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クール・エール  作者: 砂押 司
後日談 循環せり想い

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アフター・エール 泥中異夢 後編

緩く振り抜かれたサーベルの、そのやいば

最初に現れた方のナガラから変わった獣人ビーストの女の姿を見て、俺が抱いたのはそんな印象だ。

かつて相対した戦支長たちにも匹敵する硬質な鋭さと、ネハンのそれと同じ種類の王族特有の優雅さ。

シィ家のものよりも少しだけ丸みを帯びている耳の形は、ソリオンと同様に『爪の王』を擁するエル家の血が流れていることの証。


二重にじゅう』エンジュ=エル=リシュオン。

先代の『爪の王』エリオット=エル=リシュオンの異母妹にして、エル家の中どころかサリガシア大陸全体でも勇名を馳せた女将軍。


「……ジェシカ、あなたはまだ『道化士』の真似を続けているのですか?」


そして、現『二重』エレニアこと、ジェシカ=シィ=ケットを産み育てた母親で……。


「にゃ、ん……で?」


……14年前の『服従の日』に、フリーダに討たれた故人。


その本来なら赤銅色の瞳は、黒一色の姿でもわかる険しさで娘をにらんでいる。

出現と同時に放った土属性高位【月爪弾クローサー】……のような何かは、やはり土属性魔法の全てを無効化できるはずのエレニアの側頭部を直撃。

亡くなったはずの母親との邂逅と合わせて二重ダブルの衝撃に打ち据えられたエレニアは、膝を突いたまま表情なくつぶやく。

そこに、獣人ビースト最強の戦者せんじゃの、単純な戦闘能力であれば俺をも超える当代の土の大精霊の姿はない。


「母、上……」


14年前、母親に守られて生き延びた12歳の少女が、そのときのままに凍てついていた。


「だから、私はエレニアという名の娘を産んだ覚えはないのですが?

……あのポンコツになりきっていると、いずれこうして恥を晒すことになる。

いつぞやにそう学んだはずでしょう、ジェシカ」


一方で14年前に娘を守って死んだ母親は、やはりそのときのままの姿で次の【月爪弾クローサー】の準備を終えている。

変わらずそこに容赦はないが、視線と声に宿るのは変わらない母親の愛。

違いは、その姿が黒一色であること。


「だから、失うのです」


そして、本当に娘の首を斬り落とそうと地をったこと。


……それでも、やっぱり今は14年前ではない。

それだけの時間があれば人はえ、世界も変わる。


「控えてください、叔母上!」


「立て、ニア」


黒のサーベルごとエンジュを弾き飛ばしたのは、現『爪の王』ソリオン=エル=エリオットの黒いクロー。

同時に曲射されていた【月爪弾クローサー】を同じく正真正銘の土属性【月爪弾クローサー】で迎撃したのは、その最側近にしてエレニアの兄、『二爪にのつめ』ジンジャー=シィ=ケット。


「……」


着地したエンジュは黒一色の視線を2人に合わせたまま、しかし何の言葉も発さずにサーベルを構え直す。


「ニャハハ……、……いや、流石に面白くないな」


そんな母親の姿をした何かを睨みつけながら、エレニアも静かに立ち上がった。





他方で、『木竜もくりゅう』の方の再会はひたすらに騒がしかった。


「相変わらず色々と雑だねぇ、バカ孫」


「う、る、せっ!」


あざだらけになっているヒエンがえている相手は、飛び交う打撃音にかき消されそうなその会話内容からするとヒエンの祖母。

つまりは、先代の『木竜』を務めていたヒイラギらしい。


「考え方が真っ直ぐなのはお前の美点だけれど、真っ直ぐにしか動けないのはただの欠点だよ」


「ばあちゃんの性格が、相変わらず捻じ曲がってるだけだろうが!!」


黒一色なため元の色味がわからないが、ヒエンのそれとは正反対にきちんと着付けられ、そでたすきでまとめられたコロモ。

ネクタでも運動するときはそうであるように、下半身にはハイガエシと呼ばれるはかまのようなものを履いている。

躊躇なくヒエンの首を踏み抜こうとした足には、もちろんアシダ。

短く切り揃えられた髪の下では、上品なしわが柔和な笑みを形作っている。


「正しかろうが美しかろうが、負けて滅べば意味がないからねぇ」


全体として受ける印象は、しとやかな老貴婦人。

しかし、アリスと同程度の小柄な身が修めているのは、ヒエンのそれとはまた違った武力の真髄。

……いや、正確に言うならば、あの暴力の化身たるヒエンを、純粋な近接戦闘能力だけを見るならばおそらく世界最強であろう当代の『木竜』を人形のようにあしらい、一方的に叩き伏せる武術の極致。

殴りかかるヒエンを片腕で地面に転がすその動きは、詳しくはないが合気道のようなものか。


「ほれ」


「危なっ!?」


……合気道では、倒した相手の眼球から脳を指でえぐりにいったりはしないと思うが。


エンジュについては、大戦の中心にいたエレニアの母親ということでMR(記憶現実)で見たことがあるものの、ほぼ無関係だったヒエンの過去や完全に無関係だった先代『木竜』のことなど、当然調べていない。

ただ、ボロボロにされながらも楽しそうに突進していくヒエンの反応を見る限り、悪い関係やエル家シィ家のようなシリアスな悲劇はなかったのだろう。

……まぁ、だからといって、再会からさほどの間も置かずに殴り合いに踏み切れるヒエンの精神性も、俺からすればあり得ないものではあるが。


ついでに触れておくと、流石はその血筋の祖と褒めるべきか、黒一色のヒイラギの表情からも負の感情は読み取れない。

もしもこの祖母と孫の再戦がウォルで起きていることならば、俺はアリスとアイリ、シムカとムーとフォーリアルとでのきに並んで、はしゃぐアイリを抱えつつのんびり観戦できていたと思う。


死者が生き返ったという幻想を、あたたかい物語として楽しめたと思う。





……だからこそ、気持ちが悪い。

感情として気分が悪いのではなく、体感として気持ちが悪い。


オリハルコン製の『三爪さんのつめ』を構えるソリオン、そこに並ぶジンジャーとエレニアと対峙する、黒一色のエンジュ。

動揺こそしながらもそれと同じくらいの高揚感で四肢を振るうヒエンに、生前そうしていたのであろうように応戦する、黒一色のヒイラギ。


2人共が、明らかに本人だった。

それぞれの血縁者が偽者だと、作り物だと思う余地すらないほどに、生前のままの立ち居振る舞いだった。

共有する記憶も言葉の選び方も、全てが本人そのままだった。

生き返った、死者だった。


「殿下、ジンジャー、そしてジェシカ。

王として、将として、未熟なままではないでしょうね?」


「さてバカ孫、そろそろ終わらせようか」


しかし、その2人はその人物像のままに、明確な殺意を持ってそれぞれの血縁者を殺そうとしている。


「「「「……」」」」


この世界において心身共に最強と称される頂に立つ4人が、流石に言葉を失った。

頭では理解できていても、心が納得しようとしないのだ。


相手は自分を殺そうとしている。

でも、その理由がわからない。

守るべきものを守るためには、相手を殺さなければならない。

でも、そうしたくはない。


そういう人間の最も尊い部分が、自分の強さと正しさを否定するのだ。





……ならば、一時的に人間であることを辞めるしかない。





「「!!!?」」


弾け飛ぶ、エンジュとヒイラギの頭部。

一拍おいて、エレニアたち3人とヒエンが人非人にんぴにんを見る視線を俺に向ける。


上空で固めたドームの一部を【氷撃砲カノン】として放ち、着弾の瞬間にそれを【沸華フレア】で水蒸気爆発させる氷の炸裂弾。

そのまま【氷華砲フレアカノン】と名付けたそれを、俺は視認できる範囲の黒一色の死者たちに雨霰あめあられと撃ちろす。

黒を覆い尽くす、白い爆煙。

氷結した水蒸気と飛び散る雪が、生者たちのぬるい顔面を容赦なくっぱたく。


「もう一回言うぞ、こいつらは復活した死人じゃない!

何かの生物か現象で、おそらくは召喚された存在だ!!」


喉が痛くなるほどの大声を【大鳴ラーイ】でさらに拡声し、戦場の全員の目を覚まさせる。

そう、エレニア母娘おやこやヒエン師弟たちがトラウマになりそうなやり取りを重ねていた中、俺やテンジン、後ろの300人は何もせず突っ立っていたわけではない。


まず、テンジンにはキリと2人目のナガラの牽制を任せていた。

遠距離魔導を主体に付かず離れず、そして逃がさないようにする立ち回り。

短時間とはいえ、ヒイラギに匹敵する体術の使い手かつ高位の土属性魔道士かつ【散闇思遠バッティング】を使える魔人ダークスであるテンジンでなければ、おそらく不可能なミッションだっただろう。

最近はミレイユもチーチャも戦っているところを見ないため忘れそうになるが、やはり魔人ダークスの強さのスペックは他の人族とは別次元なのだ。


その間に俺は半径5キロの氷のドームを完成させ、その強度を高める作業に入っていた。

同時に【水覚アイズ】で他の復活者の捜索を試みるが、領域内の水を感知する【水覚アイズ】では色の識別ができないためこれは失敗。

が、後方でさらに4つの水ではない液体が人間型に立ち上がるのは知覚できたため、ルルたちにそれを伝達。

以降は、とりあえず面制圧の手段として【氷華砲フレアカノン】の準備にかかる。


そのルルたち300人の陣を囲むように現れたのは、やはりいずれも黒一色の3人目のナガラと2人目のサマーと前『毒の王』ネハンと『大獣キマイラ』の戦支長だったナンシー。

やはりそれぞれの関係者たちを呆然とさせつつも、こちらも人数に物を言わせた弾幕で牽制しつつルルとポプラの両軍師が反応を分析……しようとしたところで、サマーとネハンに当たっていた前衛が崩されそれぞれ直接に接触。

サマーが4人目のナガラに、ネハンが先代『爪の王』エリオットに変わり、さらに混乱が深化する……。

ここまでが、俺が復活者を砲撃するまでのダイジェストだ。


……本当に、雑な悪夢のような戦場だった。

俺個人としてはここまでの時点で現れた死者たちに特に思い入れがないため、比較的冷静に状況を俯瞰できているのだが、死に別れた自分の親兄弟や恋人、剣を捧げると決めたあるじとしか思えない謎の存在が同時に複数人目の前に現れてとりあえず自分に致命傷を与えようとしてくる、という現象を正気のまま受け止めるのは……やはり、人間には不可能だ。

そして、厄介なのは血縁者や関係者本人の攻撃に迷いが出るのはもちろん、それ以外の人間も積極的な攻撃がしづらいという点にある。

そこにいる黒一色の何かは、それでも誰かが愛した大切な人なのだから。


だから、俺がその全員を消し飛ばした。

見失うリスクを承知した上で、それでも一度視界から消した方がいいと判断した。

それぞれの人間が、それぞれ傷つく必要などない。

この場で一番縁遠くて、かつ攻撃能力のある俺がやればいいことだ。


「迷うな、理解し合えると思うな!!」


そして何より、この生物だか現象だかを、ここより広範囲で引き起こすわけにはいかない。

この状況で俺たちがまだ誰も死んでいないのは、全員が世界最高峰の戦者としての能力と経歴を、心の強さを持っているからだ。

全員が血と涙に幾度も塗れ、覚悟なり誓いなりをとうに終えている王であり将でありおさであるからだ。

ただ年を重ねただけの大人やましてや子供たちに、この異常は耐えられない。


かつての王都だったベストラが短時間で滅んだのは、ナガラを筆頭とした復活者たちの戦力の高さ以上に、市民たちが正常な判断力を失ったからだろう。

敬い慕っていた、しかしうしなった愛する者たちが、生前そのままの言動で自分たちを殺しにくる。

自分たちを殺そうとしているが、それは何度も焦がれた、自分たちの愛する者である……。

思考を放棄したとしても、仕方のない状況だ。


その心情を、理解できてしまう。

だからこそ、理解しようとしてはいけない。


この黒一色の存在は、そんな人間のおそらくは動物として最も高等で美しい部分を理解しながらも、同じ人間は1人しか存在しないという当然の原則を理解できない存在なのだ。

これは、その正体が何であれ確実に人間の天敵だ。


こんなものを大陸に、世界にまき散らすわけにはいかない。


「一旦、俺が全てを引き受ける!

今のうちに立て直せ!!」


案の定、8ヶ所それぞれで集まろうとしている黒い油だまりたちを計32枚の氷の壁で囲みつつ、喉が痛むほどの大声で叫ぶ。

雪をそのまま底面に、壁から伸ばした天井も接合して完全に密閉した8つの【氷棺コフィン】の中、黒い液体たちはまた誰かの形で立ち上がろうとしていた。


「「……!?」」


その全ての中を、俺は水で満たす。

さらに右手の手袋を外し、就寝時以外は常に【精霊化】させている右手から垂らした水を地面の雪と接続。

そこに突き立つ氷の直方体とその中の水を通してではあるが「直接触れる」という条件を満たしたことで、俺の魔力を超えない限りは【氷棺コフィン】の破壊は不可能な状態となった。

そこに容積以上の水を無理矢理詰め込むことで棺内の水圧を高め、黒い人型の塊が完全に人の形へと戻ることを文字通りに押さえ込んで阻止する。


矛盾を強行したことで微かな曲面となる、【氷棺コフィン】の壁面。

近くにいる獣人ビーストたちからは動揺と僅かに非難の視線が集まるが、気にせず……というか気にする余裕などない。

俺はそのまま【青殺与奪ペイルリーパー】も発動。

垂れ続ける水と雪、棺の壁とその中の水を介して触れた8つの塊の、体組織中の水分を知覚することでその構造を……。


「……」


……ダメか。

俺の脳内に映っているのは、【水覚アイズ】の中でも純黒の人型たち。

本来なら白く視認できるはずの水が、全く検知できない。

つまり、この生物だか物質だかには、一切の水が含まれていないということになる。

途中までではあるが毛穴や体毛、鼻や耳の穴の中まで造り込まれていて、完成すれば会話も追憶もできる能力があったにもかかわらず、だ。


当然、人型たちは溺れるどころか呼吸そのものをしていない。

水分が含まれていないということは、そもそもタンパク質を主体にした生き物でもないのだろう。

実際、試しに一番近くにあった棺の中の水の温度を上げてみたが、50度を超える温度にも何の反応も示さず、100度の熱湯に包まれても何の変化もしない。

なら、次は土属性の範疇はんちゅうかどうかを確認させてみるか。


「エレニア、お前もちょっと触って……」


そう思って、ルルとこちらに歩いてきていたエレニアへ目を向けようとした瞬間だった。


熱湯の中で、朱美あけみが絶叫していた。

声にこそなっていないが、「お兄ちゃん、熱い!!!!」と唇が開いていた。


「……」


……まぁ、こうなるかもしれないと想像していなかったわけではないのだ。

ナガラとサマーからエンジュとヒイラギが現れた経緯から考えると、まず疑うのはその血縁者との直接接触。

だから遠距離戦の指示を出したし、俺自身も素手で直接触れないようにはしていた。

氷棺コフィン】の強化と【青殺与奪ペイルリーパー】の発動をするために幾つもの水を間に挟んだのは、苦渋の末の安全策だ。


それでも、こうなる可能性を否定できる要素は何もなかった。

だから、水圧で物理的に変身を封じようとした。

迷い、理解しようとすることを禁じた。

人間であることを、辞めようとした。


「……」


俺の想像力が及ばなかったのは、まずこの黒い物質の単純な、人間なら秒で圧壊しているほどの圧力の中でも形を変えられる力の強さ。

それを俺が知覚できたとしても対応する時間がないほどの、その変形の速さ。


そして、俺自身が自分の言葉ほど、人間を辞められていなかったこと。

一瞬だけ、ほんの数ミリだけ、実は理解し合えるんじゃないかと迷ってしまったこと。


どこかで想像はしていたため、黒一色の朱美を見ても動転はしなかった。

俺が迷った実際の時間は、おそらくコンマ数秒以下。


「……!」


それでも、これは朱美の棺が自壊するのには。

俺が、心のどこかの数ミリでそれを許してしまうのには、充分な時間だった。


熱湯が雪と触れて猛烈な湯気が上がる中、立ち上がったのは朱美……ではなくそれよりも少しだけ体の大きな、黒一色の少女。

武装はなく、凹凸のない全裸にツインテール。

満面の笑みは、子供らしくどこか得意気で。

……そして、母親が浮かべるそれのように、慈しみ深い。


「久しぶりね」


アイザン。


「あなたは、幸せになれた?」


結果として俺から全てを奪い、その贖罪として俺に全てを託し。

俺を救ってくれた、先代の水の大精霊。


「エレニアもテンジンもヒエンも含めて、総員退避しろ」


その背後から際限なく黒い水が湧き上がってくるのを眺めながら、俺は天へと小さく息を吐く。

アイザンが戦う場面など見たことはないが、水の大精霊ということは俺と同じようなことはできるのだろう……。

分裂なのか召喚なのか、明らかに質量保存の法則を無視して増殖する黒一色の水たまりを大急ぎで氷の壁で遮りつつも、俺の声と心は平坦なままだった。

ゆっくりと、右手を胸の前まで持ち上げる。


「悪いが、周囲に気を配りながら戦って勝てる状況じゃなくなった。

できればドームの外まで出て、その後の指揮はエレニアとルルに任せる。

それから、エレニアは大精霊としてウォルと各地に要警戒の緊急連絡を。

俺も、落ち着いたらシムカを通して連絡する」


「退避!!!!」


エレニアの号令と同時に、周囲で雪が蹴散らされる。

黒い水の量が広がる範囲は既に池と呼ばれるレベルに達し、もしかしたら湖とされる大きさを目指しているのかもしれないが、その全周から押し寄せる俺の氷がそれを許さない。

必然、その中いるくろアイザンは既に腰までが黒い水の中にある。

その唇が俺に何かを言おうと開きかかって……。


「馬鹿が」


直後、それは上半身ごと消失した。





超臨界水。

摂氏374度かつ圧力218気圧を超えた水が変化する、液体であり気体でもある、水であって水の限界を超えた超物質。

それを作りだし操るのが、【解無カイム】。

かつての大戦でエレニアの【創大獣グランキマイラ】を破った、俺の切り札の1つ。


その【解無カイム】が、今は100メートル四方近い平面の姿で黒アイザンごと湖の一部を薙ぎ払っていた。

当然ながら、その軌道上に黒い色は残っていない。

液体としてあらゆる有機物を溶かし、気体並みに激しい化学反応を引き起こし、大概の金属をかす3千度という温度を持ち、その温度に耐えるオリハルコンすら腐食させる超物質。

それが大量に、しかも超高速で流動し続ける嵐の中で、形を保てる物質などそうは存在しない。


その平面を、俺は持ち上げる。

比喩ではない。

厚み15メートルほどの平面の先は5本に分かれ、その反対側の1辺は徐々に細くなり帯となって俺の右肘へと続いている。

そう、これは超臨界水の嵐へと変化させた、俺の巨大な右手なのだ。


そのため、この嵐には【氷棺コフィン】や【青殺与奪ペイルリーパー】と同じく俺が「直接触れている」ことによる全ての権能が適用される。

この手に捕まった場合、その中の地獄のような環境は、それを維持するだけでいい俺の魔力が、人族として世界2位を誇るそれが尽きるまでは終息しない。

何かの対抗をされたとしても、俺には文字通りそれが手に取るように知覚できるため、常に先手を打つことができる。

残るは範囲外へ退避されるリスクだが、あくまでも水ではある以上その気になれば亜音速で操作することも可能なので、逃げる側はそれ以上の速度で移動できなければならない。


すなわち、この手から逃れることはできない。

全てが、この手の中では無へとけるのみ。


水解掌ミナトケノヒラ】。


これが、世界を託された人間の手だ。





「言葉を理解できているのかどうかは知らんが、言っておく」


テーブルにこぼれたカティの汚れを、水拭きしていくように。

300メートル四方まで巨大化させた【水解掌ミナトケノヒラ】を振るいながら、俺は世界の代表として、スリプタに生きる人間の代表として言葉を発した。

水解掌ミナトケノヒラ】発動と同時に飲み込まれた7つの棺とその中身はもちろん、既に黒い池の大半は無色透明の液体へと変化させられている。

その表面に散る薄い光を地面ごと分解しつつ、俺は残った黒い部分を握り潰した。


「人間の代表としても、世界の代表としても。

そして中畑なかはた蒼馬そうまとしても、当代の水の大精霊ソーマ=カンナルコとしても。

俺は、お前たちが存在することを許さない」


開いた掌の中には、幸いに何も残っていない。


「お前たちの在り方を、俺は認められない」


認めてしまえば、世界が、人間が。

そして、俺が壊れてしまうから。


「絶対に、ゆるさない」


返事は、ない。


とりあえず、【水解掌ミナトケノヒラ】にも【水覚アイズ】にも人型になりそうな液体はもう映っていない……が。

実際に復活者……そろそろ名前も決めないとな、を完全に狩り尽くせたかどうかの確認は、人海戦術に頼るしかない。

そもそも、結局これが生物だったのか現象だったのかも謎のままだ。

MR(記憶現実)を閲覧した俺が知らない以上、十中八九誰かが召喚した何かだとは思っているが、最悪なのはこれが何かの魔法的な何かで術者が別にいるパターン……。


「……」


「……どうした?」


とりあえずエレニアたちを呼び戻すかと考えた俺の前に現れたのは、サリガシアの大地由来の黒い体にきちんと7色の宝石が顔にある、土の上位精霊筆頭アレキサンドラ。

つまりはエレニアからの……多分、あまりよくない内容の緊急連絡。


「当代様より、『土竜つちりゅう』からのほう水殿みずどのへ至急伝えるようにと。

黄竜の巣の近辺にて黒い先代様が突如現れた、とのこと」


大陸のほぼ反対側で、先代の土の大精霊ガエンが復活、か……。


「……とりあえず、エレニアたちにここへ戻ってくるように伝えてくれるか」


と一音だけ返して、消えるアレキサンドラ。


「シムカ」


「……御前ごぜんに、ソーマ様」


アイリの誕生日までに帰るのは、どうやら無理になりそうだ。

大きく息を吐いてから、俺はドームの氷を全て雪へと戻した。

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