王都アーネル
アーネル王国首都、王都アーネル。
エルベ湖を水源とする世界で最も豊富な水資源と、国土の7割が肥沃な平原であることも相まって、満たされし国とも呼ばれるアーネル王国の心臓部。
建国の王アーネル1世の名を戴く、カイラン大陸最大の都市にして、エルダロン皇国中央都ウィンダムに次ぐ、世界2位の規模を誇る都市。
世界中で最も豊かに農産物が流通する場所であり、優秀な水属性の魔導士を多数輩出する王国の象徴。
水の都と称賛されるその都市に、俺とアリスは立っていた。
ラルクスでエバから渡された王城からの返事は、2日後の四の鐘が鳴る頃に、国王フランシス5世と謁見できるとの内容だった。
元社会人として、この返事が届くまでに何人の苦悩と挫折、憎悪と悲鳴があったのかは俺も理解できるつもりだが、それを考慮するつもりはまったくない。
着目するべきは、あれだけの短時間で俺に謁見可の返事が来たということだ。
つまり、俺の存在をアーネル首脳部はとっくに把握していたということである。
よって、他の国も当然俺の存在は把握していると見るべきだ。
その上で、俺も今後の方針を考えなければならないだろう。
返事が来た次の日、つまり謁見の前日に俺とアリスはアーネルに【時空間転移】することにしたが、それにはエバとダウンゼンが一緒に付いてきた。
アーネルの冒険者ギルド内で、アーネルのギルド支部長と、都長、王国騎士団団長との昼食会をセッティングしたので、出席してほしいという。
特に断わらなければならない理由もなかったので、迷うこともなく了承した。
翌日、ラルクスから参の鐘が鳴ると同時に4人で転移。
到着したのは、数十人の騎士、いや魔騎士がとり囲むアーネルのギルドの中庭だった。
中庭とは言え小さな広場くらいの広さがあり、青みがかった白い石畳の上には、涼しげな空気が流れている。
周りの建物や、北に見える王城も全て同じ石、水天石を加工したものが使われており、あちらこちらに設置された噴水と清らかな水が流れている水路が、水の都たる所以を俺に見せつけていた。
以前来たことがあるアリスに言わせれば、緑が足りない、とのことなのだが、人工的に計算されつくした幻想のような都市は、俺の視線を奪うには充分な美しさだった。
「はじめまして、ソーマ殿、アリス殿。
アーネル王国騎士団団長、ランドルフ=ベリー=パーラーンでございます」
「ああ、ソーマだ、よろしく」
「……アリス=カンナルコ」
「無理を聞いていただきありがとうございました、ランドルフ殿」
「団長自ら、申し訳ございません」
「お決めになられたのは陛下ですので、エバ殿。
ダウンゼン隊長も、ご苦労様でした」
俺たちの姿を見て歩いてきたのは、全身をミスリルの白い甲冑で包み、胸まで垂れる見事な白髭を束ねた老人だった。
兜を抱えている姿には年齢を感じさせない軽さとしなやかさがあり、エバと同じような柔和な顔からは表情が見えない。
白騎士ランドルフ、あるいは騎士翁パーラーン。
アーネルの王国騎士団を統べる存在であり、アーネルの抱える数少ない超戦士の1人でもある。
かつてチョーカとの激戦にも何度も参戦し、白き英雄と呼ばれた男は、まるで老執事のような印象を俺に与えていた。
……俺と、どちらが迅いだろうか?
魔力だけでは測れない、圧倒的なまでの身体能力と経験。
俺が無意識に、黒い手袋をはめた【精霊化】させたままの右手を握りこんだのを見て、ランドルフはにこやかに笑いかけてきた。
「ご心配なさいませんよう、私があなた様に剣を向けるようなことはございませんよ?
……陛下の御命令がございませんので」
「……そうか、よかったよ。
俺もこの見事な町を破壊する気には、今のところならないんでな」
「水の大精霊様にお褒めいただけたのなら、この王都を作り上げた先人たちもさぞ喜ばれることでございましょう」
「幸いだ」
にこやかなランドルフと唇をつりあげた俺が軽い皮肉を込めた言葉を交わすが、他の3人と周りの騎士たちはまったく笑っていない。
心中察するに余りあるが……あまり固い顔で食べても、食事が不味くなるだけだと思う。
エバとランドルフの先導でギルドへ入ったが、とにかく広い。
ラルクス支部の3倍はあるだろうか。
整然と並んだボードには、数えるのも面倒なくらいの依頼書がとめられている。
フロントに待機している職員も、ラルクスは2人か3人だが、ここでは6人だ。
クリーム色の布地に緑と赤の線が染め抜かれたローブと帽子の制服は、ラルクス支部と同じだった。
冒険者パーティー向けのテーブルもそれなりの大きさのものと数が準備されており、食事時ではあったが多くの冒険者が作戦会議や談笑、勧誘に興じていた。
魔装備やミスリル製の防具をまとい、それなりの魔力を感じさせる上級冒険者から、明らかにビギナーにしか見えない初級者も多い。
ほとんどが人間だったが、獣人のパーティーも2組いた。
内1組は、若い女性だけ4人のパーティーだ。
耳と尻尾をピコピコ動かしながら、談笑している。
1人はシカのような角が生えていた。
耳や尻尾の形からして……、ネコ、ウサギ、シカ、最後の1人は白いフードを目深にかぶっていて、わからない。
……いや、笑ったときに見えた舌先が2つに分かれていたから、ヘビか?
あらためてだが、この世界で人に分類される種族は、人間、森人、獣人、魔人の4種類だ。
人間は数が最も多く、7属性すべての精霊と契約できる唯一の種族とされている (カイラン大陸とエルダロン大陸の人口が多いため、水と風が比較的多いが)。
身体能力では獣人に、魔力の資質では森人に負けているが、目立った欠点がないとも言える。
世界で最大の人口を誇り、東西の大陸に分かれて覇権を競っている以上、決して劣った種族ということではないだろう。
森人は、その華奢な外見の通り非常に非力な種族ではあるが、魔力資質、つまり生まれたときから持っている魔力が高い。
このため、その大半が木属性の精霊と契約でき、植物の召喚や、それに由来する化学物質、主に毒を使った高位魔導を得意とする。
歩く生物兵器、化学兵器である彼らの殺傷能力は人間よりもはるかに上だ。
ただしその排他的な性格のために、大半がネクタ大陸から出ずに生涯を終えるため、闘うどころか見かけること自体がほとんどない。
他種族と共に行動するなど、絶対にあり得ない。
俺とパーティーを組んでいるアリスは、森人としてはかなり変わっている部類と言える。
ちなみに、森人は火属性の精霊と契約ができない。
霊術は使用可能だが壮絶に相性が悪いらしく、エルベーナに行く道中で、俺はアリスが初級霊術の【発火】すら失敗したのを見たことがある。
以後、基本的に火を起こすのは俺の役目になっているのは完全な余談だ。
そして、獣人。
サリガシア大陸を故郷とする、人間と動物の特徴をあわせ持った種族である。
見た目の通り様々な種類の獣人がおり、厳密には1つの種族ではない。
総じて人間よりも身体能力が高く、その種類ごとに元の動物のものに近い特殊な身体能力「獣性」を持っていることから、魔法なしの近接戦では最強の種族と言われている。
逆に魔力は低く、土属性の精霊としか契約できない。
ただ、それは彼らが恵まれていないことを意味するわけではない。
木属性魔導の真髄が召喚と化学なら、土属性魔導の真髄は構築と重力制御だ。
土の真骨頂は、その加工性と頑強さを活かし、あらゆる物体を作成できることだ。
日用品だけに絞っても瓶や食器、果ては便器が石か土から作られている。
経験を積んだ土属性魔導士ともなれば、特定の鉱物だけを集めて一時的に装備を作成することができるし、決戦級ともなれば個人で小さな家を築くことすら可能だ。
たとえ魔力が低くとも、複雑な構築を行える熟練の土属性魔導士はこの世界で生活に困ることはない。
ある意味では、俺の操る水や、アリスの操る木属性魔導よりも汎用性は高いと言える。
が、土属性魔導しか扱えない獣人が最強の名を冠しているのは、もう1つの魔導、重力制御によるところが大きい。
その強靭かつ俊敏な動作を、彼らはさらに重く、速くできる。
ただそれだけのことで、彼らの動作は超戦士のそれに匹敵してしまう。
そこに獣性が加われば、獣人は物理限界すらもあっさり踏破してしまうのだ。
獣人は森人とは違い開放的な性格ではあるため、カイラン大陸でも冒険者や商人、職人としては決して珍しい存在ではない。
が、人間の魔戦士など歯牙にもかけない戦士である獣人が、しかし人間の国家の騎士になることだけはあり得ない。
彼らは、サリガシアの3王家以外には服従しない。
いまだ10ほどの小国家分立状態にあるサリガシア大陸において、特に大きな勢力を誇る3つの血筋。
『爪』のエル家。
『牙』のイー家。
『毒』のネイ家。
この世界の全ての獣人が、この3王家のいずれかに属している。
狂信的なまでの忠誠心により、武家時代のような封建社会を成立させている獣人は、森人以上に人間とわかりあえない部分がある種族でもあるのだ。
「……」
俺の視線の先にいるのは、そんな獣人のパーティーだ。
ラルクスでまったく見かけなかったわけでもないのだが、近くで見る機会はなかったのでついまじまじと観察してしまう。
ちなみに、耳は頭の上からではなく、人間の耳がある位置から、やや大きめのそれぞれの動物の耳が生えている感じだ。
ヘビの耳がどうなっているんだろうと考えていたところで、リーダーらしきネコ娘がこちらの視線に気づき、こちらに笑顔で手を振ってきた。
若干細められた金色の瞳、肉食獣の視線に、自分があまり褒められた行動をしていなかったことに気づき、軽く目礼する。
「……」
「ん?」
「……」
隣りから視線を感じたのでアリスの方を振り返ると、無表情で視線を外された。
そのまま先に歩いていく森人からは、微かな怒気と殺気が放射されている。
獣人の4人と、後ろではダウンゼンまでが笑いを噛み殺していることを感知してしまい、俺は目元が痙攣しそうになるのを必死で抑えた。
そのまま彼女らに背を向けて、昼食会の会場へと入っていく。
ネコ娘が、ニャハハハ、と笑っているような声が聞こえるのは、きっと幻聴だ。
どうやら俺も、食事を不味く感じなくてはならないらしかった。
昼食会の会場は、冒険者ギルドアーネル支部の第2会議室だった。
水天石を削りだして作られた見事な円卓の上には、予想していたよりも豪華な料理が大皿で並べられている。
ほぼ全員が高位魔導士であることを加味しても充分すぎる量と内容に、俺とアリスは圧倒されてしまった。
ボアの仔の内臓を抜き、塩とハーブを塗り込んで丁寧に焼き上げた丸焼きからは、暴力的な脂の香りが漂っている。
グリッドと野菜の、やさしいクリーム色のホワイトシチューは、その隣で静かに、だが確かに存在感を放っていた。
ニワトリかフラクの飴色に輝く腿肉のローストは、そのどちらであっても関係ないほどの味を約束してくれている。
高価な生の海魚と色とりどりの香味野菜をあわせたマリネは、同じ量ならボアの丸焼きよりも高価な1皿だ。
濃い赤色と強い甘みが特徴の、希少なトマトを主役にしたサラダは、舌をリフレッシュさせる役割としてはもったいないほどの存在だろう。
焼きたての小麦パンとライ麦パンからは甘い香りが立ち上っており、バターや各種のチーズが盛られた大皿との相乗効果は凄まじいものがあった。
深い琥珀色のスープの中には、プリプリとしたパスタが沈められている。
驚くべきことにデザートとして干した果物、飲み物としてワインとネクタ産の果実酒まで用意されており、間違っても冒険者に食べさせるような食事ではないだろう。
俺とアリスの瞳が丸くなったのを見て、エバとダウンゼンからはホッとしたような空気が。
白騎士と、アーネル都長のハイジ、冒険者ギルドアーネル支部長『青のカール』からは、得意気な空気が伝わってきていた。
その中でも、全員が俺とアリスの挙動をさりげなく、しかし細心の注意を払って見つめていることには、俺も当然気がついている。
が、この料理の内容から、王都アーネルが俺との激突をとりあえずは避ける方針であることが読み取れたので、俺は純粋に昼食を楽しむことにした。
……アリスの機嫌も、良くなったみたいだしな。
挨拶もそこそこに、カールの乾杯を合図として昼食会は和やかに進行した。
料理を作った店の店員が3人ほど出張してきており、料理のとりわけを始めとした給仕に徹する。
町の代表に英雄、決戦級が2人、国内第2の都市の騎士隊長、大精霊とその連れ。
ここにいる全員が、その気になれば町1つを壊滅させられるだけの戦力、あるいは権力を有していることを考えると、表面上はにこやかに給仕をしている店員たちの胆力も大したものだと思う。
そして、この大皿での昼食会を企画した人間も。
この世界では、親しい者同士でなければ同じ大皿から料理をシェアすることはない。
こういう多少は公式な場であれば、本来は1人分ずつを配膳するのがエチケットだ。
それをあえて無視したことで、アーネル中央部と少なくともアーネル国内の冒険者ギルドは、俺に敵対する意思がなく、友好、できれば対等な関係を築くつもりであることを示していた。
毒を盛る余地がないことで、俺とアリスの無用な警戒を解く狙いもあったのだろう。
ただ、こちらに関しては俺は最初から心配していなかった。
アリスは自身が高位の木属性魔導士であり、元々毒や薬にはかなり詳しく、ほぼ看破できるだけの感覚を備えている。
彼女を毒殺しようとするくらいなら、直接斬りかかった方がよほど簡単だろう。
俺に関しては、全身を【精霊化】してしまえばあらゆる化学物質の作用を無効化してしまえる。
さらに言えば、2人とも【完全解癒】や【完全解毒】を使うこともできる。
俺たちを暗殺することは、直接の戦闘で勝つことと同じ程度に難しいのだ。
いずれにせよ、あれだけ国家権力に挑発的な言動を繰り返した俺を歓待したことで、アーネルは俺に敵対する意思がない。
より正確に言えば、アーネル中央の戦力が俺に敵対することを避ける程度しかない、ということがわかっただけでも、この昼食会には価値があったと言えた。
料理は、うまかったしな。
社交辞令と作り笑顔、適当な相槌と暗喩の応酬に満ちた昼食会が無事終了し、俺とアリスはギルドを後にした。
エバとダウンゼンは残ったが、まぁこの後本当の昼食会が始まるのだろう。
王との謁見は明日の四の鐘なので、それまで俺とアリスにしなければいけないことは特にない。
とりあえずは宿を取るため、俺とアリスはメリンダから教えられた、青猫亭という宿屋に向かうことにした。
ラルクスの猫足亭と同じくギルドからは目と鼻の先の距離にあるため、迷うこともない。
名前から想像できる通り、青猫亭は猫足亭の姉妹店、というよりもバッハとメリンダの娘夫婦が経営している宿屋だ。
メリンダが、あたしよりも器量がいい、と威勢よくハードルを上げた愛娘のメリッサは、まぁ確かにおっとりした感じの美人だった。
2人部屋の料金を払いながらも、遺伝子と時間が引き起こすであろう変化に、思うところがないでもない。
1Fが酒場になってるのも本家猫足亭と同じなので、俺とアリスはいよいよやることがなくなってしまった。
ベッドに寝転がって天井を見ながら、観光がてら武器防具店を冷やかそうかと考えていると、青いマントと防具をクローゼットにかけたアリスが俺の隣に座った。
「……なに?」
「現時点で、あなたはどうするつもりなの?」
緑色の瞳でこちらをじっと見下ろしてきたので問いかけると、そう質問で返された。
この後の予定を聞かれているのではないことくらいはわかっているので、思考の整理がてらアリスに説明していく。
この戦争の結果として考えられるのは、大きく分けて次の5つだ。
「その1。
アーネルもチョーカも俺たちに同調する。
実際の武力衝突が起こらずとりあえずは犠牲も出ないが、2国間の状況は何も変わらないためいずれまた戦争になる。
その2。
アーネルが俺たちに同調し、チョーカが俺たちに敵対する。
チョーカを攻撃すればよいが、水竜シズイと火竜サラスナへの対処が必要になる。
また、戦後のアーネルが力を強めてしまうため、将来的に俺たちと敵対する可能性がある。
その3。
アーネルが俺たちに敵対し、チョーカが俺たちに同調する。
アーネルを攻撃すればよいが、位置的にエルベ湖が危険にさらされる可能性がある。
さらに、戦後のチョーカには『その2』のアーネルと同じことが言える。
その4。
アーネルもチョーカも俺たちに敵対する。
アーネルもチョーカも攻撃すればよいが、その後全世界を敵に回すことになる。
フリーダの存在を考えると、現時点ではハイリスクすぎる
その5。
俺たち以外の勢力の介入によって、戦争が終結する。
エルダロンの介入、もしくは革命による王権の転覆などが考えられるが、現状では可能性が低く、深く検討する意味はない……。
……まぁ、『その5』は現段階では無視していいな。
明日の謁見次第だが『その3』と『その4』もなくなったと見るべきだろう」
「そうなると、アーネルと敵対せずに……。
チョーカを説得して停戦させるか。
チョーカを攻撃して、戦争をアーネルの勝利で終結させるか?」
「そうだな……」
理想を言えばアーネルの国力も下げておきたいのだが、友好的までいかずとも対等な関係くらいは築けそうなアーネルに、こちらから先制攻撃をしかけるのはデメリットしかない。
というよりも、それをやってしまうと、今後俺は国家との交渉で信用してもらえなくなるだろう。
エルダロンのフリーダという、明らかに俺と互角以上の存在がいる中で、それはまだ早い。
チェスと同じだ。
後のことを考えずに攻撃できるのは、チェックメイト、勝利を確定できた後だけなのだから。
「チョーカの首脳部が反抗的か非協力的なら、その場で王城ごと叩き潰すのが手っ取り早いが……。
いっそ停戦に持ち込まずに、チョーカを滅ぼす方向で最初から進めるべきか……?」
「それでいい」
「……?」
戦争の終結のために片方の国を滅ぼす、というのは方法論として挙げただけであって、停戦とは対極の手段だ。
だが、戦争をなくすという目的を考えれば、間違ってはいない。
とはいえ、その手段をアリスが肯定したことに、俺は驚いた。
俺の問いかける視線と、アリスの揺れる瞳が交差する。
「私は、ネクタからチョーカを通ってアーネルに来た。
チョーカは……、酷い状況。
王族と国の中心部の有力者を生かすために、辺境の村人と奴隷、それもほとんど女の人や子供が命を削って働かされている。
たとえアーネルの農地を手に入れたとしても、元々の力が足りなかった国に未来はない。
未来のない国は、必ずまた戦争を起こしてしまう。
多くの人が苦しみながら、ゆっくりと破滅していくだけ。
新しいチョーカのために、今のチョーカは1度滅ぶべき」
アリスの夢は戦争を止めることではなくて、戦争をなくすことだ。
この2つは、似ているようで大きく違う。
目の前の戦争を武力で止めるだけでは、戦争はなくならない。
潜在的な戦争の原因を理解した上で、以後の戦争が起きないように、あるいは起こさせないように手を打っていく必要がある。
その手段の1つが武力であることも、また真実だ。
アリスが緑色の瞳を哀しさと悔しさで震わせる中、俺は何かの機会にアリスが言った言葉を思い出していた。
古い樹は死んで、新しい種の糧となることで、森の生命は廻っていく。
新しい世界のために、古い国を滅ぼす。
アリスは俺と出会う前にチョーカで、その決意に至る何かを見たのだろう。




