クロタンテ攻略戦
鬱陶しい……。
昨日ギルドを出てから旅装を整え、青猫亭に戻ってから夕食を食べ、翌朝メリッサにチェックアウトする旨を告げ、1Fでジェイドの出してくれた朝食を食べてから別れの挨拶をし、ギルドのフロントにリーカンへ行く旨を伝え、庭の一角を借りて【時空間転移】の準備をしている間まで、ずっと。
俺の隣ではエレニアが、雇え雇え、とずっとまとわりついていた。
あまりにしつこく、エレニアが諦める気配もまったくないため、申し出を受け入れるか、あるいはどこか人目に付かない所で暗殺するか、俺は真剣に悩み始めていた。
尚、アリスはアリスでこちらもしつこくブランカに絡まれており、朝から心が折れそうになっている。
常識人だと思っていたアネモネも昨日から壊れたままで、エレニアとブランカを止めてくれる人間はこの場にいない。
ネイリングが俺から距離をとっているのも相変わらずだ。
魔法陣を描き終わった段階で、俺はあらためて周囲の状況を確認する。
どこか虚ろな表情をしたアリス。
その隣ではしゃぐブランカ。
金色の瞳を爛々と輝かせて、雇え、と連呼するエレニア。
いまだ何かを小さくつぶやきつづけている、……いや何も言っていない。
何も言っていないアネモネ。
その後ろで俺と目を合わせようとしないネイリング。
感じたことがない種類のストレスに、俺は食道が焼けるような錯覚を感じた。
反射的に口の中に生成した冷水を飲み込み、俺は静かに目を閉じる。
……エレニアうるさい、少し黙れ。
この状況のままで戦地に行くメリットとデメリットを計算し、ついでに『ホワイトクロー』をどこかで始末するメリットとデメリットも計算する。
アリスから頼まれているチョーカ領内の山村への訪問、アーネルからの条件であるクロタンテの攻略、俺が想定するこの戦争の結末。
そして『ホワイトクロー』の存在と、魔人の存在。
客観的に全てを捉えて、俺は結論を出した。
が、一応アリスの同意も得ておかなければならないだろう。
「ちょっと相談するから待ってくれ。
……アリス、こっち来て」
「……ん」
なぜか既に小さくガッツポーズをしているエレニアから離れ、アリスを呼び寄せる。
「目的を達成するまで、雇おうかと思うんだが?」
「……」
「実際、魔人の所在もわかっていない中では、手駒として確保しておいてもいいと思う。
戦闘になったときも、盾くらいにはなるだろうし。
それに、お前が言ってた集落の人間の救出も、人手があった方がいいだろう?
いざどうしようもなくなったら、山の中で消すか、戦場で処分すればいいしな」
「……わかった」
「……あのぉ、聞こえてますよぉ?
でも、そこまで容赦がないのもまたいい感じですぅ」
「ニャハハハ、冗談がきついニャー」
「そう、所詮私は都合のいい女なんだ……」
「……」
俺がエレニアたちにわざと聞こえる程度の声でアリスにメリットを説明すると、一拍置いてアリスはそれに同意した。
4人は苦笑いし、アリスも最後の部分は冗談として捉えたようで小さく笑っている。
冗談でもなんでもなく、俺が本気でそう思っていると知ったら4人はどういう反応をするのだろうか。
知らせる必要がないので、言うつもりはないが。
尚、今回の戦争に関して、アリスからはチョーカの山中にあるプロンという集落に立ち寄りたい旨を、フランシス5世との謁見の前日に青猫亭で伝えられている。
俺とアリスが出会ったのは、アリスがラルクスに着いてから約1ヶ月後のことだ。
そもそも、アリスは貿易船でネクタ大陸を出発した後、チョーカ帝都カカの港からカイラン大陸に上陸。
途中の町や集落を経由しながらチョーカを縦断し、カイラン大荒野を越えてアーネルに入国、その後は町沿いにラルクスまで北上してきたらしい。
その旅の道中でチョーカの惨状を知ったことが、チョーカを滅ぼした方がいい、という今回のアリスの決断に大きな影響を与えている。
そして、これが俺たちの行動指針を、停戦からアーネルへの加勢へと大きく変えさせた直接の原因だ。
ただ、チョーカの山の中にあるプロンという集落には特に親しい人たちがいるらしく、戦争が佳境になる前に住人を脱出させたい、ともアリスからは相談されており、俺はそれに反対しなかった。
プロンはクロタンテよりも南の山中にあるため、クロタンテを攻略した後に一旦アーネル軍から離脱し、俺たちだけで向かうつもりでいる。
とはいえ、アリスがその集落に立ち寄ったのは1年近く前のことで、現在の状況は全くわからないらしい。
戦中ということも考えれば最悪のケースも充分考えられるが、【時空間転移】や回復霊術を使える人手だけは、確保しておいた方がいいだろう。
ただのポーンでも、手駒が多いに越したことはない。
同じ理屈で、ネコの手も借りられるなら借りた方がいい。
ただし、俺はネコに必要以上の小判を与えるつもりはない。
俺は視線をエレニアに移し、淡々と交渉に入った。
「……というわけで、雇うことにした。
期間は戦後まで、報酬も戦後の支払い。
俺たちがアーネルから貰うものの10パーセントでどうだ?」
「いくらなんでも少ないニャ!
人数はこっちの方が多いんだし、折半ニャ!」
「……15パーセントだ」
「いや、全然譲歩してくれてないニャ!?
最低でも45パーセントだニャ!!」
「わかったよ、18パーセントな?」
「何をどうわかって3パーセントだけ上げたのニャ!?
そこはキリよく20パーセントでいいんじゃないのかニャ!?」
「じゃ20パーセントな、はい決定」
「ニャ、それでいいのニャ!
…………ニャ?」
「リーダーぁ……」
ブランカが気づいたようだが、もう遅い。
今話しかけたら呪われそうな状態のアネモネにではなく、このバカネコに交渉を任せてしまった己の愚かさを呪うがいい。
隣ではアリスが呆れたような視線を俺に向けつつも、その瞳の奥では、ざまぁ見ろ、という歪んだ喜びが輝いている。
あのアリスにこんな目をさせるとは、実際のところブランカは何を言っていたのだろうか……。
俺は一瞬考えようとして、すぐにやめた。
アリスにも聞くべきではないと、俺の本能が告げている。
……まぁ、俺たちに雇われる報酬が20パーセントであることが妥当か妥当でないのかは、おいおいわかることだろう。
条件を変える気は、ない。
ブランカとネイリングから状況を聞かされて正気に戻ったアネモネが、引きつった笑みを浮かべるエレニアの顔面を殴り飛ばしたのを見ながら、俺とアリスは目を合わせて黒い笑みを交わした。
アネモネの怒りが収まるのを待ってから、俺たち6人はリーカンへ転移した。
待ち構えていたのは、アーネル王国騎士団第1隊隊長であるナンキ将軍と数名の指揮官だ。
騎士団の中でも特定の町の守護に付かず、状況に応じて派兵される第1隊から第6隊。
今回の大戦においてはその内の第1、2、4、6隊と、各都市の守護隊からも半数以上の騎士が動員されている。
その総指揮官がナンキ=ベリー=パーラーン将軍。
白騎士ランドルフの次男でもある。
ラルクス隊隊長のダウンゼンよりも巨大な体は、2メートル近くあるのではないだろうか。
全身を包むミスリルの甲冑の下には、限界まで筋肉を搭載した巨躯が押し込められている。
あの執事の血を引いているとは思えない、まるで岩石のような男が、やはり山肌の岩を削りだしたような頑強な視線をこちらに向けていた。
「こちらへ」
謁見の際にユーチカに頼んでおいたように、既にナンキには話が通じていたらしい。
いつも通りの自己紹介と後ろの獣人4人の説明をした後、俺たちはまるで鉱石のようなナンキの声と共にリーカンの騎士隊詰所へ、つまりはこの大戦のアーネル側の指揮本部へと通された。
ナンキ以下、10名の指揮官と共にカイラン大荒野を中心とした大型地図を見ながら現状の説明を受け、今後の予定のすり合わせを行う。
まぁ正確には、こちらの予定を伝えただけだが。
「とりあえず、クロタンテをさっさと落としてしまいたいんだが、出発はこの後でいいか?
砦の攻略は俺だけでやるが、糧食の運搬や戦利品の応酬、あまり残らないとは思うが捕虜の収容には、さすがにそちらからも人手は出してもらうぞ?
それから、戦場で回収したものの2割は、俺たちのものになる取り決めだからな。
ここに運び込んで、全部換金しておいてくれ。
交換レートはそっちの規定に合わせるかたちでいい」
「「……」」
まるで休日の外出の出発時間を決めるような、キャンプの道具を準備する係を分担するような軽さで、俺はナンキに問いかける。
指揮官の1人からの説明の通りなら収容人数2千人の要塞クロタンテを、周囲に展開しているチョーカ兵も合わせれば3千人近くを1人で相手にして、当然のように勝った後のことしか考えていない俺の発言に、その場は静まり返った。
指揮官の何名かは皮肉気な笑みを浮かべかけているが、俺の戦闘を実際に目の当たりにしているアリスや『ホワイトクロー』の面々に驚いた様子はない。
おそらくユーチカから謁見の際の俺の行動を聞かされているのであろう、岩石のようなナンキの表情は、やはり固いままだった。
「それから、クロタンテを落とした後は俺たちだけで少し別行動をとらせてもらう。
まぁ、5日以内にはリーカンに戻るつもりだ。
その間、途中で遭遇したチョーカ兵は全て潰していくから、安心してくれ」
今回の大戦で、アーネルが動員する全兵数はおよそ4万5千。
一方で、ナンキたちが推定しているチョーカ全軍の兵数はおよそ3万5千。
その1割近い兵数をクロタンテごと失った後のチョーカの行動は全く読めないが、アーネルにしてもチョーカにしても全軍が集結しきるまでにはまだ半月程度はかかるらしい。
最前線の重要拠点を奪われた後に、不十分な兵力で即座に総攻撃をかけるのはさすがに無謀だろう。
つまり、今からすぐにクロタンテを攻略すれば、両軍の全面衝突まで最大10日程度の猶予は稼げるはずだ。
この間にプロンを訪れ、また可能であれば水竜シズイと火竜サラスナを発見し、説得を行わければならない。
最悪はアリスと別行動をとる可能性も視野に入れると、やはり『ホワイトクロー』を雇っておいて正解だったかもしれない。
「異存がないなら、今日の内に出発したいんだが?」
誰からも返事がないため、俺はそう言って口を閉じた。
一拍置いて、ナンキから水の大精霊によるクロタンテ攻略戦に同行させる隊名の名前が飛び、その隊の指揮官がナンキに礼を返す。
大型地図でプロンの位置を確かめているアリスに視線を走らせてから、俺は首を反らせたまま左右にクキクキと鳴らした。
攻城戦は初めてだが、不安は全くない。
何しろ今回は、相手の出血やダメージを一切気にしなくていいのだから。
カイラン大陸は、地図で見る限り地球のアフリカ大陸を縦に引き伸ばしたような形をしている。
大きく異なっているのは全体の大きさと、アフリカなら赤道があるあたりが左右から海に浸食され、激しくくびれたような形になっていることだ。
今まで俺が立ち寄った場所を無理矢理アフリカ地図に当てはめていくとすれば、エルベ湖はアルジェリア、ラルクスはリビアとエジプトの間くらい、アーネルは中央アフリカあたりの位置だ。
ちなみに、チョーカの帝都であるカカはカイラン大陸の南端、南アフリカに相当する位置にある。
ただし、カイラン大陸がアフリカに似ているのは形だけで、気候は全く違う。
北側のアーネル、南側のチョーカ共に温暖で、野宿をしても風邪をひくような寒さではないが、暑いというほどではない。
とはいえ、特に内陸部では雨が少ないため、農業が盛んなのはエルベ湖という巨大な水源があるアーネルだけだ。
アーネルの国土は6割が平原、2割がエルベ湖、1割が川、1割が山ということもあり非常に恵まれていると言えるだろう。
一方でチョーカは7割近くが山脈か高地で、エルベ湖のような巨大湖沼がないため水源は山から湧きだす川か、井戸を通じて汲み上げている地下水に頼り切っている。
アーネルと比較すれば過酷と言っても過言ではない環境ではあるが、しかしチョーカはミスリルを筆頭とした鉱物資源の宝庫でもある。
また山岳での活動に慣れ親しんでいるチョーカ兵は、潤沢なミスリル装備も相まって人間最強の名で称えられている。
大精霊の加護を受けた世界最大の水源と、広大な農地。
かたや、最強の装備に欠かせない金属であるミスリルが眠る鉱脈。
実に194年前から、2国が互いに欲するものを手に入れるために激突し続けてきた舞台。
それが、アーネル最南の町である城塞都市リーカンのさらに南、チョーカの国境防衛線であるウォリア高地との間に広がる、カイラン大荒野である。
海流の影響か、大陸を南北に分かつように激しく浸食されたこの土地には、一切の水源がない。
このため踏破するだけならば徒歩で3日程度の距離しかないにもかかわらず、Cクラス以上の冒険者がいないパーティーは立入を禁止されている。
当然ながら定住している人間もおらず、村も集落もない。
南北戦争の開戦前からアーネルもチョーカも領有権を主張しているものの国土としての実態がなく、また大小問わず両国の武力衝突の舞台であり続けたこのカイラン大荒野。
アーネルにしてもチョーカにしても、この不毛の大地全体が両国の国境線である、というのが暗黙の了解になっていた。
その過酷な大地に、俺は今立っている。
命属性霊術【視力強化】によって望遠能力を得た俺の瞳には、ここからおよそ5キロメートル先にそびえる巨大な砦と、その周辺で張られた無数のキャンプをしっかりと捉えていた。
ウォリア高地、と言うから山の上にあるのかと思っていたのだが、遠目で見た限りでは高めの丘くらいの印象だ。
この世界の地図には等高線がないためなんとも言えないが、実際の標高はおそらく100メートル程度しかないのではないだろうか。
下草や茂み程度の植物は生えているものの、森や林どころか周囲に高い木が1本もないため、5キロ先のここからでも周囲の状況がよく見える。
とはいえ、ミサイルや銃のないこの世界で、近距離戦を挑むには攻めづらい難所であることに変わりはないだろう。
あれこそが、チョーカの門たる要塞クロタンテ。
過去の200年の大戦でアーネルが1度も突破できなかった、難攻不落の砦である。
ここにきてようやくクロタンテ側も俺たちの接近に気づいたらしく、急にキャンプ周辺が慌ただしくなる。
まぁ、4千人の部隊が何も遮蔽物がない荒野をここまで接近すれば、普通は見つかるだろう。
こちらから見えているのだから、向こうからも見えるはずである。
俺の後ろには、アリスと『ホワイトクロー』の4人が控え、さらにその後ろにはアーネル王国騎士団第2隊を中心に、機動力と物資運搬力重視でまとめられたクロタンテ攻略隊約4千人が布陣していた。
その大半は騎馬、あるいは騎獣した魔騎士で、それらのほとんどが馬車を牽引している。
3日前、軍議と呼ぶにはあまりに一方的な話し合いが終わった後、俺たちと攻略隊はその日の五の鐘が鳴る前にはリーカンを出発し、野宿と休憩を挟んで馬車で走り続けた。
地図を見ながら今回の攻城戦の手順を考えた俺は、攻略隊隊長のモーリスに指示しウォリア高地にさしかかる前のはるか手前、カイラン大荒野のど真ん中で布陣させたのだ。
くり返すが、この世界にミサイルや銃はない。
遠距離攻撃手段は弓矢と魔法であるが、いずれも200から300メートルが射程の限界である。
したがって敵まで5キロという距離は、この世界では戦闘を始められない距離なのだ。
このため、クロタンテ周辺のキャンプも慌ただしくはあるが、あくまでも警戒態勢をとっているにすぎない。
ましてや向こうは高地であり、長年かけて大量の石と土で補強され続けてきた不落の要塞なのだ。
チョーカ兵は、当然のごとくこちらに攻めてこない。
要塞から、離れようとしない。
結果としてそれが、クロタンテ陥落におけるチョーカ兵の犠牲者数を跳ね上げる原因となった。
俺と同じく【視力強化】を行使してクロタンテを注視していた4千人が突如。
全員、上を向く。
何か巨大な物体が頭上を通り過ぎた。
そんな感覚に、反射的に全員が上を向く。
遅れて、揺らめく空から降り注ぐ、まるでジャンボジェットが通り過ぎたような凄まじいまでの轟音!
全員が、また反射的に耳をふさいでかがみこみ、馬は激しく暴れた。
聴力に優れたブランカに至っては、その場で失神してしまっている。
俺としてもここまでの爆音が出るものだとは思っていなかったため、慌てて上空20メートルに張っていた水の遮音膜を厚くした。
そうしている間に前方から爆音!
屈みこんだ姿勢のまま5キロ先を見た4千人が、はるか前方の事態を理解できずにそのまま固まる。
クロタンテの左側にあったキャンプ地がチョーカ兵ごと跡形もなく吹き飛び。
そこには巨大なクレーターが形成されていた。
現代の人類最強の遠距離攻撃は、核を搭載したミサイルによる攻撃である。
では、ミサイルが実用化される前の最強の遠距離攻撃は何か。
おそらくは投石から始まり、槍を投げ、弓矢を発明し、火薬の力を知って思いついてしまった銃や大砲、その果てにたどり着いた最強の遠距離攻撃は何か。
それは、戦艦の主砲による艦砲射撃である。
現世での戦争、先の第2次世界大戦までの各国海軍の主力であり、国家の戦略さえも左右した戦術兵器。
その砲弾直径は大きいもので50センチ、重量1.5トンに及ぶ。
実に数万人の兵士のはたらきに匹敵する破壊力を有するとうたわれたその主砲による砲撃は、最大で40キロ先の目標を撃破した。
俺が行使し、たった1発でおそらく100名以上を殺傷した今の一撃は、これを再現したものだ。
砲弾は【氷撃砲】を、つまり直径10センチ、長さ20センチ、重量約1.5キロのそれを。
直径1メートル、長さ2メートル、重量約1.5トンまで巨大化させたもの。
この巨大砲弾の生成は、射出の際に充分な加速を得るため、俺の背後300メートル、上空100メートルで行っている。
さらに、半径400メートルの支配領域を音と衝撃波から守る目的で、上空20メートルに東京ドーム10個分以上の面積に匹敵する、巨大な円上の水の防壁を展開。
その後、砲弾を時速1800キロという超音速まで加速、命属性霊術【視力強化】を併用して視認した目標に向けて発射したのだ。
すなわち、個人による艦砲射撃。
これが先ほど起こった現象の全てである。
【氷艦砲】
それは個にして軍を超える破壊を行う、まさに戦略級の一撃である。
「もう少し上、少し右か……」
痛む耳に、いつもと違って聞こえる自分の声が響く。
かなりマシになった轟音と共に、2発目の【氷艦砲】が着弾!
クロタンテの城壁右端が凄まじい勢いで破裂し、周囲のテントやチョーカ兵がその破片に貫かれた。
「高さそのまま、ちょっと右すぎたかな?」
かなり元の調子に戻ってきた自分の声を確かめながら、俺は射角の微調整を行う。
そう、【氷艦砲】は俺の支配領域である半径400メートルをはるかに超えた場所を砲撃するため、【氷撃砲】のように確実に命中するわけではない。
初発は完全に勘で撃ち、それを見てから少しずつ調整しているのだ。
3発目、クロタンテ中心部に命中、城壁を周囲のチョーカ兵ごと完全に爆砕し、砦本体は中破。
4発目、同じくクロタンテ中心部を貫通、砦が崩れ出す。
5発目、クロタンテ左側に命中、残っていた城壁を完全に破壊、余波で砦の崩壊が進む。
6発目、1発目命中箇所近くのキャンプ地に着弾、散り始めたチョーカ兵が空に巻き上がる。
さすがにこのあたりの段階で、攻略隊も俺が何をしているのか理解でき出したらしい。
とはいえ、俺との行動が長いアリスでさえも絶句するような規模の攻城方法に、4千人は完全に茫然自失の体となっている。
『ホワイトクロー』の面々は、耳を強く押さえたまま全身を激しく震えさせていた。
その間も、7、8、9、10、11、12発目の【氷艦砲】が、キャンプ地を左から右端まで順番にクレーターに変えていっている。
この段階で、望遠された俺の視界の中で動くものは、ほぼなくなった。
前では誰も動かず、後ろでは誰も喋らない中で、さらに24発目までの発射音と着弾音が規則的に響く。
都合2ダースの艦砲射撃が完了し、俺が後ろを振り返った時点で。
クロタンテは陥落どころか消滅し、ウォリア高地は地形自体が大きく変化していた。
俺は無言で、そして感情のこもっていない視線を、ガタガタと震えているエレニア、引きつった顔のアネモネ、まだ座り込んだままのブランカ、呆然としているネイリングに向ける。
さらに口をあけたままのモーリスと視線を合わせ、4千人の壊れてしまったような表情の魔騎士たちへと視線を滑らせる。
「あれで、いいな?」
1人だけ立ち直って俺の隣に並んでいたアリスの頭を、青いフードの上からポフポフと叩きながら、俺は無表情で4千人に問いかけた。
誰も、何も、答えない。
4千人の瞳に浮かぶのは、水の大精霊たる俺の武勇への称賛ではない。
難攻不落の敵地が陥落した歓喜でもない。
恐怖。
理解不能なものを見たときの恐怖。
生きることを諦めてしまうような恐怖。
それはまるで、神か、あるいは悪魔に出会ってしまったときのような表情だった。
思わず、唇をつり上げて小さく笑ってしまった俺を見て、誰かが微かな悲鳴を上げる。
あぁ、本当にわかりやすいな……。
この戦場、そしてこの盤面が俺の思い通りに動いていることに、俺はさらに笑みを深くした。




