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クール・エール  作者: 砂押 司
第2部 カイラン南北戦争

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アーネルとチョーカ

「こんなものかな……」


以前、アリスとグレートラビィ狩りをした広場のテーブルで、俺はそうつぶやいた。

眼前に立つ死の天使の周りでは、壊死し、溶解し、痙攣したガブラとグレートラビィ、アリオンの死体が10以上転がっている。

どこかスッキリしたような表情でテーブルに歩いてくるアリスの周囲には、まるで天使の翼のように白いもやが輝いていた。

俺が少しだけ体を後ろに引いたのを見て、アリスは小さく笑って翼をしまう。

……チェスの仕返しじゃ、ないだろうな?


死翼之召喚サ・アーウィン】は俺の【氷鎧凍装コキュートス】と同じく、防御のための木属性魔導だ。

その成分は【死槍之召喚サ・アスピナ】で槍としている、白いキノコの猛毒と同一のものである。

実際の羽のように細かな刃が密集した形となった翼は、神々しく優雅そのものなのだが、少しでも触れれば槍と同じく壊死の末の地獄行きが待っている。

火に弱く、無論【氷鎧凍装コキュートス】と比べればその防御力は微妙なものではあるが、攻防一体どころか死防一直線の猛毒の翼は人間相手には充分な恐怖を与えるだろう。


そう、俺とアリスがラルクスでチェスに興じ、前回と同じく訓練を重ねているのは、アリスに自分の身を守れるだけの強さを、身につけさせるためだ。





この世界の戦争は、現世での戦争とは大きく違う。

目的は同じだが、そこに至るまでの過程には大きな差があるのだ。

俺はこの世界が嫌いだが、それでも客観的に評価している部分はいくつかある。

銃が存在しないことも、その1つだ。


人を、動物を、植物を殺すのは、それなりに労力が必要だ。

人を斬った……ことのある奴はあまりいないにしても、鶏肉を包丁で切ったことくらいは誰でもあるだろう(逆に、この世界に包丁はなく、ナイフを使っているが)。

黄色い脂が包丁を滑らせ、ピンク色の筋肉は想像以上の抵抗を腕に伝えてくる。

肉の中に骨が走っていようものなら、包丁というよりも斧やなたに近い器具が必要になり、戸惑わずにそれを振りおろさなければ切断できない。

大きなスイカやカボチャを包丁1本で両断するのも、中々体力を要求される場面だ。


本質的に、人間や魔物であっても、その感覚は変わらない。

大きければ大きいほど、硬ければ硬いほど、強ければ強いほど、その感覚は大きくなる。

命を奪うとは、きっとそういうことなのだろう。


が、銃にはその感覚がない。

同じ飛び道具の弓矢や、ボウガン、もっと単純な投石であっても、矢弾を放つまでにはそれなりの労力を要する。

銃にはそれすらもない。

機械的に弾丸を装填し、銃口を相手に向け、指を引く。

たとえ非力な子供でも、それだけで遠く離れた敵を傷つけ、殺すことができる。

爆薬、毒ガス、ミサイル、核。

効率を追い求めた結果、合理的な判断の前に命の重みは、文字通り指先ほどまで軽量化されてしまった。


この世界の魔法、特に高位の魔導も似たようなものではある。

が、それを扱える人間は決して多くはなく、間違っても誰でも使えるというようなものではない。

この世界で精霊と契約でき、威力にかかわらず魔導を扱えるのが全体の3パーセント。

さらにその中で、戦闘で主力となり得るBクラス以上の高位魔導士になれるのは、2パーセント程度である。

1万人の内、6人。

これがこの世界の、魔導士と呼ばれる人間、銃を撃てる人間であり、生きた重火器とも言える存在の割合だ。

だが、この世界には生きたミサイルも存在する。


決戦級魔導士。


あるいは戦術級とも呼ばれる、魔導士の中の魔導士。

Aクラスに達し、上位精霊を意のままに操り、個人で都市1つを陥落させ得る魔導士。

魔力10万を突破し、文字通り、戦いの行方を1人で決めてしまえる魔導士。

自陣片カードで確認できるその数は、全世界でも僅かに数百名足らずである。

さすがに、核兵器ほどの威力をもった魔導を行使できる魔導士はまず存在しないが、戦争のイニシアチブは常に彼らが握っているのはゆるぎない事実なのだ。


Cクラス以下の魔導士でも、その戦闘力は一般人から見れば充分に脅威である。

彼らは少ない魔力を、筋力と体力でカバーする。

魔戦士、魔剣士、魔槍士、魔騎士といった存在が、それである。

そもそも、重量のある金属装備を着けて自在に動き回れるだけで、俺から見れば充分に脅威だ。

陸上自衛隊のレンジャーだろうが、アメリカ空軍の秘匿部隊だろうが、純粋な身体能力だけで比較すれば彼らにはかなわない。

さらに、彼らは魔導を使う。

近接戦闘において攻撃、防御、補助を巧みに使うその姿は、俺としても純粋に参考にしたいと考えている。

さらに、決戦級魔導士と同じように、魔戦士の中でも戦場で恐れられる存在がある。


それは意外なことに、数少ない、命の精霊と契約した魔戦士だ。

畏怖を込めて、超戦士ちょうせんしと呼ばれている。


回復くらいしかできないし、むしろ前線に出るべきではないのでは、と思ったのは俺も同じだ。

違うのだ。

命属性には、回復系の魔導以上に、身体能力を強化する魔導が多い。

視力強化ホークアイ】のように霊術として確立されたものもあるが、その大半はいまだに彼ら、超戦士の専売特許となっている。

増強された筋肉による剛力、その力に耐えるまでに強化された骨格、生半可な攻撃を通さないまでに硬化された皮膚、反射速度を数倍に跳ね上げる各感覚器官と神経の強化。

そして、尽きることのない体力と、回復魔道を操る汎用性。

文字通り、彼らは人間の限界を踏み超えた、最強の魔戦士である。


決戦級魔導士と超戦士。

それに準ずる魔導士や、騎士。

各地から集まる傭兵、冒険者。

そして、徴集される民兵。


俺たちが踏み込む戦場という場所は、そうした存在であふれた場所だ。

命が極端に軽くなる場所に、俺たちはその身を晒すのだ。

魔物ではない以上、とりあえずは無差別に殺すわけにもいかず、場合によっては俺とアリスが一緒に行動できない状況も考えられる。

最低限、アリスにも自衛できるだけの戦力と経験を積ませる必要があった。


今のアリスの魔力は約21万。

使う魔導の特性からして、至近距離で【氷鎧凍装コキュートス】を使えない状態に追い込まれれば、俺でも本気を出さないと勝てないだろう。


戦争をなくしたいというアリスの願い、そして俺の目的のための第一歩。

俺たちが介入しようとしているアーネルとチョーカの激突は、もう寸前まで迫っている。

これ以上は、時間的にも余裕はない。


「そろそろ、行こうか」


俺の声を聞いたアリスは、力強く頷いた。

















「……率直にお伺いしますが、何故ですか?」


ラルクスに戻った俺とアリスは、そのままギルドに入りエバに面会を求めた。

開口一番、アーネル王に会いたいんだがどうすればいい、と俺が言った言葉に対して、数秒後にエバが返したセリフがこれだ。

柔和な顔を崩さないのはさすがだと、俺は素直に感心した。


「チョーカとの戦争を、停戦、いや終結させたいからだ。

一応、事前に断わっておくべきかと思ってな。

直接出向けば、会えるんだろうか?」


「……」


「……」


役所で手続きの方法を聞くように、カティをすすりながら聞く俺を見て、エバは完全に停止している。

アリスはいつもの無表情だが、何を考えているのかはよくわからなかった。


「念のため聞きますが……、仮に会う方法がない、もしくは会うまでに時間がかかるといった場合には、どうなさるおつもりですか?」


「理由によるな。

城にいて会わないということであれば、直接訪ねる。

城にいなくて会えないのであれば、場所次第では会いに行く。

それも無理なら、戦場に介入してから事後承諾をさせるかたちになるな。

明日、アーネルに行って、そのまま戦場に向かうつもりだから」


事後承諾を「させる」。

この部分を聞いて、エバの顔は明らかにひきつった。

アリスは、……小さく笑っている。

俺が王権をなんとも思っていないことに対して、あるいはどういうものかわかった上でそう言っていることに対して、2人はそれぞれの反応を示した。


エバの顔がどんどん青くなっているのは、俺が直接王城を訪ねた場合のことを考えて、どのような惨事になるかを勝手に想像してくれているためだろう。

まずは城門を吹き飛ばすくらいで様子を見るつもりなので、その点については安心してほしいと思う。


「……ダウンゼン卿から、王城に使者を送ってもらいます。

その返事を待ってはいただけませんか?」


「明日か明後日中くらいに会えるなら」


「……そうして下さい」


エバがアリスのような無表情になってからそう返したのを受けて、俺も少しだけ譲歩する。

すぐに連絡をしてきます、とエバが退室する姿は、一気に老けこんだかのようだった。

まぁ、責任者は責任を取るためにいるのだから、頑張ってほしい。


アリスは黙って、カティの入ったカップを傾けている。

成長を促しといてなんだが、このパートナーも大概だ。


「……お2人は、この戦争の経緯をご存じなのですか?」


「知らん、あまり興味もない」


「……」


しばらくして応接室に戻ってきたエバは、正面のイスに腰掛けながら深く溜息をつき、そう切り出したが、俺が間髪容れずに即答したのには、アリスも驚いたようだ。


「やることに変わりはないし、どちらが善で悪かというものでもないからな。

停戦に応じるならそれ以上のことをやるつもりはないし、応じないなら応じさせるだけだ」


この世界の戦争は、この世界の200年前以上の人間たちが始めたものだ。

現代人の、ましてや異世界人の、さらには半分人間ではない俺が口を出すことではない。

戦争をなくすという観点から行けば両国に相応のダメージを与えて服従させ、その後は徐々に国力を低下させていくのがベストだろう。

ただ、それはできればであって、俺としてはアーネルとチョーカのどちらかが、あるいはどちらも滅ぼしても別にかまわないと思っている。

俺がこの大陸で守らなければならないのは、エルベ湖とラルクス、食卓に上る海魚と塩のために必要なラルポートくらいだ。


「……応じ……させる、ですか……?」


「応じさせる、だな」


「……申し訳ありませんが、また少し席をはずします。

すぐに戻りますので」


俺の返事に呆然としたエバが、小走りで退室する。


「本気?」


「相手の出方次第だ」


執務室で大慌てで追加の書状を書いているのを【水覚アイズ】で知覚している俺に、アリスは厳しい視線を向けてくる。

そう、俺がどういう手を打つかは、相手の出方次第だ。

エバの書状を受け取ったロイがギルドを飛び出していくのを感知して、俺はいつの間にか微かな笑みを浮かべていた。





「アーネル王国が建国されたのは精霊暦580年、チョーカ帝国の前身であるレンテンが誕生したのは精霊暦866年とされています。

レンテンが興った当時でさえ、カイラン大陸には南北合わせて50以上の国家が乱立している状態でした」


さらに老けこんだエバが戻ってきた後、返事が来るまで時間をつぶしましょう、とエバの歴史語りが始まった。

俺としても、約束した以上は今からいきなり王城に行くようなことをするつもりはないので、別に時間稼ぎをしてもらわなくてもいいのだが、せっかくなので聞いておくことにする。

さほど興味はないが、知らないよりは知っておいた方がいいだろう。

その逆の場合も、往々にしてあることではあるが。


「やがて、北ではエルベ湖を国の一部とすることに成功し、優秀な水の魔導士が生まれる機会の増えたアーネルが。

南では、メージやシャリオなど周辺の国家を次々と飲み込んでいったレンテンが、それぞれ力を伸ばし始めました。

豊富な水資源と農業に向いた平地の多かったアーネルは次々と北側の国を取り込み、『浄火』による大戦の直後、精霊暦1485年に現在の国土を有するに至りました」


『浄火』との戦いがあったのは、今から550年前だとテレジアが言っていた。

今は、精霊暦2030年前後ということになるが、それは後でアリスに聞いてみよう。

ついでに言えば、俺は今はじめてこの世界の暦を知った。

アリスは黙って聞きながら頷いているので、このあたりの歴史の経緯は一般的な知識なのだろう。


「レンテンも周囲の国家を滅ぼし続け、アーネルに遅れること150年、精霊暦1632年に南側を統一、翌年に国家の名称をチョーカ帝国と改め、バルトロメオ1世が初代皇帝として即位しました。

以後、大陸中央のカイラン大荒野を挟んで2国はにらみ合いを続け、今から194年前、精霊暦1841年にこの戦争、カイラン南北戦争は始まりました。

きっかけは、水竜がチョーカに移り住んでしまったことです」


「……は?」


「……」


俺が思わず疑問の声を漏らし、アリスは無言で俺を見る。

そう言えば、エルベーナで読んだ本にそんなことが書いてあった記憶が……。


「シムカ?」


「……ここに、ソーマ様」


「……我モ、失礼させていただク。

以前のようニ、途中で怒鳴り散らされるのは勘弁願いたイ」


より詳しい経緯を知っているであろうシムカを呼び出すと、以前と同じように水滴が出現。

細身の女性の形を取り、俺の横に跪く姿勢でシムカが出現した。

呼応するかたちでエバの横の空間に火の玉が出現、筋肉質な輪郭となりベテルが出現する。

シムカから小さく舌打ちのような音が聞こえた気がするが、気のせいということにしておく。

……何かあったのかよ、お前ら?


エバもアリスも俺も含めて、部屋の空気が少し疲れたものになる。

……が、とりあえず、事実確認からだ。


「シムカ、……水竜とはなんだ?

俺は、会ってないと思うんだが」


「は、水竜、といいますか霊竜は、各属性の大精霊様をお守りする役目をもった7柱の竜のことです。

本来は、大精霊様のお近くに仕え、その剣となり盾となる存在です」


根本的な質問に対して根本的な答えが返ってきたが、だったら現状はなんなのだろう。

そんなもん、アイザンの近くにもいなかったぞ。


「……で、今、水竜は?」


「チョーカの、どこかの山の中にいる、と聞いております」


「何故?」


「「……」」


どうやら、ここまでは有名な一般常識らしいが、その理由は知られていないらしい。

エバとアリスも、興味深そうにシムカの方を見ている。


「……フ」


「……」


突如、ベテルが笑いをこぼし、シムカがピクリと体を震わせる。

感情を押し殺したシムカによって語られた事実は、予想の斜め上を行くものだった。


「水竜シズイは……、火竜サラスナと、……駆け落ちをしたのです」


「「「!?」」」


「フハハハハ!」


ベテルの笑い声が響き、シムカが震える中、俺とアリスとエバは声にならない驚愕をもってその事実を受け止める。

爬虫類 (多分)が駆け落ち……。

200年前から。

それで戦争がスタート。

大精霊である俺の身内、というか部下?


喜怒哀楽が一斉に襲ってくるような感覚に、さすがの俺も完全に思考が停止する。

どういうことなんだよ……。


「水竜は、全ての青竜の中で最も強いものが選ばれます。

ですので、当然その伴侶も同じ青竜から選び、その強さを次の代に伝えなければならないのですが……。

ところがシズイは、火竜、つまり赤竜のサラスナが気に入ったらしく、彼とつがいになろうとしたのです。

当時の大精霊、アーケロン様がそれを御認めになるはずもなく……。

言い争いの後にシズイは飛び出してしまい、以後はサラスナと共にチョーカのどこかに住んでいるそうです」


「……ベテル、あなたも知っていたのですか?」


「フ……、あア、知っていたゾ、我が契約者ヨ。

火竜がぬくぬくとすごしているのハ、バンではなくこの大陸ダ。

エンキドゥ様が御休みになられてかラ、サラスナを咎められる方はいなくなったのでナ」


ベテルの噛み殺しきれない笑いが、部屋の中で小さく反響していた。





「……まぁ、南北戦争のきっかけは水竜ですが、それは直接の原因ではありません」


全員がしばらく脱力した空気に身を任せた後、エバはそう切り出した。


「本質的な原因は、お互いの国が持つ資源の奪い合いです。

アーネルには水の大精霊の住むエルベ湖と、広大な農地が。

国土の大半が山岳のチョーカには、ミスリルをはじめとした各種金属の鉱脈がいくつもあります。

これまでアーネルは、海を挟んで背後に存在するサリガシアを気にしなければなりませんでしたし、チョーカは、元々国力で劣っていたのをミスリルによる軍備の拡張で埋めようと必死でした。

だからこそ、200年の間で大きな戦いが数えられるほどしか起きていないのです。

ですがそれも、5年前にエルダロン……、いえフリーダ姫がサリガシアを征服したことで、環境は大きく変わりました。

チョーカの食糧事情も、そろそろ限界でしょう。

お互いに、これ以上全面衝突を避ける理由はないのです」


エバが締めくくり、アリスも強く頷く。


俺としては全面衝突に異存はないのだが、シズイとサラスナ、2柱の霊竜という想定外の戦力をどう扱うべきかで悩んでいた。

大精霊に逆らって駆け落ちするような竜2匹を相手にして、無事に勝てるのだろうか?


「シムカ」


「は」


「シズイとサラスナが、エルベ湖の近辺に営巣することは問題ないか?」


「……我ら兄弟姉妹は、ソーマ様の御意にしたがいます」


……嫌なら、嫌と言え。


「そうか……。

会う機会があれば、俺から頭を下げてアーネルに戻ってもらうことになるだろう。

身内と敵対するのは、さすがにな……」


その言葉に、アリスも、エバも、シムカも、ベテルでさえ意外そうな顔を向けてくる。

特に、アリスが無表情なままで嬉しそうにしているのは、なんなのだろうか?


竜はSクラス、討伐に国家戦力が必要なこの世界最強の生命体だ。

その中でも最強の霊竜が2柱。

形式的にでも頭を下げるだけで、戦いを避けられるならそちらの方がはるかに効率的なだけ、という判断なのだが。

ましてやそれだけの存在なら、今後の戦力として是非2匹とも確保しておきたい。

次代の霊竜が混血になろうと、俺の知ったことではないのだから。





その後、王城からの返事を持ってきたロイが、応接室の中の上位精霊2人を見て失神したことで、この日のエバとの面会は終了となった。

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