ホワイトクロー
五の鐘が鳴ってから1階に下りると、メリッサの夫のジェイドを捕まえて、かしましく料理の注文をしているネコ娘とシカ女とウサギ娘とヘビ少女がいた。
昼にギルドで見かけた、獣人のパーティーだ。
その独特のシルエットから感知はできていたものの、アリスがそのテーブルを見て硬直したのを見て、判断が甘かったかと後悔する。
先程まで共にベッドでゆっくり過ごしていた空気が、完全に吹き飛んでしまっていた。
階段の下で立ち止まってしまった俺たちは、当然ながら彼女たちの射程に入ってしまう。
「ニャ、お昼のお兄さんと森人ちゃんもこの宿だったのかニャ。
……よかったら、一緒に食べないかニャ?
あの『白騎士ランドルフ』と『青のカール』と『紅のエバ』。
アーネルでもトップクラスの3人が歓待した冒険者とは、仲良くなっておきたいニャ」
「「……」」
こちらに気がついたネコ娘の邪気がない、あまりにストレートな物言いに、俺もアリスもどう返事をしたものかと黙り込んでしまう。
「ニャ、心配しなくても寝盗ったりしないから安心してほしいニャ。
お前ら、まだ宵の口なのに、もうどっちがどっちのにおいだかわからなくなってるニャ。
そんなのに喧嘩売るほど、男に困ってるわけでもないニャー」
「「……!?」」
その反応を見たネコ娘は金色の瞳を細め、心底面白そうにそう付け足した。
俺とアリスはその言葉が何を揶揄しているのか察し、一拍置いてそれぞれ反応する。
すなわち、俺は眉をしかめ。
すなわち、アリスは無表情のまま耳を真っ赤にする。
「まだ宵の口なのにどうかしてるのはお前だ、エレニア」
「痛ニャッ!
……ォォォ~~~~!!」
隣に座っていたシカ女が、ネコ娘の頭をはたく。
ゴッ、という予想以上に鈍い音が響き、ネコ娘、エレニアはそのままイスから落ちて床に崩れ、頭を押さえて声にならない悲鳴を上げている。
なんなんだろう、このコントは……。
そのまま視線をシカ女に移すと、深く目礼を返される。
ヘビ少女はニヤニヤと笑いながら2人分の席を空け、ウサギ娘はニコニコ笑いながらジェイドと隣のテーブルを動かしていた。
観念した俺は、小さく震えているアリスの背を押して敵地へと向かう。
……逃げるのも、癪だしな。
氏名 ソーマ (家名なし)
種族 人間
性別 男
年齢 17歳
魔力 5,380,840
契約 水
所属 冒険者ギルドBクラス
備考 パーティー『スリーピングフォレスト』
氏名 アリス=カンナルコ
種族 森人
性別 女
年齢 17歳
魔力 218,500
契約 木
所属 冒険者ギルドBクラス
備考 パーティー『スリーピングフォレスト』
氏名 エレニア=シィ=ケット
種族 獣人
性別 女
年齢 18歳
魔力 55,000
契約 土
所属 冒険者ギルドAクラス
備考 パーティー『ホワイトクロー』
氏名 アネモネ=デー=シックス
種族 獣人
性別 女
年齢 20歳
魔力 57,400
契約 土
所属 冒険者ギルドAクラス
備考 パーティー『ホワイトクロー』
氏名 ブランカ=ラブ=フーリー
種族 獣人
性別 女
年齢 17歳
魔力 33,330
契約 土
所属 冒険者ギルドBクラス
備考 パーティー『ホワイトクロー』
氏名 ネイリング=ネイ=ネイサン
種族 獣人
性別 女
年齢 14歳
魔力 32,000
契約 土
所属 冒険者ギルドCクラス
備考 パーティー『ホワイトクロー』
「な、なんなのニャ、このでたらめな魔力は!!?
アリスも化け物だけど、ソーマは完全にブチキレてるニャ!!?
……さ、さっきはからかって、悪かったニャ!!
ちょっとじゃれついてみた、だけなのニャ!?」
「わかったから、うるさい」
「ニャ……!?」
お互いの自陣片を見せ合うと、案の定『ホワイトクロー』のメンバーはそれぞれ驚愕の反応を示した。
俺の魔力が規格外なのはいつものことだが、実はアリスの魔力も現段階で世界8位の数値だったりする。
伊達に明るいうちからニャンニャンして、どっちがどっちのにおいだかわからなくなってるわけではない。
アリスに冷たく突き放されたエレニアは……、意外なことに『ホワイトクロー』のリーダーだった。
言動がストレートすぎて、年上という気がまったくしない。
テレジアと同い年らしいが、どちらをどう判断するのが適切なのだろうか。
長めのショートにまとめたオレンジ色の髪の横からは、髪の色よりもやや茶色の、大きなネコ耳がはみ出している。
身長は俺より5センチほど低い程度だが、しなやかな身のこなしと金色に輝く肉食獣の瞳を見る限り、格闘戦で勝つのは絶対に無理だろう。
まだ耳の赤いアリスに、静かに殺気のこもった視線でにらまれて、耳と同じ色の尻尾を抱きかかえてイスの上で体育座りをしている姿からは、そう見えないが。
今なら、……勝てるかもしれないな。
「初対面の相手にふざけすぎるからだ、エレニア。
すまなかったな、ソーマ殿、アリス殿」
「いや、俺は別に気にしていない。
アリスも、その辺で機嫌直せよ?」
「……わかっている」
「詫びと言ってはなんだが、この場はうちでもたせてもらう。
……エレニア、お前の分け前から差し引くからな」
「ニャッ、アネモネっ!?」
「ご馳走様」
「ニャッ、アリスっ!?」
駄目ネコに代わって頭を下げてきたのは、シカ女、アネモネだ。
鮮やかな茶色の髪は背中まで隠しており、おそらくエレニアと同じ位置にあるのだろうシカの耳は髪に隠れている。
が、頭から伸びた50センチほどの枝分かれしたシカの角が、彼女の正体を非常にわかりやすくしていた。
というか、頭を下げられると角もこっちに下がってくるので危ない。
アネモネはエレニアとは逆に、本当に20歳か、と思うほど落ち着いている。
サブリーダーがしっかり締めるところは締めている、ということだろう。
というか、容赦ねぇな、アネモネもアリスも。
エレニア、泣いてるぞ……。
「でもソーマさん、本当に人間なんですかぁ?」
「……一応な」
「そうですかぁ、すごいですねぇ」
「……ああ」
ウサギ娘、ブランカはそんなリーダーを気遣うこともなく、マイペースに割と失礼な質問をしてくる。
ニコニコとした表情が崩れることがなく、エバやランドルフと同じ得体の知れなさを感じさせる。
獣人も森人と同じで、寿命は人間と変わらない。
が、アネモネといいブランカといい、思わず年齢詐称を疑いたくなってしまう立ち居振る舞いだ。
ブランカは枯れ草色に近い金髪をポニーテールにまとめているが、それよりも目が行ってしまうのは、やはりそのウサギの耳だ。
ゆうに30センチはある長く白い毛で覆われた耳が、斜め上に向かってピンと伸びている。
やはりよく聞こえるのだろうか、耳は常にピクピクと動いていた。
……いや、聞こえないのかもしれない。
仮にもリーダーのエレニアが泣いているのを、完全に無視しているしな……。
「……」
「……」
「……」
「……」
ネイリングは何も話さないで、ただニヤニヤと笑っている。
アリスよりもさらに小柄なヘビ少女は、まぁ可愛らしい方だと思うのだが、その笑みはやはりどこか爬虫類のそれに近い気はする。
緑色のセミロングの髪に隠れて見えないが、もしかしたら耳たぶはないのかもしれない。
また、彼女のミドルネームはネイとなっているが、これはサリガシア3王家の1つと同じだ。
『毒』という異名と合わせると、おそらくネイ家はヘビの家系なのだろう。
料理が運ばれてくるのを見て、エレニアは泣きやんだ。
はしゃいでるのはいいが、全部お前の払いらしいからな?
ご馳走様です。
俺から時計回りにアリス、エレニア、アネモネ、ブランカ、ネイリングが着席したテーブルには、昼食会で出されたものには豪華さでは当然敵わないものの、量でそれをカバーする料理の数々が、ジェイドによって運ばれてくる。
味もなかなか良く、赤よりも酸味の強い黄色い果実酒の水割り (俺が水と氷を出したときには拍手喝采が起きた)が行き交う頃には、『スリーピングフォレスト』と『ホワイトクロー』の面々は和やかに会話ができるようになっていた。
アリスとエレニアのやりとりからも、ようやくぎこちなさがとれてきていたので、まぁ大丈夫だろう。
「ニャー……、しかしこの魔力ならギルドに呼び出されるのも当然ニャ。
2人も、南北戦争に傭兵として参加する予定なのかニャ?」
「……も、ということは、お前らもか?」
厳密にはまだ決めていないのだが、面倒なので話を合わせておく。
場合によってはチョーカを滅ぼす、とこの場でエレニアたちに正直に説明する必要性がまったくない。
アリスに視線を飛ばすと小さく頷きが返ってたので、つまらない齟齬が起きる心配もなくなった。
こういう以心伝心がアイコンタクトでできるようになったことが、俺は何気に嬉しかったりする。
「当然ニャ!」
あまり酒に強くないのか、少し顔が赤くなったエレニアが胸を張る。
胸は、アリスといい勝負だ。
……そういえば、ネイリングも平然と酒を飲んでいるのだが、14歳は飲酒してもいいのだろうか?
よく考えれば俺とアリスも17歳だから、元の世界ではアウトなのだが。
「チョーカ兵と言えば、ミスリル装備ニャ!
全員の防具も新調したいし、サリガシア本国でもミスリルの需要は途切れないニャ。
売り飛ばしてもいい値段がつくし、うまうまニャー」
「エレニアの言う通りだな。
チョーカも切羽詰まっているから、戦力の出し惜しみはしないだろう。
帝国軍の大物の首を獲れれば、報奨金も気前よく出るだろうしな」
「アーネル側で参加すれば、糧食の心配もしないでいいですしねぇ。
水と野菜が美味しくて安いのは、いいことですぅ」
「……」
エレニア、アネモネ、ブランカ、ネイリングが傭兵らしい、極めて即物的な発言をする。
……いや、ネイリングはニヤニヤ笑っていただけだ。
傭兵。
アーネル王国騎士団、チョーカ帝国軍などの正規兵とは違い、金銭報酬と引き換えに参加する雇われ兵のことだ。
ごく限られた状況を除き、基本的に戦争の趨勢は物量、つまりは兵数の大小が大きく影響する。
正規兵や領地から徴発した民兵、自国や自領のために進んで戦う義勇兵、奴隷の他に戦力が必要な場合、国軍は傭兵を募集し、その戦力とする。
ましてやこの世界の冒険者の中には、個人で1隊に匹敵するBクラス以上の高位魔導士や、文字通りの決戦級、Aクラス魔導士すらも存在しているのだ。
傭兵の募集は当然、というよりも敵軍の戦力となってしまうことを予防する意味もあって、この世界の戦争では傭兵として冒険者を囲い込むのが常識となっていた。
ラルクスでも依頼として公告が出ていたし、サリガシアの冒険者ギルドにはアーネルとチョーカ、両方の傭兵募集が出ていたことだろう。
傭兵には金銭報酬の他、国軍から糧食が提供される。
敵軍の有力者を倒せば別途で賞金が支払われるし、戦利品を私物化する特典も与えられる。
まさしく、腕に覚えのある冒険者からすれば、絶好の機会なのだ。
ちなみに、ミスリルはこの世界に存在する金属の1つで、オリハルコンと対をなす最強の金属だ。
見た目は銀か白金と変わらないのだが、オリハルコン製の器具でしか加工できないほどの硬さを持つ。
また、ミスリルはその軽さが特徴的な金属でもあり、防具として最高の素材とされている。
布→皮→骨→木→硬革→銅→青銅→ドーダル鱗→鉄→ガブラ甲→鋼→ミスリル
実際にラルクスで売っていた防具の序列は、だいたいこんなものだった。
強度だけで言えば、ミスリルの上にはオリハルコンがくるのだが、あまり現実的な話でもない。
実はオリハルコンは非常に重たい金属で、冒険者がオリハルコン製の装備を持たないのは、希少性よりも実用性からの理由の方が大きい。
自陣片を持ってみた体感だが、少なく見ても鉄の2倍はあるだろう。
一方でミスリルは、それこそ鳥の羽根ほどの軽さしか感じない。
おそらくだが、同じ大きさの紙よりも軽いのではないだろうか。
ミスリルは、需要が途切れないのも納得の、反則的な金属なのだ。
そしてチョーカは、世界でも屈指のそのミスリルの産出地である。
国力ではるかに勝るアーネルと長年対抗してこれたのは、ひとえにミスリル装備で固めた帝国軍の防御力と、高値で取引されるミスリルに頼り切った財政がギリギリで保たれていたためだ。
そのミスリル装備がゴロゴロ転がるであろう戦場ともなれば、確かに傭兵たちも張り切らざるを得ないだろう。
尚、俺が挙げた防具の材料はあくまでもラルクスで売っていたものだけで、他にも多くの素材は存在する。
アーネルのギルドでもこれ以外の材料からできた装備をまとっている冒険者は何人もいたし、サリガシアとネクタには、ガブラ以上の防御力を持った凶悪な魔物も多数生息している。
また、霊字を刻んだ魔装備になれば、単純に素材の強度だけを比較すること自体に意味がなくなる。
実際、『ホワイトクロー』の面々も今は防具を外しているが、ギルドで見かけたときの装備は歴戦のAクラス冒険者としてまったく見劣りのしないものだった。
……そして。
Aクラスという高い経験と実力を兼ね備えた冒険者であり、おそらくはアーネルとチョーカに直接の利害関係がない獣人の傭兵。
そのエレニアとアネモネが、アーネル側に付くという判断をしている事実。
やはり、この戦争でチョーカに勝ち目はない。
そして、チョーカに国としての余力もない、という見方が大勢のようだった。
「ま、戦場で何を拾えるかは、どの場所に配属されるかの運次第だし、現場では早い者勝ちだニャ。
お互いの幸運を祈って、近い場所になった場合は仲良く稼がせてほしいニャ」
「あまり近くになると、2人の決戦級魔導に巻き込まれる可能性もありそうだがな。
そのときは、エレニアだけを巻き込んでくれ」
「わかった」
「ニャッ!!!?
アネモネ、アリス!?」
「頑張りましょうねぇ」
「……」
料理も酒もなくなり、いつの間にか雨が降ってきていた。
『ホワイトクロー』は、俺たち『スリーピングフォレスト』を友軍として扱うことに決めたらしく、エレニア以外が笑顔を送ってきている。
俺が、アリスの冗談 (だと思う)に困ったような苦笑を浮かべた瞬間だった。
「「!!!?」」
突如、店の外、【水覚】の範囲外なので最低でも400メートル以上離れた場所から、莫大な魔力が噴き上がる!!
信じられないことに、その魔力はアリスが戦闘中に放つものよりもはるかに高く、おそらくは100万を軽く超えていた。
俺とエレニア、ブランカが店から飛び出し、雨の落ちる大通りで、魔力の上がった方向、南を凝視する。
大通りから外れて民家が密集する一角から、異常な量の魔力をまき散らす、紫と白と黒の光が迸っていた。
「距離620くらいだニャ」
「側にいた誰かが、あの魔法とは別に【時空間転移】を使いましたぁ。
多分、逃げたんだと思いますぅ。
他の冒険者や王国騎士も、気づきだしましたねぇ」
なんの魔導も使わずに、エレニアがその視力だけで謎の光までの距離を測る。
続けて、ブランカがその聴力だけで620メートル先の出来事をとらえた。
そののんびりとした言葉に合わせるように、大通りには武装した騎士や冒険者のパーティーが続々と集結していた。
青いマントを着こんだアリスが、俺に黒いマントを渡し、杖を握る。
アネモネとネイリングも4人分の装備を持って階段を走り降り、4人はそのまま外で防具の着装を始めた。
突然、雨がやむ。
「「「「……?」」」」
「……」
「上空で雨粒を止めてるだけだ」
自分たちの周囲だけ雨がやんだこととその理由に、『ホワイトクロー』の4人には驚愕が、アリスには微かな苦笑が浮かぶ。
そういえば、この世界で初めての雨だな。
俺のどうでもいい発見をよそに、謎の光が消えた方向からは小さな怒号と悲鳴が上がりだしていた。
遠くで上がる叫び声に、驚愕をすぐに消したエレニア、アネモネ、ブランカ、ネイリングが同時に土属性魔導【創構】を行使。
地面に敷かれた水天石の一部が分解され、それぞれクロー、手脚甲、槍、鞭に変わった。
青みのかかった白い武器を携える、4人の足下の水天石には、それぞれの武器と同じような容積の穴が開いてしまっている。
後で怒られても、俺とアリスは知らないからな。
悲鳴と怒号はまっすぐこちらに近づいてくるため、そのまま店の前で俺を先頭に左右をエレニアとアネモネが、その後ろにブランカが、さらにその後ろにネイリングとアリスが並び、3=1=2の即席の戦列が自然と組み上がっていた。
臨戦態勢をとる俺たちの前方、現状の【水覚】の最大領域である俺から400メートルの距離に、騎士や冒険者をなぎ倒しながら走ってくる、敵が踏み込む。
「……骨?」
「違う、魔人だ」
【水覚】で知覚した姿からその単語をこぼした俺に、隣のアネモネが固い声で訂正を入れる。
俺は、この世界の人族の最後の1種。
魔人の実物を、初めて目にすることとなった。




