傷ついたもの
「あ、あの……、ソーマ……様」
しばらくの沈黙の後、おそるおそるといった感じで声を掛けてきたのは攻略隊隊長、騎士団第2隊副隊長のモーリスだ。
40歳前のベテラン騎士がそのまま俺に跪こうとするのを、俺は慌てて制止する。
「仮にも王国騎士団の副隊長をあずかる人間が、王国の人間ですらない俺に『様』を付ける必要はないし、跪かれても困る。
俺はお前らの上役じゃないんだぞ?
対等な関係のつもりなんだから、殿、君、さん。
別に呼び捨てでもいいし、敬語を使う必要もない」
騎士隊長クラスをかしずかせたとなっては、アーネル首脳部に無用の不審を与えかねない。
あくまでも現段階では、アーネルと俺は対等かつ友好的な関係として付き合う方が、メリットがあるのだ。
たとえ実際に、俺には対等である「つもり」しかなかったとしても。
呼び捨ての部分でエレニアが大きく体を震わせたが、俺が不愉快に感じていないのは本当のことだ。
例えば攻略隊4千人の中の誰かが、明らかに俺を見下した調子で話しかけてきたとしても、俺はそんなことで怒るつもりはない。
そもそも、敬語を話しているから敬っているとは限らないし、好意的にふるまっているから好かれているとも限らないのだ。
いちいちそんなことに本気で反応する意味は、あまりない。
俺のことを好きでも嫌いでもかまわないし、邪魔だけをしないでくれればそれでよかった。
……ただし、敵対すればその時点で殺す可能性はあるが。
「で、なんだ、モーリス隊長?」
なぜか感動的な顔をしているモーリスを立ちあがらせて、エバのときと同じ方法で俺がそう発言を促すと、4千人からは少しだけ安堵の空気が漂い始めた。
エレニアも強張った顔で笑顔を向けてきたので、俺も苦笑しながら頷きを返してやる。
「あ、はい、ではソーマ、……殿。
クロタンテの陥落……というか破壊ですね……、このモーリスが確かに確認いたしました。
これから、敗残兵の掃討や戦利品の確保に向かいたいと思うのですが、ご同行はしていただけるのでしょうか?」
「同行……か」
正直なところ【氷艦砲】の威力を現場で確認するくらいしか、必要性を思いつけない。
戦利品の確認のために行かなければならない気もするが、これだけの破壊を見せつけられた後で、その破壊者の取り分をごまかせるような豪胆さがモーリスにあるとも思えない。
断ろうと口を開いた瞬間、モーリスからは意外な言葉が出た。
「捕虜の他にも、非戦闘員や戦奴以外の奴隷を収容することもあるかと思いますが、その扱いはどうしましょうか?」
「……なんで非戦闘員と、そんな奴隷が最前線の砦にいるんだ?」
「兵の世話をするために自発的に戦場にくる民間人もいますし、奴隷の方については……」
「?」
「性奴、だニャ」
「あぁ、……そういうことか。
悪かったな、エレニア」
なぜか、モーリスが回りくどい説明をし、さらに途中で説明を区切ったので俺が怪訝な目を向けると、エレニアが一言で補足した。
俺の同行者に女性が多かったため、モーリスが気を遣ったのだろう。
決して愉快ではない単語を告げてくれたエレニアに謝罪し、俺はどういうことなのかを理解する。
そうなると、兵の世話をするために自発的に戦場にくる民間人、とは娼婦のことだろう。
そして、性奴。
男女を問わず、この世界で売春は合法だ。
立ち寄る意思も必要性もなかったために俺が行くことはなかったが、ラルクスにもアーネルにもリーカンにも、町のどこかには娼館、あるいは娼館街がある。
15歳以上であることと娼婦ギルドに登録すること、定期的な性病検査が義務だったはずだが、娼婦も男娼も、この世界ではきちんとした職業として認められている。
また、危険手当も含めて相場は町の数倍になるのだろうが、癒しの少ない戦地でその需要は引手数多だろうし、それを目当てに稼ぎにくる娼婦が多いのも古今東西の戦地の常だろう。
一方、娼婦が自由意思のある職業なのに対して、性奴にそんな自由や保障はない。
そもそも、この世界における奴隷は売買される物品であり、人間として扱われていない。
主に金に困って自分を売った、あるいは親に売られることになった奴隷をどう扱うかは、完全に持ち主の自由だ。
極端な話、殺してしまっても罰せられることはないし、それが原因で赤字になることもない。
奴隷は決して安いものではないが、単純な戦力になる他、倫理が破綻しやすい戦場においては使い捨てにできる性処理道具として持ち込まれるケースが多いのだろうということは、奴隷制度のない現代日本人の俺にも簡単に予想ができた。
そして、この後の俺のパートナーの行動も。
「ソーマ……」
「……なんだ、アリス?」
「クロタンテに同行したい」
「……理由は?」
あの残骸の中に埋まっているかもしれない非戦闘員の内容について把握し終わった段階で、予想通りアリスから俺に声がかかった。
一応は理由を問いかけたものの、こちらも予想通りだろう。
「奴隷の中で、女性や子供がいるなら助けたい。
あと、できればその人たちは私たちが受け取れる報酬に入れてほしい。
……おね」
「お願い、する必要はないだろう?
アーネルとの盟約は、『スリーピングフォレスト』として結んでるんだから。
お前の要望があるなら、俺はパートナーとしてそれをきちんと受け入れる。
……状況によっては逆もまたしかり、だけどな」
「……わかった」
ありがとう、ではなく、わかった。
そうだアリス、それでいい。
この場面でお前が、俺に感謝しなければいけない理由はないのだから。
「そういうわけだからモーリス、同行させてもらう。
エレニアたちも、当然な?」
「は、はい」
「……わかってるニャ」
ホッとしたようなモーリスが攻略隊に指揮を出し始める。
それを眺めている俺とアリスを、エレニアは金色の瞳を細めて静かに見つめていた。
「冷たい水、飲むか?」
「すまないな」
動けないネイリングに代わってアネモネが差し出してきた木製のタンブラーに、俺は氷と水を半分ほど入れて返してやる。
アリスが【生長】で出してやったミントのようなハーブを噛みながら、ネイリングは弱々しく目礼してきた。
クロタンテまでは5キロの道のり、さらに途中からは山道になることからさらに揺れは激しくなり、ネイリングは完全に酔ってしまっていた。
「……で、なんだ?」
「……聞きたいことがあるニャ」
片手を軽く払って返礼し、移動前からこちらを気にしていたエレニアに顔を向ける。
その金色の瞳には、普段の軽薄な様子や間の抜けた様子はない。
俺やアリス以上の経験を積んでいるAクラス冒険者にして、パーティーを率いる者にふさわしい表情だ。
「ソーマは、降伏の意思も非戦闘員の有無も確認せずに、その全てごとクロタンテを破壊したことに罪悪感は覚えないのかニャ?」
「感じないな」
「どうしてニャ?」
当然といえば当然の質問に、あっさりと肯定で即答した俺に、エレニアも即座に理由を問いかけてくる。
お互いに声を荒らげているわけでもなく、むしろ淡々とした会話なのだが、徐々に馬車の中の空気が張り詰めていくのが感じられた。
アリスを含む馬車の中の全員が、いつの間にか俺とエレニアを見つめている。
「彼ら、あるいは彼女らが、戦場にいたからだ。
戦場に、しかも要塞にいた相手に手加減しなければいけない理由がない」
「「……」」
「人を殺すための施設に陣取っておいて、自分は死にたくないなんて論理が通るはずがないだろう?
それぞれがどういう人生を歩んで、どういう動機でクロタンテにいたのかは知らない。
あるいは本人の希望じゃなかったかもしれないが、そんなことも俺の知ったことじゃない。
俺とアリス、今回の場合はお前たち4人と攻略隊全員。
その安全を犠牲にしてまで、クロタンテの人間のことを考える必要など、ない」
「「……」」
馬車の中には俺の言葉だけが響く。
他には誰も、喋らない。
「武器を持つ人間は、その武器で自分が殺される覚悟をしておくべきだ。
そしてそれを拒否せずに協力した人間も、同じリスクを負うべきだ。
俺は、そう考えている」
「……じゃあ、なんで奴隷を助けにいくのかニャ?」
「アリスがそう望み、俺がそれに反対しなかったからだ」
あまり俺自身が言うべきことではないが、実際の理由はそれが大きい。
「アリスは、それでいいのかニャー?」
エレニアの金色の、肉食獣の瞳が。
アリスの緑色の、エメラルドのような怜悧さを宿した瞳に突き刺さる。
「これでいい。
ソーマと私は強いけれど、世界の全員を救えるわけではない。
今は、これでいい」
「「……」」
今は、これでいい。
ある意味、俺以上に透徹したアリスの言葉に、エレニアと他の3人は沈黙する。
「……わかったニャ、変なことを聞いて悪かったニャ」
「別に、変なことだとは思っていない。
まぁ、そういう見方もあるだろうからな」
エレニアの言うことは、決して間違ってはいない。
むしろ王道と言って差し支えない、一般的な理論だろう。
そして実際、降伏を勧告しあるいは俺が白兵戦を挑んでも。
例えば、【氷鎧凍装】と【白響剣】、【氷撃砲】以下の遠距離攻撃を駆使すれば、はるかに少ない犠牲でクロタンテを陥落させることも、おそらくできただろう。
それによって救われる命が、人生が、幸福があったはずだという理論を、俺は理解できないわけではない。
ただ、危険を冒してまで、そうする必要性を感じなかった。
より正確に言えば、戦争をなくす、という目的のためにはあの行動が。
すなわち、圧倒的な力での一方的な虐殺、そしてクロタンテ自体の破壊が最善だと、俺は考えたのだ。
そしてその結果について、俺はかけらも後悔するつもりはなかった。
しても、意味がないからだ。
「そろそろですので、馬車から下りた方がいいでしょう」
馬車が止まり、モーリスの声がその結果の場に着いたことを、俺たちに告げた。
クロタンテ、いやクロタンテ跡地というべきその場所は、安堵していた攻略隊がまた黙り込んでしまうほどの惨状を呈していた。
200年以上にわたってアーネルの攻撃をはね返し続けたその威容は、廃墟を通り越してただの石と土と死体の山になっている。
収容可能人数の2千人を超えたため、その半数近くのチョーカ兵と傭兵が周囲に展開していたキャンプ地は、10以上の巨大なクレーターによって無残に蹂躙されてしまっていた。
【氷艦砲】の直撃、もしくはその周囲にいたチョーカ兵たちは完全に粉々になってしまい、【水覚】を使っても何人分の死体が転がっているのか把握できない。
これだけの破壊の中でも原形をとどめている血と埃まみれのミスリル甲冑のパーツだけが、この地に多くの人間がいたことの証明になっていた。
「とりあえず、武器を構えて立っている敵兵はいないな。
でも、油断するなよ?
陥落の後のことに、俺は責任を持たないからな?」
「……わかっております。
索敵隊各長、警戒態勢のまま索敵を開始!
敵兵と生存者の発見を優先しろ!
相手指揮官からの……降伏の意思表示が確認できないため、現時点も戦闘中であることを忘れるな!
攻撃を受けた場合は、任意での応戦を許可する!
守備隊は円陣を作り、救護隊を護衛!
救護隊は発見された生存者の応急処置を優先しろ!」
「俺たちはどうする?」
「私は救護隊を手伝いたい」
「ウチらは、4人で索敵隊に加わりたいニャ」
「わかった、俺は1人で周囲を見て回る。
……シムカ!」
モーリスの指示に合わせて攻略隊が散る中、俺たち6人も役割分担を決める。
瓦礫の中からの救助作業という部分だけで見れば、俺とアリスはあまり役には立たない。
水や木で瓦礫を押し上げることくらいはできるだろうが、これだけ大量の瓦礫に対してそれをすればどこから崩れるかわからないため、二次災害を起こす危険があるからだ。
高位の回復霊術を修め、さらに膨大な魔力を保有するアリスは、救護隊にいた方が生存者のためになるだろう。
『ホワイトクロー』の単独行動にも、いちいち目くじらを立てる理由はない。
念のために、アリスに護衛だけ付けておけばいいだろうと判断した俺は、いつものようにシムカを呼び出す。
俺の呼び掛けに応じて、跪礼姿勢のままで顕現した強大な上位精霊の姿に、どよめきと共に周囲の視線が集中した。
「は、お呼びでしょうか」
「アリスの護衛を任せる。
それから救護で水が必要なら、できる範囲でお前が対処してやれ。
他の細かい部分は、アリスの指示に従え」
「御意に、ソーマ様。
……ではよろしくお願いします、アリス様」
「……こっち」
アリスは、俺がシムカを呼び出す場面を何度も見ているので、シムカを見ても驚かなくなっている。
世界8位の木属性魔導士の森人が、結構な強さを感じさせる水の上位精霊を連れて歩く姿は、戦場を闊歩する女神と戦乙女を想わせた。
攻略隊の面々も自然に道を広げ、アリスから話しかけられた救護隊長らしき男の魔導士は、ひたすら平身低頭しているのをアリス自身から止められている。
「水の上位精霊に木属性魔導士の手伝いをさせるって……、むちゃくちゃにもほどがあるニャー」
「まぁ、ああいう演出も必要だろ?」
「演出って……」
苦笑しているエレニアに、俺は小さく笑みを返した。
索敵隊が散開し、周囲の瓦礫をどかしながら生存者の確認を行う。
『ホワイトクロー』の4人は土属性魔導【創構】で瓦礫を変形させたり、同じく【減重】で軽量化した瓦礫をどけて行きながら、クロタンテ砦の中の生存者を捜しにかかっているらしい。
エレニアの視力と嗅覚、アネモネの広い視野、ブランカの聴力、ネイリングの熱感知能力。
元の身体能力をそれぞれの獣性で強化しながら、彼女らは1人で攻略隊100人くらいの作業をこなしていっている。
俺は周囲のそんな様子を【水覚】で知覚しながら、1人、砦の裏の方へ歩みを進めていた。
瓦礫の中や土の中に埋もれた人体も大量に知覚できているものの、もはや動きも叫びもできないそれらを積極的に掘り出そうとは思わない。
歩く途中の地面にも何人かの生存者は転がっていたものの、全員が重傷以上のけがを負ったチョーカ兵か傭兵だったため、全て【氷弾】でとどめをさしていった。
この戦いで、少なくとも戦闘員を生かしておく意思が俺にはない。
攻略隊の目が届かないように【氷弾】を撃ちこみながら、弾丸はすぐに消失させて証拠は隠滅していく。
捕虜となった敵兵を殺すのは、さすがにまずいだろう。
が、そうなる前の今は、まだ戦闘中だ。
やがて人気がなくなり、俺の視界にもようやく、クロタンテに到着して最初に【水覚】で知覚した人物の姿が浮かびあがってくる。
手にナイフを握った、12、3歳くらいの全裸の少女だ。
その両手首には鉄の枷がはめられ、その間には長い鎖が垂れている。
これで性奴でないのならば、俺にこの少女の人生と性癖を理解することは永遠にできないだろう。
くすんだ金髪の少女の全身は土埃と血、傷と痣にまみれている。
左わき腹が紫色に変色しているので、肋骨に損傷があるかもしれない。
その視線は、自身が逆手に握りしめている大ぶりのナイフと、その足元。
砦の壁の一部に胸から下を下敷きにされた、30歳ほどの軽装の剣士に向けられていた。
武器を構えて立っている敵兵はいない。
俺がモーリスにそう伝えてから俺がここに到着するまで、10分程度はかかっている。
その間、兵ではなかったこの少女はずっとこの体勢だった。
【水覚】での感知によって、この戦場で俺が興味を持てたのは、この2人の光景だけだ。
「何をしてるんだ?」
「「!」」
20メートルくらいまで近づいた段階で、俺は声をかけた。
その声に少女はハッとした表情でこちらを向き、男もこちらに視線を向ける。
「何をしてるんだ?」
そのまま少女の隣まで歩き、少女と男を見下ろしながら俺は同じ問いを重ねた。
「た……す、けて、くれ……」
「……」
男はささやくような音量で声を絞り出し、少女は黙って俺の瞳を見つめる。
紫色の瞳には、恐怖と覚悟が張りついていた。
「どういう状況なんだ?」
「……」
「そいつ、は俺たちの、ど……れい。
俺を、殺そうと、してる……。
つかまえ、てくれ」
「そうなのか?」
「……」
俺は少女に向かって聞いたつもりだったのだが、少女は何も答えず、代わりに男がそう答えてきた。
奴隷だということを明かすにあたり、男にうしろめたさのようなものは感じられない。
そして、少女もそれを否定しない。
奴隷が主人を殺せば、即刻死罪だ。
人間として扱われない奴隷は、人間らしく生きようとした段階で、人間として裁かれる。
魔人といい、奴隷といい、生贄といい、やはりこの世界の人間に対する感覚には違和感を覚える。
やはり、この世界はこういう世界で。
そして、この場所はこういう場所、ということなのだろうか。
「止めないで……ください」
「止めるつもりはないが?」
「「!?」」
少女が涙しながらつぶやいた言葉に俺が答えを返すと、2人は同じように目を見開いた。
ただ、最低でも10分以上、攻略隊がウォリア高地を登っていた間も考えるとそれ以上の時間を無駄にしておいて、止めないでください、はどうなのだろうか。
だいたいの動機は想像がつくし、はっきり言ってこの少女が奴隷になった原因やその後の今までにわたる人生についても、俺は別に知りたくはない。
目を剥いている2人に、俺は投げやりに自分の立場を2人に告げる。
「俺はアーネル軍の盟軍だ。
この砦の破壊を実行した者でもある。
ここには非戦闘員の生存者の救出のために来た。
殺したいなら、さっさと殺せ。
その後、お前を救護隊の所へ連れていくから」
「……」
「……ま、まって」
「俺に、あんたを救助する意思も義務もない。
この後、アーネル軍の索敵隊がこっちにも来るだろう。
そのときまで生きていれば、助かるかもな?」
何も言わずに唖然と俺を見上げる少女と、慌てて俺に叫ぼうとする男。
腹筋を痛めているのか、声は全く出ていないが。
「殺さないなら、お前をこのまま連れていく。
どうするんだ?」
「……私は、どうなるんですか?」
知らん、と言いそうになって、俺はふと考える。
俺としても、アリスが生存者をどうするつもりなのかは聞きそびれていた。
何も考えていない、ということはないと思っているが、奴隷だった人間を安易にそのまま解放したりすれば、結局また奴隷としての人生を歩んでいくだけになる気もする。
そのあたりは話し合うべきだろう。
もしくは、俺の案の手駒の1つとして組み込んだ方がいいだろうか。
まぁ比較的、使えそうなシチュエーションと人格ではある。
だったら……、とりあえず優しくしておくか?
「……俺とパートナーに払い下げられることになると思う。
パートナーは森人の女だし、俺もお前を側に置くつもりはないから、とりあえずその部分は安心してくれていい。
その後のお前の処遇はまだ決めていないが、その男を刺したからといってそれを罪に問うつもりもない。
チョーカ側から降伏の合図がなされていない以上、今はまだ戦闘中でもあるんだしな」
どさくさにまぎれて殺ってしまえ。
呆然としている男を見下ろしながら、俺は少女に対して、暗にそうにおわせる。
どうせ、結果はあまり変わらないのだから。
「そういうわけだから、殺すのか殺さないのか早く決めてくれ。
俺は、別にどっちでもいいから」
合計3度目の俺の問いかけを受けて、少女は結局ナイフを捨てて座り込んでしまった。
あたりに少女、アンゼリカが着られそうな服や布は見当たらなかったため、俺は自分の真っ黒なマントを脱いで、アンゼリカに手渡した。
さらに、手首の枷の鍵穴に触れ、氷で作った鍵を差し込んで外す。
アンゼリカは裸足、というか全裸だったため、アンゼリカの背中と両膝の下に俺の腕を通す姿勢で抱えて、俺はその場所を後にした。
歩きだして10歩ほどで、アンゼリカは俺の服にしがみついて泣きだす。
服もマントも、後で洗濯すればいいだろう。
そんなことを思いながら、100メートルほど過ぎた段階で。
俺は放置してきた男の顔面に、遠隔操作で【氷霰弾】を叩きこんだ。
100メートル後方でアンゼリカの元持ち主の頭が吹き飛んだことを【水覚】で知覚しながら、俺は視線を前に固定したまま歩き続ける。
くり返すが、俺はこの戦場で戦闘員を生かしておくつもりはなかった。
どちらにしても、結果は変わらなかったのだ。
救護隊の下に向かう俺は、腕の中のアンゼリカのことではなく。
この戦争における、次の1手のことだけを考えていた。
通常、動員された兵の2割以上が死ねば、それは以後の戦闘行動に支障をきたすレベルになる。
一般的には壊滅と呼ばれる状況がこれであり、兵の損耗率が4割を超えるとそれはもはや全滅と呼ばれる状態だ。
半日の捜索の後、今回のクロタンテ跡地において発見された生存者は、アンゼリカを含めてわずかに276名。
死者と行方不明者を合わせると損耗率9割というあまりに異常な数字に、勝利した隊の将であるはずのモーリスは、俺の前でただただ震えていた。




