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クール・エール  作者: 砂押 司
後日談 循環せり想い

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175/179

アフター・エール 風鳴る日 後編

主菜はウォルの名物料理でもある、パン粉をまとわせて揚げたフラクに甘酸っぱい、赤色のソースをかけた『フラクフライの小鬼風』。

その隣に付け合わせとして用意されているのは、かした黄芋ジョテルを丁寧に潰し、バターとミルク、チーズも加えて軽く練ったもの。

この2品と栄養のバランスを取るためか、細かく刻まれた10種類以上の野菜とキノコ、干し肉がたっぷりと注がれた、もはや煮物寸前のスープ。

同じく、数種類の葉野菜によるサラダから立ち昇るのは、ドレッシングに混ぜられた柑橘の匂い。


それに負けない香りを漂わせているのは、かごに盛られた焼きたての丸パン。

バターの隣にある白いものは、クリームチーズか。

ピッチャーに用意された飲み物はミルクと、澄み切った水。

最後の小鉢には、ここ数週間で急激に持ち込まれる量が増えたネクタ原産の果物、パリダエを干したものが数切れ。


「……昨日も確認したけれど、本当にこれがあの孤児たちに出しているのと同じ食事なんだね?」


「だから、多少丁寧に盛り付けてるだけで、中身は本当に今日の夕食のメニューだよ。

あいつらも、オレたち『スピリッツ』も、エルダロンの騎士や文官やメイドさんたちも、今これと全く同じものを食べてるよ」


オーサの演習が終わった日の夕方、フランドリス公邸のメインダイニング。

その仮の主人から投げかけられた感嘆と呆れとを含んだ、内容としては昨日したのとほぼ全く同じ質問である声に、隣に座る青年はやっぱり昨日とほぼ同じ内容の答えを返した。

とはいえ、アタシとしても目の前にある食事……というか並べられた料理を見て、いくつかの感情が混ざった溜息が止められないのはフリーダと同じだ。

中身としては……歓喜と安堵、自責と恐怖、といったところだけど。


「……やれやれ」


ここにいる間は、孤児たちと同じ食事を。

そう要望した張本人である『声姫』の眉間には、小さなしわが寄っている。

自分が、自分の国が守れず託すしかなかった子供たちと、せめて同じ食べ物を。

大戦後は一切の菓子を断ち、ずっと粗食を貫いてきた現エルダロンこうの決意は、その子供たちに普通に大戦前よりも豊かで美味な料理が提供されている、という予想もしていなかった角度からの事実で揺らがされていた。


『魔王領』できわめられた魔導による高速開拓術と、事前にフランドリス各地の土壌をウォルに送ることで『スピリッツ』結成前から進められていた、各種農作物の品種改良。

それらを最も効率的に収穫するための農地と農道、水路の設計。

カイラン各国とサリガシアからも計画的に持ち込まれた、大量の家畜。

これらが着任した『スピリッツ』の活動と噛み合った結果、フランドリスの農業生産量は既に大戦前の水準の2割程度には達しようとしている。


それに輪をかけて、今はカミカサノクチ、つまりはネクタ大陸との交易が急拡大していることで、大戦前でも希少だったネクタ産の木の実や果物、それらで造られた酒が大量に出回り始めていた。

これの原因、もとい立役者は言うまでもなくアリス=カンナルコだ。

世界で最高の能力を持つ農業生産者にして、当代の木の大精霊の契約者という、世界で最も豊富な植物を擁するネクタ大陸における事実上の最大権力者。

至座しざの月光』こと、たった1人で大陸レベルの食糧需給に影響を与えられる存在。


森人エルフは動物性の材料由来のこってりとした食品に弱いから、その中で日持ちのする腐りにくいものを交易品にすればいい。

わかりやすいのは干し肉だけれど、エルダロンからの品なら特にお菓子が結構な価値で取引されていた……。


自身も含めた森人エルフの本質と、大戦の前後に関係なく未だに表には出てこないネクタの内部情報を含んだ『魔王の最愛』からのアドバイスを頼りに、各商会を通じておよそ1月前に送り出したバタークッキーの山は、確かにその数倍のパリダエと果実酒の山脈となってフランドリスに戻ってきていた。

これが福音となったのが、大戦を境に火が消えた状態となっていたエルダロンの菓子業界だ。

世界最高の技術を持ちながらも、『声姫』の失墜と共にその必要性も余裕も失われた菓子職人たち。

突如、輸出の最重要品目となった菓子を取り巻く人間の復権は、期せずしてそのいただきに座っていたフリーダの名声を……ほんの少しだけ取り戻す結果ともなっている。


アタシたちの前に並べられたこの食事は、そうした結果と、それをもたらすための努力が重なり合ったものだ。


「美味いものが腹一杯食えて、浴びるほどに水が使えて、しっかりした家と服がある。

とりあえずこれだけ揃ってれば、人間っていうのは生きる気になれるからね。

前に進むのは、それからさ」


フリーダとアタシの間の席、昨日と同じ表情のアタシたちに苦笑しつつ、だけど誇らしげにサーヴェラ=ウォルはピッチャーを傾ける。


「飢えず、渇かず、凍えさせない。

だから裏切らず、怠けず、そして強くなれ……。

最初に約束したこれを守れないのは、オレたちウォルの人間にとって最大の恥だからね。

だから、オレたちは全力を尽くすんだ。

にーちゃんたちがくれたこの大きな力は、そのためのものだから」


「守るための力、か」


注がれる水をタンブラーで受けながら、フリーダはようやく力を抜いた。

守るべき民に、これまで自分が用意できていたものとの差。

考えれば考えるほど情けなくなる悔恨を忘れる気はなくとも、今のフリーダはそれに囚われ続けるほど幼くもない。


「そう、守るための力。

で、この力はフリーダさ……今は、フリーダの力でもあるんだ。

食べよう、明日からも忙しいよ?」


「……そうだね、いただこう」


そして、もう1人でもない。

申し出の通り敬称を外す努力をしている隣席の『翔陽しょうよう』に、それを申し出た張本人はやわらかく頷く。


今のフリーダは、本当に可愛いと思う。


「ジェッぐん、ダメ、まだ鼻血ばなぢ出ぞう」


そんなアタシの感想には、夕食の招待を受けフリーダの正面を射止めたオーサも同意見であるらしい。


「出そうというか、出てますよね?」


その隣の席で【治癒リカバー】を発動するジェクトは、そんなオーサの婚約者として。


「オーサ……、……いい加減、君はボクに慣れるべきだと思うよ」


フリーダのフランドリスでの静養2日目、アタシを含めて5人での夕食会は、穏やかに始まった。





「そういえば、あの演習の一番の目的は何だったのかな?」


のんびりと料理と会話を楽しみ、食後のカティが供された頃。

フリーダは、ふと思い出したかのように中空へ問いかけた。


「オーサへの懲罰というのも本当なのだろうけれど、それなら内々でやれば済むことだ。

これからこの地で統治に当たる隊のおさという権威の必要な存在を、あの開かれた場所でおとしめる意味はないよね?」


普段アタシとそうしているように、まるで独り言のようにも聞こえるつぶやき。

質問という形式を取っているようで、実際にやっているのは他人がいる場での自問自答。

これは未だに直っていないフリーダの悪癖だけれど、同時に気を許した相手にしか見せないこのの本音に近い姿でもある。

つまりは、フリーダにとってサーヴェラたちはそれを晒してしまえるくらいの近しい相手になった、ということか。


「ボクたちエルダロンの人間にも、連れてきた子供たちにも……、……いや、敢えて見せたのか」


「そう、おっしゃる通りに権威が必要だったからです。

私たちはこれだけの強さを持っているのだと示す、エルダロンの方々へは文字通りの示威行為ですね。

残念ながら……というか当然ながら、エルダロンの中にはまだ私たちをうとんでいる方もいらっしゃいますので。

気持ちは理解できますし思うことを止めようとも思いませんが、実際に口や手を出されるのは勘弁願いたいですからね」


娘の成長に目を細める母親、というアタシが全く経験のない感慨に浸っている前では、ジェクトが答え合わせを始めてくれている。

それは、命属性超高位【真眼心判リプロセンス】で文字通りに「心を視る」ことができる青年が言っていることを考えると若干の気がかりを感じる内容だけれど、事実だろうし真理ではあるからフリーダも素直に頷いている。

まぁ、竜のアタシでも国防や復興を他国に頼り切るのはどうかと思うのだ。

皇国の人間にそういう感情があるのは当然だし、『スピリッツ』がそれに釘を刺しておくのも仕方がないことなのだろう。


「で、子供たちには最初の教育ですね。

小隊長のわたしでも、ダメなことをしたら罰せられる。

だから、守れと言われた約束は守りなさい。

そして、罰する側のわたしたちはこれだけの強さを持ってるんだぞ、っていう」


そういう意味では、続くオーサの言葉も当然の内容ではあった。

だけど、その響きに意外なものがあったのもまた事実だ。

なんというか……そう、強権的なものを肯定するような。

孤児たちを助けるというウォルの優しく、甘いイメージには合わない硬質な思想があのオーサから伝わってきたことに、フリーダも少しだけ驚いた表情を浮かべている。


「まー、敵対や反抗の意志を折っておくっていうのと同時に、今回の場合は守る側として安心もさせないといけないからね。

言葉で通じればそれでいいけど、それができるには言葉からちゃんとした想像ができる能力がないといけない。

それが難しいなら、実際に見せるなり触れさせるなりして体験させるしかないから。

……実際、オレたちもにーちゃんや先生に反抗しようなんて思わなかったし」


そんなアタシたちの様子から理解したらしく、ジェクトとオーサからの回答にはサーヴェラから補足が入った。

親が子をそうするように、国が民をそうするように。

守護者として「守る」という行為の、現実を考えたときの大前提。

守護者には誰かを守れるだけの力があり、その力とは敵を滅ぼす暴力なのだという暗黙の真実。


それが暗黙なのは、守られる側が敵となったときの結果を明示するため。

その力の差異を持って、「正しさ」という秩序を成立させるため。

……この世で起きる悲劇の大半は、事前に言葉を交わしておくことで回避ができる。

その言葉が通じない場合の方法論は、考えてみれば当然の帰結ではある。


「これは先生の言葉なんだけど、教育には、完璧にコントロールされた恐怖を与えることが必要なんだってさ」


それを端的に示した『鬼火』の言葉に、サーヴェラ自身も苦笑を浮かべる。

常に笑顔を絶やさない、ウォルの全ての子供たちの母であり、姉であり、友であり、師である『賢者』ミレイユのイメージとはあまり合致しない、灼熱の信念。


「……ウォルは『最愛』殿がきっかけになってできたと聞いていたけれど、存外に苛烈なんだね」


同じ赤い瞳を持つフリーダも、すぐにその真意を理解することはできなかったらしい。

違和感を隠そうともしていない感想に、サーヴェラは苦笑を深くした。


「ねーちゃんは確かに優しいし、オレたちには甘いくらいだけど……、……世界は、別にオレたちに優しくも甘くもないからね」


そこから一瞬だけ笑みが消えて、また表情は苦笑となる。


「だから、まだ大人が守ってやれている内に、世界のことを知らないでも許される子供の内にその恐さを教えておくのは、優しさだと思うよ。

……世界は、オレたちのことを待ってなんてくれないんだから」


それは、『翔陽』の二つ名にはふさわしくない、苦い色の瞳。

冷たく硬い金色の朗らかさの欠片もない視線は、中空に。


その残酷な世界に向いていた。

















サーヴェラが肯定した、苛烈な優しさ。

それが必須だという、無機質な残酷さ。


この世界がそれに満ちているとアタシたちが再認識させれたのは、翌々日後の昼過ぎだ。

朝食と午前の授業が終わり、昼食を挟んで始まる午後の仕事の時間。

昨日と同じく、その中の1つのグループに同道していたフリーダのくちばしが、ふと1人の少年に向く。


「「……」」


その先にいた少年は、うねから黄芋ジョテルを掘り出しつつも、千年鳥を模した白い仮面を黙って睨んでいる。

痩せ細った、7か8歳くらいの黒い瞳の少年。

……あれは、くない瞳だ。

経験則からそれに気づいたアタシが制するよりも、だけど早かったのはフリーダの声の方だった。


「何かな?

話が、言いたいことがあるなら聞くけれど」


静かだけれど、小さくはない。

怒ってはいないけれど、柔らかくもない声。


「フリーダ、やめといた方がいい。

……まだ、早いよ」


そんな『声姫』の言葉に返事をしたのは、それと同じような表情を浮かべる『翔陽』。

流石に作業の手が止まった子供たちや第3小隊の隊員たちの視線を集める中で、黒い瞳の少年はフリーダを睨んだまま微動だにしない。


「いや、むしろ遅すぎたんだと思うよ。

それに、ボクがこの静養を受け入れたのは、この子たちの生活を実際に見て……この子たちの実際の声に触れるためでもある。

これは皇としての務めで、『声姫』としての責任なんだ。

……君、ボクに何か言いたいことがあるなら、聞かせてくれ。

君が何を言おうとどんな罪にも問わないし、決して罰しないと約束しよう。

サーヴェラもミスティも、構わないね?」


ただ、それはフリーダの方も同じだった。

明らかにこれから何が起こるのか想像できている、サーヴェラたち『スピリッツ』やアタシたちエルダロンの面々。

もちろんその一員であり筆頭であるフリーダは、それでもエルダロンの現皇として声を発する。

それを下していい人間は、今はまだこの場にはいない。


「……ミュールト、だったよな。

フリーダが、エルダロンの『声姫』様が、言いたいことがあるなら聞いてくれるってさ。

いい機会だし、オレたち『スピリッツ』も一緒に聞くよ。

何か、不満があるのか?」


それは、将来フリーダの夫となる『魔王の弟』、サーヴェラ=ウォルも含めて。

小さな溜息の後、サーヴェラの手招きに黒い瞳の少年、ミュールトはこちらに歩いてくる。


……やっぱり、好くない目だ。


「……どうして。

どうして、そんなに普通でいられるんですか?

あなたの、『声姫』様のせいで、俺の母さんは死んだのに!」


まだ高い声で叫ばれた内容に、アタシは必死で無表情を保とうとした。


「5年前の大戦のときに家が崩れて、母さんはそれで死にました。

友達も、近所の人も、何人も死にました。

……その大戦を起こしたのは、あなたなんですよね?

なのに、どうして、どうしてそんな普通に生きていられるんですか!?」


「……」


打ち据える、声。


何人が死んだのか。

何人が傷つき、今も苦しんでいるのか。

何人が家族を失ったのか。

何人が、自分のせいで何かを失ったのか。


戦後にフリーダがずっと向き合ってきた、自分が守れなかった何人もの人たちの声。

その何人もの中の、1人の声。


それが噴き出す唇の上。

ミュールトの黒い、底のない闇を抱えた瞳。

好くない瞳。

戦後、フリーダと行動を共にするアタシが何千何万と見た、『声姫』を呪う瞳。


……こうなることは、ここにいる全員が想像できていたのだ。

いくら優しさを与えようとも、いくら強さを示そうとも、それで全てをなかったことにして解決できるほど、この世界は甘くない。

一度失われたものは二度とかえらない世界で、選択を誤るというのはこういうことなのだ。

罪を償うことなど、できないのだ。


「……まずは、謝罪しよう。

君の言う通り、君の母上を……君たちの大切な人たちを、5年前に多くのエルダロンの民を死に追いやった原因は、このボクにある。

……本当に、すまない」


そんなことは、できないのだ。

5年の間にそれをわかっていたフリーダは、だからこそ頭を下げた。


「ただね、ボクは『普通に』生きているつもりはない。

それが許されるとも、思っていない。

ボクは君の言う通り『声姫』で、このエルダロンの皇だからだ。

ボクには、あの大戦でこの国が負った傷を癒す責任がある。

これからの世界の中で、この国の民を守っていく務めがある。

今のエルダロンでそれができるのは、ボクだけだ。

それを果たすためだけに……、……今のボクは生きることを許されている」


フリーダは、5年も前からもう悟っているのだ。


「だから、ミュールト、君たちも。

ボクは、君たちに赦してほしいとは、祈らない。

君たちの、守るべき民とその大切なものを奪ってしまったボクの罪が、償えるものだとは思っていない。

ボク自身としても、君たちがボクに抱くその感情は当然のものだと思っている」


自身に許された贖罪は、自身の全てをけて。


「ただ、それでも。

これからのエルダロンを守るためにボクが生きることは、許してほしい。

そして、いつかボクの代わりにエルダロンを守っていく務めを果たせる人間が現れたときには……、……その時に君たちが望むのであれば、喜んでこの首を差し出そう」


自身が死なせ、傷つけ、苦しめ、何かを奪ってしまった人たちを。

それでも守り、救うことなのだ。


「君たちにはその権利があるし、ボクにはその覚悟がある。

……あの大戦の日から、ボクはそう決めているんだよ」


そのさいを、祈ることなのだ。


「「……」」


『声姫』の声に、ミュールトやその後ろの子供たちは黙り込んでいた。

色とりどりの瞳が揺らぐ中で、フリーダの隣に立つ金色の髪が揺れる。


「……て、いうわけでだ、ミュールト。

とりあえず、どうするかは大人になってから考えればいいんじゃないかな?」


この場の厳粛で凄絶な空気を吹き散らす、いっそ朗らかな声。


「大人……?」


「まー、実際に大人になったときにお前がフリーダを赦せるようになるかはわからないけど……、……仮に今、お前がフリーダを討てば、どれだけの人間の命がなくなるのかはわかってるか?」


戸惑うミュールトの黒い瞳には、悪戯っぽい太陽の光が反射していた。


「……」


「まず、ここにいる全員は死ぬことになるよな。

フリーダを討てた段階で守役のハイアにエルダロンから付いてきてる人たち全員、もちろんオレたち『スピリッツ』も全滅してることになるから。

……わかってるとは思うけど、仮にそれが上手くいったとしてもその後、お前も後ろの19人も、もちろん他の80人も無事に生きるのは無理だからな?

まー、これはあくまでも仮の話、冗談だけど……、……でもな、お前が考えなきゃいけないのは、そこから先なんだよ」


その『魔王の弟』から、笑顔が消える。

1ミリも動いていない両腕に、欠片も込められていない魔力。

それなのに、アタシですら感じる確かな圧力。

圧倒的な、光と熱。


「この国の王様がいなくなったら、誰がその代わりをやるんだ?

今フリーダが言った通り、王様にはその国に住む人間を守る、これからその国に生まれる人間を守っていけるようにしていく義務がある。

だから、王様は偉いんだ。

それだけの務めを果たす責任があるから、その日食うものや寝る場所に困るような生活なんてさせられないし、周りの人間も言うことを聞くんだ。

そんな王様が急にいなくなって、代わりをできる人もいなかったら……どれだけの人間が死ぬことになると思う?」


その真逆とも言える、底無しの深くくらい闇を。


「お前らも孤児だったならわかるだろうけど、ちゃんとしたリーダーがいないとルールを守らなくなるから、そこは暴力だけで何とかしなくちゃいけない世界になる。

それが、国中で起こるんだ。

そんな中で魔物が出るなり、災害が起きるなり、戦争を仕掛けられるなりしてみろ。

死ぬ人間の数は何十万でもきかないし、そのせいで生まれなくなる命の数なんて想像もできないだろ?」


理不尽の輪の中で潰される、糞みたいな場所を。


「王様を死なせるっていうのは、その責任を背負うっていうことなんだ。

なら、自分が王様になる覚悟をするか、代わりになれる人間を準備する……最低でも、それだけは必要だ。

だから、ミュールト。

今の、ガキのまんまのお前じゃ無理だ。

そういうことを知らないどころか考えようともしなかった子供が、やっていいことじゃないんだよ」


生き抜いたことがあるからこその。

そして実際に救われたことがあるからこその、灼熱の言葉。


「まー、それでも納得できないのはわかってる。

理解はしてくれたかもしれないけどな。

だから、今はこのフランドリスでしっかり勉強しろ。

オレたちが知ってることは全部教えてやるし、オレたちもわからないことなら一緒に考えてやるから。

文字の読み書き、数字の計算、野菜や家畜の育て方、狩りの仕方、食事の作り方、掃除の仕方、道具の作り方に修理の仕方……。

武器の使い方も魔法の使い方も教えるし、冒険術だって仕込んでやる。

……この世界の地理と、歴史もな」


烈光の瞳。


「どうして浄嵐大戦が起こったのか、そもそもフリーダが何を守りたかったのかも……、……約束する、オレたちが知る限りは全部教えてやるよ。

それで大人になってからどうするか、また考えな。

それでもフリーダは死ぬべきなのか、普通に生きて幸せになっちゃいけないのかを。

…………ただな、これだけは先に言っとく」


それに圧倒されているミュールトたちを見渡した金色の視線は、隣で無言のままの白い仮面を一瞬だけ見据えた後、またミュールトへと戻った。


「もし、それでも大人になったお前がフリーダを死なせようとするなら、その前に相手になるのはこのオレ、サーヴェラ=ウォルだからね」


『翔陽』の声には、一切の迷いがない。


「フリーダと結婚するって決めたときに、オレは全力で、全存在をかけてフリーダを守って、幸せにするって誓ったんだ」


本当に、嘘がない。


「……だから、そんな覚悟程度でオレを破れると思うなよ?」


「「……」」


それは、この上なくまばゆい宣戦布告だった。

次話は、7/1にアップの予定です。

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