達する予定なのだから。


アリスに視線を振ると、無言の首肯だけが返ってくる。

ならば、問題はない。


あとは、ミレイユ次第だ。


「それで、確認したいことと条件の3つをお聞きしたいのですが?

焦らされるのも嫌いじゃないですけど、そろそろ喉が渇いてきましたわー」


「……熱湯でいいなら、死ぬまで飲ませてやるが?」


「ふふふ、情熱的なのも嫌いじゃないですが、他のものでお願いしたいですわー」


まぁ、確認したいことの1つはそれだ。


「その話なんだがな、具体的にお前はどれくらいの血が欲しいんだ?」


人間は、体重の約8パーセントが血液だ。

俺の体重は70キロに達しないくらいだから、およそ5キロ。

一般的にはこの20パーセントを失えばショック状態になり、35パーセントを失えば失血死に至る可能性がある。

まぁ、半分精霊の俺に当てはまるのかは微妙だが。


加えて、【吸魔血成ヴァンピング】による魔力の移譲も起こるため、あまり大量に飲ませるわけにはいかない。

が、これについては実に控えめな答えが返ってきた。


「2日に1度……、いえ3日に1度、以前と同じくらいの量をいただければ結構ですわー」


「……それでいいのか?」


以前と同じ量なら、それこそしずくだ。


「はい、それ以上は無用の贅沢というものですわー。

いかに旦那様の至高の一雫であろうとも、いただきすぎては意味がありません。

必要以上に欲しがることは、体と心に余計な脂をつけてしまいますわー。

……ねぇ?」


「ニャ!?」


「……」


メタボの中年に説教をする企業医か悟りきった仏法僧のようなことを言って、ミレイユは意地悪く笑いながら他の女たちへ視線を向ける。

3人が無視する中、エレニアは派手に露出している腹を両腕で覆い、アリスは黙って目を逸らせた。

尚、アリスだけ別の意味合いを含む場合があるが、さすがにこのストーカーもそれは知らないはずだ。


「まぁ、適量がどんなものかは人それぞれだからな……」


俺の一言でアリスの耳の先が赤くなったので、バレるかもしれないが。


「わかった、血の方は問題ない。

じゃあ、条件の方だな」


「お聞きしますわー」


「条件。

その1、俺の許可なく、他者に危害を加えないこと。

その2、俺の許可なく、たとえ合意があっても他者の血を吸わないこと。

その3、俺の許可なく、実体化を解かないこと」


勝手に暴れず、強くならず、逃げるな。

こう、言い換えてもいい。

吸魔血成ヴァンピング】と【散闇思遠バッティング】を禁じる時点で、魔人ダークスとしての存在価値を全否定している条件ではあるが、ミレイユを制御しきろうと思うなら、これは最低条件だ。


「以上3つだ。

お前自身が攻撃されている場合でも、他のいかなる場合でもこれは守ってもらう。

そして破った時点で、俺はお前を敵と見なす」


「ふふふ、わたくしのことを随分と買っていただいているようで、光栄ですわー」


そう、ミレイユは強いうえに、頭がいい。

だからこそ、俺は警戒する。


「……わかりました、必ず守りますわー」


「そんなに簡単に決めていいのか?」


「至高の一雫には代えられませんわー。

……では旦那様、このミレイユ。

これよりその至高の御命おいのちのため、わたくしのちゅう御捧おささげしますわー」


「受け取ろう。

そして、受け取れ」


そう言って、俺は自分の左手を差し出す。


「いただきますわー」


艶然と微笑んだミレイユは、俺の左手を両手で捧げ持ち、その甲に愛おしそうに牙を突き立てた。

痛みとも言えないくらいの小さな痛みと共に、あたたかい舌がその上を甘く這いずり回る。


そんな中、空から降り注ぐ一瞬の雪。

俺が消失させた氷のコロッセオの一部が、小さな粒となって落ちてきたのだ。

地面に落ちる前に消えてしまう刹那の雪の中で、俺とミレイユの視線が交錯する。

黒と赤、赤と黒。


冷やかに、艶やかに。

俺と、俺の血で唇をさらに赤く染めたミレイユは、それぞれの笑顔を相手に見せていた。





「ニャー……、雇用主の判断だし、とりあえずは納得しておくニャ。

でも、ウチらの血は絶対にやらないニャ」


「お手やわらかにお願いしますわー。

それから、あなたの血はいらないので大丈夫ですわー」


「……なんでニャ?」


「なんとなくですが、舌が馬鹿になりそうな気がしますわー」


「なんとなく!?」


「エレニア、馬鹿なこと言ってないでさっさとこっちに来い。

とりあえず状況の確認するぞ?」


「馬鹿なことを言ったのは、ミレイユニャ!」


馬車に積んでいた大型地図を右手だけで探しながら、俺は後ろに声をかける。

尚、左手はアリスによって薬 (巨大ガエルことロッキーの止血剤)を塗られている最中だ。

自分で塗ろうとしたら、無言で押し切られた。

あとアリス、塗りすぎだから。


振り返って、あらためてミレイユを眺める。

とりあえず、前回アーネルで見たときと大きく違っているのは、服を着ていることだ。


身長は俺と同じくらいだから、女性としては大柄な部類に入るだろう。

病的に白い皮膚と、黒と言うよりは闇色と言うべき髪は、まっすぐ腰までを覆い隠している。

服装は、どう表現していいのかわからない。

俺が知る語彙の中で最も近いのは、黒地に赤い模様が入ったチャイナドレス、もしくはカクテルドレスだ。

スカートは左右に大きなスリットが入っており、黒のショートブーツを履いた足は、太ももどころか腰骨までが細く見えている。

さらに、ドレスは胸を半分ほど隠したところで終わっており、袖どころか肩を覆う生地さえない。

手にはやはり黒い指抜きのロンググローブが嵌められ、肘までを覆い隠していた。


全体としては、クロタンテで救出した娼婦よりもはるかに扇情的な恰好をしているにもかかわらず、あまりに直接的なため逆に何も感じない。

これは、俺の感性がおかしいのだろうか?

胸なんかは、アリスよりもはるかに大き……。


っっっっ!!!?」


そこまで考えた段階で、左手の甲、傷口に思わず声をあげるほどの凄まじい痛みが走った。

焼けるような痛みに何事かと視線をやると、薬を塗ってくれていたはずのアリスが、俺の左手を両手で包み。

2つの傷口に2本の親指の爪を、その先が真っ白になるほどの全力でめり込ませていた。

止血していたはずの傷口からは、ミレイユに咬まれたとき以上の血がにじんでいる。

視線を上げると、こちらをにらんでいるアリスの瞳が俺の目に入ってきた。


「……」


「誤解だ……」


「……」


「誤解だから……」


「……」


「……」


「……」


力を緩めるまでの10秒間、アリスは何の言葉も発さなかった。


「そんな服を着ていたら、ソーマさんも気にしますよねぇ?」


「ふふふ、これは服じゃないですわー」


「「は?」」


再度アリスが止血剤を塗りたくるのを無言で見ていると、その様子を聞いていたブランカが笑顔で爆弾を放りこんできた。

アリスの指が止まったのを見て俺が無意識に手に力を入れた瞬間、不思議なことを言うミレイユの声がさらに場をややこしくする。

全員がミレイユの方を向くと、ミレイユは一瞬で全裸になっていた。

そして再度、体表から服がにじみだしてくる。


「これは、皮膚みたいなものですわー。

髪や目と同じ色しか使えませんが、質感を変えているだけです。

旦那様に禁じられているのでできませんが、そうでないと【散闇思遠バッティング】の度に苦労することになりますわー」


「本質的には……常に全裸ってことかニャ?」


「そうとも言えますわー」


「「……」」


「精霊と同じようなものだろ?

別に、……気にしないが?」


女たちが俺に視線を向けてきたので、俺はそう返しておく。

実際、そういう意味で気にはならない。


「ふふふ、少し残念ですわー」


「それはお前と、エレニアの頭だ」


「関係ないニャ!?」


そう、気にならないし、関係もない。

だからアリス、手を止めないでくれると、俺は嬉しい。


「この辺りは採掘集落が点在していますが、そこにはチョーカ兵は常駐していません。

クロタンテに最も近い町はビスタというここから南の海際にある都市で、そこがアーネルのリーカンのような前線基地になっていますわー。

チョーカ国内では各都市へ【時空間転移テレポート】を使えますので、クロタンテがなくなった以上は全軍がビスタから直接カイラン大荒野を目指すと思われますわー」


「かなり東側だな……。

これなら、チョーカ兵の本隊と鉢合わせになることはないか」


馬車の上に大型地図を広げて、ようやく相談が始まる。

まずはペンとインクで、ミレイユにチョーカ兵の所在地を記載してもらった。

俺たちの現在地はクロタンテの南の山中であり、ビスタという町はそのほぼ真東だ。

単純な距離だけでも徒歩で5日、山中であることを考えればさらに間があるだろう。


「こちらからぶつかりに行かない限りは大丈夫ですわー。

ただ、この人たちのように集落間を移動している小隊がありますので、そちらに注意をする必要はありますが」


ミレイユが、チョーカ兵の死体の山を一瞥して付け加える。


「このくらいの人数なら、別に問題はないだろう。

こっちの動きを悟られたくないから、逃げられる前に殺す必要はあるが」


「この小隊は、各採掘集落に食糧を配給して、採掘された鉱石を運搬する回収部隊。

今の私たちの戦力なら、負ける方が難しい」


俺たちの背後の死体の山の正体も、以前その集落の1つであるプロンに滞在していたアリスが説明してくれた。

尚、俺の左手はまだ若干痛い。


「基本的に、チョーカ兵に俺たちの動きを知られるつもりはない。

このままカイラン大荒野で全軍が布陣するまで、放っておこう。

俺たちはプロンに行って住民を救出、そのままビスタのある東側には近づかずに国境を越えて、リーカンに転移する。

途中でぶつかったチョーカ兵は、規模にかかわらず殲滅するしかないな」


「旦那様がたは、プロンへ行かれる予定だったのですか?」


「そうだが?」


地図をなぞりながら、あらためて全員に今後の行動指針を説明したところで、ミレイユから意外そうな声が上がる。

そう言えば、俺たちがプロンに行くことは攻略隊の人間しか知らない。

これは、ミレイユの知らない情報だったか。


「でしたら、手間が省けるといいますか……」


「「?」」


「水竜と火竜が今いる場所が、その集落ですわー。

私も空から遠目で見ただけですので詳しいことはわかりませんが、集落の子供たちと遊んでおりましたので」


「「……はぁ?」」


「ですから、わたくしも経緯は知りませんわー」


首を傾げながら告げたミレイユの言葉に、全員が声を上げた。





ミレイユの情報も加味すれば、プロンまではここからわずか半日ほどの距離だ。

3台の馬車に分乗し、ミレイユはアネモネとネイリングの馬車に乗せる。

表向きは、酔いの酷いネイリングの介抱のためだ。

道のわかるミレイユを乗せた馬車が先頭を走り、その次をエレニアの馬車が続く。


「アリス……、ちょっと」


続けて馬に鞭を入れようとしたアリスを、俺は呼び止めた。

これは誤解を解いておく意味もあるし、俺のけじめでもある。


この世で起きる悲劇の大半は、事前に言葉を交わしておくことで回避ができる。


怪訝そうな顔をするアリスに手招きし、一旦馬車から降りる。

俺の手をとって馬車から降りたアリスの両肩に手を置いて、俺は正面からアリスの瞳を見つめた。

まだ、若干機嫌が悪いな……。


「どうしたの?」


「いや、さっきは……悪かった。

お前のおかげで、助かった」


傷つけてしまったことを、きちんと謝っておく。


「……私は、あなたのパートナーで恋人。

あんなのは、当たり前のこと。

もし逆の立場なら、あなたも……ああしてくれたでしょ?」


「……そうだな、ありがとう」


でもアリス、俺はそれを当たり前のことだと。

本当にそう思って、そう俺に言ってくれるお前に、本当に感謝してるんだ。

だから。


「アリス」


そのまま俺はアリスを抱き寄せ、耳元に口を寄せる。

誰にも聞かれたくはない。


「愛してる」


「!?、~~~~!!!!」


あのときに俺が奪ってしまった体温を、少しでもアリスに返したかったのだが。

耳を真っ赤にして俺の胸に顔を埋めたアリスの体温は、俺よりもはるかに高くなっていた。

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― 新着の感想 ―
>2つの傷口に2本の親指の爪を、その先が真っ白になるほどの全力でめり込ませていた。 お約束ですね。多分、隠すことなく視線を色んなとこに投げてたからバレバレだったのかなあ。この主人公の性格なら、隠す気…
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