表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クール・エール  作者: 砂押 司
後日談 循環せり想い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

181/181

アフター・エール 真黒なる戦い 2

「……」


「よし、2人とも準備はできてるか?」


エル家の本拠であるコトロード、その心臓たる旧『爪』の本宮ほんきゅうプランセル。

そこに割り当てられた客間のあるじは、先刻の各地への挨拶のときより落ち着きのない私を横目で眺めながら唇を開いた。

先程までの『霊央れいおう』としてではない、1人の夫、1人の父親としてのリラックスした声色。

一方で私は当代の土の大精霊として、サリガシアの代表者として、際限なく積み上がっていく緊張感に舌の水分を持っていかれている。


【……ママとわたしはいつもとおんなじだった、パパはお仕事大丈夫? ……と】


【最後の『と』はいらないニャ】



脳内に響くのはアレキサンドラの何の感情もこもっていない声による、『魔王の愛娘』アイリ=カンナルコの言葉。

その内容をしっかりと受け取りながら、私は人選ミスの可能性を予感した。

鳴り終わったばかりの五の鐘の音以上に平坦な、我が眷属の声。

今後のことも考えて特に悩むこともなく土の上位精霊筆頭を派遣したものの、これだと相手がどんな感情を抱いているのかが全くわからない。


「うん、大精霊や王様たちへの連絡はちゃんと終わったし、その後も泥夢メイが出たっていう話は来てないからな。

今は、土の大精霊のエレニアさんと部屋でのんびりしてるよ」


とりあえず、ソーマの反応を見る限りウォルのアイリが怒っていたり取り乱していたりということはないらしい。

……というか、ソーマの【思念会話テレパシー】の相手であるシムカは、カンナルコ家3人の口調をどれくらいの精度で再現しているのだろうか。

アネモネたちの話では、アイリはかなり元気な子供だと聞いているのだけど……。

幼児っぽく喋るシムカ……、……ニャー。


「で、シムカから聞いてると思うけど、今日はそのエレニアさんからママとアイリにお話があるんだよ。

エレニアさんが言ったことは、そこにいるアレキサンドラが声に出してくれるから」


そして、ソーマが私を「さん」付けで呼ぶことにもの凄く違和感がある。

悔しいくらいに、違和感がある。


「ニャ、サリガシアはエル家配下のシィ家の家長かちょう、ジンジャーの妹。

そして、当代の土の大精霊でもあるエレニア=シィ=ケットだニャー。

アイリとは3年前くらいに会ったことがあるんだけど……流石に覚えてないかニャー?」


とはいえ、それへの順応も今は後回し。

ソーマにも聞かせるため実際に声にもした言葉が、アレキサンドラからアイリとアリスに伝わるのを待つ。

先程からソーマがわざわざ声に出してくれているのも、同じ理由だ。

……なかなか返事がない。


【アレキサンドラは、どうしてニャーって言うの?】


「……それは、ウチの口癖なんだニャー。

すまんニャ、アレキサンドラ】


【……】


平坦なアレキサンドラの声による、4歳児からの疑問。

その内容に、私は心から謝罪する。

疑うべきは忠臣の仕事ではなく、私自身の姿だった。

語尾にニャーが付く四捨五入すれば30歳の人間……、……ソリオン陛下、そろそろおおやけに責任を取っていただかないと、ジェシカの人生は割とえらいことになってしまっている気がしますニャ。


【でも、ニャーって言う人に抱っこされたことがある……気がする?】


「それがエレニア……さんだな。

パパの知る限りでも、言葉にニャーが付く人はエレニアさんだけだから。

よく覚えてたな」


「光栄だニャー」


いや、今は前向きに考えよう。

こうして、アイリ=カンナルコの記憶に残ることはできていたのだから。


「で、アイリ……、……今回はアイリのパパを借りることになって、本当に申し訳ないニャ。

サリガシアの獣人ビーストの一員としても、同じ大精霊としても、謝らせてほしいニャー」


ソーマが何よりも大切にしている、毎日の五の鐘の後の家族との会話。

とはいえ流石に昨日は開催できなかった1日ぶりのそれに不躾極まりなく参加させてもらったのは、ひとえに彼の娘に頭を下げるためだ。

……いや、正直に言い直そう。

『魔王の愛娘』がサリガシアや獣人ビーストに抱く印象を、少しでも良くしておくためだ。


「今回の件、本来はサリガシアの中で解決するべきことで、それにパパを巻き込むのはウチらの弱さゆえの力不足だと。

ましてやそれを理由にアイリに寂しい思いをさせるのは完全な甘えだと、もちろんサリガシアの獣人ビーストたちもわかってはいるのニャ」


【……】


ソーマ自身は、別にアイリを自分の後継者にするつもりはないと以前から明言している。

ウォルの運営は『十姉弟』たちによる集団指導体制が確立しているし、水の大精霊やましてや『霊央』という立場は譲られたから名乗れるほどに軽いものではない。

アイリ本人が、望むように生きてくれればいい。

産まれたと同時に殺到した各国からの縁談の使者たちを、唇の端をつり上げたソーマはそう追い返していた。


ただ、ソーマとアイリが何を望もうとも、世界にとって彼が『霊央』であり、彼女がその長子であるという事実を変えることはできない。

ソーマ=カンナルコは、アイリ=カンナルコは、この世界にとってその程度には重要な存在なのだ。

そのアイリに悪い印象を、負の感情を抱かれるというのは、将来もこの世界に生きる者たちにとってはあまりに重たい枷となってしまう。

ただでさえ既にやらかしているサリガシアにとって、それは絶対に避けなければならない。


「ただ、それでも今サリガシアで起きていることを、泥夢メイをどうにかするためには、アイリのパパの力が必要なのニャ。

ウチらもサリガシアも全力で頑張るから、もう少しだけパパを貸してほしいのニャー」


弱さで、甘えだ。

それを4歳の子供に言い訳しあまつさえ保身を図ろうとしている自分の姿に、サリガシアの今に思わずわらってしまいそうになる。

だけど、私は当代の土の大精霊、そして『獣王』ソリオン=エル=エリオット陛下を支える『二重にじゅう』、エレニア=シィ=ケットだ。

サリガシアを支えると、決めた者だ。


泥夢メイを放っとくと、どれだけの人が困るかわからないからな。

……でも、できるだけ早く帰れるようにパパも頑張るよ」


だからこそ、ソーマはウチがアイリに謝ることを許してくれたのだ。


「もちろん、アリスにも謝るニャ。

ウチの言葉を信じてほしいと、言える立場じゃないけどニャ……」


そして、アリスも。


【だから、大戦までのことはもう気にしないでいいのに……】


ソーマの妻であり、アイリの母親でもある……友人。

戦後、自刃する覚悟で謝罪しに行った私に自分のことを再びそう呼んでいいと言ってくれたアリスの声が、脳内で再生される。


これでいい。

ソーマと私は強いけれど、世界の全員を救えるわけではない。

今は、これでいい。


……『ホワイトクロー』として『スリーピングフォレスト』に接触したときの、ソーマがクロタンテで虐殺を行ったことを咎めたときのアリスの返答。

2人がサリガシアの現在よりも、カイランの、ウォルの未来を優先したように。

サリガシアが、2人の未来よりも獣人ビーストの現在を優先したというだけの話。

その結果の、善と善との戦い。


【久しぶりに直接話せるからもう一度言っておくけれど、少なくとも私はサリガシアに含むところなんてない。

私たちもあなたたちも南北戦争から大戦までの間で他の選択肢があったのかもしれないけれど、それも今考えてももう仕方のないこと。

それぞれがそれぞれの最善を守ろうとした結果があれだったんだから、不幸だったと思うしかない。

それに……あなたたちサリガシアやエルダロンの人たちには悪いけれど、ウォルは誰も失わなかった。

あなたたちが私たちにこれ以上謝罪する必要はないし、二度とあんな戦いが起きないように私たちも力を尽くすべきだと思う】


その経緯と終結を踏まえた上で、『最愛』はサリガシアを肯定してくれる。


【……とりあえず、アイリのことは私に任せてくれればいい。

母親としても、かつてあなたと共に旅をした元冒険者としても、よく言って聞かせておくから。

それに、食料や薬なんかの物資も遠慮なく頼って。

私はウォルから動けないけれど、フォーリアルと一緒にネクタを動かすことはできる。

ソーマやあなたほどではないけれど、私もあの頃よりは遠くまで手を伸ばせるようになったんだから】


言外に、私たちサリガシアの意は汲むと約束してくれる『至座の月光』。

確かに、あの頃に比べれば私たちの全員が強くなったとは思う。


【……エレニアさんも、アネモネさんたちとおんなじでパパとママのこと昔から知ってるの?

結婚する前から?】


【まぁ、そうだニャ。

ウォルができる前からの付き合いだし、出会った順番だけならミレイユよりも先になるからニャー】


期せずしての昔話に興味が湧いたのか、南北戦争の頃にはもちろんいなかったアイリが会話に参戦してくる。

というか、元々はアイリのために取ってもらった時間なのだ。


【じゃー、聞きたいことがあります】


【何ニャ】


罪滅ぼしもあって、多分語尾には「!」が付いていたのであろうアレキサンドラの声に即答する。


【ママがパパに恋してないらしいんですけど、どうしたら……】


「「え?」」


そして、その軽挙を後悔する。


【……『最愛』殿がアイリ嬢の口を押さえておられる】


多分、アリスが制圧する前に続いていた言葉は「どうしたらいいと思いますか?」だろうか。

……せっかく頼ってくれたアイリには申し訳ないけれど、できれば私がそれを質問したい。

アリス、サリガシアのことはいいから、先に言い聞かせるべきことがあると思う。

あと、私もお前に言い聞かせたいことがある。


「「……」」


というか、お前ら2人夫婦円満じゃなかったのか?

ソーマにどういうことか確認したいのに、首も視線も動かせない。

動いたら、死ぬ。

本能に告げられるまでもなく、私はそれを実感している。


「いや、俺も状況がわからないから。

とりあえずママ、アイリに全部喋らせて。

その後、ママから補足な」


が、意外なところからそれは錯覚だと訂正が入った。


「心配しなくても、お前が心変わりしたとか不倫したとか思ってねぇよ。

多分、情報が全然足りてないんだろ?」


恋されていないらしいその夫の方は、呆れたように右手で眉間を揉んでいる。

私の視線に気がついて、軽く振られる黒い手袋。

自身の『最愛』への絶対の信頼と、『愛娘』への冷静な評価。

本当に全く焦りも疑いも抱いていないソーマの横顔に、アレキサンドラの無感情な長文が流れ出す。


「…………なるほど。

まぁ、確かにちょっと特殊な状況の馴れ初めだったよな」


「ニャハハ……」


実際、それでもまだ若干要領を得ないアイリからの訴えとアレキサンドラの声でも必死だと伝わるアリスからの弁解を聞いた後も、ソーマは小さく笑っていた。

ある意味で泥夢メイ以上の世界の危機に立ち会う羽目になったのかと硬直していた私は、耐えられずにテーブルに突っ伏している。

口から、溜息と一緒に糖蜜が溢れ出しそうだ。

あの頃からの意外な悪癖だけれど、アリスはもう少し慎重に発言することを覚えた方がいいと思う。


「えっとな、アイリ。

ママはもちろんパパの隣にいたいんだけど、それがどうしてもダメなら諦めるって意味で答えに迷ったの。

何も思ってないわけじゃないし、どうしてもダメな状況じゃないならちゃんとパパに恋してくれてるから。

もちろんパパもママの隣にいたいし、うちは何もピンチじゃないから」


【よかったー……】


まぁ、直後に泥夢メイの件での急報や召集がかかってアリスもミレイユもそれどころじゃなかったのはわかるから、情状酌量の余地もあるけれども。

ソーマもそこは同じ意見らしく、4歳児が受け止められるレベルに噛み砕いた説明で家庭の危機を否定する。


「……あと、パパも校長先生と結婚する気はないから。

パパが夫婦でいたいのは、ママだけだから」


付け加えるように、その娘が抱いていた誤解も否定した。

……あと、この一連の言葉をあのシムカがどういう表情で音声にしているのか、少し気になる。


「そういう、どうしてもダメな状況にならないように、パパはサリガシアでエレニアさんと頑張るから。

アイリも、ちゃんとママの言うこと聞くんだぞ」


ソーマの穏やかな表情に、私はできたばかりの頃のウォルでの生活を思い出していた。

















「……何だよ?」


「いや、思ってた以上にちゃんとパパをやってたから、ちょっと戸惑っただけニャ。

どっちかというと、『黒衣の虐殺者』のイメージが強いからニャー」


その後、アリスからの報告とアイリからの「ほーこく!」を受け取って、ソーマは【思念会話テレパシー】を終わりにした。

背もたれに体重を預けて静かに腕を組んだ『魔王』に率直な感想を告げると、当の本人は鼻で笑う。


「やっぱり、家族は違うんニャね」


「……それがどうしてか、わかるか?」


「ニャ?」


ただ、私の唇から漏れた単語に、その黒い瞳が帯びる光は急激に冷たくなった。

どちらかと言うと、『黒衣の虐殺者』の顔になっている。


「家族は特別、それはなぜだ?」


「……代わりがいない、からかニャ」


「じゃあ、代わりがいたら、家族は特別じゃなくなるな」


「……」


論理の上では、確かにそうなる。

倫理としては、どうかしているけれど。


「結局はな、役割と親近感なんだよ。

運命共同体になるって決めて、そうなってもいいと思えるくらいに相手のことが好きになれたなら。

もしくは、最初からそうなってるなら家族なんだ。

血縁の有無は、付帯条件みたいなものだな。

だから、家族『同然』なんて言葉があるんだよ」


軍人や冒険者をやっていれば、確かによく聞く文言だ。

私にしても、『ホワイトクロー』の面々は姉妹同然だと思っている。

逆に、家族で憎み合うというのも家族関係を解消するというのもよく聞く話だ。

私の中で、「家族」という単語の質量が急速に小さくなる。


「つまり、家族には代わりが存在し得る。

でも、その代わりは簡単に見つかるものじゃない。

だから、家族は特別なんだ」


割と神聖視していた価値観に冷や水を浴びせた当人は、それでも家族という関係の価値を肯定する。


「……今のところは、な」


泥夢メイ……かニャ」


ただし、期間限定で。


「「……」」


あらためて、ソーマが……私の母上を含む死者たちを躊躇なく粉砕でき、『霊央』としての強権を発動してまで泥夢メイとの共存の可能性を全否定した理由が理解できた。


死者の代わりに、なれるかもしれない存在。

家族の代わりに、なるかもしれない存在。

代わりがあるというのは、その数で価値も分かたれるということだ。

人間の価値を下げるとは、こういうことなのだ。


「……な、怖いだろ」


その人間の筆頭に立つ男は、いつぞやの定例会のときのように静謐せいひつだ。

……よくそんなので、娘に恋と愛を説明できるなとは思ってしまうが。


「家族と話した後のタイミングでこの話をできるお前も、充分怖いニャ」


「……」


どうやら、途中から自覚はあったらしい。

不機嫌そうに鼻を鳴らした後、ソーマは目を閉じる。


「……さて、ウチもそろそろ戻るニャ。

ソーマ、今日は助かったニャー」


「ああ」


立ち上がり、扉へと向かう。





明日からもまた、戦いの日々だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ