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クール・エール  作者: 砂押 司
第2部 カイラン南北戦争

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30/179

謁見

死者6名。

行方不明者なし。

重傷者25名、うち重体4名。

軽傷者18名。


他に魔人ダークスが出現したと思われる場所の近くで、民家1軒が完全に倒壊 。

これについては、水か風か土属性のいずれかの高位魔導による攻撃が疑われたものの、原因は不明。

また、魔人ダークスの侵攻にあわせて応戦による周囲の建造物への被害が出ているものの、いずれも軽微。


騎士団と冒険者ギルドから発表された被害一覧は以上だ。

この天災のような被害が、たった1人の女によってわずか数十分でもたらされたことに、アーネルの夜には戦慄が走った。

即座に王都の騎士団を総動員して、夜通しで逃げた魔人ダークスの捜索が行われた。

思うところのあった俺とアリス、『ホワイトクロー』の4人もギルドからの捜索依頼に応じ、共に弐の鐘が鳴るまで王都内を歩き回ったが、結局発見には至らず。

青猫亭に戻った俺たちは昼まで仮眠をとり、現在はジェイドが厚意で用意してくれた遅い朝食を6人で囲んで、赤い目のまま口を動かしている状態だ。


とはいえ、被害の割には意外と死者が少ない、というのが俺の正直な感想だった。

魔人ダークスの【吸魔血成ヴァンピング】による失血死者数に至っては0人だ。

重軽傷者のうち31人が血を吸われたもののいずれも微量で、魔人ダークスが何をしたかったのかについては、いよいよ首を傾げるばかりだった。


また、魔人ダークスが出現した場所が、王都アーネルにおける【時空間転移テレポート】の転移先の土地であるギルドの横でなかったことも、事態を複雑化させていた。


召転サンポート】。


時空間転移テレポート】とは逆の原理に、対象物を任意の場所へ転移させる時属性魔法自体は存在する。

ただし、あくまでもこの世界に現存するものだけであり、また事前にその対象に霊字ルーンを刻む必要がある。

何より、この魔法は動物には使えない。

アリスの扱う木属性召喚魔導にしても、対象は植物限定だ。


少なくとも俺の場合のように、他の世界から時空間を超えて人を召喚するほどの力はない。

ギルドの文献やアリスの知識から、俺はバランが自分を召喚した魔法を探し続けている。

が、そんな魔法はこの世界には「一般的には」存在していなかった。


550年前にほぼ絶滅したはずの魔人ダークスが、なぜ突如王都の中心に現れたのか。

そして、どうやって現れたのか。

何をしたかったのか。

今、どこにいるのか。

何をするつもりなのか。


昨日の突然の雨のように、何かが動きだしている。

そんな、得体のしれない気味の悪さを俺は感じていた。


モシャモシャとパンを飲み込み、甘めにしたカティで流し込む。

疑問の全てに答えが出ないまま、アーネル王、フランシス5世との謁見の時間が迫っていた。





四の鐘が鳴る少し前にギルドで王国騎士団長のランドルフと合流した俺は、その先導に従って謁見の間へ向かう。

途中で出会う警備の騎士から向けられるのは、羨望と恐怖、好奇と憎悪だ。

国家のトップに一方的に謁見を呑ませた自称大精霊へ抱く感情としては、的を射たものだろう。


アーネル王城、水天宮すいてんきゅう

王都と同じく、全てが水天石で築かれた王宮は青みがかった白い威容で、王都アーネルを、そしてアーネルの全ての国民を見下ろしている。

建物の中でさえも縦横無尽に細い水路が張り巡らされ、ところどころで精緻な彫刻が施された噴水が水を踊らせる光景は、まさに水の都の城にふさわしい。

通路に敷かれている絨毯も青で統一され、その中では白と銀の糸でかつての戦乱の絵物語が展開されていた。


ただし、水を操ることができる俺からすれば、非常に陥落させやすい構造だとも言えた。

アーネルが俺の存在、おそらくある程度の能力も把握しているであろうことを考えると、やはりこの場で俺と敵対する意思はないと見ていいだろう。

敵対するならば、それはそれでも別に構わないが。


ちなみに、アリスはここへは来ておらず、冒険者ギルドで『ホワイトクロー』の面々と待機している。

謁見を許されたのは、俺1人だけだったからだ。

エバを通して2人での謁見を再度求めようとしたのだが、アリス自身から固辞された。

とはいえ、王に伝える内容は2人で相談して決めている。


魔人ダークスの足取りがつかめていない以上、アリスと分かれて行動することに不安がないわけではないのだが、俺はアリスのパートナーではあっても保護者であるつもりはない。

何より、今となってはアリスも相当に強くなっている。

仮に『ホワイトクロー』の4人がアリスの敵にまわって奇襲をかけたとしても、初撃さえ防御できればアリスが勝つだろう。

対人戦、特に相手が生物ならば、俺よりもアリスの方がはるかに手数は多いのだから。


俺が思いにふける中、前のランドルフが立ち止まる。

壁や床、天井と同じ、5メートルはあろうかという巨大な1枚の水天石でできた扉が、左右からゆっくりと開けられた。


「陛下、水の大精霊殿をお連れいたしました」


ランドルフと共に広大な謁見の間を中央まで進んだところで、ランドルフが跪礼する。

10メートルほど先、謁見の間の奥は3段上がり、その中央にはやはり1つの水天石から削りだされた、美しい玉座が置かれていた。

そこに座り、こちらを見つめる青い瞳。

アーネル王国第42代国王、フランシス5世。

白地に、青と銀、そして金の糸で複雑かつ豪奢な刺繍が施された王衣に包まれているのは、30歳ほどの若い男。

穏やかな表情の顔は整っており、その髪はランドルフの髭よりも白い。

細い、金の冠を戴くその姿は、王というよりは王子様といった出で立ちだった。


その2段下、フランシス5世の座る玉座を挟んで、左右対象に2人の男女が立っている。

右側に立つのは、王と同じか少し上くらい、つまり30かその上くらいの女だ。

アリスのマントと同じような深い青のローブをまとい、左手には巨大な透明の宝石があしらわれた、銀、いやミスリルの杖を携えている。

金色の髪を頭の後ろで束ね、その左目にはモノクルがはまっていた。

いずれも霊字ルーンの刻まれた最高級の魔装備であり、感じられる魔力がアリスを超えていることも加味すれば、おそらくこの女がマモー。

俺の登場まで世界2位の魔力を誇っていた、アーネルの宮廷魔術師だろう。

宮廷魔術師という響きから勝手に落ち着いた老人を想像していたものの、マモーの顔はどちらかと言えば小動物を想わせる。

さらに、緊張のためかその口の周りは小さく痙攣していた。


逆側に立つのは、禿頭の老人だ。

深いしわが幾重にも刻まれた顔と手、無地の真っ黒なローブで包まれた体は枯れ木のようだ。

にこやかな瞳は、しかし俺を見ているのか見ていないのかよくわからない。

古木のような両手は体の前、中央で同じく古木から削りだされた太い杖の上で重ねられている。

魔導士ではないようなので、宰相か大臣か、そういった存在だろう。


彼らがいる段の下、つまり俺と同じ高さだ、の壁際には、全身をミスリルの甲冑で包み微動だにしない屈強な騎士が左右2人ずつ並んでいる。

驚くことに、その腰に差さっている長剣は希少かつ扱いづらいオリハルコンの剣だ。

ランドルフと同格の強さの、おそらくは近衛兵。


広大な謁見の間に居るのは、俺とランドルフを入れてもわずかに8名だけだった。


「陛下に、礼はされませんのか?」


意外なことに、最初に口を開いたのは黒いローブの老人だ。

その声は意外なほど軽く、ひょうきんさすら感じさせる。

しかしその内容は笑えるようなものではなく、いまだ直立したまま跪くそぶりさえ見せない俺に対して投げかけられたものだった。

そして、俺は礼をするつもりはない。


「俺はこの国の国民ではないし、半分は人間ですらない」


そして、その半分も他の世界の人間だ。


「ここには一介の冒険者ではなく、水の大精霊として来たつもりだ。

この国に、そしてお前たちに忠を尽くすつもりはない」


「「!!」」


一切の躊躇いもなく言い放った俺の声に、前方で跪くランドルフから凄まじい怒気が上がる。

壁際の近衛兵たちも、その手を剣の柄にかけていた。


「よい」


よく通る低い声でそれを遮ったのは、国王だ。

その顔には、少しばかりの笑みがのぞく。


「ソーマ……殿といったな。

余が治めるこのアーネルは水の国、永きにわたって水の精霊たちと共に歩んできた国である。

その根源たる大精霊殿に直接会うことができた歴代の王は、わずかに3人。

余で4人目である。

本来であれば、頭を下げねばならぬのは余の方かも知れぬ」


フランシス5世は、マモーの顔をチラリと見ながら楽しそうに続ける。


「これは純粋な頼みなのであるが、できればそのあかし……。

ソーマ殿が水の大精霊であるという証をみせてはもらえないだろうか?」


「……!」


その瞬間、マモーの痙攣が止まり、瞳には異様な色が灯る。

上気した頬、唇を舐める舌、爛々と輝く黒い瞳。

これは興奮……か?


「シムカ」


色々な部分にうんざりしながら、俺は身元保証人の名前を呼ぶ。

……しかし、俺はそんなに威厳、あるいは信用がないのだろうか。

帰ったら、アリスに聞いてみたい。


「は」


いつも通り、俺の横にランドルフと同じく跪く姿勢でシムカが出現し、短く返事をした。

上位精霊を見慣れてはいるのだろう、謁見の間にいる人間に動揺は見られない。


「俺は、お前たちにとってなんだ?」


「……は。

ソーマ様は当代の大精霊様。

我ら兄弟姉妹の全てにとって、父であり母であり主君である方です」



前回と同じ流れで、前回と同じ答えを返してもらう。

そして、その後まで前回と同じだった。


「ソーマ様、申し上げても?」


「……今回はなんだ?」


「失礼いたします。

……レブリミ!!」


「ぅぇえいぃっっ!!?」


まさかのシムカからの発言の許可を求める言葉に、若干辟易しながら返事を返すと、やはりシムカは叫んだ。

さすがに全員が驚いた顔をしている中、俺だけが無表情で、レブリミとは誰なのだろうか、と考えているとマモーが奇声をあげてのけぞる。

この女の名字がレブリミなのかと思っていたら、その隣にシムカと同じ水の上位精霊が顕現した。

いたずらを実行しようとワクワクした表情をした、少年型の精霊だ。


「ハウドゥーユゥドゥーー、くそばばーー?」


「「な!?」」


その第一声に、シムカと俺の声が重なる。

シムカやベテルしか見たことがない俺は、上位精霊というのはもっと成熟した存在なのだと思っていた。

が、これは完全に子供だ。

いや……、そういえばアイザンもこんな口調だった気がするな。


「で?」


「……」


思わず小さく笑ってしまった俺は、シムカのこちらを見上げる視線に気づき、無表情で発言を促す。

シムカはしばらく俺の顔をじっと見た後に、レブリミの方を向き直った。


「……レブリミ、まずはその段を下りて跪きなさい。

はじめてお会いする当代様に対して、あまりに礼がなっていないでしょう」


「一国のおーさまに、けーごも使わない大精霊様って、どーなのよーー?」


「……レブリミ?」


「別にいいぞ、シムカ?」


「しかし!」


ついに立ちあがったシムカを、俺は苦笑いしながら制する。

声を荒らげるシムカを手を挙げて下がらせ、レブリミを見た。


「子供の形をした上位精霊は、だいたいこんな感じなのか?」


「い、いえ、そういうわけでは……」


「先代様のことー?」


「そう、アイザンのことだ」


「ふっふっふーーー」


「レブリミ、いい加減に……」


「ばーさんは、黙っててーー?」


「レブ……!」


シムカとレブリミとアイザン。

3人で、こんなにぎやかな会話をしていたときもあったのだろうか。


まだ小さかった頃の……、母と俺と朱美のように。


「クク……」


「……当代様?」


「ああ、いや、悪かった」


笑いを噛み殺しきれなくなった俺に、シムカが凍てついた声をかける。

たまにアリスも出す、本能に警鐘を鳴らす声だ。

右手を軽く挙げてシムカに謝罪し、俺はあらためてレブリミに視線を向けた。


「許す、そのままでいい」


「へー、さっすがアイザン様が次を託したお方ー、話がわかりますねーー?

長生きしすぎで頭がカッチカチになったどこかのばーさんとは、違いますねーー?」


「ぁあ!?」


「「ひっ!?」」


「シムカ……」


「……失礼いたしました」


なぜか嬉しそうなレブリミが一線を踏み越えてしまい、シムカの喉から聞いたことのない音が上がった。

その視線を受けたレブリミがのけぞり、その隣のマモーが腰を抜かす。

俺の一言で小さくなっているシムカを横目に、レブリミにも注意はしておく。


「レブリミ、調子に乗りたくなるのはわかるが、限界点は見極めろ。

どこまでなら相手が許してくれて、どこからは相手が許してくれなくなるか……。

そのギリギリを見極めて、踏み込める最大のところで勝利を得るのが鉄則だ」


途中から、俺の視線はフランシス5世と宰相らしき老人に向けられている。

その意味に気づいた2人は、ピクリとまぶたを動かした。


「間違えるなよ、レブリミ?

たった一歩踏み越えただけで、そこは地獄になることもあるんだからな。

……シムカに謝っておけ」


「……ごめんなさい、…………ばーさん」


「レブリミ!?」


「それでいい」


「当代様!?」


唇をつり上げた俺の視線は、シムカが肩を落とす間も、苦々しげなフランシス5世の青い瞳から動いていなかった。


「見苦しいものを見せて、悪かった。

が、とりあえず俺が大精霊だということは納得してもらえたか?」


「ふむ」


シムカを控えさせたまま、俺は視線をフランシス5世に移す。

その青い瞳には、面白いものを見たという笑みを浮かべていた。


「なかなか面白い話であったな」


「俺は、もっと面白い話をしにきたんだけどな?」


「ほう?」


「チョーカとの戦、停戦をさせたいとお伺いしてますが、その件ですな?」


「その件だが、少し事情が変わってな。

……それから悪いんだが、お前は誰なんだ?」


「おぉ、これは失礼しましたな!

わたしはこの国の宰相を務めております、ユーチカと申します」


「……そうか、よろしく」


途中から口を挟んできた黒衣の老人に、ついに俺は名前を尋ねた。

宰相ユーチカはそれに怒るでもなく、額を叩きながら道化じみた礼をする。

どちらかと言えば、商店主といった風情のユーチカの瞳は、やはりにこやかなものだった。

エバと同じタイプのものなのだが、より自然だ。

本当に無害そうに見えるからこそ、油断ならない。


「ついでに、レブリミの契約者。

お前が、マモーでいいのか?」


「へ……、は、ふぁぃいいっっ!

あ、あたしがマモー=リーラルドですぅっ!

だ、だ、大精霊様にお会いできて光栄ですぅうっっ!」


「……」


……多分、こいつは本当に無害だ。

レブリミが契約した理由が、なんとなくわかる。

体を前屈のように折り曲げて俺に頭を下げているマモーの横では、レブリミが性格の悪い笑みを浮かべている。

後ろで、シムカが溜息をついたのが聞こえた。


「……まぁ、レブリミと仲良くしてやってくれ」


「は、はいぃぃいい!」


なぜか涙目になっているマモーに適当に声をかけ、視線を王へと戻す。

フランシス5世もマモーの方を見ていたが、その視線は愛玩動物に向けられる、慈しみのそれによく似ていた。

まぁ、……人の好みはそれぞれだからな。


しかし、話が進まない。

魔人ダークスのこともあるので、できればさっさと用事は済ませておきたかった。

俺は、王と宰相へと視線を向け、手短に用件を伝える。

俺とアリス、戦争をなくすための最初の1手を。





「今回の戦争、俺たちはアーネルに加勢するつもりだ」

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